第45話 再び、サスマン市
レリック侯爵の宮での一夜明け、ディール達は再び馬車に揺れガルランド公爵国のサスマン市へ戻ってきた。
「長い間、世話になった。本当に楽しい旅だったよ。」
右手をディールに差し出す “銀の絆” リーダーのウェルター。
その手を握り、笑顔で返すディール。
「こちらこそ。“銀の絆” の皆と一緒に旅が出来て、本当に良い経験になった。」
そんな二人と男性陣を後目に、ユウネと、セイリーンとメイリが抱き合って涙を流している。
「ユウネぇ~~!元気でね~~~!!」
「ユウネさん…本当に楽しかったです!」
「うわああん!メイリさぁん、セイリーンさぁん!」
女の友情とは、良く分からない。
苦笑いしてその光景を見守る男性陣であった。
「ま、また会おうな。旅の話を聞かせてくれよ!」
「あ、ああ!“銀の絆” の皆も、元気でな!」
何とも微妙な、男性陣。
だが、涙を流して抱き合って別れを惜しむのも、男同士ではどうなのだろうと思うのだった。
――――
「明日の朝、9の刻には馬車に乗るつもりだ。それまでに準備を整えなければな。」
“銀の絆” の面々と別れ、久々に二人きりとなるディールとユウネ。
馬車は、約束通りレリック侯爵家のものだ。
基本は二人の行動に合わせ、いずれ連合軍本部フォーミッドまで運んでくれるとのこと。
その道中、二人は“水の神殿” と “土の神殿”に寄る。
そこで、ホムラに何か変化が起きれば良いのだが…。
相変わらずホムラは嫌々しく呟く。
―あー…。スイテンは “敵” だって本能が叫ぶ。行かないとダメだけど…行ってもダメな気がするぅ…―
『水の龍神』こと【碧海龍スイテン】を異常なほど嫌悪しているのだ。
恐らく、記憶がある時によほどの事があったのだろう。
「実際に会えるかどうか分からないぞ。相手は伝説の “龍神” だからな。本当に水の神殿に行けばどうこう出来る存在かどうかすら、怪しいものだ。」
神殿は人間が造ったものだ。
本当に“龍神”が存在しているかどうか。
疑問は尽きない。
だが、行かなければ分からないのであった。
それよりも、当面の問題がある。
「金はまだまだあるが、長旅になることを考えると、ここで換金すべきだよな。」
「大金貨はそのままだけど、確かに金貨が少なくなってきたからね。」
ここまでの旅路。
『黒獣王』の一件以来、宿泊等の資金はレリック侯爵家が持ってくれたが、それ以外の旅の必需品はディールとユウネの手持ちで用意したのだ。
サスマン市でも買い出しをしておくが、少々金貨が足りない。
大金貨を換金する手もあるが、また “暗闇の狼” のように目撃され、襲撃されたら溜まらないと考える二人。
そうなると、手持ちの金剛天鋼を換金するのが手なのかもしれない。
「次はハンターギルドで換金する。色んなリスクを考えるとそれが一番良いかもな。」
「賛成!」
早速二人は、サスマン市のハンターギルドへ足を運ぶのであった。
--――
ハンターギルド、サスマン支部。
流石“市”という大きな町にあるハンターギルドである。
非常に大きく、建物の造りも立派である。
早速中に入るディールとユウネ。
広々としたロビーに、多くのハンターが出入りしている。
ラーカル支部とは違い、各地のハンターがよく訪れるのだろう。
多少の視線は感じるものの、特段絡まれることは無かった。
空いているカウンターに向かい、ギルドの受付嬢に声を掛ける。
「素材の換金をお願いしたいのだが。」
「はいはい。どんな物を換金希望なのですかー?」
「金属なのだが。」
「はいはい。ではこちらに出してくださいねー。」
まだ若い受付嬢が、黒のお盆を取り出して笑顔で言う。
ディールは背中のストレージバックから、金剛天鋼の欠片を1枚取り出して、お盆に置く。
「これは凄い。大きな黄金ですね!」
「いや、これは黄金では無いのだが……」
「?」と首を傾げる受付嬢。
これは…失敗したか?
すると、隣に居たベテランぽい受付嬢が口を大きく開き、その若い受付嬢に耳打ちする。
「……え!?」
若い受付嬢は驚き、そしてディールに向かって言う。
「も、申し訳ありません! 素材鑑定に詳しい者を連れてきます!」
ピュー!と逃げるように奥へ引っ込む受付嬢。
しばらくして、一人の男を連れてきた。
「はいはい、素材の買い取りね……って、これは。」
めんどくさそうにしていた男は、金剛天鋼を見るや否や、言葉を失う。
「ハンターさん。こちらへどうぞ。」
男はディールとユウネを奥の部屋へ案内した。
それに従い、一緒に部屋へ向かうディールとユウネ。
「金剛天鋼ですよね、これ。」
男が金剛天鋼の欠片を手に取り、ディール達に告げる。
「以前売った素材屋に、そう言われた。ただの黄金にしか見えないがな。」
「いやあ。黄金とはモノが違いますよ。本物の金剛天鋼ですわ。」
男は眼鏡を外して伝える。
「これ、本当に売ってくれるんですか?」
「ああ。旅の資金にしたいからな。」
男は唸り、その価値を口にした。
「この大きさなら1枚、金貨100枚でどうでしょう?ここに5枚あるので、全部で500枚。即金で良ければこの値段で買いましょう。」
なんと、ラーカル町の素材屋の2倍の値段が付いた!
「そんなにか!?」
「ええ。それだけの価値があるんですよ、これ。金剛天鋼で打たれた武器なんて、ある意味伝説ですからね。そもそも取り扱える鍛冶職人もそうは居ないですが、フォーミッドのアゼイド師あたりなら喜んで剣にするでしょうね。たぶん、彼ならそのくらいの値段で買うでしょう。」
「いや待ってくれ。ラーカル町の素材屋は1枚50金貨だったのだが…」
唖然として尋ねるディール。
「ああー」と納得して答える男。
「そりゃあ、そんな田舎だからですよ。大規模キャラバンでなくちゃフォーミッドまで運べませんからね。輸送料や何やらを差っ引けば、それだけ儲けに影響しますからね。それでも50枚は安すぎますが。」
足元を見られたとは思えないが…。
あの素材屋、なかなかの手練れだったということだ。
「……じゃあ、1枚を金貨100枚で売ろう。」
「では交渉成立ですね。どうします、金貨500枚で用意するか、大金貨50枚、それか白金貨でも良いですけど?」
ディールは少し悩み、答えた。
「金貨300枚。あとは大金貨にしてくれ。」
「では金貨300枚と大金貨20枚ね。ちょっと待ってくださいねー」
男は奥から金貨を取り出し、丁寧に黒のお盆に並べる。
「お待ち!また良い素材が手に入ったら贔屓にしてくださいねー」
--――
受け取った金貨と大金貨をディールはストレージバックに仕舞った後、宿へ戻ってその金貨類をユウネのアーカイブリングへ仕舞った。
二人のストレージバックにあるのは、それぞれ10枚の金貨と大金貨1枚。
十分すぎるほどの大金である。
食材、食糧を沢山買い込みアーカイブリングへ放り込む。
それを5度繰り返した後も、まだ金貨は7枚ずつ残り、大金貨もそのままだ。
「本当に、金には困らなくて助かるな。」
サスマン市の宿。
ディールの部屋で思わず呟く。
「もう、何か月分の食糧が入っているかわかんないよ……。」
アーカイブリングに魔力を通し、容量を確認するユウネが思わず呟く。
容量はまだ余裕があるが、あまりの多量な食材と食糧が収められているため正確に把握できていないのだ。
「それでいい。もし、魔窟のようなところに堕ちても、とりあえず食う物があれば何とかなるからな。」
「…その状況、もし私が一緒じゃないと不味いんじゃないの?」
思わず呆れて呟くユウネ。
その言葉に、少し照れながらディールが言う。
「いやその……ユウネが、傍にいる前提だからな。」
「そ、そう……。そうだね。」
真っ赤になるユウネ。
部屋には、ディールとユウネの二人きり。
もう “銀の絆” の面々も居なければ、ソマリもバゼットも居ない。
微妙な空気が二人の間に流れる。
ディールはユウネを見る。
レリック侯爵の善意で、二人はそれなりの服をいくつもプレゼントしてもらった。
ベテランハンターが纏うような高価な装備に加え、貴族がフォーマルなパーティーに着ていくような立派なドレスも含まれる。
ディールもユウネも、今は十分ベテランハンターと言っても差支えのない出で立ちである。
だが、そんな服の上からでも分かる、豊かなユウネの胸元。
ふっくらとした唇に、透き通った青い瞳。
スラッと形良い鼻筋が、ユウネの美貌を引き立てる。
細い指先にきらりと光る、ディールが渡したアーカイブリング。
どうしても、醜い “欲” が湧き出てしまう。
もし、いま、邪な本能のまま押し倒してしまったら。
ユウネはどうするのだろうか。
幻滅するか。
離れていってしまうか。
その恐怖と、淫らな感情がせめぎ合う。
「どうしたの、ディール?」
ユウネが首を傾げて尋ねる。
その仕草、潤んだ瞳。
思わず、手が伸びる、ディール。
「え……?」
ユウネは驚き、目を見開く。
ディールの右手が、優しくユウネの左頬に触れる。
その瞬間、息を飲む、ユウネ。
「ディー、ル?」
頬を赤らめつつ、真っ直ぐ、ディールを見るユウネ。
思わず自分の左手をディールの手に重ねてしまった。
今、自分はどんな表情をしているのだろうか。
心臓が破裂しそうなくらい、鳴り響く。
ディールの親指の付け根が、ユウネの唇に触れてしまう。
ピクリと震えるユウネ。
その反応で、同じようにビクッと震えるディール。
「どう、したの。ディール?」
目を潤ませ、絞り出すような声で尋ねるユウネ。
その口の動きが、付け根に響く。
ゴクッ。
思わず唾を飲み込んでしまう。
同じように、ユウネからも喉から音が響く。
「ディー……ル。」
ユウネは、ディールを見つめる目をゆっくりと閉じた。
そして唇を、少し、突き出す。
これは、まさか。
もう一度、唾を飲み込むディール。
手のひらを、優しく、広げる。
ふいに、ユウネの左耳にディールの指先が触れる。
ユウネは目を閉じたまま、ビクッと大きく震え、
「んっ」
艶声を挙げる。
もうダメだ。
理性が、焼ききれそう、だ。
全身が熱い。
心臓が、破裂しそうだ。
だけど……。
ディールは意を決し、顔をユウネに近づけ……
―はい、そこまでーー!!!―
突然、大声でホムラが叫ぶ。
その声で我に返り、ディールとユウネは離れる。
鼓動が爆音を立てている。
一体、オレは、私は、何をしようとしていた!?
―私がいるのに良くそんな真似できるわねー!こっちはよく分からないけどスイテンとかいう嫌な奴の事、少しでも思い出そうと必死なのに!目の前でイチャイチャされるこっちの身にもなれ!―
憤慨するホムラの叫びに、真っ赤になって否定するディールとユウネ。
「イ、イチャイチャって!何もしていないぞオレは!そう、ユウネの、髪に虫が付いていたから取ってやったんだ!」
「そうですよ!う、動いたら変なところに入っちゃったかもしれないし、ディールに取ってもらったんですよ!」
―ふぅ~~ん、虫、ねぇ……―
呆れた声をあげるホムラ。
―変なところに、ねえ。そのけしからん、胸の谷間とかにか?―
その一言で、顔を真っ赤にしながらユウネが叫ぶ。
「ホムラさぁん!!!」
だが、ホムラは何も答えない。
ますます顔を赤くして怒るユウネ。
「もう!ホムラさん!!」
―シッ!―
急に真面目に、ユウネを制するホムラ。
「どうしたホムラ?……何か来たか?」
「……ホムラさん?」
その態度に警戒を強める二人。
しかしホムラは―あーーっ!―と気の抜けた声を挙げる。
―何か思い出せそうだったのに!ダメだったー!―
ガクッとする二人。
―もう、腹を括るしかないようね!行こう、水の神殿とやらに!―
無理矢理締めるホムラ。
だが、それもホムラらしい。
ディールとユウネは、お互いを見合わせ、笑い合う。
まだ心臓の鼓動は跳ね上がっている。
有耶無耶になったが、この出来事は二人の脳裏に深く焼き付いたのであった。




