閑話9 ナルとゴードン
「ナルちゃん!」
スタビア村から出発して1ヶ月半程でフォーミッドに到着したナル。
それから更に2週間程かけてフォーミッドの中心部に着いた。
“中心部に行けばゴードンがどこにいるか分かるかもしれない“
その一心でようやく着いた中心部。
安堵感と空腹感から、賑やかなレストランに足を運んだ。
道行く人が避けていくような自分のみずぼらし姿。
もしくは店員から追い出されるかもしれない。
それでも…。
人の喧騒や灯りに、焦がれていた。
意外にも追い出されず、笑顔で迎えられた店内。
入るや否や、奥から懐かしい声が、自分の名を呼んだ。
見ると、そこには…大きくがっしりとした身体の、黒髪の青年。
その姿に、ずっと探し求めていた彼の姿を重ね、叫んでしまった。
「ディール!!!!」
だが、その言葉で青年は驚きを強めた。
違う。
そうだ、違う。
「ナルちゃん!?ナルちゃんだよな!」
青年はそう言いながら近づいてくる。
さっきまで騒がしく飲んでいた人々も、固唾を飲んでその青年と、自分を見守る。
「…ゴードンさん?」
そうだ。
彼の兄、【剣聖】ゴードンだ。
「ゴードンさん!!」
涙が溢れる。
会いたかった。
伝えたかった。
色んな感情が噴き出て、思わず抱きよるナル。
ゴードンはナルの身体を受け止め、抱き返す。
「ゴードンさん!ゴードンさぁん!」
「ナルちゃん…どうしたんだよ…」
――――
奥の席。
二人のやり取りを怪訝そうに眺めている同行者に、ゴードンはナルを紹介する。
「すみません、シエラ様。この子はナル。オレの生まれ故郷スタビア村の村長の孫娘で、オレにとって義理の妹のような子です。」
ゴードンは、シエラに頭を下げる。
「いや、私はいいんだけど…。訳ありって感じねー。」
シエラはチラッとテレジを見る。
少し、ムスッとしているテレジであった。
「とりあえずここに座りなよ。お腹空いているでしょ?テレジさん、ボクが出すのでこの子に何か食事をください。」
アゼイドが椅子を引き、ナルに座るように促す。
「ありがとうアゼイド。ナルちゃん、座りなよ。」
それに合わせ、ゴードンがナルを座らせる。
二人の男性に促され、席に座る成人したてという少女。
シエラもテレジも微妙な気分で見つめる。
「話を聞く限り、君の兄弟がお世話になっているという村長さんの家の子なんだね。初めまして、ゴードンの友人で、小さな工房で鈍らを打っている鍛冶職人のアゼイドって言います。よろしくね、ナルさん。」
アゼイドが笑顔で自己紹介する。
「鈍らって…。あんたが打つのが鈍らなら、フォーミッドの武器が全部ゴミになっちまうだろ。私はこの店の店主、テレジって者だ。今、適当な食事と水を持ってくるから待っていてね!」
豪快に笑ってテレジも自己紹介して厨房へ向かう。
「今の人、ゴードン君の意中の人。」
こっそりと耳打ちするシエラに目を丸くするナル。
「ちょ!?シエラ様、何言ってるんですか!」
「妹なんでしょ?家族なるかもしれないなら、きちんと紹介しないとだよ、ゴードン君!」
ニンマリと笑って言うシエラ。
それにアゼイドもプッと笑って続く。
「シエラ様の言う通りだよ。後できちんと紹介しておきなよ。」
そして、シエラが固まる。
そうだった。ここには自分の意中の人がいるのだ!
それに気付いたゴードンが同じくニヤリと笑う。
「そうっすよねぇ、シエラ様…」
「ゴードン君?何か?」
にっこり笑うシエラ。
後が怖い!!!
大人しく、座るゴードンであった。
「で、私がゴードン君の上司にあたる、連合軍十二将主席のシエラ・マーキュリーです。よろしくね、ナルさん!」
笑顔で手を差し出すシエラ。
シエラの言葉に、ナルは驚愕する。
「ええ!?こんな綺麗な人が…十二将主席!?」
「あら!ゴードン君の妹ちゃんはお上手なこと!」
アゼイドの手前で美貌を褒められ、上機嫌になるシエラ。
それを呆れ顔で眺め、こっそりとナルに耳打ちをするゴードン。
「気を付けろよナルちゃん。見た目はこれでも、実力は本物だ。3人いる“世界最強”のうちの一人だからな。オレが全力だしても5秒も持たないから。」
その言葉か聞こえたのか、再度ニッコリと笑うシエラ。
「ゴードン君?余計な事は言わないほうが長生きの秘訣よ?それに5秒だなんて。謙遜しちゃって。」
ギギギギギ…と油の切れた歯車のように顔を向ける。
ハハハ、と乾いた笑いしか出ないゴードンに、シエラはゆっくりと目を開けて答える。
「…2秒もあれば十分だけど?」
ドッと汗を噴き出すゴードン。
あははは、と乾いた笑いしか出来ない。
この様子に唖然とするナル。
目の前のゴードンは、かつてスタビア村で最も強かった剣士である。
老若男女隔てなく、村中の憧れの人。
それが【剣聖】という伝説級の加護を授かり、連合軍へ入って、遥か彼方の実力を得たはずである。
そのゴードンが、まるで母親に怒られる子供が如き、身を縮ませて怯えている。
目の前の銀髪の麗しい女性。
ゴードンの上司。
“世界最強”の一人。
冷たい汗が背を伝う。
しかしその空気を破ったのは、隣に座ってニコニコ笑う青年だった。
「シエラ様。そんなにゴードンを虐めないでください。」
「ご、ご、ごめんなさいアゼイド君!悪気があったわけじゃないの!」
「いやいや、謝る相手はゴードンでしょう。でもゴードンも失礼な事を言おうとしていたみたいだし、お相子ですね。」
ゴードンの友人だというアゼイドに言われ、顔を真っ赤にして謝るシエラ。
彼は鍛冶職人と言っていた。
確かにシエラやゴードンのような強者の気配は一切ない。
だけど、シエラやゴードンにとって中心となっている人物のようだ。
それに、この様子。
どうやらシエラはこのアゼイドにご執心のようだ。
「はぁい、お待たせー!…ん?どうしたの皆?」
テレジは山盛りのパスタを片手に席へ戻ってきた。
顔を真っ赤にするシエラに、笑顔のアゼイド。
ハハハと乾いた笑いを出すゴードンに唖然とするナル。
「…本当にどうしたのよ?」
ーーーー
「ところでナルちゃんは一人なの?ディールは一緒じゃないのか?」
ある程度食事が進んだところで、ゴードンが尋ねた。
その言葉でナルはピタッと料理の手を止め、俯いてしまった。
「ナルちゃん?」
「ゴードンさん…何があったか…全部お話し、します。」
ポツリ、ポツリとナルは言葉を震わせながらゴードンに“あの日”の事を伝える。
聞き入っていたゴードンは、驚愕し、そして、絶望の表情をした。
そして。
『ガタン!』
怒り、悲しみ、そして憎しみ。
様々な感情を込め、ゴードンは立ち上がった。
目線の先は入り口。
歩き出そうとしたゴードンに、
「どこへ行くのよ。ゴードン君。」
静かに、シエラが呟いた。
「…」
ゴードンは答えない。
はぁ、とため息を一つついてシエラは続ける。
「気持ちは分かるわ。私も可愛い妹がいるもの。もしシオンも同じ目に遭ったら、許さないでしょうね。」
「シエラ様…」
「でも、それが許される立場でない。私も貴方も。私怨にかられ、守るべき公爵国の民を傷つけることは許されない。特に十二将は四大公爵国の守護神であり、民の模範である。…って、ユフィナやエリスなら言うでしょうね。」
拳をつくり、俯くゴードン。
拳に爪が食い込み、血が滴り落ちた。
そんなゴードンの背中に、シエラははっきりと告げる。
「生きているわよ。」
シエラの言葉に、全員シエラを見る。
特にゴードンは、目を見開き呆然とする。
何故なら目の前のシエラという上司は、適当な慰めなど絶対にしない人物なのだから。
「紫電霊峰からガルランド公爵国南東のスタビア村を通り南の海へ流れる魔窟大河でしょ。ナルさんの話では、雨季に丁度当たるわね。水量が少ないと引っかかりが無いから海へ一直線だけど、水量の多い季節なら、魔窟の岩場とかに引っかかることもあるわ。」
「その話…本当ですか!?」
「ええ。私の父が証人よ。紫電霊峰の『赤鬼』退治に失敗して大河に突き落とされたところ、魔窟に引っかかって命を繋いだって話。そこにいた『銀斧』に命を付け狙われて散々な目に遭ったってことよ。運良く、ガルランド公爵国の南西側にあるレメネーテ村への抜け道を見つけて、何とか外に出られたって話。んで、そこで私の母と出会ってめでたくゴールイン、ってさ。」
シエラは改めてゴードンとナルを見る。
「ナルさんは、ゴードン君の弟のディール君って子が生きているって信じているから、ここに来たんでしょ?」
涙を流し、頷くナル。
…そうだ。
その言葉が、聞きたかった。
誰も「生きている」と言ってくれなかった。
ただ、その言葉を、想いを、誰かに肯定してもらいたかったのだ。
ボロボロと涙を流すナルに微笑み、その頭を優しく撫でるシエラ。
「なら、信じてあげなくちゃ。でしょ、ゴードン君。」
ゴードンの目からも大粒の涙が流れている。
同じように目に涙を溜め、ゴードンの肩をポンポンと叩くテレジ。
「さぁ、一緒にご飯食べましょう。テレジのお店のパスタ、絶品でしょ!不味いなんて言ったらぶっ飛ばすわよ!」
そんなシエラの物言いに、涙を流しながらゴードンは言う。
「やめてくださいシエラ様。ナルちゃんが死んでしまいます。」
「ぶっ飛ばすのはゴードン君に決まっているでしょ?」
「それもやめてくださいシエラ様。オレが死んでしまいます。」
あははは!と笑うシエラと、つられて笑うゴードンに、テレジも大笑いした。
ようやく、ナルにも笑顔が戻ったのだった。
一人だけ、思案顔のアゼイド。
(“男”の【加護無し】か。確か魔窟には“アレ”がある…。これは偶然、か?)
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食事を終え、落ち着きを取り戻したナルとゴードン。
だが、表情は暗い。
「生きているかもしれない」が、それでも可能性の話である。
ディールの事を思うと、心が掻き毟られるような気持ちになるのだ。
「しばらく、ナルちゃんは私が預かるね。」
テレジが告げる。
「え、でも…テレジ…」
ゴードンが焦ってテレジに真意を尋ねる。
テレジはナルをグイッと自分の身体に引き寄せる。
「ずっと一人ぼっちで旅してきたんでしょ?こんな可愛い子が、こんなボロボロになるまで。しばらくここで預かって、美味しい物沢山食べて、元気になったところで身の振り方を考えれば良いよ。…貴方も忙しいでしょ?ゴードンさん。」
驚くゴードンに、目が点となるナル。
ゴードンは頭を掻きながら、テレジに頭を下げる。
「す、すまんテレジ…。毎日様子を見に来るからよろしく頼む…」
「何言ってるんだい。貴方もここでしばらく生活するんだよ!」
「えっ!?」
少し顔を赤くし、伏目がちで伝えるテレジ。
「ゴ、ゴードンさんも見ていられないよ!放っておいたら衝動的にスタビア村まで行っちゃいそうだし。」
「そ、そんな事しないよ…」
「分からないから言っているんだよ!もし勝手に飛び出したら…シエラがあんたをボコボコにしちゃいそうだしね。」
そう言ってシエラを見るテレジ。
シエラは、ははぁ、とニヤけて答える。
「そうだよ、ゴードン君!可愛い妹をテレジに任せっきりというのは、男としてどうなのかなー?それに君もケアが必要さ。テレジの美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、妹ちゃんと一緒に元気になって弟のディール君を待ちなさい。」
ゴードンは顔を真っ赤にしてテレジを見る。
テレジも顔を赤くして伏せる。
「ま、折角兄妹が会えたんだし、良い機会だと思って一緒に過ごすことね。」
それに…とシエラが続ける。
「テレジもゴードン君も、頑張ってね。」
「「何を頑張るんだ!」」
声を揃え、真っ赤になって叫ぶ二人。
シエラは知っている。
ゴードンは誰がどう見てもテレジに気があるのだが…。
実はテレジも英雄たるゴードンに惹かれているのだった。
「さて、お邪魔虫は退散しますねー。」
そう言って席を立つシエラ。
すかさず、テレジがシエラに追撃をする!
「シエラ、帰るのねー。じゃあ帰り道はよろしくね、アゼイド君♪」
シエラはピタリと動きを止める。
そうだった…。
ゴードンを店に置いていくということは、帰り道、アゼイドと二人きりになるのだった!!
先ほどのゴードンと同じように、ギギギギと油の切れた歯車のようにアゼイドを見るシエラ。
コーヒーを飲み終え、カップをソーサーに置いたアゼイド。
「ボクなんか居なくてもシエラ様は大丈夫…むしろボクが守られるような感じで男として切ないのですが…」
「ソソソソソ、ソンナ事ナイヨ!?」
顔を真っ赤にするシエラ。
言葉遣いまでおかしくなっている。
「おいアゼイド、“アレ”があっただろ?せっかくの機会だし、な…」
「…あ、あぁ。」
ゴードンの耳打ちに、アゼイドは苦笑いして立ち上がった。
「ではシエラ様、しばしご一緒よろしくお願いします。」
「こ、こ、こちらこそっ…よろしくね…」
ぎこちない動作で、店から出るシエラと、隣を歩くアゼイド。
その後ろ姿を、ニヤニヤして見守るテレジとゴードンであった。
「さぁてナルちゃん!まずはシャワーだ!服も洗うから、洗面所に行くよ!」
「は、はいテレジさん…お世話になります。」
「ゴードンさんも!さぁ、こっちに来て!」
「あ、あぁ…」
こうして、しばらくナルとゴードンはテレジの店の厄介になるのが決定した。
後日、仲睦まじいゴードンとテレジの姿が目撃される事となるのであった。




