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閑話7 十二将とフォーミッドの夜

「本日は以上です。お疲れ様でした!」


シエラの宣言に、ガタガタと立ち上がって会議室から出ていく十二将たち。


マリィは即座に鍛錬場へと向かった。

直向きに、素振りや剣の型を繰り返す病的なまでのストイックさ。


「夕食はちゃんと摂るのですよ、マリィさん!」


大声を張り上げながら後に続くエリス。

何だかんだ言って、マリィの面倒を見るのがエリスの役目だったりする。


「はぁ~。さて仕事仕事……。」


ユフィナはラーグ公爵国で起きた一連の事件について、改めて関係者に調査報告をするよう書類を纏めるのである。

気になるのは、褒章を辞退した新人ハンター達。

ガルランド公爵国国王でもあるレオンが “ラーグ公爵国で褒章を渡さないなら、こちらで渡す” と言われた手前、無視する訳にはいかない。

レリック侯爵に、早速連絡を入れようと考えるのであった。


英雄マイスターは、日課である酒場めぐりである。

そこに、今日はアスランが付き合うようだ。


「今日こそ負けねぇからな!」

「はぁ~。今日もやるんですか……。懲りないですね、マイスターさん」


日課にしているが、酒に強いかどうかは別の話。

“蟒蛇” と称されるアスランに、酒飲み勝負を仕掛ける負けず嫌いのマイスターだが、結果は毎回惨敗である。


「ほどほどにせよマイスター。戦時中故、将軍が酔い潰れていて使い物にならぬなど、笑い話にもならないからな。」

「は、はい。」


それに釘を刺すレオン。

レオンは年齢の近いザインとオフェリアの作戦について、協議をするとのこと。

豪快ながらも真面目な二人であった。


「さぁて、帰ったら何しようかな。」


オーウェンは欠伸をしながら席を立ち、会議室を出ようとした矢先。


「暇ならオレ達に付き合え、オーウェン!」

「そうですよ。オレ一人にマイスターさんのお子守をさせないでください、先輩」


マイスターとアスランに捕まる、オーウェン。


「ちょ、待って!おいゴードン!お前も、もちろん付き合うよな?」

「悪い。オレは先約がある。また付き合うから今夜は勘弁してくれ。」

「おおおい、そんなぁ~~。」


マイスターとアスランに引きずられるオーウェン。

3人が見えなくなったタイミングで、ゴードンはシエラに声を掛ける。


「あの、シエラ様。」

「なぁに?会議終わってからずっとソワソワしている感じだったから私に用かな、って思っていたけど。まさかデートのお誘い?」


悪戯っぽくシエラは言う。


「まぁ、そんなところです。」

「あら嬉しい。でも私には心に決めた人がいるの。貴方のお誘いも魅力的だけど、残念ながら…」

「アゼイドからのお誘いです。これから一緒にテレジの店で食事しましょう、と。」


ガタン!

と椅子を倒す勢いで立ち上がるシエラ。

顔は茹つように真っ赤になり、身体がフルフルと震えている。


「そ、そ、そ、それ、本当!?」

「え、ええ…。アゼイドに夕食を誘われたんですが、ぜひシエラ様もご一緒に、と…」


その言葉で、盛大に舌打ちをするシエラ。


「なんだよ…。ゴードン君も一緒なのか…」

「あ、いえ…すみません。」


明らかにイラつくシエラに頭を下げるゴードン。


「そ、その…テレジの店に行ったら…。もしテレジも手が空いていれば一緒に食事をどうかな、と。そうすれば、シエラ様とアゼイドが二人でお話し出来ると思いまして。」


ゴードンも顔を赤くして伝える。

その言葉に、シエラは「ははぁ…」とニヤニヤ笑う。


「よぉし任せなさい!私とゴードン君は同志だ!共に幸せを勝ち取るため、今夜を乗り切ろうではないか!」


右手を高く掲げ、決めポーズをするシエラ。


「いやっ、そのっ、オレは別にテレジの事なんか…」

「嘘おっしゃい!顔に書いてあるわよ!さぁ、早速アゼイド君の工房へ行きましょう!」


シエラはゴードンを掴んで引きずるように連れていく。

が、ふと目に入ったのは…。


「何よ。あんたまだ居たの?早く帰りなさいよ。」


冷たい目線の先には、シエラの隣に掛ける末席【戦場の死神】ディエザであった。

会議中、一言も発せず、ただ居ただけであった。


『…ああ。マルゼン総統閣下にお会いしてから、戻る』


相変わらず、魔道具と思わしきその白い鉄仮面から、男とも女ともつかない声で答えるディエザ。

その態度に、怒りが湧き出るシエラであった。


「あっそ!言っておくけど、マルゼン総統閣下はお身体が優れないの。もう夜になるし、出直したらどうなの!?あんたみたいな陰湿な奴がこんな時間に顔を出したら、もっと体調が悪くなるでしょ!」


その言葉で、ディエザは立ち上がった。


「なによ?やる気?言っておくけど手加減なんてしないからね、私。」

『いや。シエラ様のおっしゃる通りだ。マルゼン総統閣下の御気分を損なうわけにはいかない。私も戻ろう。』


そう言い、音もなくディエザは会議室の外へ出る。


「…気味の悪い奴。」


シエラとディエザのやり取りを見て、生きた心地のしなかったゴードンは震える。

【剣聖】という英雄の加護を授かった自分。

それでも上には上がいる現実に、鍛錬を怠った日は無い。


そして、いよいよ最高幹部である十二将に名を連ねた。

だが、未だ底が見えない二人がいる。


主席【天衣無縫】シエラ・マーキュリー

末席【戦場の死神】ディエザ


仮に自分が蟻だとすると、この二人は凶悪な“二つ名持ち”、それも最上位の魔物だと比喩する。

底が見えぬどころか、その気になれば一瞬でこの世から消されるであろう。


先ほど皇帝と共に居た帝国軍大将団“十傑衆”最強のゼクト。


この三人こそが“世界最強”と呼ばれる。


“恋に生きて、結婚したらさっさと軍を辞める”と事あるごとに言う、シエラ。

何を考えているか不明だが、マルゼン総統に対し異常なまでの忠誠心を持つ、ディエザ。


敵対することはまず無いと考えるが…。

果たして、英雄の加護【剣聖】でも手も足も出ないこの“世界最強”達に、太刀打ちが出来る日が来るのであろうか。

マリィのように、改めて愚直に鍛錬しようと心に決めるゴードンであった。



――――


「さ、さ、誘ってくれてありがと…アゼイド君」

「いえいえ!むしろ私などがシエラ様とご同伴願えるなんて…至極恐縮でございます。」


アゼイドの工房前。

作業を終え、着替えたアゼイドと、シエラとゴードンが合流した。


恭しく頭を下げるアゼイドに、シエラは慌てる。


「いいの!わ、私こそ、アゼイド君と一緒にご飯を食べられるなんて…」


夢のよう。

と言ったが、あまりの恥ずかしさに消え入るような声での呟きとなった。


「さぁ、シエラ様。アゼイド。行こうぜ。」


ソワソワして先を急ぐゴードン。

そんなゴードンに二人は少し微笑みながら付いていく。



連合軍本部フォーミッドの街並み。


軍隊が通れるように広く、硬く固めた大通りに、細い路地が連なって町を形成する。

それぞれの建物が頑丈な岩石を切り取った石煉瓦で出来ており、中途半端な攻撃や魔法ではビクともしない。


町全体が、強固な要塞である。

それが四大公爵国に跨って広がる、守護者の町。


アゼイドの工房から歩いて10分。

目的であるテレジの店の前に着いた。


丁度、夕食時であるため、多くの町の住民や連合軍の兵たちが出入りする。

入り口の前に立つ、一人のウェイトレスがシエラ達に気付く。


「いらっしゃいませ、シエラ様!いつものお席でよろしいでしょうか?」

「え、ええ。お願いするわ。」


店のオーナー、テレジとシエラは幼馴染である。

二人で一緒にフォーミッドに訪れ、シエラは連合軍入りして即座の幹部に昇進。

テレジは軍人相手のレストランを開く夢をフォーミッドで叶え、フォーミッドでも上位人気店となった。


シエラは良く訪れるため、専用席がすでに確保されているのだ。

十二将の特権でなく、シエラとテレジの仲による融通なのであった。


「あ、あ!ゴ、ゴードン様っ!」

「お、お世話になるよ。」


ウェイトレスは、一緒に同伴してきたのがゴードンと気付き、顔を赤らめて叫ぶ。

【剣聖】ゴードンは、フォーミッドで最も有名な人物でもある。

先日十二将入りを果たし、その人気は益々鰻登りであったのだ。


短いながらも清潔に切りそろえられた黒髪に、整った顔立ち。

そして伝説の英雄と同じ【剣聖】の加護。

明るい性格に、分け隔てなく笑顔で人々と接する人間性。

モテないわけがない。



ウェイトレスの案内で、店の奥にあるシエラ専用席へと着いた3人。

店は盛況で、多くの町人や連合軍の兵が食事に舌鼓をうち、酒で盛り上がっていた。

横切るシエラとゴードンを見かけ、大慌てで席を立ち、敬礼をする兵が多くいた。

その都度「そういうのいいから!気にしないで!」と言うシエラだが、効果はいまひとつ。


連合軍の総大将は、その美貌と強さと仁徳で、ゴードンに負けず劣らず人気であるのだ。



席に着いたシエラ達に、ウェイトレスが尋ねる。


「シエラ様は、いつものでよろしいでしょうか?」

「ええ。お願いするね。」

「畏まりました。ゴードン様は…」

「オレも、シエラ様と同じのを。あと大盛りで。」


シエラの“いつもの”

海鮮とチーズたっぷりのシーフードドリアである。


「お連れの方は?」

「そうだな…。ボクも、シエラ様と同じものでお願いします。」


アゼイドもそれに倣った。

顔を真っ赤にして俯くシエラ。


(絶対これ…“私と同じ物を頼むなんてアゼイド君と私の心は通じ合っている!”って思っているんだろうな。)


若干、引きつりながら思うゴードン。

もちろん口には出さない。

出したら最後、後できっつ~いお仕置きが待っているからだ。


「では、シーフードドリアを三つ。ゴードン様のは大盛りで承りました!お待ちください。」


ゴードンと会話が出来て嬉しそうにキッチンへ向かうウェイトレス。

その後ろ姿を見ながら、ゴードンは水を飲む。


「あ、あの…アゼイド君…」


モジモジしながらシエラが尋ねる。


「はい。何でしょうかシエラ様。」

「この前…渡した例の金属だけど、どう?今日、炉にくべていたけど…」


金剛天鋼のことである。

シエラが今日訪れた時、それを炉に入れて溶かし、型に流し込む作業をしていた。

もちろん、すでにゴードンが居て盛大に心の中で舌打ちをしたのであったが。


「ええ。早速打ち始めました。さすが伝説級の金属です。造り甲斐がありますよ。」


楽しそうに伝えるアゼイドの顔をポーッと見て、真っ赤になるシエラ。


「そ、そう!良かった…。あれ、フォーミッド広しと言えど、扱えるのはアゼイド君くらいしか居ないと思って!」

「それは買被り過ぎですよ、シエラ様。ボクなんかまだまだ若造です。もっと腕の良い、素晴らしく尊敬できる鍛冶職人は大勢いらっしゃいます。」


だが、実際にはシエラの言うとおり、金剛天鋼を扱える鍛冶職人など、アゼイド含め数人しかいない。

その打つ剣の完成度、強さ。

全てにおいて、最高と称される若き天才鍛冶職人。

それがアゼイド・セイスである。


アゼイドは、少し長めの黒髪を掻いて照れくさそうに言葉を続ける。


「でも…そうおっしゃってボクを指名してくださるシエラ様のご慧眼に適うべく、持てる力を全て出し切った一振りを打ち上げます。シエラ様が持つに相応しい物としますので、出来上がりましたら是非お受け取りください。」


はにかんで伝えるアゼイドの言葉に、ボフン!と頭から湯気を噴き出して真っ赤になるシエラ。


「アアアアアアゼイド君が、わわ私のために…」

「落ち着きなさいな、シエラ。」


シエラの横に立つ、長い赤髪をバンダナで巻き上げ、エプロンの下からでも分かる豊満な胸を持つ女性が半笑いで告げる。


「テ、テレジ…」


その姿を見るや否や、ゴードンも硬直する。


「いらっしゃい!ゴードンさん!アゼイド君も久しぶり!」

「お久しぶりです、テレジさん。」


笑顔で挨拶をする、女主人テレジに、同じく笑顔で応えるアゼイド。


「相変わらずシエラはアゼイド君の前だと、ダメになるねぇ。」

「ちょ!?何を言うのよテレジは!!」


その言葉で正気を戻し、大慌てで制するシエラ。

あはははは、と笑いテレジは更に茶化す。


「それにも関わらず、毎日アゼイド君の工房へ寄っているんでしょ?健気ねぇ。」

「それ!以上!言わない、で!!」

「ところでゴードンさん、どうしたの?」


焦るシエラを無視して、今度は固まるゴードンの顔を見つめるテレジ。


「あ、あ、あ…」


まるで錆び付いた鉄人形のように、身体をギチギチ言わせながら顔を上げるゴードン。


「大丈夫、です?」


ずいっとゴードンの顔の前に、顔を近づけるテレジ。

益々真っ赤になって動作がおかしくなる、ゴードン。


「テレジ!そのくらいにしてあげて!ゴードン君、死んじゃう!」

「そ、そう…?分かった。」


テレジは背筋を伸ばし、全員を改めて見る。

相変わらずゴードンは硬直したままだが。


「今日も当店をご利用いただきありがとうございます。今、絶品のシーフードドリアを作ってくるから、待っていてね!」

「うん、楽しみにしている!ところでテレジ…」


シエラも改めてテレジに向き合う。


「落ち着いたなら、一緒に食事しない?」


その言葉で、ゴードンは目を見開く。


「そうねぇ。今夜は結構混んでいるけど…だいぶ落ち着いたかな?私もお腹空いたし、ご一緒させてもらうね。」


笑顔で了承するテレジ。

「じゃ、私もドリアにするわ」と言って、一旦厨房へ下がったのだ。


「…大丈夫、ゴードン君」

「な、な、何もおかしい事起きていませんよ、シエラ様」


絞り出すように声を出す、ガチガチに固まったゴードンであった。


――――


「やっぱりテレジのシーフードドリアは最高っ!」


満面の笑みでドリアを食べる、シエラ。

大き目に切られたイカや貝、プリプリの海老が熱々のチーズに絡まる。

テレジの店の人気メニューの一つである、シーフードドリアである。


シエラは幼少期から、テレジの作るこのドリアの虜であったのだ。


「本当。久々に食べましたが、凄く美味しいですよね。」


笑顔で同意するアゼイドに、顔を赤らめて「そ、そうでしょ…」と消え入るように答えるシエラ。


「ったく。本当にアゼイド君と一緒だとシエラはダメになるねぇ」


また同じように茶化すテレジ。

顔を真っ赤にして「もー!」と怒るシエラであった。


「アゼイド君はどうなの?シエラのこと」


悪戯っぽく、テレジはアゼイドに矛を向ける。

「熱っ!」と顔を顰め、真っ赤になってアゼイドも慌てる。


「テ、テレジさん!ボクは一介の鍛冶職人で…シエラ様は連合軍のトップですよ!なんて失礼な事を…」

「あら?でも薄々気付いているでしょ?シエラのこと」


その言葉に真っ赤になってシエラが叫ぶ。


「テレジ!!もうやめてー!ご、ごめんね、アゼイド君っ!」


だが、意外にもアゼイドも…。


「い、いえ…。その、シエラ様、とても魅力的ですし…その…お慕いしています。」


と答えるのであった。

「おっ!」と笑顔を綻ばせるテレジ。

相変わらず動きのおかしい、ゴードン。


そして、顔を茹で蛸のように真っ赤にして、震えるシエラ。


「い、い、い、今…なんて…」


心臓が爆発する!

そんな勢いで鼓動が早くなる。

全身から汗も噴き出る。


「あ、いえ…大変失礼な事を申し上げました…」


だがすぐ謝るアゼイドであった。

その言葉に「全く…意気地なしめ」と呟くテレジ。


その時。

テレジの店のドアが開き、一人の少女が入店してきた。


店の出入りは頻繁であるため、特段意識はしていないシエラとゴードンであったが、その時、たまたま入り口側を見たのであった。


アゼイドと、テレジが隣に座るこの現状。

もう心臓がおかしくなりそうだった。

せっかくのドリアの味も良く分からない!


そんな状況を一旦リセットしようとしたのだ。


だが、その入店した少女を見て、ゴードンは目を丸くした。


長旅をしてきたのか、羽織る外套は薄汚れ、ボロボロになっていた。

水色の髪はボサボサに乱れ、虚ろな瞳。


一瞬、誰だか分からなかった。

しかし見間違えるはずがない。


思わず、叫ぶゴードン。



「ナルちゃん!!!」



それは、ゴードンの弟であるディールの幼馴染。

自分にとっても妹のような存在。


故郷スタビア村の少女、ナル・ハンバーであった。

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