閑話6 十二将と皇帝
しばらく閑話が続きます。
「報告は以上ね。」
連合軍本部フォーミッド中心部にある十二将官邸の最上階。
専用会議室にて十二将全員による会議が進行している。
時刻は、間もなく16の刻となる。
「さて、他に言い忘れた事や付け足すことはないかな?無ければ、本日の本題に入ります。」
そう言い、十二将主席シエラは、漆黒の円卓の中心部に一枚の紙を広げた。
その紙には、幾何学模様が描かれている。見る者が見れば、それが何か一目瞭然であった。
「これは…通信紙だな。しかも複雑な紋様だ。」
十二将最年長、第9席ザインが呟く。
離れた者と会話が可能となる通信具関連のマジックアイテムの一つで、もう1枚の片割れを持つ者に限るが姿などをホログラム化して通信が出来る物である。
非常に希少で高価なマジックアイテム。
価値にしてアーカイブリングとあまり変わらない程である。
「間もなく、この片割れを持つ“となるお方”から通信が入ります。そこで、今後の方針と作戦を練るのが、今回の本題。」
ザインを見つめ笑顔で言うシエラ。
「誰が持っているんですか?わざわざ十二将全員が集められているこの場で会話をするとなると…よほどの大人物なのでしょ?」
椅子の背もたれに身体を預け、ぶっきらぼうに言うのは第4席【白夜の英雄】マイスターだ。
ガルランド公爵国の中でも豪傑揃いとして名高いランバルト子爵の次期当主である。
十二将の中でも有名で、連合軍の中でもその強さと男気溢れる性格で、人気が高い。
そんなマイスターの言葉に、フフン、と笑うシエラ。
呆れ顔になるマイスターだった。
「シエラさん…そんな勿体ぶらないで教えてよ。」
「あはは、ごめんごめん。もうすぐ向こうから通信入るだろうし、勿体ぶらずに言うねー。」
シエラは全員の顔を見渡して、伝える。
「16の刻と同時に、ソエリス帝国の皇帝“オフェリア”から、通信が入るわ。」
シエラの言葉に、ほぼ全員が驚愕し、何人か思わず立ち上がる。
「ソエリスの皇帝オフェリアだと!!なぜ、敵国のトップである皇帝から通信が入るのだ!」
「まさか、前回の大戦の結果で帝国が勝利したとでも宣うか!?オレ達がまだ健在である上に攻めあぐねているのは帝国ではないか!侮辱にもほどがある!」
「許せない!通信でなく本人がいれば、八つ裂きにしたものを!!」
ザインに、マイスター、それに第7席シータがそれぞれ叫ぶ。
それを見てシエラは悪戯が成功したように笑う。
「あはは。いつも冷静沈着なシータがそこまで感情的になるなんて、今まで黙っていてよかった。」
「いくらシエラ様でも、言って良い事と悪い事があります!」
この場にいるシータは、帝国との前線にいる本体が魔法で生み出した分体である。
しかし、その意識は本体とリンクしており、その感情は本体からのものであった。
そんなシータを見て、シエラは笑ってなだめる。
「まあまあ、そう興奮しないで。私は事実を述べただけよ。…あと5分後。オフェリアちゃんから連絡が入るわ。」
「オ、オフェリア、ちゃん!?」
シータだけでない。
またもやほぼ全員が驚愕のあまり目を見開く。
「言ってなかったけど、かつてソエリスの皇女であったオフェリアちゃんは、以前ソリドール公爵国に留学していたの。そこで私やマリィ、あとユフィナやエリスとも会って友好を深めた仲。まさか彼女が皇帝になるなんて思ってもなかったけどねー。」
ケラケラ笑って答えるシエラ。
頷く、ユフィナとエリス。
マリィは食事を終え、満腹になったからか眠そうな表情をしているが…。
「確かに、前回の大規模な衝突は許せるものでない。でもね、事前にオフェリアちゃんから連絡が入ったからこちらも防衛線を引けたけのよ。」
「ぬ…。そう言われると確かに。シエラ殿の迅速な指示により帝国の猛攻を水際で防げたな。なるほど、まさか皇帝自らの密告であったか。得心いった。」
頷くレオン。
その言葉にユフィナが続ける。
「もし連絡が無かったと思うとゾッとするね。こちらは連合軍兵3万に軍団長3人、あと十二将2人の犠牲。あちらは十傑衆3人に、軍部の幹部が何人かと同じくらいの兵の犠牲。それだけで済んだのも、オフェリアからの緊急通信があったから。もしそれが無ければ…ソリドール公爵国とバルバトーズ公爵国の1/3とフォーミッドの戦線が半分、壊滅していたわね。加えて両軍であと何万人死者が出ていたことか。」
全員が黙ってユフィナの指摘を聞いた。
その指摘とおり、もし連絡が入っていなければ…。
急襲に備えていたとは言え、被害は拡大したのだろう。
「ここまで言って、今回の本題の意味を理解が出来ない馬鹿は退席してね。」
シエラは再度全員の顔を見渡す。
「…大丈夫のようね。話を続けると3年前から続く四大公爵国、連合軍とソエリス帝国の衝突は、現皇帝オフェリアの意向では無い。あくまでも帝国の“軍部”の暴走が原因である。あちらさん、皇帝を筆頭としている割には、昔から政治と軍部に隔たりがあって、どうも上手くコントロール出来ていないみたいなのよ。そういうわけで、その詫び含め相談やら何やらで、皇帝オフェリアちゃんとその理解者が、これから連絡をしてくるのよ。」
「…皇帝は分かりましたが、理解者とは?」
代表して、ザインが尋ねる。
「あちらの最高戦力、十傑衆のトップ“【百式】ゼクト”と言えば分かるでしょ?」
再度、全員が驚愕する。
それは帝国の中で『英雄』と呼ばれる、豪傑であるからだ。
「まさか、かの【百式】とは…。」
「“世界最強”の、一人か。」
ゴードン、それにオーウェンが呟く。
その言葉に、シエラが答える。
「“世界最強”かどうかはこの際置いておいて、オフェリアちゃんが心底信頼しているのが、そのゼクトなのよ。」
「つまりだ…あちらは皇帝と十傑衆という軍部最強の将が居ながら、戦争を止められていないということになりますが…。それは可笑しい話ではないですか?」
呟くように、第8席【双竜】アスランが言う。
アスランに笑顔を向けてシエラが答える。
「良いところに気が付いたアスラン君!実はそれこそが最大の問題なんだよ。…と、私が説明するより、本人に説明してもらおうかな。」
全員が、中心の通信紙に目を向ける。
いよいよ約束の16の刻。
通信書は淡く青色に光り、そこからホログラムのように二人の人物を浮かび上がらせた。
一人は、赤や金の刺繍が施された着物を纏う茶髪の美しい女性。
その後ろにたたずむ、端整な顔立ちの金髪の男性。
ソエリス帝国の皇帝オフェリアと、十傑衆1位【百式】ゼクトであった。
映し出されたオフェリアは、丁寧なカーテシーと共に会釈をする。
『初めまして、連合軍十二将の皆様。本日は貴重なお時間をいただき心より感謝申し上げます。余がソエリス帝国の今代皇帝を務める、オフェリア・フォン・ソエリスです。』
続いて、後ろに佇むゼクトが軽く頭を下げた。
オフェリアはゼクトを手のひらで指し示し、紹介をする。
『こちらが、今回の作戦の要。余の腹心のゼクト。』
『連合軍十二将のお歴方々、貴重な機会を与えていただき感謝いたします。当皇帝であるオフェリアの守護者にして帝国軍大将団“十傑衆”1位を務めるゼクト・オラトリオです。以後お見知りおきを。』
オフェリアに続き、ゼクトがしっかりとした口調で答える。
その二人に椅子から立ち上がったシエラが、会釈をして話始める。
「この度のご連絡に感謝します。私がこの十二将を預かる総大将、主席のシエラ・マーキュリーです。連合軍総統マルゼン・フォン・ソリドールの名代として、この場を取り仕切らせていただきますので、どうかご寛容にお願いします。」
シエラも頭を下げ、それに倣い十二将全員も立ち上がり、頭を下げる。
だが。
「ぷっ…クククク…」
『うふっ…ふふふふ…』
シエラとオフェリアがほぼ同時に噴き出した。
「あははははははは!!堅っ苦しいー!!!」
『やめてよシエラ!!せっかく真面目に構えていたの、台無しじゃないのよ!!』
シエラとオフェリアが同時に笑い出す。
『おいおいオフェリア。本当に台無しじゃないか。マジで切羽詰まっているだろオレ達。』
呆れて顔のゼクト。
仮にもオフェリアは皇帝。その物言いはどうかと思うが…だが、当のオフェリアは目の涙を拭きながらゼクトに謝罪する。
『ごめんごめん!久々に親友たちの顔を見れて興奮しちゃった!』
そんなオフェリアに、続いてユフィナとエリスも言葉を掛ける。
「久しぶりね、オフェリア。」
「相変わらず笑い上戸のようですね。」
『ユフィナもエリスも元気そうで何より。あとマリィは…相変わらずね。』
半分居眠りをしているような表情のマリィ。
「……久しぶり、オフェリア。」
辛うじて起きている感じのマリィに、オフェリアは噴き出す。
そのやり取りで、マリィを睨むエリスであった。
そんなエリスを押さえる、ユフィナ。
『あはは!エリスもユフィナも相変わらず苦労しているね!』
「本当ですよ…」
エリスはため息をついて同意する。
「さて、久々にお話し出来て嬉しいし、オフェリアも相変わらず元気そうで何より。でも、そっちは大変なんでしょ?」
「ええ。そろそろ本題をお伝えしますね。」
シエラが本題に触れると、オフェリアが真面目な顔で頷く。
『今回の戦争は、ソエリス帝国の軍部の暴走というのはおそらく、シエラから聞かされていると思いますが…』
「実態は?」
『…そもそも、ソエリスの軍部体制に問題があるのです。帝国軍の大将団“十傑衆”のうち、1位と2位は皇帝に近い権力を有しているのですが、今回の戦争は、その2位に問題があるのです。』
目を伏せながら語る、オフェリア。
『2位のカイゼルが、四大公爵国への侵略を望む他の十傑衆だけでなく、軍部全体を掌握してしまっていることが衝突の原因です。それを御しきれない私も不甲斐ないのですが…。彼、カイゼルに、私の弟である十傑衆3位オズノートが賛同してしまっており、話が拗れに拗れてしまっているのです。』
「なるほどね…。軍部掌握のやり手に、皇帝継承権すらある弟君が元凶か。」
マイスターが呟くように言う。
オフェリアは静かに頷き『その通りです』と答えるのであった。
「そうなると、あんたの命も危ないな。」
事を理解したマイスターがはっきりと言う。
その言葉に答えるのは、ゼクトであった。
『その通りだ。オズノートとその取り巻きが、皇帝継承権順列で最も高かったオフェリア様が継承したことに異を唱え始めている。単なる反乱分子ならオレが粛清出来るが、さすがに十傑衆や皇帝の血を引くオズノートはどうにもできない。今はオレがオフェリアの傍で目を光らせているから事には発展していないが…。先の衝突のとおり、オレやオフェリアの影響が弱くなってきている。』
だが…と続けるゼクト。
『こちらもただ手を拱いているだけではない。十傑衆でオフェリアに賛同する者、敵対する者の見極めをはほぼ完了している。あとは…こちら側に付いてくれる者が本当に信用できるかどうかだけだ。』
「……先ほど、“作戦”と言ってたね。戦争を扇動するそちらの2位と3位、あと軍部の暴走。それを食い止めるためには…オフェリアが暗殺される前に、そいつらを暗殺するってところかしら?」
急にマリィが核心を突いたため、全員目を見開いて驚く。
確かに、すでに皇帝継承したオフェリアから継承権を奪うには、暗殺が最も可能性のある手段である。
だが逆に、反乱分子たる上位将軍と、血を分けた弟を暗殺で始末するのか?と尋ねたからだ。
『さすがマリィね。いつも抜けているように見えるけど…状況判断は相変わらずピカいちね。』
少し困った顔をして、オフェリアが答える。
「つまり、そのカイゼルという将軍と、オズノートとか言うあんたの弟さんを始末するためにも、軍部を掌握する影響力をオフェリアさんが得るために十傑衆の中での協力者を探している最中ってところか。ちなみに見極めはどういう状況なんだ?」
マイスターが尋ねる。
それに答えるのは、ゼクト。
『今のところこちら側の味方は3人。4位“アーシェ”、5位“ミロク”、あと10位“アメリア”だ。』
その言葉に再度全員が息を飲む。
「ミロクって…あの“氷の貴公子”ミロクか!」
「アメリアというと、【風の神子】じゃない!」
オーウェンとシータがそれぞれ叫ぶ。
とんだ大物の名前であったからだ。
「アーシェという人物は耳にしないな…。順列は高いようだが。」
白い顎鬚を撫でながらザインが尋ねる。
頷きながら、ゼクトが答える。
『4位アーシェは主に内政担当なので表舞台に出てこないからな…。そちらのマリィ殿やゴードン殿と引けを取らぬ剣の使いで、【風の神子】アメリアの実の姉だ。』
連合軍で最高と呼ばれるマリィや、【剣聖】ゴードンと引けを取らないとの評価。
さすが、帝国軍の大将団4位の実力者である。
「で、あとは敵側ってこと?」
『確実に敵と言えるのが、6位ゾルゲと7位ウルフェルの二人だな。ゾルゲは戦闘狂だし、ウルフェルはオズノートに心酔してしまっている。不明なのが、8位ジャッカルと9位アクセラートの二人。ただ、戦闘狂という点ではジャッカルも敵側なると踏んでいる。』
「そうなると、敵と味方の比率は丁度半々か…。厳しいな。」
マイスターは深く背もたれに身を預けて、呟くように言う。
顔を顰め『その通りです』と答えるオフェリア。
『4位アーシェは内政にばかり関わっていたので、正直軍部への影響力は高くありません。同様に、妹のアメリアも同じです。唯一、我ら帝国で英雄扱いされている5位ミロクが、頼りと言っても良いでしょう。』
「実質、軍部に切り込めるのはそちらのゼクトさんと、氷の貴公子ミロクだけということか。そこでどういう作戦で行くのだ?わざわざオレ達十二将に語るとなると、リスクはあっても何かしらの勝算があるんだろ?」
背もたれから身体を起こし、マイスターがはっきりと尋ねる。
その言葉に、オフェリアとゼクトが頷く。
『まず、敵と分かっている6位と7位、あと出来れば8位と9位が軍団を連れて、帝国と連合軍の前線付近まで進軍させます。』
「つまり、わざと帝国から離す訳だな。」
『はい。基本的にカイゼルとオズノートは個々の実力があっても、将軍として前線には立ちません。帝国内で戦線会議と称して呼び寄せ、私、ゼクト、アーシェ、ミロクの4人で、カイゼルとオズノートを討ちます。』
その言葉に、マイスターや他の面々も驚く。
「おいおい…。皇帝さんよ、あんたも戦うのか?」
「言ってなかったけど、オフェリアちゃん強いよ?加護だって凄いし。」
そんなマイスター達の驚きに、シエラが答える。
続いて、頷くオフェリア。
『私は皇帝になる前は、十傑衆4位でした。カイゼルには及びませんが、弟のオズノートには後れを取りません。』
『それにオレが居る。カイゼルの糞爺はオレが責任を持ってその首を跳ねる。アーシェとミロクは、オズノートと他の反乱分子の粛清だ。こちらは皇帝が付いている。義はこちらにあるというものだ。』
納得がいった、マイスター。
「なるほどね。そちらの6位や7位、あとついでに8位と9位が引きつれた帝国軍を、オレ達連合軍がうまく引き付け、その間にそっちの処理をするという流れか。」
『ご明察感謝します。』
十二将、全員が頷く。
作戦は、決まった。
『こちらの動向は、常にシエラや皆様に連絡をいたします。ただ皇帝が堂々と連合軍に報告するというわけには行きませんので…基本は夜となります。』
「それは大丈夫だけど、夜でも問題はないの?特にゼクトさんは。」
シエラが不安そうに尋ねる。
『それは問題ありません。ゼクトは、私との逢瀬で皇帝の私室に訪れているということになっていますので』
とんでもない、爆弾発言であった。
「え、ええー!オフェリアちゃんとゼクトさん、そんな関係だったの!?私ですらまだ彼氏とそんな関係になっていないのに!」
アゼイドはまだ恋人では無いだろ…。
と心の中で突っ込むユフィナとエリスであった。
そんなシエラに笑ってオフェリアが答える。
『違うわよー!そう見せた方が手っ取り早いし、邪魔も入らないからって話よ。私とゼクトに男女の関係は無いわ。』
『その通り。敵の目を欺くためだ。おかげでこのように貴殿等と連絡がし易いというもの。』
平然と答えるオフェリアとゼクトに、頭を抱えるシエラ。
「…そこまでするなんて…流石オフェリアちゃんってところね。」
『恋を夢見るシエラには無理な芸当でしょ?これでも“余はソエリス帝国の偉大なる皇帝ぞ”、てね!』
舌を出しておどけるオフェリア。
いずれにせよ、作戦は決まったのだ。
「では、また連絡を待ちます。よろしくね、オフェリアちゃん」
『よろしく、シエラ。十二将の皆様。』
――――
「ふう。」
ソエリス帝国城塞の、皇帝私室。
通信を終え、ため息を付くオフェリア。
「お疲れ様。オフェリア。」
後ろに立つ、ゼクトがオフェリアを労う。
ふいに、オフェリアは立ち上がり、ゼクトに抱き着く。
ゼクトに口付けをし、舌を絡める。
「うふふ。シエラ達に嘘言っちゃった。」
「余計な情報は不必要だからな。本題はあくまでもカイゼル達だ。オレ達の関係など、作戦には何ら影響はない。」
「そうね。…まだ、時間はあるの?ゼクト。」
「まだ、大丈夫だ。」
「そう…」
さらに強く抱きしめ合う二人。
そのまま、オフェリアのベッドに倒れ込んだ。
皇帝と最高位将軍の逢瀬。
それが事実であるからこそ、作戦の隠れ蓑になるのであった。
結局は、自分らの関係すら利用する。
それこそが、若き女帝の取れる手段の一つなのだから。




