第41話 デート
手を繋いだまま、しばらくメイスの街並みを歩き…。
「ここか。」
「すっごい…人…」
目当てである、ケーキと紅茶の美味しいと評判の店の前に着いた。
だが、流石に有名店である。
すでに行列が出来ており、最後尾には店の定員が列を整列させていた。
「とりあえずオレ達も並ぶか。ユウネ、並んでも入りたいだろ?」
「あ、ありがと…」
頬を赤らめて頷くユウネ。
欲しい物が甘い物と紅茶と、少し恥ずかしい気もするが、それ以上に「美味しい」と評判のお店。
宿でいただいた紅茶も美味しかったが、ソマリ曰く「あのお店の方が美味しい」だ。
期待するな、という方が無理である。
最後尾に並ぶディールとユウネ。
チラチラと並ぶ人達に見られる二人。
「な、何か落ち着かないね…」
「あ、あぁ…」
それもそのはず。
二人の格好はまさに『貴族』そのものである。
そんな『貴族』が、平民と一緒に並ぶなんて!
大慌てで店員がやってきた。
「あ、あの…ここに並ばれると、店内へのご案内は1時間ほど後となります…が…」
店員は、目を丸くして言葉を失う。
目線は、ディールのジャケットから除く、シャツの胸に描かれた刺繍である。
「何か?」
「レ、レ、レリック侯爵家の御来賓でしたか!ししし失礼しました!どうか、こちらから!店内にすぐご案内いたします!」
大慌てで叫ぶ店員。
並んでいる客たちもギョッとする。
「え、よくわかったな…オレ達がレリック侯爵の世話になっていることを。」
「当然でございます!!ささ、こちらの入口へ!」
店員が気付いた理由は、ディールが着ているシャツである。
シャツの胸にはレリック家の家紋が金糸で刺繍されている。
通常、貴族家の者はフォーマルな場では『銀の刺繍』を施した服や外套を着るのであった。
これに対し『金の刺繍』は、『この者は我が家が丁重に持て成す賓客である』という意味で、その貴族家が最高の礼を尽くして持て成す相手となされるのだ。
この店は、貴族御用達の店でもである。
刺繍の意味を熟知しているのだった。
だが、そんな意味など知るはずのない二人。
何となく、刺繍を見て勘違いしているんだな、と思うのであった。
「待ってくれ。確かにレリック家の厄介にはなっているが、オレもこの娘も平民に違いない。並んでいる他の人を抜かすなんて真似は出来ない。このまま並んで待つから、気にしないでくれ。」
ディールは毅然と断る。
それは尊敬する兄や姉からの教え。
例えどんなに欲しくても、急いでいても、列を乱したりズルをしてはいけない、と。
並ぶことは、機会の平等である。
いち早く並んだ者がその恩恵を先に得られ、後から来る者がそれに続く。
そうして、機会は平等に訪れるのだ。
それで得られなければ、その場に早く訪れることをせず機会を逃した自分の所為だ、と。
ディールの言葉に、ユウネも頷く。
確かにケーキと紅茶は早く味わいたい。
だが、順番を抜かしてまで早く食べたいとは思えない。
むしろ。
こうして並んでいる間も手を離さず、繋がっていられる。
そんな“待つ”時間も大切な人とのひと時を共有できる、素敵な時間なのだ。
「ですが…」
「気にしないでください。」
笑顔で伝えるユウネに店員も「承知しました…」と恐る恐る引き下がるのであった。
そんな二人の行動に、称賛する他の人々。
「素敵―!」
「貴族って鼻持ちならない奴が多いけど…あの二人は別物だな。彼女可愛いし。」
「あんな紳士になら抱かれてもいいな…」
「それにしても…仲睦まじい二人ですこと。」
色んな声が聞こえ、照れくさいディール。
ふと、ユウネの手を握りっぱなしと気が付いた。
離そうとしたが…。
「折角だから、ここままで、いようよ。」
顔を真っ赤にして呟くユウネ。
ディールも顔を赤らめて「あ、あぁ」と了承した。
――――
「大変お待たせしました!」
1時間ほど並び、ようやく店内に入った二人。
流石に貴族を並ばせた、という負い目からか、店側は見晴らしの良い一等席を案内したのであった。
もちろん、そんな気遣いをされたことなど露にも思わないディールとユウネであった。
「じゃあ、この一番人気のフルーツタルトを2つと…あと、紅茶だが…」
フルーツタルトはすぐ分かる。人気だから。
だが、紅茶はよく分からない。
種類も豊富で、何を選べばいいのか…。
ディールはふとユウネを見る。
ユウネも同じようにメニューと睨めっこしている。
「そうだな、フルーツタルトに合う紅茶を2つ頼む。」
「かしこまりました。それなら、こちらの“アールベザリー”がお勧めです。」
「それで。」
ディールが手際よくオーダーを済ませた。
「ありがとう、ディール…」
「正直、メニュー見ても分からないからなぁ」
二人はしばらく店の窓から見える景色を眺める。
店の中心は庭園となっており、色とりどりの花や木々が生い茂っている。
照りつける太陽は、店のカーテンベールでうっすらと影を作り、居心地の良い空間を作っている。
「何か、静かだね。」
ユウネが不意に呟く。
「そうか?」
周囲は他の客がケーキやタルトに舌鼓を打ち、紅茶で喉を潤わしている。
楽しそうに談笑する若奥様方、貴族然としてる男のエスコートで静かに紅茶を味わう令嬢、たまの贅沢で訪れた小さな子供のいる家族。
賑やかである。
「昨日までさ、馬車に揺られて。いつ魔物に襲われるかっていう緊張感の中、ソマリさんがバゼットさんに細かく淑女とは!って言われ、ウェルターさんがふざけて、ピピンさんが笑って、サティさんがピピンさんの気を引くように頑張って…。何か、毎日がとても騒がしくて、楽しかった。」
そうだ。
村を離れ、ハンターになり、馬車に乗る機会を得て、危険な森を抜けた。
ユウネと出会って間もなく一月。
目まぐるしい日々が過ぎたのであった。
「そうだな。静かだな。」
その日々を想えば、こうして席に座り、高価なケーキや紅茶を味わうなんて思いもしなかった。
だが、また旅の日々が始まる。
「ユウネは、こうして静かに暮らす方がいいのか?」
ディールは、思い切って聞いてみた。
本当は、グレバディス教国など目指さなくても良いのではないか?
例え【神子】とはいえ、世界を混乱に齎す力があろうとも、目の前のユウネがそんな乱暴を働くとはとても思えない。
むしろ【加護無し】の自分に無理矢理突き合わせてしまっているのでは…。
そう思うと、途端に怖くなるディールであった。
ユウネが、遠く離れて行ってしまうのではないか。
何故だか分からないが、ユウネが離れることが、怖いと思うのだ。
胸が掻き毟られるような感覚。
どうして、なのだろうか。
自分の感情が分からない。
無理に付き合わせたくない。
しかし、一緒に居てほしい。
この感情は、なんだろうか。
「ううん。私はディールと一緒に旅をしている方が性に合っているかな。」
意外な、ユウネの答え。
心臓が高鳴る、ディール。
しかし…。
「この前みたいに、危険な目に遭うかもしれないんだぞ?」
「それでも乗り越えられる。私と、ディール。それにホムラさんなら。」
急に話を振られて―ふえっ!?―と騒ぐホムラ。
「私ね。こうした平穏も良いけど、まずはディールの旅についていきたいの。色んな場所で、色んな景色を見て…確かに怖い事もあるかもしれないけど、ディールとホムラさんと一緒なら、大丈夫。」
―そうよ!まだまだ私の凄さをディールにもユウネにも見せつけられていないんだから!安心して付いてきなさい、乳お―
「ホムラさぁん?」
―ごめんなさいっ!!―
ユウネとホムラのやり取りに、プッと笑うディール。
「そうだな、これからも頼りにしているよ、ユウネ。」
笑顔で伝えるディール。
顔を赤らめて、悪戯っぽくユウネは言う。
「それに、さっき『離れるなよ』って言ってくれたからね。大丈夫、離れないから。」
「おまっ…それは、違っ…!!」
真っ赤になって訂正するディール。
ユウネは悪戯が成功したように笑顔になって伝える。
「分かっているって!ありがとね、ディール!」
出来れば違わないで欲しい。
そう、心から望むユウネであった。
――――
「正直、バゼットさんの目から見てディールってどうなの?」
国境町メイスの高級宿。
そこのテラスでお茶を飲みながらまったりする、ウェルターとセイリーン。
あと、この度めでたくお付き合いがスタートしたピピンとサティ。
それに先日の『任侠道』の話と文献を交互に睨み、唸るソマリにお茶を淹れるバゼットが居るのであった。
「それは、忌憚なくお答えしてもよろしいということですかな?」
「ああ。連合軍の軍団長を務めたアンタの意見を聞きたい。」
ふぅ、と一つ息を吐き出してバゼットは告げる。
「連合軍で言えば、すでに軍団長レベル。だがまだまだ実力を持て余している様子も伺えます。考えたくはありませんが、十二将レベルと言っても過言では無いかもしれませぬ。」
あまりの評価に、全員が息を飲む。
「おいおい…そこまで…。」
「私の信念としまして、敵も味方も、過少にも過大にも評価はいたしませぬ。事実を述べたばかりです。」
バゼットも淹れた紅茶を一口啜る。
「驚くべきは彼の持つ魔剣です。あれ程強靭な魔剣は、正直、マリィ様が持つ“魔剣フウガ”以外は見たことがありません。もしや“深淵”とも思った次第です。」
「“深淵”って…お伽噺の魔剣じゃないか。」
「それほどの力を秘めている、と申しております。もちろん、どんな強靭な魔剣でも、握る者が程度の低い加護を持っていたり、魔力と魔素を練る力が乏しければその力を十全に発揮は出来ません。あれほどの力量と剣技。まさしくディール殿は伝説級の加護をお持ちと考えるのが自然かと。」
想像以上の、バゼットからの評価。
「私はディール君も凄いと思うけど、ユウネちゃんも大概だと思います。」
紅茶を優雅に一口飲み、セイリーンが呟く。
「確かに!あの魔法、凄かったス!炎も吹雪もぜーんぶ弾いちゃって、こっちに何も届かなかったスね。」
ピピンも同意し、サティも頷く。
魔法に疎い二人だからこその感想。
だが、魔法に長けるセイリーンは全く別の感想だ。
「バゼットさんの目から見て、あの魔法は…光属性と思いますか?」
「…光とは、違うと思いますな。」
やはり、と頷くセイリーン。
怪訝そうな顔で「どういうことだ?」と尋ねるウェルター。
「光属性は、あんな礫を媒介にする魔法じゃないって事よ。」
「逆に、私が得意な土属性は、空気中や大地の塵芥や岩石を媒介にする魔法ですが、光源を発するエネルギーを介する魔法は一切ありません。」
シーンと静まり返る面々。
ソマリの「うーーん」という声だけ響く。
「まあ属性云々はともかく…ユウネちゃんの魔法の発動速度も威力も異常だと思います。特に凄かったのが『任侠道』を治したあの回復魔法…。回復速度だけじゃなく、解毒まで一つの魔法でこなしたのですよ?正直、あり得ませんわ。」
「それって…伝説の完全回復ってやつか?」
「可能性としてあります。…何の加護を持っているのか、俄然興味が湧きました。」
セイリーンが興奮して言う。
ウェルターが、少し頭を抱えて呟く。
「おいおい。ハンター同士で加護の詮索は厳禁だぞ。パーティー内ならともかく、ディールもユウネちゃんも余所のハンターだ。あまり詮索すると…メアのゴリラ女に追われるぞ。」
「ウェルター、それ、メアさんに行っておきますね。」
クスクス笑うセイリーンに顔を青くするウェルター。
「ちょっと!待てよセイリーン!そりゃ無いって!」
「あははは~。どうしようかなー。」
そう行って部屋の外へ逃げるセイリーン。
待てー!と追うウェルター。
それを見て呟くピピン。
「ありゃあ…また昼間っから一発っスね。」
顔を真っ赤にさせるサティと、集中していたはずだが頭から「ボンッ」と湯気を上げるソマリ。
「ピピン殿!!」
「ピピンさん…下品です…」
「はしたない、です」
三者三様に怒られる、ピピン。
「アッシ…何も悪くないっスけど…」
--――
「おいしぃーーーー♪」
待ちに待ったフルーツタルトを頬張り、満面の笑みを見せるユウネ。
その笑顔を眺めながら、紅茶を啜るディール。
「うん、確かに旨いな。」
「ディールは、タルト食べないの?」
色とりどりのフルーツが乗った、豪華なタルト。
だが、正直ディールはこの紅茶で十分であった。
「良ければユウネにあげるよ。」
そう言って、自分のタルトを差し出すディール。
驚き、目を丸くさせるユウネ。
「え、え、え!?要らない…の?」
「要らないと言うより、ユウネがあまりに美味しそうに食べるから、あげたくなった。」
横を向いて照れくさそうに頬を掻くディール。
ちょっと恥ずかしそうに下を向くユウネ。
「まるで私、食いしん坊みたいじゃん。いつもと逆ね、これじゃ…」
いつもは、ディールがガツガツと食事を食べ、たまにユウネが食べきれなかった食事をいただいているのだ。
それが今回は、逆。
「いつものお礼だよ。美味しそうに食べるユウネを見るの、好きだし。」
その言葉で、全身を赤らめ、目を潤ませるユウネ。
「ディ、ディ、ディール…今、なんて…」
「あ、いや!何でもない!さ、さぁ、食べて!」
ディールは慌ててタルトをユウネに差し出した。
ユウネは少し俯き。
「ありがとね、ディール!」
笑顔で応えるのであった。
焦るディール。
心臓が爆発しそうなくらい鼓動が早くなるユウネ。
仲間としてだけでなく、少しづつ心の距離を詰める二人であった。
―(ったく。誰がどう見てもこの二人は…。なのに、なんで私がやきもきしなくちゃいけないのよー!)―
それが面白くない反面、さっさとくっ付け!と思う魔剣であった。




