閑話5 蘇る記憶
『清々しい朝だ…』
”森街道”の奥地。
寝穴から這い出て、思わず呟く巨大な熊の魔物『任侠道』
数日前、多くのニンゲンが『黒獣王』と呼ばれていた黒キマイラに襲われているところをどうにか救ってやろうと飛び出したところ、逆に救われ、因縁ある黒キマイラの死を見届けることが出来た。
かつての因縁の相手が居なくなったことを少し寂しくも思うが、これで通りかかるニンゲンが不安になることも少なくなる。
それに、かのニンゲンの貴族のような男との約束もある。
『森の王者、か』
そんなつもりは無い。
だが、長らく棲むこの森に愛着が無いわけがない。
ならば、守ろう。
この自然豊かな森と、ニンゲンを。
『ふむ。約束の日だな。』
遠くから上がる、匂い木の狼煙。
ニンゲンの言う”高官”とやらが、自分の話を聞きたいとか、棲家が見たいとか、そういう話だった。
自分にとっては他愛も無いことだが、どうもニンゲンの好奇心を呼び起こしたみたいだ。
そんなニンゲンを、愛しくも思う『任侠道』であった。
『儂も…あの一夜でだいぶ変わったな。』
悲願であった黒キマイラの決着。
そしてあの場にいた初老の男の涙。
さらに、自分が魔物であるにも関わらず癒してくれた娘。
救おうとし、救われ、そしてまた救った。
かつて自分を救ってくれた剣士から始まった、因果。
それならば、自分の命が続くまでその因果を謳歌しよう。
そう考える『任侠道』であった。
すると、突然『任侠道』の身体から青白い光が溢れ出した。
『これは…まさか…。また儂は進化するのか?』
久しく忘れていた感覚。
もう300年は昔の事だ。
進化。
種族として、固体として。
光とともに全身から漲る力を感じる。
あの夜、もしこの力が備わっていたら…
『黒獣王』にも後れを取らなかっただろう!
『!?』
『任侠道』は驚き、そして歓喜する。
何故なら、自我を持つことが出来た500年前から今日まで、自分を救ってくれた剣士の顔と名前を思い出す事が出来なかったからだ。
だが、今、進化の果て。
遥か昔の記憶、知識が蘇る。
まるで洪水のように、生まれた時から今までのことが知識として溢れ出る。
そして、ついに記憶が蘇る。
ニンゲンのように伏し、涙を流す『任侠道』
『そうか…そうか…思い出した…。貴女は…エスタ、様…』
命を救ってくれた恩人。
黒髪と赤い剣を携えた、あの剣士。
思えば『黒獣王』を屠ったあの少年に、似ている気もする。
何よりあの剣…。
彼が「ホムラ」と呼んだ、その剣。
『これは偶然か…いや、まさか…』
溢れる知識。
思い出される記憶。
そして、気付く、世界の理。
あの日、あの時。
自らの命を救ってくれた黒髪剣士に託された言葉。
そう、彼女は知っていたのだ。
自分が『任侠道』と呼ばれる存在から、更なる進化の果てに辿り着くことを。
『これを…ニンゲンが知ることになれば…。』
救われ、救い、そしてまた救われた。
次は、自分がまた救う番だ。
『任侠道』は立ち上がり、前方に見える狼煙を確認した。
あそこには、ニンゲンがいる!
500年前の話、”火の雨”の跡地。
それを知りたがっているとの話だった。
そんな矮小な話ではない!
【赤い悪魔】その正体、自分は見たのだ!あの姿を!
【赤き悪魔】なんて皮肉な呼び名なのだろうか!!
そして…”これ”を知れば、ニンゲンは救われるはずだ!!
この世界の“歪”な理から!
逸る気持ちを抑えきれず、走ろうとする『任侠道』
その耳元に、冷たい声が響く。
「何を知ったのかな、キミは。」
『!!!!』
振り向くが何も居ない。
次の瞬間、『任侠道』は大きく倒れこんだ。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
絶叫。
倒れこんだのは、自分の両足が膝から両断されたからだ。
血を大きく噴出しながら倒れる巨体。
何が起きた?何が自分を切った?
目を前に向けると、そこに一人のニンゲンの女が立っていた。
金髪、金眼の美しい娘だった。
青白い服は、襟元が立ち女の口元を隠している。
袖は長く、両手も隠れている。
スリットが入っているスカートから、幾何学模様が描かれた白い足が見える。
その女は、憂いを帯びた冷たい眼で『任侠道』を見下す。
切断された両足の痛みなど忘れてしまうほどの、悪寒を感じる『任侠道』
『きさ…まは…一体…』
震える声。
その声に、冷たく、女は言う。
「何を知ったのかな。さっきの進化、許される領域じゃないよ?」
女の袖から、スッと1本の銀色に鈍く光る刃が出てきた。
そして、一歩、『任侠道』に近づく。
『何を言って…いる…』
「ごめんね。お母様の方針でこれ以上、キミのようなイレギュラーは許容できないの。」
その言葉で気付く、『任侠道』
そして叫ぶ。
『貴様!!ニンゲンでは無いな…っ』
その叫びが全て届く前。
『任侠道』の頭、身体、腕が、一瞬でバラバラに飛び散った。
女は動いていない。
舞い散る鮮血も浴びていない。
ただ、その場にいるだけだった。
「ごめんね。あと少しなんだ。今度こそ成功させないと、お母様に会えない。」
女の呟きだけが残り、その場には、『任侠道』の死骸だけとなった。




