閑話4 十二将会議
本日は閑話のみ掲載です。
21時にもう1話掲載します。
連合軍本部フォーミッドの中心部にある十二将官邸。
この最上階には、十二将専用の会議室と、もうひとつ、専用の鍛錬場がある。
『頂上の間』
400m四方の広さに、50mはあろう天井。
ドーム型のガラス状の壁と屋根は、十二将同士が打ち合っても破壊されない屈強な防護結界の魔道具が組み込まれている。
その中心に、鍛錬用の剣を構える女性が一人。
緑の少しクセのある長い髪を軽く束ねたその女性は、鍛錬用の剣を正眼に構え、呼吸を整えた。
一瞬、消えたかのように姿がブレる女性。
その次の瞬間には、剣を振りぬいて静止している。
『パァン!』
けたたましく鳴り響く破裂音。
常人には何が起きたか理解ができないだろう。
彼女の剣速は、その速さ、その鋭さで、音も姿も置き去りにする。
破裂音は、彼女の剣が音速を超えた証拠であった。
彼女こそ、連合軍最高幹部”十二将”の第1席。
ソリドール公爵国の次期首領にして、連合軍の次期総統と呼び名の高い、麗しき女性。
マリィ・フォン・ソリドールである。
かの【剣聖】ゴードンですら、未だ彼女の足元にも及ばないと絶賛される剣の天才。
その端整な顔立ち、剣に打ち込む姿勢、そして強さ。
剣の腕ひとつで、畏怖と尊敬を一身に集めるカリスマである。
マリィは再度、剣を構える。
すると、入り口から怒鳴り声が響いた。
「マリィさん!!」
そこにいたのは、同じく十二将で第3席を務めるエリス・フォン・バルバトーズであった。
マリィは構えた剣を下ろし、エリスの方へ振り向く。
「……エリス、どうしたの?」
「どうしたの、じゃありません!」
早足でマリィの元へ駆け寄るエリス。
その額には、青筋が立っていた。
「とっくに会議の時刻です!毎回毎回…いつまでやっているのですか!」
「……もう、そんな時間?そう言えばお腹空いた。」
少し俯いてお腹を触るマリィ。
「く~きゅる~」と小さく鳴る、マリィのお腹であった。
ますます頭に血が上るエリス。
「お昼も食べずに素振りしていたのですか!一体いつからやっているのです!?」
「……確か朝ごはんを食べ終わったのが7の刻。それからずっとだから…」
「8時間も素振りしていたのですか…」
呆れて項垂れえるエリス。
「とにかく、もう会議の時間です!さっさと行きますよ!」
「……まずシャワーを浴びさせて。あと食事も摂りたい。それからじゃ、ダメ?」
「ダメに決まっているでしょ!大体今日は…」
二人のやり取りに、あはははははは!と大きな笑い声が響く。
入り口に、十二将主席シエラが立っていた。
「相変わらず仲が良いね、君たちは!」
「……うん、仲良し。エリスはいつも私をフォローしてくれる。」
表情は乏しいが、少し照れながら呟くマリィに再度苛立ちを覚えるエリス。
「仲良くなんてありません!いっつも私が振り回されて…」
「まぁまぁエリス。もう会議の時間だし、その話はまた後でね。マリィ、食事は会議室に用意させるからそこで食べて。シャワーはごめんね、我慢して!」
「……うん。助かる、シエラ。」
マリィはツカツカと入り口に向かって歩き出す。
くるっとエリスの方を向いて、
「……エリス、何しているの?早くしないと会議の時間が過ぎる。」
と言って、鍛錬場から出て行った。
「誰のせいですか、誰の!」
エリスの怒鳴り声が響く。
「あはははは!エリスとマリィ、従姉妹同士だから?エリスってマリィの事になると本当にムキになるよね。」
「ムキになんて…なっていません…」
マリィはエリスの肩をポンと叩いて「ムキになっているって!」と笑って言ってから、小声で耳打ちする。
(…マルゼン総統閣下の容態が優れない。交代容認案も浮上している。いずれ近いうちに次の総統はマリィになるわ。そうなると貴女には今以上のフォローや立ち回りをお願いすることとなる。それに私が主席でいる以上、次の第1席は貴女かユフィナよ。十二将の再編成に加えて各軍団の編成も必要となる。ムキになるんじゃなく、うまく伝えないとマリィは動かないでしょ?)
その言葉にエリスは俯く。
「…私は認めたわけじゃありません。」
「分かっているわ。でも”次”はマリィよ。それはもう動かせない。さ、早く行かないと後でユフィナに三人揃って怒られるわよ。今日は会議中に大事な”お客様”も来るし、マリィの食事もお願いしなくちゃだからね。行きましょ!」
そう行って歩きだすシエラ。
俯くエリスは、決して人前で開かない両眼を、見開き呟く。
「私は…マリィを認めない!」
その言葉に、シエラは肩をすくめ、やれやれと言うのであった。
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「さ、皆様お待たせしました!十二将会議を始めます。」
シエラはわざと明るく宣言する。
十二将専用会議室の黒光りする円卓テーブルには、全員が座っている。
シエラの隣には、用意されたサンドウィッチや唐揚げを美味しそうに食べるマリィ。
「美味しそうっすね、マリィ様!ボクにも少し分けてくださいよ~。」
堅苦しい空気を一層しようと、おどけて言う第6席【水禍】オーウェン。
そんなオーウェンをギロッと睨んでマリィは答える。
「……ダメ。これはシエラが私のために用意してくれたご飯だから。お裾分けもお残しも許されない。」
そう言って食事を続けるマリィ。
二人のやり取りにフフフと笑ってシエラが伝える。
「オーウェン君、もし貴方も食事が欲しければ遠慮なく言ってね。すでに貴方は十二将。それが出来る立場でもあるんだから。」
「う…すみません、シエラ様、マリィ様」
苦笑いをして謝るオーウェン。
「あら?謝る必要はないわ。事実だし。さて、全員揃ったので早速各自からの連絡事項から始めたいと思います。まずは…お食事中ごめんね、マリィから。」
シエラがそう言うと、マリィは食事の手を止めて布巾で口を拭った。
「……失礼。主にソリドール公爵国の帝国との戦況について。現在第1軍団と4軍団、7軍団が警戒線を引いて出方を見ている。現時点で特段変わった動きはなし。何かあれば現地のシータが騒いで教えてくれる。以上。」
手短に伝え食事に戻る。
そんなマリィを睨みながら青筋を立てて静かに怒るエリス。
そんなエリスは放っておき、シエラは第7席【霧雨の大魔道師】シータを見る。
「それで合っているかしら、シータ。」
「はい。目立った動きはありません。警戒線には”本体”もいますので、何かあればこの”分体”の陣を使って飛んできてください。」
シータはすぐ食事に戻ったマリィに苦笑いして伝える。
「3人までだっけ?」
「はい。陣も鋭意改修中なので、そのうちシエラ様やディエザ殿も運べるようにはなると思いますが…もう少し時間をください。あと、騒ぐとか言わないでくださいマリィ様。」
「……ごめん。」
実はこの場にいるシータは、魔法で作られた”分体”である。
本体は未だ、帝国との前線にいるのであった。
しかもこの分体にはある魔方陣が組み込まれており、いざという時はそれを発動させて、3人までなら本体の所まで瞬間移動できるのであった。
シータの奥義の一つ。”霧雨縮地の陣”
ただし、膨大な戦闘力・魔法力を兼ね備える者を転送しようとすると、失敗して何も発動せず陣と分体が壊れるだけとなる。
十二将の中で、主席シエラと末席【戦場の死神】ディエザだけ、現時点では転送できないのだ。
【神子】であるユフィナとエリスですら転送出来るのは流石十二将といったところだが、それを遥かに超える力を持つシエラとディエザは未だ陣が耐えきれないのだった。
「よろしい。では次、ユフィナ。」
「私からはラーグ公爵国のこととなるわ。現在ガルランド公爵国の南西方面の街道崩落に伴う臨時的の街道として”森街道”…と言っても俗称ね、正式には”魔群生森林街道”を開放しているんだけど、そこに棲息していた”二つ名持ち”『黒獣王』が、先月、討伐されたわ。」
おおっ、と声が上がる。
「凄いじゃないですか。”二つ名持ち”殺しなんて名誉。しかも相手はあの狡猾と噂の『黒獣王』でしょ?追えば逃げて、夜な夜な旅人を襲う、姑息なキマイラ。」
感心したように第5席【剣聖】ゴードンが言う。
「本当よ。ラーグ公爵国のレリック侯爵が討伐隊を編成しても敵わなかったから、どこか暇見つけて私が出張る必要あるかなーって思っていた矢先、襲い掛かったハンターの一行に返り討ちにされたみたいなの。”銀の絆”っていうCランクパーティーとの報告よ。」
「Cランクパーティー!?え、無理でしょ!通常キマイラだって危ないんじゃないですか?」
驚くゴードンに、悪戯が成功したように笑うユフィナ。
「そのハンター達はね、たまたまレリック家のお嬢さんの旅路護衛だったみたいなの。そのお嬢さんが連れ添っていた執事長ってのが、実はバゼットだったのよ。」
その言葉に、さらに驚くゴードン。
そして驚愕するオーウェン。
「バゼットって、あのバゼット団長!?」
「もう団長じゃないからその呼び名は正しくないけど、そのバゼットよ。」
自分たちに道を示し、そして勇退した歴戦の勇者。
久しくその名を聞き、嬉しそうにするゴードンとオーウェン。
「あら?いつも拳骨を食らっていたオーウェンも嬉しいの?」
「ぐっ…そりゃあ、ボクの師匠ですからね。今も元気みたいで何よりですよ。それにしても『黒獣王』を倒すって、バゼットさん益々強くなったんじゃないっすか?」
その言葉に、ユフィナは改めて報告書に目を通す。
「あと、名前は載っていないけど…新人だけどいきなりBランクに認定された二人のハンターも協力したみたいね。レリック家で”銀の絆”とバゼットには褒章を授与したみたいだけど、この二人はどうも辞退したみたいね。」
そう伝えるユフィナに、第10席にしてガルランド公爵国国王の【剛剣】レオン・フォン・ガルランドが口を開いた。
「ふむ。そちらですでに褒章を与えたとなると良かったのですが”森街道”はガルランド公爵国にとっても重要な街道。崩落した街道の復旧にはまだ時間がかかる中、街道の安全に寄与されたハンターだ。辞退したとなると公爵国の沽券にも関わる。ぜひとも我が国で褒美を授けたいので、名や素性をお教えくだされ。」
「かしこまりました、レオン様。レリック侯爵に尋ねてみますね。」
それと…とユフィナは続ける。
「あと、真偽は確認中なんだけど”森街道”に棲息するもう一匹の”二つ名持ち”『任侠道』もバゼットやその”銀の絆”ってハンターの一行は遭遇しているみたいなの。」
「なんと、珍しい!一度に二体もの”二つ名持ち”に遭うとは…運が良いのやら悪いのやら。」
十二将最年長にして第9席【巨人の大戦斧】ザインが豪快に笑いながら言った。
その笑いが収まったタイミングで「真偽とは?」とシエラが尋ねる。
「どうも『黒獣王』と同じく人語を話すみたい。しかも知識も豊富で、何より…500年前以上から生きているみたいなの。」
全員、息を飲む。
「それって…大英雄時代から生きているということか!」
「人語と知識を有するとなると、その時代のことを知っているということになるぞ!」
全員が口々に驚きを言葉にする中、ユフィナが報告の続きを伝える。
「だから、真偽を確認中。報告によると例の『黒獣王』に襲撃されたレリック侯爵の次女、ソマリ・フォン・レリックが『任侠道』との問答について経過をまとめているようなの。近々こちらに最終報告が入るようね。」
「世界を揺るがす内容じゃなければいいね。四大公爵国ですら伝わっていない【赤き悪魔】の正体とか、ね。」
シエラの言葉に、全員口を塞ぐ。
相変わらず食事に没頭しているマリィを除いて。
「それで、現段階ではどうなのだ?真偽と言ったがどのように判定を?」
レオンが改めて問う。
しかし、ユフィナは顔を少し顰めて答える。
「…レリック侯爵の高官が部隊を編成し、礼節を持って『任侠道』と再度会い、”火の雨”の跡地や詳しい話を聞く予定だったそうです。」
「予定、だった?」
「約束の場所に現れなかった、とのことです。」
ユフィナはため息を一つついて、伝える。
「何者かに殺されたみたいですよ、『任侠道』」