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閑話26 牙王

100話目となりました。

完結まで続けること、少しでも『面白い』と思っていただけますよう精進してまいります。

今後もよろしくお願いします。

「はぁ~。ディール様って本当に素敵だったねぇ。」

「本当~~。ユウネ様も、同じ女って思えないほど可憐で素敵な方だったし。何食べればあんなスタイルが手にはいるのかしら?」

「ちょっと、マイ! あんたまた鼻血がっ!」


フォーミッド中心部からドラテッタ侯爵領、そしてカボス町へと向かう定期便キャラバンの護衛として便乗しているのは“青の飛翔” の3人。

剣士ラーナと魔導士リサーナ、そして魔導士マイである。


先月、一緒に3商人キャラバンの護衛として同行した、ディールとユウネというBランクのカップルハンターに心酔しきっており、その余韻が抜けないのだ。

16、17歳くらいの非常に若い二人。

だが、その実力は中堅どころか上位とも言われる自分達“青の飛翔” を遥かに越えるものだ。

危険極まりない“二つ名持ち”の中でも“六魔”と呼ばれる最上クラス6体の1角、『灰被』をあっさりと倒したディール。

そしてその眷属であるグレートフォックスの集団から自分達を守ってくれたユウネ。


まるで、お伽噺に出てくる英雄達に出会えた気分だ。

うっとりと語り合う3人の女性。


「まさに。ディール様もユウネ様も世にその名を馳せる方々でしょう。」

「あの出会い、拙者、女神様に感謝してもしきれないでござる。」

「オレもいつか強くなって、素敵な彼女を作るんだ……。」


その対面に座るのは、同じくディールとユウネと共にした“オレ達に明日は無い” の3人。

武闘士クザンと、剣士イエガー、そして魔導士バーボンである。


感想は、“青の飛翔” と同じであった。

底の見えないディールと、ユウネ。

超絶イケメンと超絶美少女の絵に描いたような美男美女カップル。

その強さ、美しさ。

“こうやって、伝説って出来るんだろうな” と心底思っているのであった。


「……あの“青の飛翔” と “オレ明日” がそこまで酔狂するハンターって、何者でしょうか?」

「さぁな……。『灰被』の幻術にでも当てられたんじゃないか?」


この2パーティーと共に同じキャラバンに便乗している別パーティーがひそひそと囁く。


話しを聞く限り、フォーミッド中心部までのキャラバンに同乗した“若いカップルハンター” が尋常じゃない戦闘力を有しており、『灰被』を討伐したというのだ。


正直、信じられる話ではない。


『灰被』は約200年もの間“赤の平原”を跋扈し、ハンターや旅人たちを縄張りまでおびき寄せたり、時には『牙王』を避ける形で狩りを行い、何千・何万人もの人間を喰らってきた本物の化け物だ。

ドラテッタ侯爵領にあるハンターギルドで『灰被』の魔石が提出され、討伐完了という報告が上がっているが、俄か信じきれない。


相手は魔物ながらも多種多様の魔法を駆使する、魔導士にして策略家の『灰被』

ハンター達に幻術を掛け、手頃な眷属の魔石でも握らせ、偽の情報を流すに一枚噛んだのではないか? という噂すらある。

魔石は使い方によっては、相手を惑わす魔法を付与することも出来る。

世界中で“禁忌”扱いとなっているが、相手は魔物、関係ない。

むしろ、そのくらい平気でやるのが老獪な『灰被』だ、というのが共通認識だ。


だが、仮に本当なら。

計り知れない “偉業” だ。


“赤の平原” を徘徊している王者『牙王』と双璧をなす『灰被』

『牙王』は徘徊ルートが決まっており、大凡の周期は把握されている。

加えて仲間に一人でも探知能力があれば遭遇を回避するには容易い相手だ。


それでも、英雄を夢見る者。

討伐し、名を挙げようとする者。

そういった“挑戦者” が後を絶たない。

そして、彼らをあざ笑うかのように正面から返り討ちにしてしまうのが『牙王』だ。


対して『灰被』は、狡猾な手段を取ることで有名。

多くの眷属を引き連れて、迷い込んだ者、追い詰めた者を包囲する。

運が悪いと、“彼女” の張ったこの網の餌食となる。


『灰被』は殆ど縄張りから出ないが、『牙王』の周期によっては狩りをする。

周回ルートや周期が大凡把握されている『牙王』と違って、神出鬼没の『灰被』。

厄介さで言えば『牙王』よりも遥かに上である。


そんな『灰被』が討伐されたとなると、“赤の平原” の通行がさらに安全なものとなる。


公式的には “青の飛翔” と “オレ達に明日は無い” のメンバーも、『灰被』討伐達成者だ。

元々、Bランクパーティーで上位者であるこの2チームはハンター達にとっても憧れの存在である。

その2チームが、キャラバンの護衛中に運悪く『灰被』の罠に掛かってしまったのだが、返り討ちにしたという、胸が熱くなる逸話だ。


新たなハンター伝説の幕開けだ!

そう騒ぐハンターも居た。


しかし、2チームはこぞって首を横に振る。


「私たちは何もしなかったし、出来なかった。」

「『灰被』をあっさり倒したのは、ディール様とユウネ様。」

「オレ達は、新たな伝説の目撃者にしか過ぎない。」


目を輝かせて、その時に居合わせていた若いカップルハンターの話ししかしない。

ディールとユウネという、聞いたことのないハンターの名前。

それも“酔狂” という言葉が当てはまる程の傍心っぷりだ。


この様子だ。

きっと偉大な2チームは『灰被』の幻術にやられたんだな、という説が出来上がったのであった。




「さて皆さん、いよいよここから“赤の平原”です。『牙王』の周期からは多少離れているはずですが……気を引き締めて参りましょう。」


キャラバン隊の隊長である商人が呟くように言う。

その商人が乗る馬車に、“青の飛翔” や “オレ達に明日は無い” と言った屈強ハンター達が同乗している。


「『牙王』か……。もしディール様やユウネ様が対峙したらどうなるかな?」


魔導士リサーナの呟き。

それにつっこむのは、武闘士クザン。


「おいおい、マイちゃんよ。そんなの分かり切っているだろ!?」


笑顔になる“青の飛翔” と “オレ達に明日は無い” の6人。


「「「ディール様とユウネ様の圧勝よね!」」」


このやり取り、何度目だろう。

また“ディール様とユウネ様” だよ……。

いい加減うんざりな同乗ハンターと商人たち。


6人は疑いの余地もなかった。

“赤の平原”の王者『牙王』ですら、あの2人の手に掛かれば、他の雑魔物と同様に難なく蹴散らされるだろうと。

頭を下げ、命乞いをする『牙王』の姿を妄想し、ニヤニヤとにやける2チームであった。



「隊長!! 前、前っ!!!!」


突然の御者の叫び。

“赤の平原”に入って4時間程だろうか。

ガタゴトと大きな音を立てて、急に止まる馬車。


「うわぁっと!」

「キャアアッ!」


あまりに急なことで、馬車内の面々も前のめりに倒れる。


「ちょ! クザンさんっ! どこ触っているんですか!!」

「わ、わ、悪いっ!! でも不可抗力だ!!」


ラーナに抱き着く形で、その手がラーナの胸を掴んでしまったクザンが真っ赤になって謝罪する。

他の面々も似たようなものだ。


「いったいどうしたというのです!? 探知は何も引っかかっていないのに!?」


魔導士リサーナは倒れる剣士イエガーを足蹴にして天幕から顔を出す。

「ひ、ひどいでござる……」とか言っているが、状況確認が先だ!!


「うっ……。」


思わず顔を顰め、手で口と鼻を覆うリサーナ。



キャラバン隊の進行方向のわずか先。

巨大な、魔物の死骸が倒れていた。



「おいおい……ありゃ、何だよ。」

「……、嘘、でしょ!?」


同じようにキャラバンの外を見る面々。

ラーナが驚愕に顔を歪め、外へ飛び出る。


「待てラーナ! 危ないぞ!」


思わずその後をつける、クザン。



「こ、これは……。」

「まさか……!!」


ラーナとクザンが、その魔物の死骸を確認する。

死して恐らく3~4日程度だろう。

腐敗が進み始め、通りかかった魔物にも喰われ、肉という肉が朽ち始めていた。


だが、その身体にははっきりと刻まれていた。

“剣” による、切り傷が。


そして、胸部に開く、巨大な傷。

これが致命傷となったのだろうか。


体長30mはあろうかの巨体。

二足の強大な足は、この大地を何度も何度も、踏み固めてきたのだろう。

巨大な腕は、人の大きさほどの爪を何本も生やし、幾人もの“英雄願望者”を屠ってきたのだろう。


人間など、一噛みで丸呑みにしてしまう巨大な頭と、顎の先まで割かれた巨大な口先。

両腕で抱えるほどの大きさの牙が所狭しと並んでいる。


「こりゃマジかよ……。」

「信じられぬでござる……。」


“青の飛翔”、“オレ達に明日は無い” の他のメンバーに加え、何人かのハンターも近づいてきた。


死骸を確認すると、一様に驚き、呟く。

この死骸の正体。


「『牙王』だ……。」


それは、この“赤の平原”の王者。

二足竜種最強種タイラントドラゴンの“二つ名持ち”にして、“六魔”の一角。

その中でも“最強”と呼び名の高い、『牙王』の亡骸であった。



――――



4日前の、“赤の平原”

燦々と照り付ける太陽の下、それはいつも通り、優雅に歩みを進めていた。


『牙王』


最強種族“竜”の中でも、特に強いと呼ばれるタイラントドラゴンの“二つ名持ち”

ニンゲンが自分に畏怖と敬意を籠めて名付けた、『牙王』


意味は、300年程前に屠った屈強な剣士から聞いた。

『牙の王様』という意味だ。


素晴らしい!

この口に並ぶ、鋼すら紙切れように切り裂ける牙を持つ自分に、相応しい名だ!


自分は、ここに誕生してすでに700年は悠に生きる。

生まれてからこの方、一度の敗北も無く、ありとあらゆる魔物や、通りかかるニンゲンを餌にしてきた。


『牙王』の通り名が付いたころからか?

ニンゲンが自分を避けるようになった。


それでも構わなかった。

馬鹿は、いつでもどこでも居るものだ。


自分を屠りその名を挙げようと大挙してくる貴族。

英雄願望のある夢見るハンター。

どこかの王様が自分を“殺せ”と命じられてやってきた騎士団たち。


全て、“餌”にした。

だから構わない。

自分の名が通れば通るほど、馬鹿なニンゲンがやってくると知ったのだ。

だから、容赦しなかった。


一度も敗北の無い、王者。

それが、『牙王(オレ)』だ。


……いや、一度だけ。

死ぬかと思った事があった。


それは500年程前。

この平原の“王者”たる自分の目の前に、一人の“女”が立ちふさがった。


そいつは、真っ赤に染まる翼と金色の髪を靡かせていた。

“王者”たる自分を、震えあがらせるほど凶悪な、金の眼。


“これはダメだ。相手にしてはダメだ。”


生まれて初めて、押し寄せる感情の波。

震えが止まらず、逃げるにも足が言う事を聞かなかった。


その“女”は、ニコリとほほ笑み、優しくこう囁いた。



『ねぇ、坊や。どこかで “鉄の塊” を見なかったかい?』



知らぬ。

そんな物は、知らぬ。


“テツノカタマリ” ?

なんだ、それは?


必死だった。

自分より遥かに小さい“女”に、遥かに巨体な自分が、震えて答えた。


殺される。


だが、知らぬものは知らぬ。

知らぬことが、真実なのである。


嘘を言えば、殺される。

白をきれば、殺される。


ならば知らぬことを告げるしかなかろう!

それが真実なのだから!


その“女”は、残念そうにちいさくため息をつき、呟いた


『そうだよね。知らないよね。知る訳ないよね。驚かしちゃってゴメンね? 自分でも探してみるけど、もし、この平原で“鉄の塊”っぽいのを見かけたら、私の名前を呼んでね。私の名前は、“ロ―――』


そこで記憶が無くなった。



記憶を取り戻したのは、恐らく3日程たった後か。

自分があの“女”と対峙していた場所より、遥か彼方に吹き飛ばされていたと気付いた。


そして、周囲を見渡し、愕然とした。

自分の“庭”たる平原が、見るも無残な姿に変わり果てていた。


何か、ここで巨大な力と力が、衝突をしたのだろう。


考えられるのは、あの“女”

そして、あの“女”と同等なナニかが、ここで争ったのか?


もし、あの場で“女”が気まぐれで自分にその牙を向けたら。

あの場で、平原を無残にした力と力に巻き込まれていたら。


自分は、九死に一生を得たのだと、理解した。


震える身体。

この感情は、何と呼ぶのだろうか?


そう言えば、自分にいよいよ殺されそうになったニンゲンも、身体を震わしていた。

絶望の表情と共に。


追い詰めたニンゲンは、必ず“そう”なっていた。

今度聞いてみよう。

“王者”たる者、無知ではいかん。


そう言えば、あの“女”の言っていた“テツノカタマリ”

一度ニンゲンに尋ねたところ、ニンゲンがよく手に持つ武器の素材だそうだ。


その塊?

そんなモノを探していたのか、あの“女”は?

だったら、ニンゲンをどんどん屠れば、塊と言わずとも“テツ”なら手に入るだろう。


よく分からない。

“テツノカタマリ”


それはこの平原にあるものなのか。

それなら、あそこにあるものがそうなのか?



『!!』


不意に感じる殺意。

“魔力”を籠め、足元の土砂から“テツ”を造りだし、纏う。


『ガキンッ』


それを、弾く。


見ると、遥かに小さい、一人の女の子どもが立っていた。

あの“女”と同じ、金髪金眼。

でも、少女だ。


その少女の腕の袖から、銀色に光る刃が見える。

アレで『牙王(オレ)』を切ろうとしたのか。


笑いが込み上げてくる。


『これはこれは、小さなニンゲンのお嬢さんだ! このオレが『牙王』だと知っての狼藉か!? 残念だが、例え小娘だろうとオレに牙を向けた瞬間、貴様は、オレの“餌”だ!!』


その少女は、腕から伸びる銀の刃を見つめ、呟いた。


「硬い。まさか魔法まで使うの? なるほど、これは見逃していた。こういうのが“アレ” に進化するのか。恐ろしい。」


“アレ”?

“進化”?


まさかこの娘、“あのこと”を知っているのか?


『なかなか聡明なお嬢さんだな。感心感心。だが、それがどうした? その領域はオレ達“竜”にとっては神聖そのものだ。儚いニンゲンの命では、到底及ぶものではないぞ?』


ギロリ、と睨む少女。

その金眼、かつてのあの“女”を彷彿とさせる。


だが、矮小な存在だ。

もしくは、この500年の間に、自分自身が遥か高みに辿り着いたのか。


「お前も物知りだな。長く生きているみたいだが、念のため聞く。」


その少女は、長い袖から白い細い手を出した。

顔の周りをフワフワと何かを形作る。


「お前、こういう髪型で、私と同じ金髪金眼の女を見たこと無いか? もしかすると、紅い翼を背中に生やしていたかもしれないが。」


紅い翼。

まさに、あの“女”のことではないか。


『ああ、その“女”なら見たことがあるぞ。赤く輝く4枚の羽を持った、奇妙なニンゲンの“女”だったな。500年くらい前か?』


その言葉に、明らかに動揺する少女。


「お前っ! 本当に見たのか! しかも翼まで!?」


驚きに目を見開き、何かブツブツ言い出す少女。


「翼まで展開させたなんて。そりゃあニンゲンに目撃されて駆逐される訳だ、あの馬鹿。でも何で、ここに……。」


少女は、『牙王』を見上げる。


「そいつ、何か探しているとか言ってなかったか?」

『ああ、言っていた。冥途の土産に教えてやろう。“テツノカタマリ”とか言っていたぞ。』


さらに、目を丸くさせる少女。

少し、震えている。


「あるのか、ここに……!?」


これだ。

ニンゲンの、震え。

一体なんだ?


だが、今まで喰ってきたニンゲンの震えとは少し違うな。


『おしゃべりは終わりだ。オレはお前を喰いたい。そしてお前は生き残りたい。ならば、死合うというのが道理だろう。オレの名は『牙王』。お前は何て言う名だ?』


ニンゲンは面白い。

対峙する時、名乗る奴が多い。

ならば、同じように名乗ってやるのが喰らう者としての礼儀だろう。


自分を喰われ、血肉にされてしまう相手の名も知らぬのは気の毒だから。


「“セーラ”よ。……イレギュラー化しそうだったから駆除しに来たの。ごめんね。」


そう言い、セーラは一瞬で消える。

しかし。


『ガキンッ』


再び、『牙王』の魔法に寄って造られた金属の塊に、刃が阻まれる。

そして同時に、大木のような太い腕を振り回し、宙に浮くセーラを横薙ぎに殴る。


「グッ!」


両腕から出した銀の刃を交差し、盾とする。

しかし、小さな身体は『牙王』の腕を防ぐだけで、簡単に吹き飛ばされ地面に激突した。


「アアアアッ!」

『ガハハハハハハ!! 脆い、脆いぞ! さらばだ“セーラ”!』


地面に叩きつけられ、悲鳴をあげるセーラ。

そこにすかさず牙を突き立てる『牙王』


『ガキャンッ』


セーラは間一髪、腕から伸ばした銀の刃で『牙王』の牙を押さえ、辛うじて噛み切られるのを防いだ。


ギリッ……ギリリッ……


徐々に、その口を閉じる『牙王』

この小さい身体でよく堪えているものだと感心するが、力の差は歴然。

このまま口を閉じれば、この肢体はバラバラに砕け、“餌”と化すだろう。


「……っち。」


セーラは一つ舌打ちをし、呟く。


「『“有機物錬成” “ロンズデーライト” “形状六角” “本体右腕” “追加”』オープン!!」


すると、上顎を支える右腕部分から飛び出す銀の刃の隣から、黒銀に鈍く光る六角状の槍が飛び出し、『牙王』の口腔内を穿つ。


『グギィィ!!』


突然の激痛。

思わずセーラを外してしまう『牙王』

口から血をボタボタと滴り落とし、セーラを睨む。


『よくもこのオレに! 小娘がっ! 一思いに殺してやろうと思ったがやめだ。四肢を千切り、貴様の膣から腸、胸へとジワジワと喰ってやる!』

「頭に来たのはこっちの台詞だよ、蜥蜴。」


その物言い。

頭に血が上る『牙王』


だが、次の瞬間、その歩みを止める。


セーラから溢れる、怒涛の殺気。

金の眼が怪しく輝く。


「ごめんね、何てもう言わない。」


セーラの右腕に生えた黒銀の槍が姿を消した。

次の瞬間、その両袖から銀の刃が無数に飛び出した。

大、小、大きさは様々だが、袖を埋め尽くすような銀の刃。


その一本一本が、禍々しいオーラを放っている。


ガタガタと震えが止まらない、『牙王』

それはかつて、あの“女”を目の前にしたときと、同じだった。


「教えてあげる。それは“恐怖”よ。」


セーラが怒りに顔を歪めて答える。

“恐怖”

そんな馬鹿な。

“王者”たるオレが……??


これが、“恐怖”?



震え、驚愕する『牙王』に冷たく言い放つセーラ。


「“あの子”の事、色々聞きたかったけどもういいや。素直に教えてくれるとも思えないし、このままイレギュラー化しても面倒くさい。だから死~~ねっ!!」


両腕を振るった瞬間、銀の刃という刃が宙を舞い、一斉に『牙王』を襲った。


『舐めるなぁ!!』


再度、土魔法で金属の盾を出す。

だが、放たれた銀の刃は屈強な盾を諸共せず、次々と『牙王』に突き刺さる。


そして。


「『“有機物錬成” “ボロン・ニトロゲン混合” “形状大々剣” “座標値固定【タイラントドラゴン『牙王』】”』オープン」


その言葉を発したのと同時に、『牙王』の足元から一本の巨大な剣が伸び、そのまま『牙王』の胸部を貫いた。


『ウゴアァッ!!!』


口から大量の血を吐き出す『牙王』

だが、地面から伸びる巨大な剣に縫い付けられ、動くことも倒れることも許されなかった。


『ゴバッ……アァァ……ぎ、ぎざまっ、よ、よぐもっ……。』


血を吐き出しながら、ゆっくりと、その生を閉じる『牙王』

命の灯が消えたこと確認したセーラは、巨大な大剣を消した。


「はぁ……はぁ……。」


そして、全身から汗を噴き出し、座り込んだ。

大きく肩で息をし、袖で額の汗を拭う。


「まさかっ……。ここまで手強いなんて。たかが“残滓”のくせに。もし、気付かなかったら……新たなイレギュラーを生み出す、ところ、だった。」


そう呟き、その場で大の字で倒れ込むセーラ。


「わ、割りに、合わないっ……。2回も、使う、事に、なるなんて。」


ゼーハーゼーハーと息継ぎをするセーラの頭部に、キラキラと光の粉が降り注ぐ。

その光の粉が集まり、手のひらを形作る。


光の手が、セーラの額、そして頭を撫でる。

涙を流す、セーラ。



「……ありがとうございます。もう、大丈夫、です。」



光の手をソッと握り、セーラは呟く。



「もうすぐ会えますよ。“お母様”」



袖で涙を拭くセーラ。



だが次の瞬間。

手のひらを作っていた光の粒子が、別の形を作る。


それは、長方形の光の板。


目を見開く、セーラ。



その光の板に、文字が刻まれる。



「……冗談、でしょ?」



数分後、光の粒子と共に、文句を呟きながら瞬間移動をするセーラ。



その移動先。グレバディス教国へ、と。

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