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七つの丘  作者: 遠夜
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月の輝く夜に2

少女が寝台を離れて起き上がれるようになるまでにそれから更に五日が掛かった。

その間フューシャは少女の寝台のすぐ隣に長椅子を置いて毎晩そこで休み、悪夢にうなされた少女が泣きじゃくるたび手を握り、小さな赤ん坊をあやすように抱いて身体を揺らしながら宥め続けた。


二人がようやく同じ卓で食事を摂れるようになった朝。

「今日は天気も良いし町に下りてみるかマージャ」

「いいの?」

「身体の調子も回復してきたし家の中だけじゃ退屈だろう。少し歩くが疲れたら抱いて行ってやるから」

どうだ?と問う視線に少女は大きな目を輝かせて答えた。

「行くっ!」

「じゃあ、まずその粥を平らげてからだ。食事は大事だぞ」

落ち着いて会話が出来るようになると少女は名を問われてマジェンタと名乗り、自ら進んで回復に努めるようになったが、それには少々理由があった。

マジェンタはフューシャの姿が見えなくなると途端に不安がり、用事で家を空けて戻るとしがみついて離れようとしなかった。

どうやら置いて行かれる事を極端に恐れているようだった。

そこで子供なりに考えて出した結論は『元気になれば一緒に行動出来るようになる』というもので、三度の食事と苦い薬湯をきちんと摂ってしっかり身体を休めた結果、数日でほぼ全快と言って良い状態になった。



塔に保護されて以来七日ぶりに表に出た少女は、周囲の景色に小さく安堵の溜め息をついた。

何処からも野を焼く煙は上がっておらず、荒々しく叢を掻き分けて逃げ惑う足音も聞こえて来ない。

穏やかな秋の日差しにそよぐ草の波がさわさわと長閑な音を立てているだけだ。

「マージャ」

いつまでもその場に立ち尽くす少女の手を引くと、フューシャはそっと歩き出した。


やや歩いて少女は振り返り、この数日間暮らした建物を初めてじっくり眺めた。

外側は武骨な石造りの塔でとても古く厳つい感じがしても、実際に暮らしてみるととても居心地が良い家である事はもう分かっていた。

繋がれた手にきゅっと力が込められて上を見上げると、普段は光を弾く硬い色彩の眼が柔らかく細められ自分を見下ろしている。

「疲れたらすぐに言うんだぞ?病み上がりに無理は禁物だからな」

「はぁい」

「いい子だ」


秋も深まり黄や朱の草木で鮮やかに彩られた野原を、手を繋いだ二人は深呼吸をするようにゆっくりと進んだ。

時折虫の音に耳を傾け、足下の小さな花にも目を向けながら。


丘を下って町が近付くにつれ戸外で見かける人の数がだんだんと増え始めた。

柵で囲まれた広い放牧場には牛や羊に混じって見慣れない家畜もいる。

つい物珍しさにキョロキョロと辺りを見渡すマジェンタを、不意に細い腕が軽々と片手で抱き上げた。

「……!」

「この方が眺めが良いだろう」

「…まだ歩けるよ?」

「言ったろう、病み上がりに無理は禁物だ。大人しく抱かれてな」

少しばかり疲れて足がふらつき始めていたのがお見通しだったらしく、フューシャはそのまま猫の仔でも抱くように楽々と左腕でマジェンタを抱えてすたすたと歩き出した。


そのまま町中まで来ると、すれ違う人間が皆何故か一様にフューシャを見て驚いた顔をするのがマジェンタには不思議だった。

そして皆驚いた後にはからりと笑って親しげに会話を交わしている。

「……知ってる人?」

「ここは小さな町だから皆知り合いさ。それより喉が乾いただろう、近くに茶を飲める所があるから少し休もう」


サザナミの町では世間一般の通貨が殆ど価値を成さないため、利益を目的とした商いを行う『店』はあまり無い。

大抵の日用品は自分達の手で作り、物品の交換で用は事足りる。

それでも特殊な技術が必要とされる専門職は町中の工房で適性のある者を集めて人材が育成される。

そうやって町のあちこちから集められた職人や見習い達の多くが、昼時になると町でただ一軒の宿屋兼食堂にやって来る。

宿そのものはオンボロで料理の味はまあまあといったところなのだが、最近になって亭主役に収まった男の人柄に客が集まり結構繁盛しているらしかった。

フューシャが片腕にマジェンタを抱いたまま青鹿亭の扉をくぐると、店内で食事や会話に熱中していた客が一斉にポカンと口を開けて静まり返った。

「ジジ、茶ぁ出してくれ。二人ぶん」

本人は店内で固まっている客に頓着した様子もなく空いた席に腰を下ろすと、腕に抱いていた少女を隣にそっと座らせた。

「フューシャか!?なんでまた今その姿なんだ」

「大人の事情」

マジェンタは首をひねった。

何故か会う人会う人皆フューシャを見てとても驚いた様子を見せるのが不思議だった。

フューシャが吃驚するほど奇麗なのは解る。

自分も初めて見たときは息が止まるくらい驚いたから。

でもここの人達は皆知り合いのはずだ。

何をそんなに驚いているのだろう。

そんな考えが顔に出ていたらしく、ジジと呼ばれていた男性がマジェンタを見て笑いながら説明を付け加えてくれた。

「嬢ちゃんは新入りさんだな?フューシャがこの姿でいるのは物凄く珍しいんだぜ~。いつもはもっとちっちゃい格好してるのさ」

「……???……」

「子供を混乱させるなよ。いーから先に茶を持って来てくれ。あと、何か消化に良いメニュー」

「ん~わかった」


最初の驚きが過ぎると店内の空気はいくらか落ち着いたものになり、フューシャはたまに話し掛けてくる相手とやり取りを交わしながら和やかに昼の時間を過ごしている。

一方マジェンタは何故か若い十代の娘達がチラチラとこちらを窺っているのが落ち着かなくて、少々身の置き場に困っていた。

「ごめんよ嬢ちゃん。あの娘らもこの格好したフューシャを見るのは珍しいからさ~。ついチラ見しちゃうんだよ。落ち着かないよなぁ」

お茶と料理を運んで来たジジがさりげなくフォローを入れた。

「しかも今日は可愛い子連れてるし~」

タレ目気味の柔和な顔に人好きのする笑みを浮かべてニカリと笑う。

元々若い娘達はジジを目当てに青鹿亭に通う者も多く、年の頃は二十代後半と夫候補としては現在優良物件に挙げられていた。

「ジジ…貴様の守備範囲は一体何歳までだ」

「えぇ~、やだな違うよ~そういうんじゃなくてホントにこの子可愛いし」

フューシャ自身が見た目の美醜を全く気にしないタイプのため、相手の容姿を褒めたり貶したりする事は殆ど無い。

というかどうでもいい、くらいにしか思っていない節がある。

ただ客観的に見てマジェンタが中々に将来有望な容貌をしているのは確かだった。

綺麗に櫛梳られた金茶の髪は艶やかに波打ち、同色の睫毛が榛色の大きな瞳をくっきりと縁取る。

やや小ぶりな鼻と薄紅の花弁のような唇は見る者に愛玩人形のような印象を与えていた。

先程から若い娘達がこちらをチラ見しているのはフューシャだけでなくマジェンタも含まれているようだった。

髪を洗い衣服を整えて行儀良くフューシャと並んでいると、実に見応えのある二人連れなのだ。

日頃小さい方のフューシャを見慣れている町の住人にとっても成人体型はまた別モノのうえに、お人形の様なマジェンタがくっついているのだ。

可愛いものに目がない少女達が食い付かない訳が無かった。

「嬢ちゃん名前は?」

「……マジェンタ」

「そっか、いい名前だな。俺はジジだ。この店の亭主をやってる。何かあったらいつでも来るといいよ」

マジェンタはフューシャを見てそれからコクリと頷いた。


この日は町で生活に必要な細々とした物を手に入れ、帰りは青鹿亭の荷馬車用の馬を借りての帰宅になった。



「今日は疲れただろう。初日なのに結構歩いたからな」

買い込んだ食料や雑貨を居間の卓上に次々と並べて整頓を始める。

この殆どがフューシャの作った薬やお茶と交換したものだ。

持ち帰った荷物の中には一抱えもある布の包みがあり、取り出して開くと中身はきちんと折り畳まれた可愛らしい子供の衣類だった。

「うちにはお前さんに合うサイズの服が無いからな。町の子供達のお古ばっかりで悪いが勘弁してくれ」

「……フューシャ」

マジェンタが思わず驚いて目を丸くしているとフューシャが決まり悪そうに花色の頭をガシガシとかき混ぜた。

「……大抵の家事は出来るんだが裁縫はからきしでなー。そのうち新しいやつを用意してやるから」

「ううん、これがいい。ありがとフューシャ!」

嬉しそうな笑顔でぴょんと飛び付いてきた少女は、華奢な体型のフューシャの腕にすっぽりと納まるほどまだ幼かった。


昼間の外出はいくらか気分転換になったようで『家』に戻ってからもマジェンタの明るい表情はしばらくの間続いていたが、それでも夜が来ると風の音にも怯え、窓の外に独りで彷徨った暗い野辺を思い出して震えが止められずにいる。

椅子に縮こまって悲鳴を堪える様子が痛々しくて、フューシャはその小さな身体をそっと包み込むように抱き締めた。

「―――我慢は身体に毒だ。怖いなら泣いても叫んでもかまわない……ただ、そんなふうに堪えるのは止めてくれ…」

堪らなくなる。

こんな小さな子供に我慢をさせていると思うと、どうしようもなく切なくなってしまう。

「………っしょ…に……」

「ん?」

「フューシャと…一緒に寝る……」

「お安い御用だ」

大して広い寝台ではないが小さな子供と二人なら何も問題はない。

この夜を境にマジェンタはフューシャの隣に潜り込んで眠るのが毎晩の日課になった。


主人公は誰でしょう?的な流れになってます。

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