救い
それから、私と大司教、スミレの三人で、
書類のベースを作成した。
書類の中から共通点を探し、ベースに収まる形を探した。
文字は日本語ではなかったが、なぜか理解できた。
作成は三日間を要した。
三人ともくたくたに疲れた。
その後、
クラを含む六名の聖治療師にテストをしてもらい、
微調整を経て、書類の雛型が作成された。
書類の印刷は時間の空いている者が、
隙間時間で随時作成していく事でまとまった。
大司教に相談してから二週間後、
教会の大広間に聖治療師が集められる。
遠方から来る者は、王都の宿屋に宿を取った。
大司教が壇の上に立つ。
そこにいた者は全て膝を折った。
連日の激務のせいか、皆の表情は曇っていた。
「聖治療師の皆よ。日々ご苦労である。
今回来てもらったのは、書類についてである。
今回我々は聖女様のお知恵を拝借し、
書類を簡単にすばやく書けるようにした」
これを見てくれ。
二人の聖治療師が患者を見て治療を始める。
治療時間は、ほとんど変わらない。
そして書類書きにかかる。
一人は一分もかからず終わらせ、
もう一人は五分かかった。
「なぜあんなに速い」
「手を抜いているのか」
大広間がざわつく。
「落ち着け。これから書類の雛型を配る」
書類の雛型が皆に配られる。
ざわつきは収まり、皆頷いている。
「見慣れぬ形式ゆえ、戸惑いもあろう。
しかしな。
今後諸君らは字を書く時間が短くなる」
「それなら、もっと患者を見れる」
声が聞こえる。
「たわけ。聖女様が協力してくださったのは、諸君らに眠って貰いたいからじゃ」
再び大広間がざわつく。
「しかし、患者は沢山いる。聖女様とあろう方が。我らを眠らせたいと」
一人の聖治療師は言った。
大司教は私を見る。
私は頷き、登壇する。
「聖治療師の皆様。
日々お仕事お疲れ様です。
皆様の時間が浮くなら、もっと患者を診てあげたい。
その気持ちは、私にも痛いほどわかります」
大広間は静寂に包まれる。
「しかし、あなた達が倒れれば、患者を見る事のできる者はいなくなり、国は傾きます」
誰も口を開こうとはしない。
「先月倒れた聖治療師は五名、その前の月は三名」
「聖治療師が一人倒れるたびに、他の聖治療師への負担が大きくなります」
「あなた達は、十分頑張った。しかし、もう限界なのです」
若い聖治療師が唇を噛む。
「兄弟子も……、そう言って倒れました」
それ以上は言葉にならなかった。
大広間のどこからか、
すすり泣く声が聞こえた。
やがて、それは一人、また一人と増えていく。
「あなた達は、剣を持たない。槍を持たない。戦う事はないかもしれない」
「しかし、国の本当の要は……」
すすり泣く声が次第に増えていく。
「もし、あなたが眠り、それを非難する者がいれば、私が前に立ち、あなた方を守りましょう」
「もう十分です。ゆっくりと休み、そして元気になって、患者さんを救ってください」
聖治療師は俯き、肩を上下に揺らした。
すすり泣く声と沈黙とが交差し、教会は深い静寂に包まれる。
大司教が側にやってきて、膝を折った。
「聖女様。感服いたしました。聖女様を非難する者があれば、今度は私が前に立ち、あなたを守りましょう」
大司教は目を真っ赤にし、そう言った。
……
それから半月。
書類は国全体の聖治療師に浸透した。
はじめこそ、戸惑いの声は上がったが、
数日もしないうちに、
その声は完全に消えていった。
平均して100分、仕事時間は減った。
そして平均して70分、睡眠時間は増えたそうだ。
私は、
ベンチに座って、ボーっとしていたクラを見つける。
聖治療師が激務だった以前には、見ない風景だ。
「聖女様。お疲れ様です」
「お疲れ様。ねぇクラ。仕事時間は100分減ったそうね。でも睡眠時間は70分。30分はどこに消えたのかしら?」
私は尋ねた。
クラは少し明るく笑った。
「聖女様。
私達も人間です。
寝て仕事をするだけじゃない。
時間があれば、家族とも話したいし、恋人と過ごしもしたい。
酒を飲みたい奴もいる」
「そっか。休めてたらいいんだけどね」
「はい。十分休めていると思います。それになにより……」
「なにより?」
「ようやく人に戻れた。そんな気がします」
クラは目を細めた。
「そっか……」
私はそれ以上、何も聞かなかった。
……
私はスミレと散歩をする。
城内は以前とくらべ、少し明るくなった。
あちこちにあった染みは薄くなり、
腐臭と蠅は消え、
代わりにハーブの良い匂いが漂うようになった。
歩いていると、
あちらこちらで、挨拶をされる。
「聖女様」
「聖女様」
と、
患者達も、
侍女達も、
聖治療師達にも、笑顔が見られるようになった。
スミレにも以前より笑顔が増えた。
一緒に寝るのも抵抗がなくなったし、
たまにイタズラをしてくることもある。
気を許してくれたのだろう。
「ねぇスミレ。私が来てから、変わったかな?」
「はい。この国はとても変わりました」
「そう。どんな風に?」
「そうですね。スミレは気持ちの良い国になったと、そう思います」
「気持ちの良い国か……、
そっか。じゃあ私は来てよかったのかな」
「もちろんです。聖女様は国の宝です」
嬉しいという気持ちの反面、
胸の奥が締め付けられるように痛い。
私は自分が嘘をついているような気がした。
「でもね。私の国では、ポンコツと呼ばれていたの」
素直に受け取ればいいのに、言い訳じみている。
「そうなのですか。聖女様の国の方が、目が曇ってらっしゃったのでは」
「そうじゃないわよ。
今思えば、私はポンコツだった。
あなた達がいるから、私はポンコツじゃなくなった。
私は落ちこぼれ看護師だったのよ」
自分を落とし、相手を上げる。
私の悪い癖だ。
「そうですか。でもここでは、あなたは救世の聖女と呼ばれていますよ」
スミレは笑った。
救世の聖女……。
その言葉で、私の胸のつかえは少し軽くなった。
END
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は完結していますが、
反響があれば続編を書く可能性があります。
ブックマークしておくと、もし更新された場合に追いやすくなります。
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