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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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7/10

第7話 八人の監査

いつも読んでくださりありがとうございます。

今回は、第十三工廠にとって最初の大きな山場となる「七日目の監査」です。

俊平たちは事故を減らし、怨霊混入を抑え、ミルカやエイベルたちの力も借りながら工廠を立て直してきました。けれど、黒炉都市の帳簿はそれだけでは許してくれません。

誰かを犠牲にすれば助かる。

そんな最悪の選択肢を前に、俊平が何を「管理」と呼び、何を拒むのか。今回はその境目を描く回になります。


七日目の朝、第十三工廠の門前には白い絨毯が敷かれていた。

絨毯と言っても、柔らかなものではない。

処刑場で使われる灰布を何枚も縫い合わせ、上から石灰を撒いたものだ。

踏むたびに靴底から白い粉が舞い、誰かの骨を踏んでいるような感触がした。


バルトロメウス卿は、その上を汚れひとつない靴で歩いてきた。

後ろには監査局の黒衣の役人が十二人。さらに、軍務卿の代理、ヴェイン軍需商会のマルタ、死者会計局のノア・フェルまでいる。

まるで工場監査ではなく、葬儀の参列者だった。

「おはようございます、管理官殿」

バルトロメウスは微笑んだ。


「第十三工廠、七日目監査を開始します」

俊平は寝ていなかった。

目の奥が焼け、指先はインクで黒い。だが、視界のコーデックスだけは異様に鮮明だった。


第十三工廠

稼働率: 78%

事故発生率: 基準値の2.1倍

怨霊混入率: 低下中

規定生産量達成見込み: 91%


不足分補填候補: 人的燃料 8名

最後の一行だけが、赤く脈打っている。

「九十一パーセント」

バルトロメウスが台帳を覗き込む。

「素晴らしい改善です。歴代管理官の中でも最速でしょう。

ですが、規定は規定です。百でなければ未達です」

グレンが低く唸った。

「あと九パーセントだ。半日くれれば埋める」

「半日は存在しません」


バルトロメウスは穏やかに言った。

「契約上、期限は日の出です。黒炉都市は言葉の都市ではなく、帳簿の都市ですから」

マルタが赤い外套を揺らし、楽しそうに工廠の煙突を見上げる。


「閉鎖の場合、設備と契約労働者の一部は当商会が買い取ります。よい価格を出しますよ」

リゼットの水晶義眼が冷たく光った。

「人間を設備と並べないでください」

「契約上は並びます」

ノア・フェルが黒い算盤を鳴らした。


「死者の帳簿では、すでに並んでいます。問題は、生者がそれを認めるかどうかです」

俊平は三人の声を聞きながら、工廠の内部を見ていた。三交代は回り始めている。ミルカの聴音で事故の芽は減った。エイベルは検査機の異音を拾い、セナは外部通信の代わりに偽装符の流通経路を洗っている。リゼットは二十九人の仮登録労働者を正式な技能者にする帳票を作り、グレンは炉前の作業手順を組み替えた。

全員が、少しずつ工廠を生かした。

それでも足りない。

「候補を見せてください」

俊平が言うと、バルトロメウスは満足そうに頷いた。


「ようやく、その言葉を聞けました」

黒い台帳が開く。八人の名が浮かんだ。

グレン・ヴァルツ。

リゼット・クロウ。

ミルカ。

セナ・イオリス。

エイベル・灰鐘。

炉前班副長オルガ。

鎮魂師見習いヘレナ。

管理官 横村俊平。

空気が止まった。

「俺が一番上か」

グレンは笑った。

笑っているのに、目が笑っていない。

「高影響個体。燃やせば現場はまとまるってか」

「違います」

俊平は即座に言った。

炉前班副長オルガが、一歩前に出た。

短く刈った髪に煤が絡み、首には古い火傷の痕が輪のように残っている。

彼女はグレンの右腕が義手になる前から炉前にいた女で、作業員からは

「副長」ではなく「炉の姉」と呼ばれていた。


「違うって、何が違うんです」

オルガの声は静かだった。


「私たちの価値を、あんたの目が勝手に決めている。高いか低いか、燃やせば効くか効かないか。違うと言うなら、その目を閉じてください」

俊平は言葉に詰まった。


閉じることはできる。だが閉じれば、事故の予兆も、嘘も、寿命も、魂の摩耗も見えなくなる。見えなければ人は死ぬ。見れば人が数字になる。

バルトロメウスが楽しげに囁いた。


「良い問いですね。管理とは、見た時点で相手を支配し始める行為です」

「黙ってください」

「ええ。あなた自身が答えるべきです」

コーデックスは補足する。


グレン・ヴァルツ投入時効果: 炉前班統制崩壊後、短期的服従上昇。長期損失大。

リゼット・クロウ投入時効果: 帳簿矛盾消失。隠匿労働者処分容易。

ミルカ投入時効果: 黒炉出力安定。事故予測消失。

セナ・イオリス投入時効果: 外部通信漏洩停止。設備保全能力低下。

エイベル・灰鐘投入時効果: 商会脅迫材料消失。検査精度低下。

横村俊平投入時効果: コーデックス完全接続。工廠管理効率最大化。

最後の表示だけ、他と違っていた。

投入後継続稼働: 可能

人格残存率: 不明

推奨度: 最高

リゼットが俊平の袖を掴んだ。


「読まないでください」

「もう読みました」

「なら、考えないでください」

俊平は答えなかった。考えてしまったからだ。


自分を炉心に入れれば、工廠は助かるかもしれない。

労働者は守れる。八人の名前は消える。

黒炉に接続された管理官として、工程も事故も怨霊もすべて見渡せる。

人間でなくなるだけで、仕組みは直せる。


それは、ひどく効率のよい案だった。

ミルカが小さく泣きそうな顔で言う。

「俊平、機械が喜んでる。黒炉じゃない。工廠の機械が、俊平なら止まらないって」

「嬉しくないですね」

セナが震える声で笑う。


「管理官殿、自分を部品にするのは最終手段にしましょうよ。僕みたいな裏切り者でも、それはちょっと引きます」

バルトロメウスが一歩近づいた。


「選択の時間です。八人から一人を選べば、不足分は補填されます。誰も選ばなければ、工廠は閉鎖。閉鎖時には、関係者全体から三十名が炉心投入される」

「脅迫ですね」

「管理です」

俊平は台帳を見た。八人。三十人。九パーセント。

数字はわかりやすい。だから、危険だった。


「不足分は、生産量で埋める必要がありますか」

バルトロメウスの眉が少し動く。


「規定は、黒炉都市の軍需供給能力を百として評価します」

「つまり、完成品の数だけではない」

「言葉遊びですか」

「帳簿の都市なんでしょう」

俊平は別の台帳を開いた

第十三工廠が回収した欠陥甲冑、怨霊混入品、ヴェイン商会が納入した偽鎮魂符、燃え残った部品。すべてを「不良在庫」としてではなく、「前線損失防止分」として計上する。


「欠陥品の出荷を止めたことで、前線の怨霊化損失を三十一パーセント削減。回収品から再生可能部品を抽出。ヴェイン商会の偽鎮魂符を排除したことで、将来的な黒炉暴走リスクを低下。これを軍需供給能力の維持分として換算します」



コーデックスが唸るように文字を出した。

再評価中。

評価対象変更: 生産量単独から供給能力総量へ。

異議発生: 監査局、軍務局、商会。

死者会計局: 承認可能。

ノア・フェルが小さく笑った。


「死者の帳簿では、出荷しなかった欠陥品は救った命として計上できます」

マルタの表情が初めて崩れた。


「それを認めれば、商会の補填契約が無効になります」

「不良品を補填と呼ぶ契約なら、無効でいい」

俊平は淡々と言った。


バルトロメウスは沈黙した。長い沈黙だった。やがて、白手袋の指がゆっくりと拍手を始める。

「見事です。あなたは犠牲を選ばず、評価基準を変えた」

「認めるんですか」

「監査局は認めません。ですが、死者会計局が認め、軍務局が救命分を否定できない以上、却下には時間がかかる」

「時間があれば十分です」

「ええ。あなたは七日を、一日延ばした」

工廠閉鎖は保留となった。


歓声は上がらなかった。

誰もが、自分たちが助かったのではなく、処刑台の階段で一段だけ踏みとどまったのだと理解していた。

その場でオルガが俊平に近づいてきた。

「管理官。私は、あんたが嫌いです」

「はい」

「でも、今日の帳簿の切り方は覚えました。生産量だけで殴られたら、救った分を出せばいい。そういう戦い方があると知った」

「戦いではなく、監査対応です」

「同じです。殴るものが剣か帳簿かの違いだけ」

オルガはグレンの方を見た。


「班長。炉前班は今日から、事故を隠しません。隠した怪我は全部、管理官の救命分から引かせます」

グレンが苦い顔をした。


「お前まで帳簿を武器にするのか」

「武器を持たずに燃やされるよりましです」

俊平は、その会話を聞きながら不思議な感覚を覚えた。自分が導入した数字が、現場に利用され始めている。管理の刃が、自分だけのものではなくなっていく。

それは喜ぶべきことのはずだった。

だが同時に、数字で殴り合う工廠の未来がちらついた。

監査団が去る直前、バルトロメウスは俊平にだけ聞こえる声で言った。

「今日、あなたは人を燃やしませんでした。代わりに、帳簿の意味を燃やした。次はもっと大きなものを差し出すことになります」

俊平は答えなかった。


その夜、台帳の八人の名前は消えなかった。

ただ、名前の上に新しい見出しが刻まれていた。

保留中資産。


俊平は、吐き気をこらえながらその文字を塗り潰した。

塗り潰したインクは、すぐに乾かなかった。黒い水溜まりのように紙の上で揺れ、その奥から小さな声がした。

「保留は、選択ではない」

黒炉の声だった。

「いつか選ぶ」

俊平は台帳を閉じた。

「選ばずに済む仕組みを作る」

返事はなかった。ただ、工廠の奥で炉が一度だけ大きく脈打った。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

第7話では、俊平が誰か一人を犠牲にするのではなく、評価基準そのものを変えることで閉鎖を一日だけ先延ばしにしました。

ただし、これは完全な勝利ではありません。八人の名前は消えず、黒炉も監査局も、俊平がいつか選ばざるを得ない瞬間を待っています。

また、オルガの登場によって、現場側もただ守られるだけではなく、帳簿を武器として使い始めました。俊平の管理が人を救うのか、それとも別の形で人を縛るのか。次回は、その問いが労働者たちの側から突きつけられていきます。


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