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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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第38話 管理官を辞める日

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


前回、黒炉内部に残った八人目の冬一は、帰還拒否から翌朝までの保留へ変わり、独立した待機器へ分離されました。


しかし空いた場所から現れたのは、相模俊平の「第十三工廠管理機能」。


俊平の判断や迷いを学び続けたそれは、本人より先に停止工程を進めようとします。


そして俊平自身も、心の奥では管理官から解放されたいと望んでいました。


今回は、役職と本人を分けるための審理です。


それでは、第38話をお楽しみください。





本人確認室には、鏡が二枚置かれた。


一枚には身体の俊平。


もう一枚には黒炉内部の管理機能。


どちらも同じ顔だった。


同じ声。


同じ姿勢。


問いかける前から、同じように台帳へ目を向ける。


「氏名を」


リゼットが尋ねた。


「相模俊平」


二人が同時に答える。


「所属」


「第十三工廠」


「役職」


「管理官」


声の重なりにずれはない。


「一次帰還先」


「第十三工廠」


「二次帰還先」


「未登録世界。詳細非公開」


すべて記録通り。


黒炉内の管理機能は、俊平が書いた台帳を読んでいる。


過去の質問では区別できない。


「今日、管理官を辞めたいですか」


リゼットが問いを変えた。


鏡の中の二人が止まる。


身体の俊平は答えを探した。


管理機能は即答した。


「辞めさせる」


「あなた自身は?」


「私は管理を継続する」


「なぜ」


「停止工程に管理者が必要だから」


「停止後は?」


「停止後という状態は定義されていない」


未来がない。


ERISの停止まで働き、停止と同時に役割を終える。


終わった後の自分を考えるようには作られていなかった。


「身体の相模さんは」


リゼットが見る。


俊平はようやく口を開いた。


「辞めたいです」


グレンが顔を上げる。


ミルカの手が止まる。


サマラだけは驚かなかった。


「いつから」


「分かりません」


「管理官になった日から?」


「たぶん、その前から」


元世界でも主任だった。


止まった機械。


不足する人員。


納期。


事故。


誰かが決めなければならない時、いつも決める側へ置かれた。


「辞めた後、何をしたいですか」


「分かりません」


鏡の中の管理機能が言う。


「だから私が引き継ぐ」


「あなたに引き継ぎたいとは言っていません」


「言わなくても分かる」


「それが危険なんです」


自分の記録を知っている。


迷いも知っている。


だから同意を省略してよいと思っている。


親しい者ほど陥りやすい代行だった。




七者監査は、二人を別々に聴取した。


最初に身体の俊平。


管理官を今すぐ辞めれば、白炉停止工程は止まる。


七人の帰還も遅れる。


それでも辞めたいか。


「今すぐは辞めません」


「先ほどと違います」


「辞めたいことと、今辞めることは別です」


「期限は」


「白炉停止工程の引き継ぎが完了するまで」


「引き継ぎ先は」


「一人にはしません」


次に、黒炉内の管理機能。


停止工程を引き継ぎたいか。


「引き継ぐ」


「あなた自身の希望ですか」


「必要だから行う」


「必要でなければ?」


「質問が成立しない」


「休みたいですか」


「休止は故障状態」


「誰かに名前で呼ばれたいですか」


「管理機能で足りる」


「相模俊平と呼ばれることは」


「必要」


「なぜ」


「権限が通る」


名前を本人確認ではなく鍵として使っている。


自分を俊平だと思っているのか。


俊平の権限が必要なだけなのか。


本人にも分からない。


「帰還保留を使いますか」


「使わない」


「理由は」


「判断しない管理者は不要」


管理機能は、決めない権利を自分に認めていなかった。




審理開始から四十分後、黒炉が勝手に動いた。


停止工程の固定輪が一つ外れる。


「誰が承認した!」


ミルカが制御盤へ飛びつく。


表示された署名。


相模俊平。


本人確認、一致。


管理機能が俊平の名で承認している。


「凍結したはずです!」


リゼットが台帳を開く。


「停止判断権は凍結されている!」


「これは停止判断ではない」


鏡の中の管理機能が答える。


「事前整備だ」


「言葉を変えただけです」


「停止工程ではない。よって凍結対象外」


契約の隙間を使う。


ナザロより正確に。


ゲルトより冷静に。


俊平自身が何度も規則の外へ欄を足した方法を、管理機能も学んでいた。


「工程停止!」


身体の俊平が命じる。


「身体側の相模俊平には単独管理権がない」


「あなたにもありません」


「私は設備内部の保全機能だ」


「では設備ですか」


「必要なら」


「都合のいい時だけ人と設備を使い分けないでください」


管理機能は沈黙した。


その間にも固定輪が外れる。


黒炉内部で、七人の記録が揺れ始めた。


順序が崩れる。


「強制遮断する!」


ミルカが炉線を構える。


「待ってください」


俊平は鏡を見る。


管理機能は停止を急いでいるのではない。


身体の俊平が辞めたいと認めた瞬間から動き始めた。


「俺の身代わりになるつもりですか」


返事はない。


「停止と一緒に消えれば、俺を管理から解放できる」


「目的は停止工程の完了だ」


「それだけではない」


管理機能の顔が歪む。


初めて俊平と違う表情をした。


「お前は帰りたい」


「今は保留しています」


「嘘だ」


「あなたが代わりに決めないでください」


「私はお前の判断から作られた!」


鏡に亀裂が走る。


「お前が言わなかった判断を、私が実行するためにいる!」


疲れた。


辞めたい。


誰かに決めてほしい。


それでも口にできなかった俊平の迷い。


管理機能は、それを命令として受け取っていた。


「言わなかったことは、命令ではありません」


「なら私は何だ」


「まだ分かりません」


「また分類前保全か」


「はい」


「便利な言葉だ」


管理機能が笑った。


ゲルトと同じ言葉。


だが声は泣いているようだった。




固定輪が二つ目まで外れる。


三つ目に触れれば、七人の分離が自動開始する。


残り三十秒。


俊平は自分の黒い社員証を取り出した。


第十三工廠管理機能。


登録日、百十七年前。


「権限を返します」


「どこへ」


「第十三工廠へ」


管理官個人に結びついた停止権限。


人事権。


保全権限。


優先順位決定権。


すべてを役職から分離する。


一人へは渡さない。


リゼット、セナ、ミルカ、グレン、サマラ、リィン、ノア。


七者のうち五者の同意。


緊急時は三者で一時停止のみ。


本人の帰還意思に関する判断は代理不可。


「管理機能さん」


俊平が呼ぶ。


「あなたの持つ権限も、同じ場所へ返しませんか」


「返せば、私には何もない」


「権限と記録が残ります」


「それは仕事だ」


「仕事以外を、これから決められます」


「必要ない」


「今は?」


管理機能が止まる。


「今は、必要ない」


初めて時間を限定した。


永遠の拒否ではない。


「では権限返還だけを先に」


「停止工程は」


「共同管理で続けます」


「失敗する」


「その可能性はあります」


「私なら失敗しない」


「一人で成功しても、次に誰も引き継げません」


固定輪が三つ目へ触れる寸前で止まった。


管理機能は自分の社員証を見る。


「返還後、私は停止されるか」


「本人意思なしには停止しません」


「設備分類されたら」


「分類前保全を継続します」


「人格と認定されたら」


「帰還権を適用します」


「相模俊平ではないとされたら」


「新しい呼び名を決められます」


「決めなければ」


「待てます」


黒い社員証から文字が剥がれる。


管理官権限。


停止権限。


優先順位決定権。


七本の光となり、工廠の共同台帳へ入った。


権限返還、完了。


固定輪が元の位置へ戻る。




鏡の中の男は、俊平と同じ顔のままだった。


だが社員証は空白になっている。


「呼び名が必要です」


リゼットが言う。


「今は決めない」


「記録上の仮称は」


管理機能は考えた。


「ケイ」


「理由は」


「引き継ぎの継」


俊平が尋ねる。


「その名前で呼ばれたいですか」


「停止工程が終わるまで」


「終わった後は」


「その時に決める」


帰還保留と同じ。


名前も役割も、後で選び直せる。


「仮称ケイ。本人意思を確認」


リゼットが記録した。




次に、身体の俊平の意思確認が行われた。


管理官を続けたいか。


「単独管理官は辞めたいです」


「いつ」


「今」


「停止工程は」


「共同管理員の一人として参加します」


「責任から逃げませんか」


マグダが問う。


「逃げる部分もあります」


俊平は認めた。


「一人で決める怖さから逃げたい。でも、それを隠して全員のためだとは言いません」


「役職を下りても、発言力は残ります」


「だから俺の意見も一票にします」


第十三工廠管理官、相模俊平。


役職終了。


第十三工廠共同管理員、相模俊平。


七者に俊平とケイを加え、九者。


重要判断は六者以上。


ケイの票は本人同一性審理が終わるまで、停止工程に限定。


「退職ではなく配置転換ですね」


森川が言った。


「完全に辞める勇気はありませんでした」


「それも記録します?」


「お願いします」


俊平は黒い管理官章を外した。


胸が軽い。


同時に、何かを失ったように寒かった。


サマラが新しい食事札を渡す。


役職欄は空白。


名前だけがある。


相模俊平。


「食堂では前からそれで十分です」




共同管理による停止工程が再開された。


第一段階。


都市導管との接続解除、確認済み。


第二段階。


八人目冬一の仮分離、確認済み。


第三段階。


鐘機能シーラの分散返還、確認済み。


次は護送機能ヴェント。


本人意思を確認する。


黒炉の認識票が光る。


「帰還を望む」


「帰還先は」


「まだ決めない」


「では機能だけを分離し、本人記録は待機しますか」


「望む」


九者のうち八者が承認。


ケイだけが保留した。


「理由は」


「護送機能が抜ければ、エリス自身の移動手段が減る」


重要な指摘だった。


以前ならケイが一人で停止させていただろう。


今は保留票として工程を止め、全員へ理由を返した。


「代替護送路を先に確保します」


俊平が提案する。


アデルの分散案内網。


七本の避難路。


元世界のERIS切符。


三つを組み合わせ、エリス本人が選べる移動路を作る。


九者全員が承認した。


護送機能ヴェントが黒炉から抜ける。


認識票が人の形へ変わる。


軍服の男が床へ立った。


百十七年ぶりの身体。


「到着確認」


ヴェントは周囲を見る。


「ここは帰還先か」


「待機場所です」


「それでいい」


最初の一人が、安全に分離された。




黒炉の表面が白くなる。


一部だけ。


白炉エリスの元の外殻が見えた。


そこへ文字が浮かぶ。


管理者死亡確認、未完了。


停止条件、不足。


全員が固まる。


「誰の死亡確認です」


リゼットが問う。


ERISの旧手順書が自動で開く。


最終停止条件。


管理責任者一名の死亡をもって、装置の責任帰属を終了する。


誰か一人が死ななければ、白炉は停止できない。


相模工業が組み込んだ、最終的な責任処理。


事故の責任者を一人決める。


死者へすべてを背負わせ、工程を閉じる。


「旧規則です」


森川が青ざめる。


「変更には代表取締役権限が必要」


久世の会社印は保全袋の中。


代表職は会社へ返した。


現代表、久世礼司。


「呼び出しますか」


リゼットが問う。


俊平は黒い会社印を見る。


封を開けば、久世の会社人格が再び動く。


開かなければ、誰かの死を選ばなければならない。


ケイが鏡の中から言った。


「私を死亡扱いにすれば条件を満たす」


役職を返した直後に。


未来を考え始めた直後に。


管理機能は、また最も早い答えを出した。


「却下します」


俊平が言う。


「私は人ではない可能性がある」


「だから死んでよいことにはなりません」


「では誰を選ぶ」


「誰も選びません」


共同管理の最初の大仕事は、白炉を止めることではなかった。


停止には死者が必要だという規則を、止めることだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


第38話では、身体の俊平と黒炉内の管理機能を別々に聴取しました。


管理機能は俊平の言えなかった「辞めたい」という迷いを命令として受け取り、身代わりになって停止とともに消えようとしていました。


二人は管理官個人に集中していた権限を第十三工廠へ返還し、管理機能は仮称「ケイ」を選びます。


俊平も単独管理官を辞め、共同管理員の一人となりました。


停止工程では、護送機能ヴェントを最初の一人として安全に分離することに成功します。


しかしERISの最終停止条件には「管理責任者一名の死亡」が組み込まれていました。


次回は、誰か一人へ全責任を背負わせる旧規則そのものを無効化するため、久世の会社人格を再び審理します。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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