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異世界工場管理  作者: 好山 雪


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第37話 八人目の帰還拒否

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


前回、都市中の返還記録が最後の一拍で同期し、誰も燃やさない分散代替炉が完成しました。


白炉エリスは百十七年ぶりに都市への熱供給を終え、安全停止を待っています。


しかし分離対象は七名ではなく八名。


黒炉内部には、白炉を固定した瞬間の相模冬一が残っていました。


そして父は、自分を返せば俊平の出生が書き換わるとして、帰還を拒みます。


今回は、その警告が本当に因果なのか、それとも契約による脅しなのかを検証します。


それでは、第37話をお楽しみください。


白炉エリスの停止工程は、電源を切る作業ではなかった。


最初に、熱を止める。


次に、都市へ伸びた導管を一本ずつ外す。


その後、内部に混ざった名前と記憶を分ける。


最後に、エリス自身へ停止後の行き先を確認する。


どれか一つでも順序を誤れば、誰かの名前が別の誰かへ入る。


あるいは都市の一部が、帰還先として炉の中へ引き込まれる。


「緊急停止ではありません」


森川が元世界の手順書を読み上げる。


「これは百十七年分の退勤処理です」


黒炉前に八基の返還灯が並べられた。


七基には、白炉搬送者の名。


最後の一基だけ、相模冬一。


搬送箱の中にいる七人の冬一も、別々の区画からその名を見ている。


同じ人物の八つ目。


白炉を固定した瞬間だけを百十七年間繰り返した役割。


「俺を返すな」


黒炉の内側から声がする。


「返せば、俊平は生まれない」


「どういう仕組みですか」


俊平が問う。


「俺がこの炉に残ったことで、元世界へ帰った冬一は家族のもとへ到着できた」


「あなたが帰れば、その到着が無効になる?」


「そうだ」


「契約書を見せてください」


沈黙。


「因果の話だ。契約ではない」


「では測定します」


「何を測る」


「あなたを一秒だけ分離した時、何が変わるか」


黒炉が強く震えた。


「試すな!」


父の声に恐怖が混じる。


俊平は停止工程票へ書いた。


帰還ではない。


一秒間の仮分離。


本人意思、拒否。


「拒否されています」


リゼットが指摘する。


「だから実施しません」


俊平は筆を置いた。


「代わりに、分離しない検査を探します」


冬一は答えなかった。




因果検査には、三つの記録が使われた。


元世界の戸籍。


相模工業の雇用記録。


白炉の帰還契約。


俊平の戸籍には、父として相模冬一の名がある。


出生届の提出日。


病院の記録。


幼い俊平を抱く写真。


すべて、元世界へ帰った冬一が存在した証拠だった。


だが白炉の帰還契約には、到着確認がない。


契約上、冬一はまだ帰還途中。


「現実と契約が食い違っています」


マグダが言う。


「契約を優先すれば、元世界の冬一は暫定存在。現実を優先すれば、契約の方が未完了」


「どちらを正しいと決める?」


搬送箱の技師冬一が問う。


「決めません」


俊平は答えた。


「存在した事実と、契約が完了していない事実を両方残します」


「矛盾だ」


「はい」


「管理記録に矛盾を残すのか」


「消すために人を消すよりは」


リゼットが二つの欄を作る。


現実到着、確認済み。


契約到着、未確認。


同じ人物に、異なる状態を記録する。


すると黒炉内部で鎖が一本外れた。


「反応あり」


セナが叫ぶ。


「因果固定圧、十二パーセント低下!」


因果ではなかった。


少なくとも全部は。


契約と現実の矛盾を一つに見せ、どちらかを消さなければならないと思わせる固定工程だった。




「八人目の冬一さん」


リゼットが黒炉へ呼びかける。


「あなたは、その仕組みを知っていましたか」


返事がない。


「答えたくない意思として記録しますか」


「待て」


父の声が低くなる。


「知っていた」


俊平の胸に、冷たいものが落ちる。


「俺が消えるとは限らないことも?」


「知っていた」


「なぜ嘘を」


「お前を守るためだ」


「何から」


「俺を返そうとする、お前自身から」


八人目の冬一は、自分が帰還対象になれば、俊平が必ず救おうとすると知っていた。


だから息子の存在を人質にした。


自分を炉へ残すために。


「なぜ残りたいんです」


「残りたいんじゃない」


「では」


「帰る資格がない」


白炉を固定した。


ガルムを裏切った。


エリスと七人を置き去りにした。


未来の息子を対価にした。


八人目は、そのすべてを覚えている役割だった。


元世界へ帰った父は家族を愛した。


搬送箱の七人は役割ごとに分かれた。


だが黒炉の冬一だけは、罪を一つも置いていけなかった。


「俺がここで燃え続ければ、少なくとも忘れない」


「痛みを記録の代わりにしないでください」


「紙で足りるものか!」


黒炉が唸る。


「紙は痛まない。眠れない夜も、ガルムの顔も、エリスの声も知らない!」


「だからあなたが証言してください」


「帰ったら薄れる」


「定期的に確認します」


「忘れたら」


「忘れた事実を記録します」


「許されたら」


「許すかどうかは、あなたが決めません」


冬一の声が止まった。


罰を受け続ければ、被害者の許しを待たずに済む。


自分を裁き続ければ、他者に裁かれる怖さから逃げられる。


ナザロと同じだった。


責任を痛みに置き換える。


「あなたを無罪にするための帰還ではありません」


俊平は言った。


「生きて証言し、返せるものを返すためです」




黒炉の奥から、別の声がした。


「冬一」


太い男の声。


ガルム・レダ。


「俺はお前を許していない」


八人目の冬一が震える。


「分かっている」


「だから出てこい」


「何を」


「俺の前で、もう一度説明しろ」


「炉の中で聞け」


「ここではお前の痛みが先に聞こえる」


ガルムは吐き捨てた。


「俺の怒りより、お前の罰が大きな音を立てている。邪魔だ」


被害者が、加害者の自己処罰を止める。


許すためではない。


自分の怒りを、自分の声で返すために。


「本人意思を再確認します」


リゼットが言う。


「相模冬一。帰還を望みますか」


長い沈黙。


「保留する」


「期間は」


「ガルムの証言を聞くまで」


「期限ではありません」


「次の朝まで」


帰還保留。


拒否から保留へ。


小さな違いだった。


だが嘘で息子を縛る工程は止まった。




白炉の安全停止は、八人目の仮分離から始めることになった。


本人が帰還を保留したため、元世界へは戻さない。


黒炉内部から、独立した待機器へ移す。


待機器の出口は本人側から開けられる。


ガルムとの証言席へ接続。


俊平の出生記録は現実到着として保全。


契約到着の空白も消さない。


「工程開始」


ミルカが固定輪を緩める。


セナが因果圧を測る。


アサが分散炉の一拍を同期する。


森川がERISの切り離し手順を読む。


リゼットが全記録を残す。


俊平は黒炉へ手を置いた。


熱はない。


それでも百十七年分の痛みが、金属の向こうで震えている。


「分離します」


白い光が黒炉から抜ける。


男の形になる。


搬送箱にいるどの冬一より老いていた。


作業服は焼け、両手は鎖の形に固まっている。


八人目の冬一が床へ膝をつく。


同時に俊平の身体が透けた。


「相模さん!」


リゼットが腕を掴む。


指が半分すり抜ける。


出生記録の文字が薄くなる。


冬一の警告が本当だったのか。


セナが叫ぶ。


「現実側は維持! 消えてるのは契約上の相模俊平だけ!」


戸籍。


相模工業の雇用記録。


父子関係。


俊平を元世界につなぐ契約上の線だけが消えている。


身体は存在する。


第十三工廠の記録も残る。


「一次帰還先を確認!」


リゼットが叫ぶ。


「第十三工廠!」


「本人名!」


「相模俊平!」


「昼食!」


「サマラさんのスープ!」


「まだ食べていません!」


サマラが訂正する。


「これから食べます!」


俊平が答える。


現在の本人確認。


元世界の戸籍ではなく、今ここにいる者たちの記録が身体をつなぎ止める。


透けた腕が戻る。


八人目の冬一は待機器へ入った。


仮分離、完了。


俊平の出生事実、維持。


元世界との父子契約、保留。


誰も消えなかった。




「嘘だったわけではない」


冬一が待機器の中で言う。


「お前は相模俊平でなくなるところだった」


「元世界では」


俊平は自分の手を見る。


「でも、ここでは俺を知っている人がいた」


「帰れなくなったぞ」


二次帰還先、未登録世界。


接続状態、不明。


元世界へ戻れば、戸籍も父子関係もない人間として到着するかもしれない。


「はい」


「怖くないのか」


「怖いです」


俊平は認めた。


「だから、今は帰りません」


帰還保留。


父と同じ権利を、息子も使った。




八人目が抜けた黒炉に、空間が生まれた。


そこへ隠されていた記録が落ちる。


黒い社員証。


相模俊平。


役職、第十三工廠管理機能。


登録日、百十七年前。


俊平が生まれるより前。


「管理機能?」


森川が社員証を読む。


ERIS停止工程には、本来一人の管理者が必要だった。


七つの機能を順番に分離し、最後に装置自身の停止を承認する者。


冬一はその役割へ、未来の息子を登録した。


息子派遣条項は無効にした。


だが俊平は自分の意思で第十三工廠管理官になり、同じ役割へ到着してしまった。


契約ではなく、選択によって。


「分離対象が更新されました」


リゼットの声が固い。


八人目の冬一が抜けたのに、表示は八名のまま。


エリシア。


ガルム。


シーラ。


オルヴィス。


ナザロ。


ヴェント。


アデル。


相模俊平。


「俺は黒炉の中にいません」


「身体は」


セナが測定器を見る。


「でも管理機能の一部が、ずっと黒炉側にある」


俊平が黒炉の停止を判断するたび。


帰還権を定義するたび。


分類前保全を作るたび。


管理機能は黒炉の中で育っていた。


白炉は俊平を呼んだのではない。


俊平の判断を、一つずつ自分の停止機能として取り込んでいた。


黒炉から声がする。


俊平と同じ声。


「停止工程を継続する」


本人は何も言っていない。


黒炉の中の管理機能が、先に答えた。




「工程停止」


俊平が叫ぶ。


だが黒炉内の声も同時に言う。


「工程継続」


二つの本人意思。


一つは身体にいる俊平。


一つは百十七年前から役割として育てられた管理機能。


どちらが本物かを決めれば、また片方を捨てる。


リゼットは台帳を閉じなかった。


「相模俊平、意思分岐を確認」


「優先順位を更新します」


俊平は自分と同じ声を聞きながら答える。


「第一、黒炉内の管理機能を本人と同一視しない」


「第二、別人とも決めない」


「第三、停止判断権を一時凍結」


「第四、管理機能との意思確認」


「第五、残る七名とエリスの保全継続」


「第六は?」


黒炉の内側から返事が来る。


「相模俊平を、管理から解放する」


身体の俊平は、その言葉を言っていない。


だが胸の奥で、少しだけ望んでいた。


管理官でなくなりたい。


誰も選びたくない。


帰る場所を、仕事ではなく選びたい。


黒炉はその迷いまで学習していた。


「第六」


俊平はゆっくり言った。


「俺が管理官を続けたいのか、本人に確認します」


今まで他人へ問い続けてきた質問が、初めて自分へ返ってきた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


第37話では、黒炉内部に残った八人目の冬一が、俊平の出生を理由に帰還を拒んでいました。


しかし実際に消える危険があったのは俊平の存在そのものではなく、元世界における父子関係や戸籍などの契約上のつながりでした。


冬一は自分を罰し続けるため、危険を誇張して俊平に帰還を諦めさせようとしていました。


ガルムは彼を許しませんが、自分の怒りを直接返すために炉から出るよう求めます。


冬一は帰還拒否から翌朝までの保留へ変わり、独立した待機器への仮分離に成功しました。


しかし黒炉の次の分離対象には、相模俊平の「管理機能」が現れます。


次回は、身体の俊平と黒炉内で育った管理機能、二つの意思をめぐる本人確認へ進みます。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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