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偽聖女と追放された真の聖女ですが、規格外の魔力が開花して氷の王に溺愛されています〜祖国が滅んでも絶対に戻りません~  作者: 黒崎隼人


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番外編「木漏れ日と午睡」

 穏やかな昼下がりの陽光が、豊かに葉を茂らせた広葉樹の枝葉をすり抜け、柔らかな緑色の光となって中庭の芝生に斑模様を描いている。

 風が吹き抜けるたびに、葉が擦れ合う微かなさざめきが耳をくすぐり、空気中には日差しをたっぷり吸い込んだ土の匂いと、咲き乱れる小さな野花の甘い香りが漂っていた。

 リアナは芝生の上に敷かれた厚手の毛織物の敷物の上に座り、膝の上に乗せた分厚い植物図鑑のページをゆっくりとめくっていた。

 紙の擦れる乾いた音が、鳥のさえずりと見事に調和して、心地よい午後の音楽を作り出している。

 彼女の少し離れた場所では、仔犬の姿をしたルティが、羽の先が青く光る蝶を追いかけて短い足で元気いっぱいに跳ね回っていた。

 蝶がひらりと高く舞い上がると、ルティは短い鼻を鳴らし、前足を宙に向けて空振りをしては、コロンと芝生の上に転がっている。

 その愛らしい様子に、リアナの口元からは自然と柔らかい笑みがこぼれ落ちた。

 王妃としての公務の合間に設けられたこの休息の時間は、リアナにとって心身の緊張を完全に解き放つことの大切なひとときだ。

 敷物の端に置かれた小さな木製のテーブルには、先ほどメイドが運んできた銀のティーポットと、焼きたての焼き菓子が並べられている。

 お茶から立ち上る果実の酸味を含んだ湯気が、風に乗ってリアナの鼻腔をくすぐった。

 図鑑のページから視線を上げると、遠くの石造りの回廊をこちらに向かって歩いてくる背の高い人影が見えた。

 漆黒の執務用の外套を脱ぎ、動きやすい濃紺のシャツと乗馬ズボンという軽装に身を包んだアルヴィドだった。

 彼の首元は少し開けられており、いつも隙なく着込んでいる国王としての顔とは違う、一人の男性としての寛いだ空気をまとっている。

 リアナの姿を認めたアルヴィドは、その美しい氷のような表情を微かに和らげ、長い足でまっすぐに彼女のもとへと歩み寄ってきた。

 ルティがアルヴィドの足音に気づき、蝶を追いかけるのをやめて彼のブーツに勢いよく突撃していく。


「お前は相変わらず元気だな」


 アルヴィドは低い声で言いながら、足元にじゃれつく白い毛玉を大きな掌で無造作に撫でた。

 ルティは気持ちよさそうに喉を鳴らし、そのままアルヴィドの足の甲に顎を乗せて目を細める。

 アルヴィドはリアナの隣に腰を下ろすと、長くたくましい両足を芝生の上へ投げ出し、深く息を吐き出した。

 彼の体から漂う、インクと古い羊皮紙の匂いが、彼が先ほどまで書類の山と格闘していたことを物語っている。


「執務は終わられたのですか?」


 リアナが図鑑を閉じて尋ねると、アルヴィドは軽く首を回して首筋をほぐしながら答えた。


「ああ、西の国境付近の収穫報告を確認し終えたところだ。お前の力が隅々まで行き渡ったおかげで、今年の冬は麦の備蓄に余裕ができそうだ」


 彼の言葉には、国を治める者としての安堵と、リアナへの深い感謝が込められている。

 リアナはテーブルから白い陶器のカップを手に取り、まだ温かさの残る果実のお茶を注いで彼に差し出した。

 アルヴィドはそのカップを受け取ると、ふうと軽く息を吹きかけてから一口すする。

 彼の喉仏が上下する動きを、リアナは無意識のうちに見つめていた。


「美味しいか」


 突然視線を向けられ、リアナは慌てて自分の頬が熱くなるのを感じた。


「あ、いえ……その、アルヴィド様が少しお疲れのように見えたので」


 言葉を濁すリアナを見て、アルヴィドは喉の奥で低く笑う。

 彼がカップをテーブルに戻すと、不意に大きな手が伸びてきて、リアナの銀色の髪に触れた。

 指先が優しく髪の房をすくい上げ、耳の後ろへと流す。

 その何気ない触れ合いだけで、リアナの胸の奥が甘く痺れるような感覚に包まれる。


「お前と一緒にいると、城の重い空気を忘れることができる」


 アルヴィドはそうつぶやくと、リアナの肩に自分の頭をそっと預けてきた。

 大柄な彼の頭の重みが、リアナの細い肩にずしりと伝わる。

 普段は誰の前に立っても決して隙を見せない王が、今だけは無防備な姿を晒している。

 その事実がリアナの心を深い愛情で満たし、彼女は自分の肩に寄りかかる銀色の髪に、そっと頬を寄せた。

 アルヴィドの髪からは、冷たい雪と微かな石鹸の清潔な香りがする。

 リアナは彼を起こさないように、できるだけ体を動かさず、静かに呼吸を繰り返した。

 彼女の指先が、芝生の上に投げ出されたアルヴィドの大きな掌にそっと触れる。

 彼は眠りに落ちかけているのか、目は閉じられていたが、リアナの指の感触に応えるように、ゆっくりとその手を握り返してきた。

 硬く無骨な指が、リアナの小さな手をすっぽりと包み込む。

 ルティもいつの間にか二人の足元に丸くなり、幸せそうな寝息を立て始めていた。

 風が再び中庭を吹き抜け、木漏れ日が二人の上で静かに揺らめく。

 大地の下からは、植物たちが太陽の光を吸い込んで力強く脈打つ、生命の微かな鼓動がリアナの肌に伝わってくる。

 ソルスティス王国で冷たい床に這いつくばっていた時には、自分がこんなにも満たされた午後の光の中で、誰かの体温を感じて微睡む日が来るとは想像もできなかった。

 アルヴィドの規則正しい寝息が耳元で聞こえる。

 リアナもまた、彼の手の温もりに包まれながら、ゆっくりと重くなる瞼を閉じた。

 木漏れ日の下、三つの命の呼吸が重なり合い、世界で最も穏やかで甘い時間が、ただ静かに流れていった。

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