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快傑イブが解決よ!~問題だらけの役場と地域~  作者: 古梨未来
終 章 アカザエビがVサイン
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第32節 強引なマイ・ウェイ

 選挙が終わった後、原とイブに対する神奈川県警の事情聴取が行われることはなかった。

 1月27日に原町長の2期目の初登庁があり、町長選実施に伴って延期されていた成人式が遅れて開催されると、その後は、役場も落ち着きを取り戻したかに見えた。

 しかし、深井町の独立を維持してそれですべてが解決したわけではなく、逆に、地域は激しい選挙戦の中で分断されてしまっていた。

 地域組織だけでなく、職員の中にも合併賛成派はいたのだ。

 独立維持の真の目的は、地域住民全員の選択と決定による、より豊かな地域の創造のはずだ。分断はその目的と逆行する。

 独立維持というひとつの目標の達成が、新たな、より大きな課題を産んだように見えた。

 2月に入って、イブは牛目夫妻が深井から転出することを知ると、引っ越し当日2人の家を訪ね、荷物を積み込んでいるトラックを見ながら立ち話をした。

「会長といろいろお話ができて、とてもうれしかったです。たいへん勉強になりました。

 恐らく、会長が言われたとおりになると思います。8千人の小さな町で、厳しい財政運営を続けていくことになります。

 それでも、やっぱり、独立と自治を守るしかなかったんです。

 今回のことで、地域の分断という大きな課題が残りました」

 イブの声が低い。

「山を登ると、その向こうに、また別の山が見えてくるものさ」

 イブはハッとして、顔を上げる。研究も同じだったからだ。

 目の前の課題を解決すべく研究をするのだけれど、その研究を進めると次々と新しい課題が現れてくる。研究は課題解決の方法なのに、結果として、また新たな課題を見つけることでもあった。

「会長は、わかってらっしゃったんですね?」

 イブは牛目の顔をまっすぐに見た。

「日本の企業経営者は、ピーター・フェルディナンド・ドラッカーが大好きだけど、そのドラッカーがこう言ったことがある。

『自由とは、責任ある選択だ』。

 若い人には理解しにくい言葉だと思うけど、ある程度の組織の経営を任されると、この言葉はとても味わい深く、重たいものになる」

 牛目会長は、実に爽やかな顔をしている。何か、()き物が落ちたような、風呂上がりのようなさっぱり感だ。

 ところが、イブはどうだ。闘いに勝利したイブの方が、顔色が悪く、元気がない。

 会長が空を見上げると、小さな旅客機が西に向かって音もなく飛んでいく。

「世の中には、変化を求める人と求めない人がいる。

 西暦二千年からすでに四半世紀が経とうというのに、いまだに前世紀と同じ考え方、行動規範に固執している者たちもいる。

 きみたちは、自分で選んだ道を、責任をもって進んでいってほしい。

 ゴーイング・マイ・ウェイ、だね。

 ぼくは、どちらかというと、()()()マイ・ウェイ、だったけどね」

 そう言うと、楽しそうに笑った。

「ぼくが残っていると、原さんがやりにくい。

 深井に、思い残すものはない。お墓もないしね。

 結局、ぼくは『風の人』だったんだ。そうあるべきだと思ったし、そのように振舞ってきた。

 きみに会えて、自分が去るべき時がきたことがわかった。

 きみたちは、虹を越えて進んでいってほしい。

 Go your way over the rainbow(虹を越えてわが道をゆけ)、かな」

 イブの顔がますます暗くなる。

 牛目がイブの左肩に右手を置いた。

「そういえば、イブさんの名前だけど、現生人類のミトコンドリアDNAをさかのぼっていくと、10数万年前の1人の女性に行きつくという話を聞いたことがある。

 そして、研究者は、その女性をイブと名づけた。

 イブさんは、この深井の自治を産み育てていく女性なんだと思う。

 深井の自治を、大きく育ててくださいね。

 ぼくは、もういないんだから」

「会長!」

 イブが牛目の胸に飛び込む。

 両手を広げて牛目の背中を抱きしめると、とても大きい。

 頬を肩に押しつけ、全部の指に力がこもる。

「ありがとう。

 娘に抱きしめられたことがなかったから、とてもうれしいよ」

 牛目は、イブの両肩を押すと、その顔を覗き込むようにして言った。

 イブは牛目の顔を見れない。何か言いたそうにしたが、口が半分開いただけだった。

「元気を出して。

 これからの方が、むしろ大変かもしれない。

 嵐の中にいるときよりも、嵐が去った後の片づけの方が大変だよね。

 手伝えなくて申し訳ないけど、きみならできる。

 手紙書くから、返事をもらえるとうれしいな?」

「書きます!」

 イブの顔に笑顔が戻った。

「あなた、車が出ますよ」

 荷物を積み終えたトラックの運転手が運転席に座り、ハンドルを握っていた。

 愛車BMW・Z4の助手席には妻の愛子が座っている。

 玄関では、この家を買いとった栄衛が鍵を閉めていた。

 多少手を入れてから海の見えるリゾート別荘にして売り出す計画だったのに、PRもしないうちに借り手が現れた。

 選挙事務所を追い出されていた歩夢が鯛双と一緒に住みたいというので、話を聞いた栄衛は二つ返事で契約したのだった。

 Z4の窓越しに、イブが愛子に聞く。

「どちらにお引越しなんですか?」

「秋谷に空き屋が」と言いかけて、愛子が笑った。

「やだ、イブちゃんのがうつっちゃったみたい」

 イブが小さくガッツポーズ。

「古いログハウスで、前のオーナーがサーファーだったんだけど、特に手入れも必要ないくらいだし、そのまま住むことにしたの。

 目の前が海で、お庭から浜まで歩いて下りれるの。

 歌手の伊久(いく)ひろみさんの別荘のすぐそばなのよ」

「じゃあ、ご近所同士ですね。時々お邪魔してもいいですか?」

「大歓迎よ。イブちゃんの戦歴の数々をゆっくり聞きたいわ。万汰くんも連れて来てね。

 ベランダで海を眺めながらお茶してもいいし、浜で貝殻拾いしてもいいし」

 大きくガッツポーズのイブ。

「思い出も、拾えるといいですね?」

 愛子が笑うと、牛目も一緒に微笑んだ。(了)

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