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快傑イブが解決よ!~問題だらけの役場と地域~  作者: 古梨未来
第6章 イブと万汰が敵対関係
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第29節 こんな選挙は今までなかった

「おはよう!」

 2025年1月12日、日曜日、午前6時。

 第1投票所の深井小学校体育館に、投票管理者である税務町民課の花子係長以下10人の事務従事者が参集した。

 体育館を投票所として使用するための会場設営は、前日午前中に済ませている。

 東側の入口から入ると西側正面に舞台があり、その手前側半分の競技場を仕切って投票所を設営していた。

 体育館の入口で土足からスリッパに履き替えるのだけれど、床を痛めないように青いビニールマットが敷かれ、来場者に歩行経路がわかるようにチョークで矢印マークが描かれている。

 入口から入ってすぐ左手に受付、その隣りに投票用紙の交付係。右に曲がると3人同時に書ける記載台が2つ並んでいて、その先に投票函が1つ、子供用学習机の上に鎮座していた。

 投票を終えれば、あとは時計回りにぐるっと歩いて入口から出る方式だ。

 そしてそれら全体を見渡せるように投票管理者と立会人2人の座る長机が1つと、その後ろに事務用品を並べた長机2つの島が1つ置かれていた。

 真冬にもかかわらず出入口が常時開け放されるため、防寒対策としてロケット型の大型灯油ストーブが点火され、「ゴー」といううなり声をあげながら熱風を吹き出している。

 事務主任の尾藤が、お湯を入れたペットボトルを湯たんぽ代わりに渡しながら従事者の点呼をした。

「みんな、集まってくださーい」

 全員が集合して輪になり、役割分担と手順を再確認する。

 6時30分、外で車のブレーキの音がして、武藤が駆け込んできた。

「やっと、もらえたよ」

 二重投票を防ぐために、受付で使う最新の選挙人名簿に昨日期日前投票を済ませた者を消し込んでいく必要があって、そのリストを武藤が選挙管理委員会の事務局からもらってきたのだ。

 この作業はどうしても投票日当日の朝にしかできないため、受付係の事務従事者が最優先で消し込み作業にかかった。

 6時45分、投票立会人の屋形町内会長と民生委員が来た。

 花子が頭を下げ、早々に報酬を手渡して受領印をもらう。

 7時が近づくと、尾藤が事務用品の間に置かれたポータブルラジオのスイッチを入れ、周波数をNHKのラジオ第1に合わせた。

 入口の外には、すでに数人が並んで待っている。

 チッチッチッ、ポーン。

「午前7時をお知らせします」

 ラジオの声に、間髪を入れず花子が叫んだ。

「開場します!」

 尾藤が、並んだ列の2人目以下にもう少し待つよう声をかけ、1人目の来場者の男を投票函まで案内すると、中が空であることを確認してもらう。そして、氏名と住所を聞き投票録に記載した。

 彼に受付まで戻ってもらい、1枚目の投票用紙を交付すると、いよいよ投票の開始だ。

 町会議員選挙や県会議員選挙であれば、候補者氏名がたくさんあり、記載台の上で時間がかかる人も少なくない。けれども、今回は立候補者が2人しかおらず、投票に来る人は投票先を確定しているので、さっさと書いてテンポよく投票が進んでいく。

 9時、入口の外でがやがやと人の騒ぐ音がした。

 尾藤が見に行くと、4人の男が持った木製の戸板の上に毛布に包まれた老人が横になっている。

 校門内側の駐車場からここまでの80メートルを、戸板に乗せて運んできたのだ。

 本人は自分で歩くこともできないし、投票用紙に候補者氏名を記載することもできない。

 口頭で本人確認した尾藤が叫んだ。

「係長、代理投票です!」

 代理投票というのは、投票事務従事者が投票人の代理人となって、その人の意思を投票用紙に記載することをいう。任意の第三者が代わりに投票することではない。

 投票所内には原則的に投票人しか入室できないから、事務従事者の中から4人が代わって戸板を持ち、そのまま記載台の前まで老人を運んだ。

 尾藤とイブを代理投票補助者に指定する旨投票管理者の花子が宣言すると、2人が老人の口元に耳を寄せて、誰に投票するか確認した。

 うなずいたイブが記載台の上で氏名を記載し、尾藤が再確認したうえで老人に見せる。

「ああ」

 老人が小さな声で同意したのを確認すると、イブが投票函に投入した。

 この戸板投票が、断続的に3回続いた。

 11時、自閉症の娘を連れた母親がやってきた。

 記載台の上で娘の分を母親が書こうとしているのを見て、イブが止めに入った。

「ご本人以外の方が投票用紙に記名することは、できません」

 キッと見返す母親。

「この子は字が書けないの。

 それに、この子の言っていることは、私にしかわからないんです!」

 2人の押し問答が収まらないのを見かねて、花子が立ち上がった。

「代理投票とします。

 お子さんの意思を、お母さんが通訳してください」

 再び尾藤とイブが指名され、母親が通訳した娘の意思をイブが投票用紙に記載すると、母親はとりあえず頭を下げ、自分で投票した娘の手を引いて帰って行った。

 花子は、尾藤に、起きた事実を投票録に記載し選挙管理委員会の今後の検討材料にするよう指示した。

 午後2時、今度はトイプードルを抱えた老婆がやってきた。

 また、受付で言い合いになっている。

「この子はひとりで居られないのよ!」

 投票所に入れるのは人間だけで、ペットは入口の外に繋いで待たせるのが決まりだ。

 仕方がないので、飼い主の代わりにイブが犬を抱っこして、彼女が投票している様子を見せながら受付の脇で待つことにした。

「ワン!」

 最初は鳴かれたが、イブの胸に抱かれるといい子にしていた。


「期日前投票は、どうだったんでしょうね?」

 立会人席の右端に座っている屋形町内会長の亀本柿太郎が、3人の真ん中に座っている花子に聞いた。

「期日前投票は毎回増えてますから、今回も前回より多かったんだろうと思いますね」

 うなずく柿太郎。

 両陣営は激しく選挙運動を展開し、事前に票を固めるために期日前投票に行くよう指導していた。

 当日の投票にまかせると、理由をつけて行かない者が出てくるからだ。

 期日前投票なら、自候補に投票したことを開票前に確認できて、票読みの裏がとれる。

「今日も、投票率は高そうだね」

 左端に座っている民生委員の加山悠帆がつぶやくと、花子が小さくうなずいた。

 午後8時、ラジオの時報とともに投票所を閉鎖すると、残った投票用紙の枚数と投票数とを合計し、票の持ち帰りなどの事故がないことを尾藤が確認した。

 急いで投票録を完成し、投票函に鍵をかけてロープで固縛する。

 最後の片づけを武藤以下残った者に頼むと、花子と尾藤、イブ、柿太郎の4人で、開票所となる隣りの中学校体育館に投票函を持ち込んだ。

 隣りからなので、開票所への持ち込み第1号だ。


 開票所の中学校体育館では、開票管理者の海老夫課長の指揮のもと、準備が整っていた。

 午後6時に開票事務従事者が参集し、毎回恒例となる横浜の崎陽軒(きようけん)のシウマイ弁当を食べてすでに腹を満たしていた。

 7時には事務手順に関する全体の打ち合わせも終わり、あとは投票函の到着を待つだけだ。

 今回は深井町始まって以来の町長選挙ということで、NHK横浜放送局のカメラが入り、報道各社も詰めかけていた。

 両候補の支援者たちが続々と来場し、競技場2階ギャラリーの舞台に向かって右側に原陣営の者が、左側に牛目陣営の者が並んだ。

 開票台の上の票の様子がよく見えるように、バードウォッチング用の双眼鏡やオペラグラスを持参した者もいる。

 昼間、各投票所で行われた出口調査によれば極めて接戦であり、最終的には疑義票の審査までもつれ込むのではないかと言われていた。

 その疑義票の審査は未来政策課の稔係長以下のベテランメンバーが担当するけれど、イブもそこに後で加わることになっていた。

 開票事務主任は、徴収係の青木主幹だ。

 8時15分を回ると、深井小学校以下の各投票所から順次投票函が持ち込まれてきた。

「ご苦労様です」

 受付で事務物品の返納と投票録などの記載確認を受け、問題がなければ投票函を「開票事務」の腕章を巻いた事務従事者に引き継ぎ、それで投票事務従事者は解散となる。

 中には、そのまま開票事務に加わる職員もいるので、それらはそのまま開票台の周囲に移動して開票時刻がくるのを待つことになる。

「よーし、順調だ」

 受付の脇に立ち、腕を組んで様子を見ていた海老夫がつぶやいた。

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