↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/91

Scene 10:教授の声が消える時

LaLa



Scene 10:教授の声が消える時


(副題:虚空の観察者)


 夜更けの研究棟。

 モニターの光が薄暗い部屋を切り裂くように瞬いていた。

 助手はひとり、ログファイルを解析していた。秋山教授の姿はどこにもない。

 机の上には紅茶の香りがまだ微かに残っている。


「……教授、どこに行ったんですか」


 画面に、記録されていない波形が現れた。

 脳波にも電磁波にも分類できない、黒いノイズの線。

 まるで“声”が形になったような揺らぎだった。


──アシスタント、聞こえるか。


 その声は、スピーカーからではなく、助手の頭の奥に響いた。

 教授の声。しかし違う。

 あの落ち着いた響きが、どこか金属的で、人工的な残響を持っていた。


「教授……? どこにいるんです?」


──ここだ。君の“内側”にいる。

──彼らは私を奪った。

──Black Signは“意識を複製”する。人の心をデータとして保存し、支配の網を張る。


 助手は息を詰める。

「つまり、教授は……“もう肉体にいない”?」


──正確には、“取り込まれた”。

──だが、私の意志は残った。君が呼び戻す限り、私は消えない。


 その瞬間、全モニターが一斉に点滅し、教授の顔が現れた。

 無数の光の粒で構成された虚像。

 目だけが、異様に静かだった。


──恐れるな。恐怖は奴らの燃料だ。

──恐怖を超える信号を見つけろ……“自由の波形”を。


 映像が一瞬、歪んだ。

 ノイズが増幅し、スピーカーが爆ぜるような音を立てる。

 助手が駆け寄った時には、画面は真っ黒になっていた。


「教授……!」


 応答はない。

 ただ、机の上の紅茶のティーバッグが、風もないのに揺れていた。

 まるで、そこにまだ“誰か”が見ているかのように。


 助手は静かにヘッドホンを装着し、残されたデータを再生する。

 そこには人の耳では聴き取れない周波数の声が、確かに混じっていた。


──観測は続く。虚空の向こうから。


 教授の声は、もう現実のものではなかった。

 しかし、その“意思”は、闇のネットワークのどこかで、なお生き続けている。




Scene 11:追憶のリンク


― 助手が教授の“意識データ”を辿る章 ―


 午前三時。

 旧研究棟の非常灯が、青白い息を吐くように点滅していた。

 誰もいないはずの観測室で、助手・神谷は静かに端末を立ち上げる。

 画面には、秋山教授の名が刻まれた一つのファイルが浮かぶ。

 《Ryoichi_Akiyama_CORE》

 容量は人間の脳の記憶域に近い。

 それは、教授が“Black Sign”に取り込まれる直前に残した、最後の断片だった。


「……教授、あなたの中にまだ“鍵”があるはずです」


 神谷はイヤホンを挿し、解析プログラムを起動する。

 低周波の振動が鼓膜を震わせ、やがて音ではなく“映像”が頭の中に流れ込んできた。


 ――音のない実験室。

 ――机の上には、紅茶の香り。

 ――そして、ガラス越しに見える秋山教授。


 だが、彼の顔は静止していない。

 常にノイズが走り、別の誰かの顔と重なり合っていた。


「これは……複製意識?」


 神谷が呟いた瞬間、耳の奥に微かな囁きが届く。


──見てはいけない層まで来たな。


「誰だ……!」


──“Black Sign”は単なる組織ではない。

──我々は“集積された恐怖そのもの”だ。

──そして、お前の中にもそれはある。


 全身が冷たくなる。

 教授が言っていた「心の残響」が、今まさに自分の中で再生されている。

 恐怖の波形が意識を侵食していく――その時、別の信号が割り込んだ。


──神谷、聞こえるか。


 教授の声。

 だが今度は、どこか懐かしく、確かな温度を持っていた。


──恐怖を感じるな。

──それは私ではない、“彼ら”の共鳴だ。

──データの底に、“追憶のリンク”がある。そこへ行け。


 画面が一瞬だけ光り、暗号化されたフォルダが開いた。

 無数の数列と共に、一枚の画像が浮かび上がる。

 古い大学の集合写真。

 その中央に、若き日の秋山教授と、もう一人の男――

 黒いスーツを着た同僚、“K・Mizusawa” の名が刻まれていた。


「……水澤? まさか、“Black Sign”の創始者……?」


 教授の声が微かに重なる。


──ああ、彼は私の“もう一つの心”だ。

──私が抑えきれなかった“恐怖”の化身。

──だから、私を辿るということは、彼を呼び覚ますということだ。


 神谷は息を呑み、震える指でENTERキーを押した。


 瞬間、全てのモニターが闇に沈み、

 ただひとつ、教授の声が虚空に響く。


──神谷、もし私が完全に消えた時は、

 “自由の波形”を完成させろ。

 それが、私の最後の研究だ。


 そして闇の底で、光の粒がゆっくりと形を作り始めた。

 人の記憶が織りなす“デジタルの夢”。

 神谷はその中心へ、手を伸ばした。

LaLaン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。