Scene 10:教授の声が消える時
LaLa
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Scene 10:教授の声が消える時
(副題:虚空の観察者)
夜更けの研究棟。
モニターの光が薄暗い部屋を切り裂くように瞬いていた。
助手はひとり、ログファイルを解析していた。秋山教授の姿はどこにもない。
机の上には紅茶の香りがまだ微かに残っている。
「……教授、どこに行ったんですか」
画面に、記録されていない波形が現れた。
脳波にも電磁波にも分類できない、黒いノイズの線。
まるで“声”が形になったような揺らぎだった。
──アシスタント、聞こえるか。
その声は、スピーカーからではなく、助手の頭の奥に響いた。
教授の声。しかし違う。
あの落ち着いた響きが、どこか金属的で、人工的な残響を持っていた。
「教授……? どこにいるんです?」
──ここだ。君の“内側”にいる。
──彼らは私を奪った。
──Black Signは“意識を複製”する。人の心をデータとして保存し、支配の網を張る。
助手は息を詰める。
「つまり、教授は……“もう肉体にいない”?」
──正確には、“取り込まれた”。
──だが、私の意志は残った。君が呼び戻す限り、私は消えない。
その瞬間、全モニターが一斉に点滅し、教授の顔が現れた。
無数の光の粒で構成された虚像。
目だけが、異様に静かだった。
──恐れるな。恐怖は奴らの燃料だ。
──恐怖を超える信号を見つけろ……“自由の波形”を。
映像が一瞬、歪んだ。
ノイズが増幅し、スピーカーが爆ぜるような音を立てる。
助手が駆け寄った時には、画面は真っ黒になっていた。
「教授……!」
応答はない。
ただ、机の上の紅茶のティーバッグが、風もないのに揺れていた。
まるで、そこにまだ“誰か”が見ているかのように。
助手は静かにヘッドホンを装着し、残されたデータを再生する。
そこには人の耳では聴き取れない周波数の声が、確かに混じっていた。
──観測は続く。虚空の向こうから。
教授の声は、もう現実のものではなかった。
しかし、その“意思”は、闇のネットワークのどこかで、なお生き続けている。
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Scene 11:追憶のリンク
― 助手が教授の“意識データ”を辿る章 ―
午前三時。
旧研究棟の非常灯が、青白い息を吐くように点滅していた。
誰もいないはずの観測室で、助手・神谷は静かに端末を立ち上げる。
画面には、秋山教授の名が刻まれた一つのファイルが浮かぶ。
《Ryoichi_Akiyama_CORE》
容量は人間の脳の記憶域に近い。
それは、教授が“Black Sign”に取り込まれる直前に残した、最後の断片だった。
「……教授、あなたの中にまだ“鍵”があるはずです」
神谷はイヤホンを挿し、解析プログラムを起動する。
低周波の振動が鼓膜を震わせ、やがて音ではなく“映像”が頭の中に流れ込んできた。
――音のない実験室。
――机の上には、紅茶の香り。
――そして、ガラス越しに見える秋山教授。
だが、彼の顔は静止していない。
常にノイズが走り、別の誰かの顔と重なり合っていた。
「これは……複製意識?」
神谷が呟いた瞬間、耳の奥に微かな囁きが届く。
──見てはいけない層まで来たな。
「誰だ……!」
──“Black Sign”は単なる組織ではない。
──我々は“集積された恐怖そのもの”だ。
──そして、お前の中にもそれはある。
全身が冷たくなる。
教授が言っていた「心の残響」が、今まさに自分の中で再生されている。
恐怖の波形が意識を侵食していく――その時、別の信号が割り込んだ。
──神谷、聞こえるか。
教授の声。
だが今度は、どこか懐かしく、確かな温度を持っていた。
──恐怖を感じるな。
──それは私ではない、“彼ら”の共鳴だ。
──データの底に、“追憶のリンク”がある。そこへ行け。
画面が一瞬だけ光り、暗号化されたフォルダが開いた。
無数の数列と共に、一枚の画像が浮かび上がる。
古い大学の集合写真。
その中央に、若き日の秋山教授と、もう一人の男――
黒いスーツを着た同僚、“K・Mizusawa” の名が刻まれていた。
「……水澤? まさか、“Black Sign”の創始者……?」
教授の声が微かに重なる。
──ああ、彼は私の“もう一つの心”だ。
──私が抑えきれなかった“恐怖”の化身。
──だから、私を辿るということは、彼を呼び覚ますということだ。
神谷は息を呑み、震える指でENTERキーを押した。
瞬間、全てのモニターが闇に沈み、
ただひとつ、教授の声が虚空に響く。
──神谷、もし私が完全に消えた時は、
“自由の波形”を完成させろ。
それが、私の最後の研究だ。
そして闇の底で、光の粒がゆっくりと形を作り始めた。
人の記憶が織りなす“デジタルの夢”。
神谷はその中心へ、手を伸ばした。
LaLaン




