ミッドナイト・ラボ
過去
ミッドナイト・ラボ
時計の短針は、すでに深夜一時を指していた。
大学キャンパスは影に沈み、
吹き抜ける風が木々を揺らすたび、
窓ガラスが小さく震えた。
その奥で、秋山教授は静かにペンを走らせていた。
机の上には、難解な心理式のメモ。
そして、薄く湯気の立つ紅茶。
(……やはり、来るか)
教授の指先は揺れない。
むしろ、ページをめくる動きは優雅ですらあった。
そこへ——
研究室のドアが叩かれた。
硬質で、迷いのないノック。
教授は本を閉じる。
「入りたまえ」
ドアが静かに開く。
姿を現したのは、
黒いコートに、無機質な微笑を浮かべた男だった。
「夜分遅く失礼します、教授」
秋山は紅茶を一口飲む。
「こんな時間にとは珍しい。
——いや、珍しくもないか。
君たちの時刻は、いつも陰で動く」
男の笑みが薄くなる。
「単刀直入に伺います。
“彼女”の鍵、教授が持っているのですか」
「鍵? なるほど、言い方が詩的だ」
教授は優雅に椅子から立ち上がる。
「私は、ただ《人の心の構造》を研究しているだけだ。
個人の秘密を暴く興味はない。
——ただし、
暴かれたがっている嘘には、光を当てるがね」
男の目が細くなる。
敵意と困惑が混ざった色。
「教授。彼女は帰国しました。
我々はもう待てないのです」
「焦りは判断を曇らせる。
深夜の来訪は、心理的圧迫の意図だろう?
だが……君の声には震えがある」
男の拳が僅かに強張った。
「震えているのは、あなたの方では?」
「私が? 震える理由があるとすれば——」
教授は研究デスクの端に置かれた物を指で示した。
一枚のレコード。
ジャケットには若き日の秋山と、静かな湖畔。
「……昔の亡霊が歩き始めた夜、ということだ」
風が吹き込み、部屋の空気が揺らいだ。
男はそれ以上言葉を返せなかった。
代わりに、短い息を吐き、踵を返す。
「すぐに——また来ます」
ドアが閉まる。
足音が遠ざかっていく。
教授は窓を開け、夜空を見上げる。
街灯の光が滲む。
遠くで、飛行機の航跡が微かに光った。
「帰ってくるか、凛君……」
彼の声は、湯気のように薄く静かに消えた。
紅茶の香りとともに、
再び孤独な研究の時間が流れる。
だが扉の向こうには、足音が戻り始めていた。
そしてもう一つ、柔らかく速い足音も。
物語は夜を裂き、
真相と過去と未来を結ぶ闘いへ向かう。
未来




