表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャムで目覚めの一杯 ― 秋山亮一教授推理探偵物語 ー  作者: マーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/91

喪失のティールーム

秋山亮一教授の物語は、ただの「事件解決」ではない

記憶の香りと、失われた時間の温度

心に残る余韻を辿りながら、彼は歩き続ける


今回の章は、静かな喫茶店での邂逅

言葉より、沈黙が多くを語る

紅茶の湯気のむこうに、まだ朽ちない想いが揺れている


そして現れた、もうひとりの「過去の証人」

北園慎吾——嫉妬か、未練か、未解決の真実か

彼の影が落とすものが、やがて秋山の心の扉を叩く


それぞれの胸に沈むもの

それは“秘密”か、“痛み”か、それとも“愛”か


静かに、深く

ここからまた、真実へと香りは歩みだす

第十章 喪失のティールーム — The Room Where Steam Never Fades —


大学の講義が終わった夕刻。

秋山亮一は、古びた喫茶室の扉を押し開けた。


そこは、かつて茉凪とよく訪れた店だった。

薄曇りの午後、客はまばら。

時計の針が静かに時を刻み、湯気の立つティーポットの匂いが空気を満たす。


秋山は、窓際の席についた。

視線が自然と、向かい側の空いた椅子へと吸い寄せられる。


——そこに座っていた彼女の姿が、まだ消えない。


「あちら、よろしいですか?」


柔らかな声が聞こえた。

ウェイトレスが立っている。

秋山がうなずくと、彼女はそっと注文票を置いた。


「本日は、アッサムの特別ブレンドを……。

深い甘みと、静かな余韻が特徴です」


秋山は一瞬、心が揺れた。

“彼女”が好きだった香りだ。


「それを。……ストレートで」


ウェイトレスが去り、秋山は遠くのテーブルを見つめる。

そこには、スケッチ帳を広げた男性が一人。

濃紺のマフラー、細身の手。


ペンの先が、ページに滑るように動いている。


静寂。

そして、不意に——その男がこちらを見た。


眼差しは冷たくも穏やか。

けれど、深い影を宿している。


男は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。


「……やあ、秋山先生」


静かな店内に声が落ちた。


秋山はわずかに目を細める。


「北園慎吾。来ると思っていたよ」


北園は薄く笑い、向かいの席に座る。

まるで、そこが当然の居場所であるかのように。


「いい店だ。昔、彼女とここへ?」


「君も知っているだろう。私と茉凪の時間は、そこにしかない」


北園は指を軽く叩く。


「時間……。

面白い言葉ですね。

あなたは彼女の“今”を語るけれど、私は彼女の“未来”を奪われた」


秋山の眉が揺れる。


「私が奪ったと言うのか」


「ええ。

才能も、笑顔も、そして紅茶の湯気に包まれた誰かの隣に座れる未来も」


北園の声は、嫉妬か哀しみか判別できない色を纏っていた。


「秋山先生。

あの日、彼女のカップに何があったか、あなたはまだ答えを持っていない」


秋山は静かに応じる。


「違う。私は答えを“持っている”。

ただ、それを言葉にする覚悟が、まだ足りなかっただけだ」


北園の笑みが深くなる。


「覚悟ですか。いいですね。

“覚悟”があれば、人は真実に辿り着ける。

でもね——」


彼はそっとテーブルに、八角形の銀のティースプーンを置いた。


「時には、未完成のままの真実も美しい」


秋山はそのスプーンを見つめた。

そこには小さく刻印がある。


M.R.


秋山の胸が震える。


「……“茉凪・Requiem”か」


北園は立ち上がる。


「まもなく、教室で授業が始まるでしょう?

“心理学者としての顔”で、人に真実を語り続けなさい。

でも——」


彼は一歩だけ身を屈め、言葉を落とした。


「“一人の男”としてのあなたは、まだ逃げている」


秋山の拳がわずかに震える。

北園は踵を返し、出口のドアへ向かった。


「彼女は……なぜ、笑っていたと思う?」


静かに問いかける秋山の声が追う。

北園は振り返らなかった。


「答えは、紅茶の底に沈んでいる」


ドアのベルが鳴った。

北園の姿が、陽だまりの外へ消える。


秋山は、銀のスプーンをそっと握りしめた。


「茉凪……君は、何を望んだ」


湯気が揺れる。

ティーカップの中、揺れる琥珀が秋山の心に映る。


——真実は、まだ完成していない。

喫茶店のテーブルに残った銀のスプーン

そこに刻まれた二文字は、決して消えない記憶の鍵


秋山が追うのは事件ではなく

人の心に残された“理由”と“別れの形”


今回の余韻は

静かで、けれど鋭く胸を撫でるものだったと思う


北園慎吾という存在が、どんな風に彼の物語を揺らすのか

茉凪の真実は、痛みの先にあるのか

それとも——まだ紅茶の底で揺れているのか??

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ