表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャムで目覚めの一杯 ― 秋山亮一教授推理探偵物語 ー  作者: マーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/91

元相棒と教授の推理show

ジャムはお好き…???

——紅茶と記憶と、嘘を暴く香り——




静寂のカップに映る影


——紅茶と記憶と、嘘を暴く香り——


秋山教授の研究室には、古いアナログ時計の音だけが響いていた。

カチ、カチ、カチ――。

その音が妙に重く、午後の陽射しに溶けていく。


教授はひとり机に向かい、論文の草稿を読み返していた。

だが、文字の列は途中から霞み、紙面の上を静かに滑る湯気のように消えていく。

机の端には紅茶のカップ。ベルガモットの香りが、ほんのりと漂っている。


ノックの音がした。

「入っていいかね、教授」

低く落ち着いた声だった。


顔を上げた教授の表情に、一瞬だけ懐かしさが浮かぶ。

「……真野君、君か」


扉の前に立っていたのは、スーツ姿の男。

整えられた髪、淡いグレーのスカーフ。手には革のブリーフケースではなく、

小さなティーバッグケースが握られている。


「久しぶりですね、教授。二年ぶりですか」

「そんなになるか。警察を辞めてから、君が紅茶の香りしかしなくなってね」

秋山はわずかに笑った。


真野洸――元心理捜査官。

秋山とコンビを組み、数々の不可解事件を解決してきたが、

ある事件を最後に警察を去り、民間の心理コンサルタントへ転身した。

紅茶を愛し、静寂を好み、どんな嘘にも香りのような“揺らぎ”を見つけ出す男。


洸はテーブルの上に置かれた資料をちらりと見て、

その視線が一枚の報告書に留まった。


「……『心理学部研究助手・西谷花絵、研究室にて自殺』」

洸の声が静かに響く。

教授の眉が動いた。


「君も見たのか。大学では今、大騒ぎだ。遺書に私の名が書かれていた」

「“教授の研究がすべてを壊した”――でしたね」


沈黙。

秋山は深く息をつき、紅茶のカップを持ち上げる。

だがその手は、わずかに震えていた。


洸はその震えを見逃さない。

「教授、あなたは“彼女が自殺する理由”を、まだ信じていないようですね」

「……信じたくはない、だな。だが、研究室の鍵は内側から掛かっていた。

 机の上には私宛の遺書。そして花絵の指紋しか残っていない」


洸は椅子を引き、静かに腰を下ろした。

持参した紅茶を取り出し、湯を注ぐ。

湯気が立ち上がる――その香りは柔らかく、心を撫でるようだった。


「教授。鍵、指紋、遺書――完璧な密室です。

 しかし、心理の“密室”はいつだって外から作られる」

「外から?」

「ええ。人の心は、他者の言葉ひとつで閉じられるんですよ」


洸は紅茶を一口すすり、目を細めた。

「彼女はあなたの研究を崇拝していた。

 でも教授は、学問を優先して“人”を見なかった。

 そのことを、誰かが利用した――そうは思いませんか」


秋山の顔に、苦い色が浮かぶ。

「確かに、彼女には厳しく接した……だが、それが死を選ばせる理由になるか」

「なります。もし、彼女が“あなたに認められたい”一心で動いていたなら」


洸は視線を窓際に向ける。

午後の光が、部屋の奥でカップの紅茶に反射していた。

その輝きが、まるで一点に吸い込まれるように揺れている。


「教授、このカップ……面白いですね。

 底の模様が反転して映っている。

 つまり、“この部屋の時間”はどこかで逆流している」


「逆流?」

洸はゆっくり立ち上がる。

「助手が死んだ時刻の前後、教授はこの研究室で何をしていました?」

「私は講義をしていた。学生三十名が証人だ」

「では、助手が“自殺の準備”をしていたはずの時間、

 この部屋に入れるのは誰でした?」


秋山は答えに詰まった。

洸は手帳を取り出し、遺書の複写を見せた。

「この筆跡、教授。あなたの研究で使っていた“心理誘導文体”に似ている。

 つまり、彼女は“書かされた”可能性がある」


「……犯人は、研究を知る者だ」

「はい。そして、彼女に“教授はあなたを裏切った”と囁いた者」


洸は紅茶のカップをそっと机に置く。

「犯人は――もう一人の助手、“竹内”。

 彼女を心理的に追い込み、罪を教授に向けさせた。

 遺書の言葉も、鍵のトリックも、すべて彼の計画です」


秋山は、ただ目を閉じていた。

「……そうか。私は、彼女の心を研究しながら、心を救わなかった」


洸は立ち上がり、軽く頭を下げた。

「教授、あなたの研究は人を壊したんじゃない。

 真実を――暴かせただけですよ」


湯気の立ち上る音が、ふたたび静寂の中に消えていった。

二人の間には、紅茶の香りと、過ぎ去った時間の残響だけが残った。

推理show

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ