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ジャムで目覚めの一杯 ― 秋山亮一教授推理探偵物語 ー  作者: マーたん


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19/91

苦味のプレリュード ― 保存された罪 ―

ジャムはお好き??

雨だった。

 大学の石畳を叩く雨粒の音が、どこか楽曲の前奏のように響いていた。

 秋山教授は傘も差さず、じっと空を見上げていた。

 掌の中には、例の“赤いジャムの染み”がついた依頼状。

 それはすでに乾き、果実ではなく血の色へと変じている。


「教授、風邪をひきますよ」

 助手の新堂が駆け寄る。傘を差し出すが、教授は受け取らなかった。


「……聞こえるかね、新堂くん」

「え? 何をですか?」

「この音だ。雨の一粒ひとつぶが、ピアノの鍵盤を叩いている。

 ベートーヴェンの“悲愴”だ」


 教授は微笑した。雨の中で、それは奇妙に似合っていた。

 クラシック音楽を耳に思い浮かべながら、彼は謎を追う。



◆ 保存された罪


 二人が向かったのは、依頼状の差出人「S・K」の自宅――

 郊外にある洋館。すでに警察の封鎖線が張られている。

 刑事の一人が教授を見つけ、苦々しい顔をした。


「秋山先生、ここは捜査中です。もう警察の範疇ですよ」

「その“範疇”で解ける謎なら、私は来ませんよ」

 教授は一歩踏み出す。刑事は舌打ちしたが、結局道を譲った。


 屋敷の中には、甘い香りが漂っていた。

 腐りかけた果実と砂糖が混ざったような――異様な甘さ。

 キッチンには数十本ものジャム瓶が並び、棚には“日付の刻印”がある。


「……教授、見てください。

 この瓶、“6月7日”の日付で止まっています」

「その日は……S・Kの死亡推定日だ」


 新堂が息をのむ。

 瓶の一つを開けると、中にはラズベリージャム――のはずが、何か黒いものが沈んでいた。


 教授は手袋をはめ、慎重にそれを取り出した。

 それはメモの切れ端だった。

 にじんだ文字で、こう書かれている。


 > “彼を許すな。私は保存された。”


「“保存された”……つまり、死を逃れたと?」

「いや、逆だ」教授の声が低くなる。

「S・Kは、“死という形で保存された”んだ。

 人は、真実を保存するために――自らを瓶に詰めることがある」


 雨音が強くなる。

 ショパンのプレリュード第4番が、教授の脳内で流れ出す。

 それは、祈りにも似た短い旋律――“別れ”の曲だ。



◆ 影の録音テープ


 捜索の末、古いレコードプレイヤーの横に、小さなテープが見つかった。

 ラベルには「Kへの最終演奏」と書かれている。

 再生ボタンを押すと、低いノイズと共に声が流れた。


 > 「この曲を聴いているあなたへ。

 > 私はもういない。だが、あなたの罪もまた保存された。

 > あの夜、彼を殺したのは――」


 そこで録音は唐突に切れる。

 教授は眉をひそめた。


「……“彼”とは誰か、ですか?」と新堂。

「それを探すのが、我々の仕事だよ」


 教授はふと、机の上のジャムスプーンに目を留めた。

 柄の部分に、小さく刻まれた文字。

 > “To A.A. — With forgiveness.”


「A.A.…? 教授、これ、あなたのイニシャルじゃないですか?」

 新堂の声が震えた。

 秋山教授はしばし沈黙し、やがて小さく息を吐く。


「……そうだ。だが、私には心当たりがない」

 音楽が静かに途切れ、雨が止んだ。

 教授は、ひとりごとのように呟いた。


「罪を保存する者がいるなら、赦しを保存する者もいる。

 この“ジャム”はその象徴だ。

 問題は――どちらが先に腐るか、だ」



◆ 夜のソナタ


 大学へ戻った教授は、レコードを取り出した。

 “月光ソナタ”の第3楽章。激しく、そして冷酷な旋律。

 新堂は隣でコーヒーを淹れながら、ふと尋ねる。


「教授……S・Kとあなたは、過去に何か?」

「……彼は私の教え子だった。

 数年前、ある事件で命を落とした。だが――」


 教授はコーヒーを手に取ると、苦笑した。

 「彼の“死”を証明したのは、私なんだよ」


 音楽が最高潮に達した瞬間、教授の机上の電話が鳴った。

 受話器の向こうから、ノイズ混じりの声。


 > 「教授……保存は終わりました。次は“解凍”の番です」


 電話は途切れた。


 静寂の中、教授は椅子に沈みながら、微かに笑った。

 「ようやく、“次の曲”が始まるか?」

「苦味のプレリュード」では、“保存された罪”の真意と、

 S・Kと教授の過去が交錯し始めました。

 “ジャム”というモチーフは、“罪と赦し”“記憶と腐敗”の象徴として広がっていきます。

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