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ジャムで目覚めの一杯 ― 秋山亮一教授推理探偵物語 ー  作者: マーたん


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18/91

静寂のソナタ ― 秋山教授の難問 ―

ジャムはお好き??

深夜、古びた大学の研究室にクラシック音楽が流れていた。

 ベートーヴェンの「ピアノソナタ第14番《月光》」。

 月明かりのように静謐な旋律が、書物と紙の匂いに満ちた部屋を包む。


 秋山教授は椅子に背を預け、指先で机を軽く叩いた。

 そこには一枚の紙――奇妙な依頼状が置かれていた。


 > 「この謎を解いてください。

 > さもなくば、私の罪は永遠に暴かれません。」

 > ――S・K


 文面の下には、三つの円が描かれていた。

 まるでヴェン図のように重なり合い、中央には赤いジャムが垂れたような染みがある。

 それが血なのか、果実なのか、判然としない。


「……助手の君、これをどう思う?」

 秋山教授が静かに問うと、若い助手・新堂しんどうは眼鏡を押し上げて唇を噛んだ。


「ただのいたずらかと思いましたが……。この“ジャムの染み”が、本物の果実由来なら――」

「犯人は、意図的に“甘さ”を混ぜた。犯罪の記号としてな」


 教授はそう言って立ち上がり、ターンテーブルの針を上げた。音楽が止む。

 その瞬間、部屋の外からノックの音。警察の制服姿の刑事が顔をのぞかせた。


「秋山先生、これ以上の捜査はお控えください。警察で扱います」

「警察が“扱う”とは、つまり推理を止めろという意味ですね」

「……ええ、そういうことです」


 だが秋山教授の眼は、すでに別の場所を見ていた。

 壁に掛けられた、フルーツジャムの瓶。研究室の飾りにすぎない。だがその中の一つ、ラズベリージャムの蓋がわずかに開いている。


「助手くん、あれを取ってみなさい」

 新堂が瓶を手に取ると、蓋の裏に小さな紙片が貼られていた。

 そこには、震える筆跡でこう書かれている。


 > “甘い嘘の下に、苦い真実を隠せ”


「……これが、依頼者のメッセージ?」

「いや、これは犯人自身の独白だろう」


 教授は椅子に戻り、クラシックの音を再び流した。今度はショパンの「ノクターン」。

 旋律の奥で、彼は呟いた。


「ジャム――保存するためのものだ。

 腐るはずの果実を、永遠に閉じ込める。

 人間も同じことをする。

 “罪”を、密封して保存するんだ」


 新堂は息をのむ。教授の目は、まるで誰かの心を透かすように冷たい。


「この事件、“殺人”ではないな。

 誰かが“自分の死”を演出した――“記憶の密封”だ」


「自分の……死?」


「そうだ。S・Kはすでに死んでいる。だが、彼の“罪”を代わりに隠した者がいる。

 その者が、“甘いジャム”を手掛かりに残した」


 音楽が静かに終わる。

 秋山教授は立ち上がり、外の闇を見つめた。

 月が雲の向こうで滲んでいる。


「甘さは罪を覆う仮面だ。

 真実は、いつだって苦い」


 そして彼は、封筒の裏にそっと指を滑らせた。

 そこに、見落とされていた文字が浮かび上がる。


 > “Answer me, Professor Akiyama.”


 教授は微かに笑った。

 「ようやく“彼”が呼んだな。――クラシックを止めろ、新堂くん。これからが本番だ」

音楽と推理。静寂と論理。

 秋山教授は、音の中に思考を沈める異端の探偵である。

 “ジャム”は、彼の過去と事件をつなぐ象徴。

 次章では、この“依頼人の死”がどのように教授自身を巻き込むのか――

 「甘い謎」は、さらに深く、苦く煮詰まってゆく。

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