第三話 初仕事
「てめぇよくもまたうちの敷地に立ち入りやがったな!次入ったらただじゃおかねぇっつっただろ!」
「うるせぇクソジジイ!腐ってる土地有効活用してやってんだから感謝しろよ!」
「有効活用!?朝晩時間も弁えず他人の土地で騒ぐことがか?!」
罵詈雑言の応酬と、それを取り囲む野次馬。
普段の静けさが嘘のように、松明の灯りと少年たちの怒鳴り声で街はざわめいていた。
「失礼、こんな夜中に揉め事とは穏やかじゃないわね」
人混みをかき分けて前に進み出る。人々の視線が自然と自分に集まるのがわかった。
「お嬢様!来てくださったのですか」
「人の敷地に不法侵入した挙句、迷惑行為を繰り返すなど言語道断。あなた達、早くここから立ち去りなさい」
ホッとしたように表情を和らげた地主の男性を背中に庇って、鋭く少年たちを睨みつける。
集団で気が大きくなっているのだろう、これだけの人が集まってもヘラヘラと笑っている。まだ華奢な体つきと高めの声から考えるに歳の頃は十代半ばだろうが、決して油断はできない。
「女じゃねぇかよ、領主様は来ねぇのか?」
「あなたたちの相手なら私一人で充分。みんな安心して。誰にも危害は加えさせないから」
「クソジジイ小娘に守られてやがる!情けねぇなぁ!」
「情けない?どうして?私は領主の代理、この領内の責任者なの。不当な行為に対して責任者に対応を求めることは当然のことでしょ」
反抗期特有の万能感と甘えのある斜に構えた態度、あまり刺激すると大事になりそうだな。
領主になることを見据えて、頭に血の上った領民と対峙する時の対応もお父様からは教えられている。
こちらは穏やかに淡々と相手の話を聞きながら、まずは相手の気分を落ち着かせる。相手の挑発に乗ったりせず、こちらの要求を繰り返し伝える。他の住人を不安にさせたりしないように、あくまでこちらは冷静でなければならない。
「最終通告です、ここから立ち去りなさい。これ以上続けるようなら官憲を呼ぶから」
普通は子供相手の揉め事に官憲⸺王立警察隊を呼ぶ事はない。呼んだとしても大した罪でもなければ首都の留置所に連行する必要さえないと野放しにされることも多い。
しかし私たち貴族が介入すると話は変わってくる。領地を治める上で公務の妨げになると見做されれば、留置所に送られ即裁判。そして老若男女問わず大抵が監獄行きになる。
「官憲なんか怖くねぇよ。やれるもんならやってみろ!」
「落ち着きなさい。官憲が来れば監獄行き、今改めれば今回だけは見逃してあげる」
「だから怖くねぇっつってんだろ!」
ダメだ、この子達は何もわかってない。本当に怖い世界に触れたことがないから想像がつかないんだ。
異様な雰囲気に気分が高揚していて現実感もないのかもしれない。
不衛生な監獄に入れば、弱いものは刑期を終える前に死ぬ。特に子どもは年上の囚人から暴力を振るわれることも多く、生きて出てこられること自体稀だ。
なんとかしてこのまま穏便に解決したい。そんな私の思いも虚しく、少年たちはどんどんヒートアップしていく。
「そもそもお前生意気なんだよ!貴族だかお嬢様だか知らねぇけどよぉ!」
仕方ない、官憲を呼ぼう。幸い駐在所はすぐ近くにある。
そう決めてナタリーに頼もうとして、突然少年たちが私に詰め寄ってきた。
「ナタリー、官憲を呼んで!」
「オレたちの庭勝手に荒らしてタダで帰れると思うなよ!」
「お前なんか官憲が来る前に殺してやる!」
「お嬢様!お前たち退きなさい!この無礼者!」
「いいから!早く行きなさい」
大丈夫、このくらいじゃ負けない。住人を不安に思わせたら負けだ。毅然と振る舞わないと。領主になるならこのくらいのこと、ちゃんと始末出来るようにならないと。
「お、おい、ヤバいんじゃないのか」
「もしお嬢様に何かあったら……おい、お前止めてこいよ」
「無理だろ。そもそもオレらの手に負えないからお嬢様に来てもらったんだろうが」
どよめく住人を背に、胸を張って少年たちを一人一人見据える。
「ここは私の領地であってあなた達のものではない。ルールも守れず住人の生活を脅かすことでしか自分を主張できない人間のことなど、少しも怖くないわ」
しかし私の言葉が彼らに届くことはなかった。
「っ!この女、ナメやがって!」
リーダーらしき体格の良い少年が拳を握りしめた。
振り上げられた拳を他人事のようにぼんやりと眺める。
どうしよう、こういうときは流石に逃げた方がいいのかな。自分に迫ってくる影を目で追って衝撃に備えようと腕を伸ばす。
「馬鹿にするのも大概にしろよ!」
住人たちの悲鳴と共に威勢のいい声が響く。
しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
「……あれ?」
「お嬢様!大丈夫ですか!官憲は間も無く来ますからね」
官憲を呼び終えて駆け寄ってきてくれたナタリーは顔を真っ青にして死にそうな顔をしている。私、なんでなんともないんだろう。
不思議に思っていると、すぐにその答えがわかった。
「大概にするのは……っと、お前達の方だよ」
少年の腕を捻り上げて身体を押さえ込む体格の良い男性。日に焼けた茶髪をオールバックにして片眼に眼帯をした彼は、息一つ乱さないまま踠く少年に膝をつかせた。
「俺に活躍する機会を与えてくれたのは有り難いけど、これはやりすぎだな」
「お、まえッ……何なんだよ、っ」
「ただの旅人だよ。お前らがうるさくて寝られないから様子を見てたんだが、丸腰のレディ相手に暴力を振るうなんてダサいマネは見てられなくてね」
リーダー格が手も足も出ない様子に他の少年たちも冷静になってきたのか、先程までのがなり声が嘘のように現場は静まり返った。
「お前ら、俺に腕捻られたくらいでビビるなよ。そこのお嬢様とやらが言ってた官憲が来る方がよっぽど恐ろしいのに。ちょっとは相手考えろよな」
ようやく自分たちの置かれている状況を理解した彼らは、恐る恐る私を一瞬だけ見ると気まずそうに目を逸らした。
威勢はいいがまだ子どもだ。取り返しのつかないことをしたと今更気がついたのだろう。
「そこの方、助けていただきありがとうございました」
「ん、いやいや。お嬢さんが気にすることじゃあない。それよりこいつら、どうする?官憲に引き渡すか?」
まだ官憲は到着していないし、今ならまだ大事にしないという選択もできる。
しかしこのままで終わりにして、彼らは本当に反省するのだろうか。それに彼らと付き合いが続くのはここに住む住人たちだ。彼らの感情を考えると、無罪放免とはいかないだろう。
私はしばらく考えて、一つの結論に至った。




