第二話 幼馴染兼暫定婚約者
美しいプラチナブランドに高貴なブルーの瞳。すらりとした体躯は、けれども決して細すぎず男性らしい逞しさを備えている。
なんでも、結婚したい男性を女性に聞けばエドワードの名前が出ないことはあり得ないとか。
「久しぶりだねイヴ。突然来てしまって申し訳ない」
「ううん、どうせお父様が我儘言ったんだろうし気にしないで」
エドワード・バトラー。バトラー侯爵家の当主であり、私の幼馴染であり、暫定婚約者。
「それでねエドワード、早速なんだけどちょっと話があって」
「うん、何となく想像はつくけどどうぞ?」
テーブルの向かいに座って上品に食事を口に運ぶエドワードを前に、恐る恐る口を開く。
「お父様から私との縁談があったと思うんだけど、少し答えを待ってほしいの」
「それはなんで?」
「……正直に言うと覚悟ができなかったから。辺境伯を継ぐことも、あなたと結婚することも、どちらも。だからお願い、半年だけ時間をください」
「いいよ、わかった」
「あなたが嫌だとかそういうのじゃないの。勿論こちらから持ちかけておいて失礼だってことはわかって、……え?」
エドワード、今なんて言った?
あまりにも軽い返事に思わず口をポカンと開いてしまう。
「いいの?そんなに簡単に?」
「うん、いいよ。僕がイヴのお願いを断ったことがあった?」
「それは、ないような……でも私すごく失礼なお願いをしたと思うんだけど」
「僕だって君のお父上が先走ったんだろうなってことくらい見当ついてるよ。何年の付き合いだと思ってるの」
エドワードは本当に気にしていないようで、これ美味しいね、なんて暢気に呟きながら食事を次々に口に運んでいる。
まさかナタリーの読みが当たってたなんて。怒られるとは考えていなかったけど、こんなにあっさりと受け入れてもらえるとは。
「ありがとうエドワード。やっぱりあなたは私なんかには勿体無いわ」
「君にとって僕は兄みたいなものだろ?僕としては結婚を焦って間男とか作られる方がよっぽど許せないもの」
「間男って、私に?あり得ない話しないで」
あんなに気が重かったのが嘘みたいな空気に拍子抜けする私を揶揄うエドワード。
昔から変わらない、家族のような距離感に緊張が解けていくのを感じた。
「そんなことより君のお父上、ちょっと最近忙しすぎじゃない?大丈夫なの?」
「私もそう思うんだけどね。お母様もずっと同伴してるから、そこまで無茶はできないはず」
「だといいけどね。昔はあんなに若々しかったのに疲れた顔してるから驚いたよ」
「もう、私よりお父様の子供らしいこと言うんだから。本当に私のお兄様みたい」
エドワードは私にとって兄のような存在だ。親同士が親戚みたいに仲が良くて、私たちも本当の兄妹みたいに育った。私がこの結婚に乗り気になれないのは勿論あまりに唐突すぎたのもあるけれど、エドワードのことを異性として見ることができないことも大きな要因の一つだった。
「私が爵位を継いだらお父様の負担も減らせるはずだから、私も領地経営頑張らないとね」
「大丈夫なの?結構キツいと思うけど」
「一応これでも後継として教育されてきたんだから、その分は期待に応えるつもり」
「真面目だねぇ。ま、頑張りなよ」
「ありがとう」
気がつけば夜もすっかり深まっていて、遠くで梟が鳴いていた。
「長話してごめんなさい。今日はもう遅いし、泊まっていくんでしょ?」
夜道は危険だ。身体だって疲れるし、せっかく来てくれた相手をこんな時間に帰すのは失礼だろう。
「いいの?婚約者でもないのに」
「何言ってるの、幼馴染なんだからいいに決まってるでしょ。何か言われたら暫定婚約者だからって言ったらいいんだし」
「それならお言葉に甘えようかな。実は最近遠出ばかりで疲れが取れてないんだよ」
ナタリーに頼むと、元々お父様もそのつもりでエドワードを呼んだらしく部屋の用意は既にできているとのことだった。
「それじゃあエドワード、今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう。また明日ね」
案内を男性の使用人に頼んで、私も寝室に向かおうとナタリーと共に部屋を出る。
「どうでしたかお嬢様、エドワード様の様子は」
「ナタリーの言う通りだった。ちっとも気にしてないみたい」
「そりゃそうですとも。だってエドワード様は昔から……」
ナタリーが何かを言おうとしたそのとき、門の方から人の声のようなものが聞こえてきた。
「待って。何か聞こえない?」
「そういえば門を閉めに行ったハワードが帰ってきていませんね」
「私、少し見てくる」
「私も行きます」
外套を羽織って角灯の明かりを頼りに屋敷を出る。
まだ冬の厳しさが残る春の夜の空気は冷たく静まり返って、足音だけが遠い空に響いた。
「あれはハワードと……自警団の人?」
門に近づくにつれ騒がしさはどんどん増していく。夜目がきき始めて目を凝らすと、オロオロと戸惑う使用人のハワードが数人の街の自警団に詰め寄られているのが見えた。
「頼むよハワード!一言クローデット辺境伯が許しを出してくれたら事は解決するんだ」
「そうは言ってもオレはただの下っ端だし……住人同士の揉め事だろ?絶対出てきてなんかくんねぇよ」
「わかんねぇ奴だな!自分の土地を不良の溜まり場にされてる親父の気持ちを考えてみろよ」
ナタリーと顔を見合わせて慌てて駆けつけると、どうやらハワードは脅されているわけではなく何か頼まれごとをしているらしかった。
「ハワード、ご苦労様。ここからは私が聞くから」
「お、お嬢様。すみません、こいつら言っても聞かなくて」
「事情はなんとなくわかった。あなた達はその土地の所有者に助けを求められてここにきたってことでいい?」
「あぁ……あ、いや、はい。親父の土地は農地と宅地の境界にあるから家が建てらんねぇんです。そこで不良どもがたむろしてて、オレら自警団も手に負えなくって」
「なるほど、それでここまで来てくれたと」
我が領地では土地を用途や目的によって区割りしていて、農地と住宅地、工業地域が区割りごとに決められている。恐らく農地専用の土地で建物が建てられないのをいいことに、不良達がたむろしているのだろう。
「わかりました。みなさん、ここからは私に任せてください」
「え、え?あの、辺境伯は?」
「今日から私は辺境伯の代理を任されています。ナタリー、馬車を用意してくれる?」
「かしこまりました」
あまりにも急だけど、私の最初の仕事が舞い降りてきたのだからやるしかない。
「お父様、私やってみせるから」




