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貧しさの彼方から  作者: 此道一歩
5/9

真紀の悲劇

 一方、学校は二学期が始まり、奈々子の学校生活は一変していた。

 車での送迎に加え、お昼も量、質ともに彼女が満足するお弁当が用意され、きれいなセーラー服にピカピカの革靴を履いて奈々子は楽しそうに通学を始めた。

 二週間後、夏休みの宿題テストの結果が校内に貼り出されると、トップは毎回のことながら真紀であった。

「真紀ちゃんはやっぱりすごいね、 五教科四七八点だもんね」奈々子は感心したように微笑んだ。


「何言ってんの、あなたが本気でやらないからでしょ 」本気を出した奈々子には絶対勝てないことを知っている彼女は、一番をとりながらもいつも不本意であった。


「でも真紀ちゃん本当にすごい、 四七八点はすごいよ、私なんか三六〇点よ」

 裕子は大きなため息をついた。

 そんな三人が、帰ろうとしたとき、真紀は用事があるからといって別行動をとった。

彼女のこの珍しい行動を奈々子は不思議に思ったが、それでも気に留めることなく学校を後にした。


 その翌日のお昼、真紀は二人の所には来なかった。


 食事を終えた奈々子は、 三階のベランダからふっと裏庭を見ていると第二体育館から理事長の娘、佐久間信子とその取り巻きの二人が、そしてその後ろを、教師の藤原恭子と真紀が歩いてくるのが見えた。


(おかしい、どうしたんだろう、何かあったんだろうか……)


 奈々子の脳裏を不安な思いがよぎった。

 彼女はすぐに裕子に相談したが、裕子は何かを知っているのか返事をはぐらかし、はっきりと答えなかった。

 彼女が何か隠そうとしていることがはっきりとわかった奈々子は、

「ねえ裕子、知っているのならちゃんと教えて、私はあなたたち二人に助けてもらってばかりで、本当に感謝している。だから、もし真紀が何かで困っているのなら、私は知らないふりはできない。だからお願い話して!」

 必死に思いを伝えた。 

 裕子は、こんな彼女を見たことがなかった。

「あのね、私も夏休みになってからわかったのよ。理事長の娘の佐久間信子って知っているでしょ」

 裕子は静かに話し始めた。奈々子は頷くと彼女は続けた。


「真紀は成績がいつも一番でしょ、あの信子はそのことが腹立たしいのよ。だから成績が発表されるたびに、真紀は呼びだされてカンニングしてるでしょって、言いがかりつけられてイジメられているらしいの」


「えっー、何なの、それ!」

 奈々子は驚いて、目を見開いたまま裕子を見つめた。


「私は冗談で彼女のスカートをめくった時に、太ももにあざができているのを見つけて、彼女を問い詰めたの。 そしたら、泣きながら話してくれたんだけど奈々子には絶対言わないでって頼まれたの」


「どうしてよ、どうして私には内緒なのよ 」奈々子にしては珍しく突っかかる様に尋ねた。


「だってあなたが知ったら何をするか分からないでしょう。せっかく松島の家で幸せに暮らし始めたのに、真紀はあんたのことが心配だったのよ 」

 裕子は辛そうに説明をした。


「そんなー、私だって無茶はしないわよ」

 奈々子は真紀の思いが嬉しかったが、それと同時に何とかしなければという思いが彼女を動かした。


 その日の放課後、奈々子は真紀と裕子を松島の家へ誘った。

 あらかじめ電話で連絡を受けていた明子とたか子が家で待っていた。

 しばらくすると、明子から連絡を受けた真紀の母親もやってきた。

 奈々子に裕子、加えてたか子と明子に知られてしまった真紀は観念したように、静かに話し始めた。


 真紀が最初に呼び出されたのは、 二年生になって一学期の中間テストの後だった。

 校長からの伝言があるからと言われ、真紀は第二体育館へ出向いた。

 この第二体育館は特別な行事のために三年前に建設されたもので、一般の生徒が出入りすることは許されていなかったが、それでも信子は理事長の娘であることを理由にここの鍵を持っていたので、何かの時には誰に断ることもなく勝手にここを使用していた。


「あなたねぇ、サクマーズって知っている?」

 竹刀を持って仁王立ちの信子が睨みつけるように言うと、


「何、それ…… 」

 真紀は、それが信子とその取り巻きのグループである事は知っていたが、あえて馬鹿にしたように、知らないふりをした。


「私たちのグループよ、そんなことも知らないの!」信子は少し苛ついていた。


「そんなこと知っているわけないでしょっ!」真紀も吐き捨てるように言うと


「馬鹿にしてるのっ!」信子は低い声で睨み付けた。


「馬鹿にしているも何も、知らないから知らないって言ってるだけよ」


「まあいいわ、あなたサクマーズに入らない? そうすればいじめられる事もないわよ。カンニングしたことも見逃してあげる」

 優しく諭すような言い方だった。


「なんですって、私がカンニングしたですって!  変な言いがかりはよして、それにサクマーズなんて入るつもりもないわ!」

 真紀は驚いたが、しっかりとした口調ではっきりと言い返した。


「そう、やさしく言ってあげれば調子にのって、あなた何様のつもりよ。サクマーズにはねっ、私を入れて一三人いるのよっ、私が声かければ、いつでも一三人が集まるのよ。三年生だって三人いるのよ、私はその頂点にいるのよ、わたしのすごさがわかる?」

 勝ち誇った表情で信子は凄んでみせた。


「……」真紀も一三人と聞いて少し驚いたが、それを見てとった信子は調子にのって


「サクマーズに入りなさい、これは命令よ」冷たく言い放ったが


【命令】と言う言葉に、カチンときた真紀は

「よしてよ、どうしてあなたに命令されなきゃいけないの、頭おかしいんじゃないの!」語気を強めて再び応戦した。


「何、その反抗的な態度は! 私の言うことが聞けないのね…… 痛い思いをしないとわからないの?」

 信子が蔑んだように静かに低い声で真紀を睨み付けた。


「何をするつもり! 暴力なんて振るわれたら、黙っていないわよ!」

 不安になった真紀は懸命に言い返したが


「座らせて」信子は強い口調で仲間の二人に命令した。


「ちゃんと座りなさい」真紀は二人に両サイドから腕を取られ、押さえつけられるように床の上に崩れた正座を強いられた。


「痛い、何をするの、やめて! 」懸命に抵抗するが身動きすることができない真紀に向かって、


「あなたがカンニングした事はわかっているのよ、証拠だってちゃんとあるわ。私が校長に言えば退学させることだってできるのよ。わかっているのっ !」

 信子が脅しをかけるように詰め寄ってきた。


「どこに証拠があるのよ、見せてちょうだい、そんなものがあるはずがない、私は絶対にしてないわ!」

 押さえつけられたままではあったが、真紀は信子を見上げながらも目はそらさずには懸命に言い返した。


「バカね、あんたは… 私が証拠なのよ… 私が言えばそれが証拠になるのよ。そんなこともわからないの! 」

 まさに、私は偉いのよ、と言わんばかりであった。


「そんな馬鹿なことが通るわけないでしょっ! ありえないわ、早く放して!」真紀の口調が強くなってきた。


「ふてぶてしい女ね、もう一度だけ聞いてあげるわ…… サクマーズに入るつもりはないの?」

 信子は懸命に冷静を装っていた。


「いやよ、絶対に入らないわ!」


「もういいわ、それじゃカンニングしたことを認めなさい」

 苛々(いらいら)し始めた信子が投げ捨てるように命じるが


「馬鹿なこと言わないで、絶対にしていないわ」真紀も引かない。


「そう、あくまで白を切るのね…… こんな悪い子には罰が必要ね」

 そう言って信子が竹刀を振り上げた時、仲間の洋子が、

「信子さん、ちょっと待って、さすがにそれはまずいわっ!」

 慌てて制止しようとしたが


「何言ってるの、大丈夫よ、任せときなさい 」


「でもそれだったら、今までみたいに見えない所を叩いたら……」

 もう一人の仲間、節子が言った。


「そうね…… 」

 信子が薄ら笑いを浮かべ洋子に目を向けると、彼女は嫌だったが、何ともし難く小さく目で頷いた。

 洋子と節子に、会議用の長机の上に上半身を押さえつけられた真紀はお尻や太ももを竹刀で二〇回以上たたかれたが、泣き叫びながらもカンニングの件については決して言いなりにはならなかった。


「強情な娘ね、今日はこれぐらいで許してあげるけど、あなたなんていつでも退学処分にできるのよ、よく覚えておきなさい!」


 彼女は、継母の亜美からいつも言われていたことがある。

「将来、あなたを支えてくれる仲間を見つけなさい。その中には色々な人がいてもいい、でも一番大事なのはあなたの右腕になって、あなたを支えてくれる人、これが絶対に必要よ。あなたに代わって全てを取り仕切ってくれる人、そんな人を今から見つけて大事にしなさい。人の心理を読んで、駆け引きをして、策を労して、その人を自分に心酔させるのよ。困っていない人を助けても何の意味もない、だけどほんとに困っている人を助ければ、感謝されるわ…… 」

 

 苦労してここまでたどりついた亜美は、自らをここまで導いてきたその生き方を彼女に説いた。


「ママはそうやって生きてきたの?」


「そうよ、だけどママがいつも忙しいのは、右腕になってくれる人がいないから…… だから、あなたは右腕になってくれる人を見つけて、もっと楽に暮らしていきなさい」

 彼女が六歳の時に父の後妻になったこの継母は、夫の信頼を得るために、細心の注意を払って彼女に接してきた。

 まだ幼かった彼女は、この継母になつき、この継母はいつしか夫をも支配する存在になっていった。

 そんな継母に育てられた信子は、自分の取り巻きが無能な者しかいないことに苛ついていた。

 だから、頭がよくて気の強い真紀を何とか自分のものにしたかったのだが、そのために彼女が企てたこのカンニング事件はあまりにも愚かであった。


 話は第二体育館にもどるが、

 解放された真紀は、その足で急いで職員室へ向かい、担任の藤原恭子にこの出来事を報告した。

 一部始終を聞いた藤原恭子は、彼女をつれて直ちに校長室に向かったが、二人から話を聞いた校長は、あまり多くを語らず

「そうなの、よくわかりました。私から注意をしておきます 」とだけ静かに返した。


「校長先生、注意するだけですか。暴力を振ったんですよ! 」

 藤原恭子が食い下がるが、


「私がちゃんと調べてみます!」校長は苦しそうに言い訳をする。


「調べるも何もないじゃないですか、現実にこうして真紀さんが被害を受けているんですから!」さらに彼女が突っ込むと


「私のやり方に不満があるのですか!」

 これ以上責められたくない校長が険しい表情で目を吊り上げ藤原恭子を睨み付けた。


「わかりました、でも、この真紀さんのことを一番に考えてあげてくださいよ 」


「そんな事はあなたに言われなくてもわかってます!」校長は言葉を吐き捨てるように言うと、二人から目を逸らした。

 二人には、校長が理事長に気を使っていることが嫌というほど理解できた。


「校長が動かなければ私が動くから…… 何かあったら私に教えてね」

 そう言ってくれる藤原恭子を見て、真紀は、校長は駄目だがこの人は信頼できると思い安堵していた。


 しかしその二日後、佐久間信子の仲間、洋子が真紀のところへやってきた。

「今日の放課後、第二体育館に来てね 」

 彼女は真紀の耳元で囁いた。


「いやよ、どうして行かなくちゃいけないの、私は何も悪いことをしていないわ! 」


「あんたねぇ、賢くなりなさいよ。本当に退学させられるわよ…… 校長なんて彼女の言いなりなんだから。前の校長だって、彼女のママに逆らったからやめさせられたのよ。平気でそんな事するんだから…… 」

 洋子も嫌々信子の側にいるようだった。


「そんなことが許されるの! あなただってそうよ、なぜ彼女のところにいるのよっ!」真紀が投げ捨てるように言うと、


「仕方ないのよ、父親がクビになったら食べていけないじゃないの、私だって嫌よ…… 今日だってあなたが来なかったら、私が竹刀で叩かれることになるわ……」彼女も辛そうであった。


 真紀は色々考えては見たが、自分が行かなければ洋子が叩かれるかもしれないという思いだけが大きくのしかかってきて、結論が出ないまま、放課後第二体育館へ出向いた。


「あんたねぇ、校長に言いつけたらしいじゃないの! 校長が私のところに来て、なんて言ったか知ってる? 」


「…… 」真紀は彼女を見つめたまま無言だった。


「頼むからやめてくれって…… 私にお願いに来たのよ。でも彼女は賢いわ、校長を辞めたくないから私の言いなりよ。あんたも馬鹿な娘ね、私の言うことを聴けばいい思いができるのに…… まだ、サクマーズに入る気にならないの?」


「絶対に入らないわ、こんなことして、わたしが入ると思っているの!」


「その内に、入れて下さいって、言わせてあげるわよ」

 信子は自信満々であったが


「私は、そんな馬鹿じゃないわっ!」

 藤原恭子の存在が真紀を強気にさせていた。


「でも、カンニングしたじゃないの、バカだからカンニングしたんでしょ、まだ認めないの? 」


「認めるも何も、私はやってないわ。やってもいないことをどうして認めなきゃいけないの!」真紀は冷静に反論した。


「あなたは相当な悪ね、カンニングをして、それを認めないから罰を受けて、それを逆恨みして校長に言いつけて、それでもまだ認めない。まったく反省の色がないわね…… 」

 信子は冷たく真紀を睨み付けながら、呆れた様に言った。


「どうしてそんな無茶な話になるの!」真紀は冷静さを保とうとするが、あまりにも理不尽な言葉に心を乱された。


「押さえつけてちょうだい」信子は、竹刀をビュッと一振りすると冷たく命令した。


「したいようにすればいいわ、でもいつか後悔することになるわよ」

 真紀は半ばあきらめていたが最後まで屈服するつもりはなかった。


「信子さん、もうやめた方がいいわ。昨日、藤原先生が私のところへ話を聞きに来たの、なんとかごまかしたけど…… 」洋子が心配そうに話したのだが、


「大丈夫よ、あの藤原もママに逆らってばかりだから、そのうちに止めさせられるわ」信子は鼻で笑った。


「でも、こんな事はもうやめた方がいいわ…… 」

 洋子が恐る恐る信子を止めようとしたが


「どうしたの、あんたこの子の味方なの? 」信子は冷たく洋子を睨み付けた。


「そういうわけじゃないけど…… 」


「いいわよ、あなたが身代わりになるのなら、それでもいいわよ 」


「いや、それは…… 」


「じゃあ、さっさとおさえなさい!」厳しい口調に二人は慌てて真紀を机の上におさえつけた。


「今日は一〇回で許してあげるわ……」


「あなたは人間のクズよ、絶対に許さないから! 」

 真紀は涙を流しながら、それでも歯をくいしばり最後まで耐えた。


「今回はこれで許してあげるけど、次のテストでは絶対にカンニングをしないように、いいわね!」

 信子はあざ笑うように言うと竹刀を肩に担いで出ていった。


 真紀は涙をぬぐうと、

「あなたたちも同罪だからね…… 絶対に許さないから!」彼女は目を真っ赤にして二人を睨み付けながら体育館を後にした。


 彼女は翌日、このことを担任の藤原恭子に報告した。

「ごめんなさいね、校長に話したからしばらくは何もしないって思っていたんだけど甘かったわね、本当にごめんなさい」


「いいえ、先生のせいではないです。迷った挙句に行ってしまった私がバカでした。ても、行かざるを得ない感じになってしまって…… 」


「今ね、報告書を作っているの…… 教育委員会か、場合によっては警察へ届け出ることも考えた方がいいと思うの。校長は全く頼りにならない、だったらできることをやるしかないわ。もし次に呼び出されたら、絶対に私に知らせて!カメラか何かに収めて証拠を作るわ、証拠ができればこちらのものよ、出るところへ出ましょう 」

 藤原恭子は真剣に語った。


「でも先生、今回のことはこれで終わりにするって言ってたから、当分は何も言ってこないと思います。問題は次の期末テストだと思います。それまでに私も何か考えてみます 」


「そうなの…… じゃ私も資料をしっかりまとめて、いつでも動けるようにしておくわ、でも何かあったら必ず私のところに来てね 」

 

 その後は特に何もなく、奈々子と裕子の三人で過ごす楽しい時間が過ぎていった。

 時折、耳に入ってくる噂によると、いつも信子のそばにいる節子は、信子の唯一の崇拝者で、エキゾチックな彼女の風貌にあこがれ、加えて彼女といればお金の心配をする必要のないことが、節子を引き付けているらしい。

 そのため、信子も節子をかわいがっていたので、無理難題は全て洋子に押し付けられていた。

 真紀は、その噂を聞いて、洋子の立ち位置がわかるような気がしていた。


 やがて期末テストを終え、夏休み前にその成績が公表されると、再び呼び出しがあった。

 呼び出しにやって来た洋子に、

「行くわよ、代わりにあなたが叩かれたら、わたしだってつらいわよ」


 ごく自然に真紀が答えると、洋子はうっすらと涙ぐんでいるように見えた。

 しかしながらこの日は、校長の命令によって藤原恭子は研修に出かけていた。

 意図的とも思える校長の命令であったが彼女は職務命令には従わざるを得なかった。

 成績の公表が気になっていた彼女は、真紀に

「呼び出しがあったら理由をつけてなんとか日を延ばしてもらうように話をしなさい、絶対に一人で行ったらだめよ」

 そう言い残して研修に出かけたのであったが、当の真紀は(自分の携帯で録音してやろう……)と思い胸ポケットに携帯を忍ばせて第二体育館へ出かけていった。


「あれほど言っていたのにまたカンニングしたのね。懲りない娘ね、退学しかないわね 」

 信子は面白がっていた。


「はっきり言っておくけど、カンニングはしていないわ、あなたの言いがかりよ!」

 真紀ははっきり録音できるように、ゆっくりと静かに一言、一言、明確に話した。

 

 その時であった。信子に母親から電話が入った。

 携帯電話を取り出して信子はふとその録音機能に目がいった。

 電話を切った彼女は真紀に近寄ると、彼女のポケットの上からおさえながら携帯電話を探りあて、それを取り出すと、この状況が録音されていることに気がついた。


「舐めた事してくれるわね、何これ、今日は許さないわよ! 覚悟しなさい!」

 我を失った信子にお尻や太ももを滅多打ちにされ、泣き叫びながら


「もう止めるわ、学校は退学するわ、そのかわり、絶対に訴えてやる!」


 懸命に言葉にした真紀であったが、その言葉に幾分冷静さを取り戻した信子は

「そうなの…… でも、退学しても次にいける学校はないわよ、次の学校へ持っていく成績証明書に、何て書かれるか、想像してごらんなさい。それに訴えると言ったって、どこに証拠があるの、バカじゃないの」

 信子はせせら笑いながら再び竹刀を振り下ろした。

 

 真紀は悔しさのあまりこぼれ落ちる涙をどうすることもできなかった。

「いいわ、もう一度だけチャンスあげるわ…… 夏休みが終わるまでにサクマーズに入るか、カンニングを認めるか、よぉーく考えておきなさい 」

 心配した洋子に支えられるようにして体育館を出た真紀は、しばらく休んだ後に、やっとの思いで家にたどり着いた。


 真紀は夏休みの間に何度か遊びに誘われたり、呼び出されたりしたがそれには全く応じなかった。

 八月のお盆明け、ふとしたことから母親に太もものあざを見られてしまった真紀は、仕方なくすべてを母親に打ち明けた。

 校長に話してもどうもならないことを聞いた母親は、悩んだ末に、理事長である信子の母親、佐久間亜美の所へ出向いた。

 事情を聴いた理事長は、やさしく微笑みながら、調べてみるので二~三日待ってほしいと真紀の母親に伝えた。

 

 その穏やかな表情に接した母親は、

(さすがに、この人はりっぱな教育者だ、校長とは違う。きっと調べて娘を叱ってくれる、思い切って来て良かった……)

 そう思いながら佐久間邸を後にしたのだが、二日後、電話を受けた彼女が再び理事長宅へ出向くと、

「校長に話を聞いたけど、 そんな事実は全くないわよ、言いがかりもいいところね。私の娘を陥れて何の得があるの、何が狙いなの! 」

 蔑んだような目つきで、吐き捨てるように言う理事長に


「そんな…… 言いがかりだなんて、娘のお尻や太ももには可哀想なぐらいあざができています。それが証拠です。言いがかりだなんてとんでもないです 」

 真紀の母親は懸命に訴えた。


「さすがにこの親にしてこの子ありね。あなたの娘はカンニングばかりしているらしいじゃないの、それを注意したうちの娘を逆恨みして…… なんてことなの、私を馬鹿にしてるの!」語気が強くなってきた。


「………」母親は頭の中が真っ白になって言葉を失ってしまった。


「そこまでおっしゃるのなら、これを差し上げるから学校を変わればいいじゃない」

 彼女は冷たくそう言うと、成績証明書を差し出した。

 

 その備考欄には、カンニングばかりしている事、注意すれば逆恨みをするような性格であること、すぐに手が出る事等、ひどいことが記録されていた。

 それを読んだ母親は涙を流しながら

「よくもこんなひどいことができますね、あなたは教育者でしょ、恥ずかしくないんですか! 」理事長を見据えて反論したが、

「なんて母親なの、自分の娘がしたことを棚に上げて言いたい放題ね」

 理事長が薄ら笑いを浮かべる。


「こんなもの見せたら、転入できる学校なんて絶対にないわ」


「そう、お気の毒ね、それじゃ、うちで頑張るしかないわね、でも校長が言っていたけど退学処分になるかもしれないわよ、カンニングばかりしているから……」 

 理事長は蔑んだように続けた。


「…… 」


「でもうちでがんばりたいのなら、校長に口添えしてあげてもいいけど、どうする? 」

 しばらく、沈黙が続いた。

 

 真紀の母親は、涙を流しながら、唇をかみしめ、やや俯き気味に一点を見つめ、やがて、

「お願い……します 」屈辱的な言葉であったが、でも娘のために彼女は涙ぐみながらそれに耐えた。


「お願いの前に言うことがあるんじゃないの!」


「えっ……」


「ちゃんと今までの無礼を謝りなさいよ」

 理事長は冷たい目で睨みつけた。


「無礼だなんて……」


「じゃあいいわ、その証明書を持ってお帰りになって、退学願はまたもって行かせるわ」


「そんな…… 」


「じゃあ無礼を謝りなさいよ…… どうするのよっ!」

 理事長の語気が強くなった。


「どうもすいませんでした 」

 仕方なく、真紀の母親は理事長に目を向けると、静かに俯いて消え入るような声でお詫びの言葉を口にしたが


「それだけ? 私が悪うございました、でしょ」

 蔑んだように理事長が追い打ちをかけて来ると、再び、涙が滝のように流れ始めた。


「どうも…すいませんでした。私が……悪うございました」

 こんな屈辱は生まれて初めてであったが、それでもまだ終わりではなかった。


「そうなの、謝るのなら仕方ないわね、じゃあ、この部屋を綺麗に掃除して下さるかしら」

 薄ら笑いをうかべる理事長は悪魔のようであった。


「えっ、そんな……」


「あなたねぇ、娘が通う学校の理事長の家まで押し掛けてきて、暴言を吐いて言いたい放題…… 」


「…… 」


「おわびする気持ちがあるのなら、そのくらいはしても罰は当たらないんじゃないのっ」

 理事長が激しく言い放つ。

 二時間かけて泣きながら部屋を掃除した真紀の母親が帰ろうとしたとき、

「また来週の土曜日もお願いね」

 理事長はいとも簡単に口にしたのだった。

 その翌週の土曜日、真紀の母親は理事長の家で五時間家政婦のような仕事を強要され、悔し涙の中で一日を過ごした。


 そして夏休み明け、宿題テストの成績が公表されたその日、真紀の所へ来た洋子は、今日は信子の都合が悪いから、明日の昼休みに体育館へ来るようにと言った。

 

 彼女は担任の藤原恭子に連絡を取ると、翌日の昼休み、第二体育館へ出かけていった。

「最後のチャンスを上げたのに、またカンニングしたのね、懲りない娘ね、もう今日が最後よ、サクマーズに入る気はないの? 」


「絶対に入らない、人をいじめて楽しんでいるようなグループに誰が入るもんですか! 」

 担任の藤原がどこかで録音していることを知っている真紀は、強気に発言した。


「じゃカンニングも認めるつもりはないのね」信子は呆れたように言うと、


「やってもいないカンニングを認めるなんて絶対にないわ!」


「じゃ退学ね……、それとも今日も罰を受けて頑張るつもり? 」


「どちらも嫌よ、警察に訴えることにしたわ! 」


「そうなの、じゃあ、そのご褒美に今日はたっぷり罰してあげるわね……」

 信子はそう言うと、洋子と節子に目で合図した。


 二人に机の上に押さえつけられ、信子が竹刀を振り上げた時、担任の藤原恭子が入ってきた。

「何事なの! 今の話は聞かせてもらったわよ。あなたがやってきたことはすべて知ってるわ。校長もクズだけど、あなたも救いようがないわね !」


 藤原恭子の言葉に、洋子と節子の二人は驚いて後ずさりしたが、信子は笑いながら

「あなたの言葉なんて誰が信じるの、近いうちに首を切られるはずよ。何とでも言えばいいわ」


「大人を(あなど)らないでね、あなたが考えているほど甘くないわよ。この話は全て録音させてもらっているわ、今までの報告書もちゃんとできている。明日にはこの録音と資料を持ってとりあえず弁護士に相談する予定よ」

 彼女の鋭い切り口に、信子もやや不安になった。


「真紀さん、帰りましょう。明日は弁護士の所へ行くわよ」


「はい、先生ありがとうございます 」


 一連の話を聞き終えた時、奈々子は涙ぐんでいた。

「真紀、ごめんね。大変な時に心配ばかりかけて…… 本当にごめん、気付いてあげられなくてごめん…… 」


「辛かったわね、でもね、人間というのはおかした罪の報いは必ず受けることになるのよ。 二~三日のうちに佐久間商事は倒産することになるわ、学校も経営者が変わるわ」明子が静かに話すと


「……」真紀親子は涙にぬれた目を上げて明子を見つめた。


「実は松島グループが学校を買収する方向で動いているの。今の佐久間一家は財産を全て失うことになる。ひょっとしたら、あの信子さんも明日はもう学校へは来ないかもしれないわね。真紀さん、ごめんなさいね、もっと早くにわかっていれば何とかしてあげることができたかもしれないのに…… 」


 それを聞いた真紀とその母親は持っていき場のない悔しさが溜まりにたまって、もう学校を止めるしかないとまで考えていただけにこの朗報に救われるような思いであった。


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