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 作戦は思いのほか上手くいった。


 ロレインの父、ルドルフがロレインのことを溺愛し、彼女のことになると視野が狭くなることはわかっていた。それでいてザックに対しては娘への愛情故の怒りを抱いており、良くも悪くも感情的であることがわかる。


 だからそこを利用した。


 アーロンの魔術によるこの霧と同時にスピカがジャミング用の魔術を使うことで、認識を阻害させる霧の役目がジャミングであると誤認させる。そしてフィンが防衛術式で適度に攻撃をし、苦戦を演出したところで、ザックとロレインが自身たちの幻覚を作り出した。

 本来ならアーロンが作り出した方が出来がいいのだが、そこは霧でカバー。そして感情的になって注意が疎かになったところで、フィン・スピカ・アーロンの三人がかりで一気に捕縛にかかった。


 作戦は上手くいった。ただ一つ誤算があったとすれば、


「中々危なかったよ」


 全ての魔術を切り裂いた右手に握った短剣の存在だった。ルドルフがその短剣に魔力を注いだ瞬間、淡い光が煌き、幾重もの剣閃が空間を走ったのだ。

 霧が晴れ、ルドルフを囲むようにしていたフィンたちの姿を露わにする。


(何かしら準備はしてくると思ってたけど……ちょっと殺意高すぎない!?)


 使われた魔術がレベル5の『千剣』であることに気づいたフィンは顔を引きつらせた。娘を誑かした男に怒りを抱くのもわかるが、やり過ぎだ。

 恐らくあの短剣は魔力を流すことで特定の魔術を発動させる魔術具だ。その込められた魔術のレベルによって価値が変わるわけだが、レベル5となると国宝級だ。


 どこから持ってきたというのだろうか。ロレインからはあんなものの存在は聞いていない。

 どういうことだ、とロレインに問いかけようとして、彼女もまた驚愕の顔を浮かべているのに気づいた。


「お父様、それは一体どこで……?」

「おぉ! 聞いてくれるか?」


 ルドルフは朗らかに笑い、嬉しそうに短剣を見せた。銀色の刀身が陽の光を眩しく反射した。


「実はお前が家を出たあと、妖精の森でカラサという希少な薬草を手に入れてな? これはとある死病に効く薬草で、丁度知り合いの貴族様が探していたモノだった。その貴族様の娘の病を直すのに必要だったのだ。そこで私はカラサと引き換えに、お礼として貴族様からこの短剣を頂いたのだ。

 どうだ? 美しいだろ? お前が帰ってきたら見せてやろうと思っていたのだ……なのに」


 優しげな笑みは消え、怒りの篭った視線がザックを射抜いた。


「この色欲まみれの羽虫が! 性懲りもなく娘に手を出したか!?」

「違います!」


 殺意剥き出しのルドルフを前にして、恐れずにザックが叫んだ。


「何が違うというのだ!」

「オレは本気です、お義父さん!」

「あっ」


 致命的な一言に、フィンたちは凍りついた。案の定、ルドルフは火山の噴火の如く吠えた。


「ブッ殺す!!」

「うわっ!?」


 まずいと思ったフィンたちが動くより早く、短剣が煌き、慌てて飛び退いたザックの鼻先に剣閃が走った。避けなければ真っ二つになっていたであろう一撃だ。


 魔力を込め、続けて攻撃しようとしているルドルフに向かってフィンは杖を振り抜いた。杖先から速度重視の光の弾丸が放たれるも、ルドルフは『千剣』でもって、同じように発動していたスピカとアーロンの魔術ごと切り裂いた。


(正面からじゃ無理か……!?)


 スピカの簡易版『白滅光』すら切り裂く、レベル5の魔術の威力に歯ぎしりした。


「逃がさん!」


 フィンたちを一瞥することなく、ルドルフはザックを見据え、『千剣』を放とうとして、


「ザック様!?」


 悲鳴を上げたロレインが盾になるようにザックの前に出たために動きを止めた。しかし『千剣』は遠隔斬撃魔術。対象の位置さえわかっていれば障害物を避けて切り裂くことなど容易い。


 再び魔力を込め、今度こそザックが危ないと思ったとき、離れたフィンの肌が焼けるのではと思うほどの業火が、カーテンのようにルドルフに襲いかかった。ロレインの爆炎魔術だ。


 これにはたまらずルドルフも照準を変え、代わりに業火を切り裂いた。余波の炎が地面を焦がし、火の粉が散った。

 信じられないとばかりにルドルフが声を張り上げた。


「何をするのだロレイン! まさかまた魔力が暴走しているのか!?」


 ロレインはそれに対してキッ! と力強くルドルフを睨み、前に出ようとしたザックを押し戻して乱暴に言った。


「───んなわけねぇに決まってやがりますでしょ!?」

「え?」


 怒る娘に、ルドルフが思わず呆気にとられた。


(今の内だ)


 フィンは悟られないように杖先を地面に向けた。その間にもルドルフ目掛けてロレインは火焔を次々と飛ばした。その一つ一つを困惑げに切り裂きながら、ルドルフが戸惑いがちに聞いた。


「どうしたのだロレイン? 一体どうして父に向かって……まさかその羽虫を庇うのか?」


 ピクッとロレインの眉が動いた。


「さっきから羽虫羽虫と……ザック様のことをそんな風に呼ぶことは私が許しません!」

「そんな……一体その男の何がいいというのだ? 女好きで、過去には何股もするようなちゃらちゃらとした軽薄な男の一体何が? 俺は……俺は認めんぞ!」


 ルドルフもまた感情のままに叫んだ。


「こんなクソ野郎に大事な娘を任せられるか!?」


 魔力が短剣に込められ、ザックの両翼のある空間が歪み、剣閃が走る───。


(ここ!)


 その前に。ルドルフの足元から突き出した土槍が短剣の柄を突き飛ばした。


「っ!?」


 意識外の一撃に短剣を強く弾かれ、目を見開きながらも、ルドルフは短剣を放さなかった。それを見るやいなや、フィンは鋭く「スピカ!」と名を叫んだ。

 それだけで理解したスピカが引き寄せ魔術を行使した。短剣がかちかちと震えだす。

 だが黙って受け入れるルドルフではない。すぐさま引き寄せ魔術を切り裂こうとして、


「何!?」


 狙いを外した。空気中を白い靄が舞っている。アーロンが距離感を狂わせたのだ。


 その貴重な時間が功を制した。短剣はルドルフの手からスピカの手元に飛び込んだ。瞬間、武器を失ったルドルフに四方八方から拘束魔術が殺到した。








「それでも! それでも私は好きなのです!」

「駄目だ駄目! 俺は認めんぞ!」


 魔力で編まれた縄でぐるぐると巻かれて芋虫のように転がされたまま、ロレインの説得に応じず、ルドルフはザックを睨み、威嚇する獣のように唸った。


「ガルルルル!」

「見てフィン、この短剣すごい」


 もう興味が逸れたスピカが、ルドルフから奪った短剣に魔力を込め、空目掛けて振るった。すると空に三つの剣閃が走り、三角形を描いた。もう使いこなし始めている。


「魔力がかなり必要だけど結構簡単」

「スピカは自由だな」


 もう一度振るわれると、今度は斬撃の嵐が空を覆った。それを見るとルドルフが正確な斬撃を心がけていてよかったと感じる。

 それにしても、その短剣は後で返さなくてはいけないから壊さないように丁重に扱って欲しい。ニコラスのおかげで金が入ったとは言え国宝級の魔術具を弁償することは出来ないのだから。


「スピカ、俺にも貸してくれ」


 そんなフィンの思いを知ってか知らずか、アーロンも短剣に興味を持った。


「嫌だ」

「そうケチ臭いこと言うなよ。いい女ってのはこういうところで余裕を見せるもんだぜ?」

「むっ……わかった。はい」

「ありがとよ」


(うわいいなあれ……ボクも使ってみたいなぁ……でも今はそんな時間ないし……)


 フィンとしては時間がかなりかかったので、早く会場へ向かいたいのだが。早く何とかしろという意味合いを持つ視線をザックに送った。


(最悪ザックたちを置いて行くしかないかな?)


 元々はこの三人の問題なので、後はザックたちに任せてもいいのではないかと思う。だがここで置いていくのも薄情な気もした。

 そんなフィンの視線に気づいたかどうかはともかく、ザックが膝を折り、ルドルフと目を合わせ、真剣な面持ちで話し始めた。


「お義父さん、オレは本気です。お義父さんの言うようにオレはしょうもないやつだったけど、娘さんと出会って変わろうと思ったんです。いや! 変わったんです!」

「変わった? 口先だけで何が言える? 実際にお前がしたことは何だ? 私が知る限りお前がロレインのために何かをしているという情報はない。あったのはお前のナンパ癖と伝通人に見せる怯えだけだ!」


 妥当な評価だと少し思ってしまったフィンであった。似たようにザックも辛そうに顔を歪ませたが、それも少しの間。すぐに真っ直ぐにルドルフを見据えた。


「お義父さん」

「お義父さんと呼───」

「お義父さん!」


 遮るほどの大きな声。


「オレは本気で、ロレインのことを愛してます。大好きで大好きで大好きでどうしようもないほどです」

「あぁザック様ぁ」

「幸せなことにロレインもオレのことを愛してくれています」

「当然です!」

「ありがとうロレイン……だけどオレはお義父さんにも認めてもらわないと意味がないと思ってるんです。今はまだ二人でいるだけで幸せでいられます。だから反対されても二人でどこか遠くへこのオレの翼で飛んでしまえばいい。でもそれじゃあいつかロレインは絶対に悲しみます。オレはそんな彼女を見たくない、二度とです。だから……」


 誇りである翼が地面に擦れることも意に介さず、ザックは地べたに膝をつき、頭を下げた。

 息を呑んだルドルフに、ザックの声が響く。


「お願いします。娘さんをオレにください」

「……」

「ロレインの幸せのためなら、笑顔のためなら何でもします。お義父さんに認めてもらうためなら何でも、ロレインと別れる以外のことなら何でもします。だから、だからどうか……オレにチャンスを下さい」

「……」


 ルドルフは何も言わず、じっとザックを見つめ、次にその姿を見ていたロレインに目を向けた。ロレインがゆっくりと、咎めるように言った。


「お父様、何か言ってください」

「……そう、だな……」


 ルドルフはしばし迷うように口を開閉させ、やがて言った。


「スピカから君たちはスクロールを作っていると聞いている。彼女からはレベル3に到達するだけの実力があると聞いているが……どうだ?」


 突然の話の変化だが、ザックは淀みなく答える。


「あります。元々今日の発表会に間に合わせるつもりではいましたが、お義父さんがいつ来るかわからなかったので、友人のフィンたちには無理をさせてしましましたが」

「そうか……ならまずは君たちの実力を見てから続きは考えよう」


 ガバッとザックの顔が上がった。喜びと期待で一杯だ。


「本当ですか!?」

「言っておくがまだ認めたわけじゃないからな!?」


 慌てて釘を刺すルドルフに「わかってます!」とザックは答えた。








 一段落というか一時休戦になったザックたちを急かし、フィンは発表会会場へと急いだ。アーロンが煙で作り出した船をロレインとザックが起こした風で飛ばし、フィンとスピカがそこに加速魔術や防風魔術を施して爆速で空を進んだため、会場へはすぐに辿り着いた。


 もう発表は始まっているため、会場前にいつも見かける列はなくなっている。抽選結果で今回は後半組だったのだが、この様子では間に合うか怪しい。

 拘束を解いたルドルフとは別れ、フィンたちは自身たちに割り振られた待合室へ走っていく。関係者用入り口にいる警備員に参加者だと示す名札を見せつけながら入っていった。


(見えた!)


 角を曲がって三つ目の部屋だ。会場から響く拍手の音に焦りを覚え、杖を取り出す。そして開ける手間さえ惜しいとばかりに待合室の扉に杖を振り、開いた所を飛び込んだ。


「間に合った!?」

「うおわぁ!?」


 中に誰かがいるかとか確認せずに、勢いのままに言った。だが室内にはマティアスとハリエットの二人がいた。突然現れたフィンたちに驚いていたマティアスだったが、「あぁ」と答える。


「間に合ったと言えば間に合った」

「……よかったー」


 ドッと力が抜けそうになる。もっと早くルドルフが来ると思っていたのに全然来ないし、来たは来たで国宝級の魔術具を使ってくるし、その後のザックの説得にも時間がかかるしで、予想以上に時間を食った。

 ここで間に合わなければマティアスとハリエットの二人に発表してもらえばいいので、致命的にはならないが、工房の代表として出ないと言うのは後に響く。


「フィンだけでも先に来ればよかったのに」


 ハリエットの言葉に苦笑した。


「それはそうだけど、ザックたちを放置するわけにもいかないなって。それに防衛術式はボクがいないと万全に動かないからね」


 スピカが相変わらずの平坦な声で言った。


「『千剣』の前では無力」

「うぐ! それはそうだけどあんなん持ってくるとか予想出来ないよ」


 何かしら準備はしてくると予想していたが、あれほど強力な魔術具だと想定外だ。他の伝通人を呼ばれないようにスピカに頼んでネットワークに呼びかけさせておいて正解だった。あれで数もいたらどうしようもなかっただろう。


「それでどう? 解決した?」


 ハリエットがザックとロレインを横目で見ながら言った。それに対してフィンは肩をすくめた。


「保留って所」

「ふーん。でも二人を見た感じ悪くはない感じかな」

「工房を巻き込んだんだからそうなってくれないと困る」


 マティアスが厳しく言うと、ハリエットは笑みを浮かべた。


「心配してたくせに。素直じゃないなぁ」

「心配なんてしてないよ」

「本当に?」


 悪戯っぽく笑うハリエットを前に、マティアスは顔を赤くしてそっぽを向いた。敵わないと判断したらしい。


(うーん、見てるだけならお似合いの二人なのにな)


 さて面白そうに眺めるのもいいが、そろそろ本題に入らなければ、とフィンはマティアスを助ける意味合いも込めて発言した。


「いやほんと間に合ってよかった。それであとどれくらいで回ってくるの?」


 安心したかのようにほぅと息を吐いてからマティアスが答える。


「次の次だよ。だけど……本当は次なんだ」

「は?」


 次だったらこんな所でのんびりしてられないはずだ。怪訝な顔をしたフィンに、マティアスが説明した。


「本当ならもう移動しなきゃいけないんだけど、フィンたちがいなかったろ? それでハリエットと一緒に、しょうがないから準備してたらどこかからフィンたちが来てないことを知ったオズワルドが来て───」

「オズワルドが来た?」

「うん。オズワルドは僕らの次だったらしい。だけどフィンたちが来てないって知って、何なら先にやってもいいって言い出したんだ」

「ちょ、ちょっと待って! えっ?」


 どうしてそんなことをしたのかわからないフィンは混乱した。どうしてオズワルドが敵である自分たちを助けるような真似をしたのだ。全く持って意味がわからない。どこに彼の利益があるのだろうか。

 オズワルドは決して善意だけでフィンたちを助けはしないだろう。きっとそこには理由があるはずだ。


 だけどいくら考えてもわからなかった。

 助けを求めるように視線を巡らすも、アーロンもスピカもザックもロレインもわからないとばかりに首を振った。


「どうして?」

「ごめん、それは僕にもわからない」

「オズワルドは今回の目玉だからスタッフさんたちは大慌てだったよ」


 補足するようにハリエットが言った。

 しかし余計にわからなくなった。無理を言ってまで順番をずらすだけの得があるのだろうか。


 ふと突拍子もないことを考える。


(案外ボクらを言い訳もさせずに正面から叩き潰すためだったりして)


 自分の考えに即座にないなと否定し、意識を切り替える。


「よくわからないけどラッキーってことにしておこう」


 オズワルドの後と言っても残された時間は少ない。振り返って指示を出す。


「アーロン、煙草は我慢しろ」

「わかってる」

「スピカ、あのレベル優先で作ったスクロールに印刻した魔術について確認したいんだけど」

「了解」


 それからすぐ、扉をノックしてからスタッフの人が来て、会場にそろそろ行くように指示を受けた。

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