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今すぐ羽虫を出せ!

 魔法技術発表会の開催を告げる花火が響き渡る。この街の一大イベントに合わせて、多くの人間が外部からやってくるため、普段はゆっくりと開ける店も商売を始め、朝早いというのに街は活気に満ちていた。

 外を歩けば右も左も人だらけ。伝通人から翼人、仮面人に森人に鬼人と、多種多様な種族が見受けられ、今日一日はさながら国の中心都市か。


 会場の前には既に長蛇の列が出来ていた。その長さにうんざりしつつ、レオナルドは最後尾にリンジーとともに並んだ。その後ろにすぐに人が並ぶ。


「今までは関係者だったから気にならなかったが、こんなに並んでいるのか。もっと早く来ればよかったかもしれないな」

「でも今年は例年に比べて人が多いらしいぞ? 何でも前回レベル3が破られたとあって、注目されてるらしい」

「オズワルドが調子に乗りそうだ」


 風の魔力を感じて見上げれば、貴族が乗っているのであろう天馬車(馬に似た空を翔る魔獣が引く馬車)が頭上を通り越した。貴族たちは別口で会場に入るのだ。

 羨ましそうにリンジーは言った。


「貴族は楽そうだな……ロレインたちの友達だから別口で入れてくれるとかないのか?」

「ない」


 きっぱりと言うと残念そうに肩を落とした。


「あぁ……ロレインたちはあの中にもういるんだろうなぁ」

「どうだろう? ギリギリまで調整するって言ってたし、まだ工房かも? それにロレインの父親が今日明日来そうだから迎え撃つ準備も大変そうだったし」


 全員で頭を突き合わせて父親を確実に瞬殺(殺さない)するえげつない作戦を吟味している姿は傍から見ると危ない集団だった。何より率先して作戦を立てていたのが実の娘だというのだから同情してしまう。

 ただレオナルドにとって意外だったのは、フィンがきちんとリーダーとして周囲の意見を纏めていたことだ。一年前の彼は周囲の意見に流されやすい気弱な男だと思っていたのに。

 そういえば帰って来てからは爪を噛んでいる所を見ていない。少しでも緊張したら爪を噛み、そのたびにスピカに怒られていたというのに。


(私が逃げたことも全くの無駄じゃなかったってことだな)


 フィンたちが聞いたら憤慨しそうなことを考えて笑みを漏らし、リンジーに他人の振りをされているのに気づかないレオナルドであった。








 会場はもう開いているというのに、フィン工房にはまだ人が残っていた。マティアスとハリエットを除く全員だ。二人は既に会場に向かってもらい、先に準備をして貰っている。

 スピカのネットワークにより、ロレインの父親が既に街内に入ってきていることを把握しているフィンたちは、ザック目掛けてくることを見越し、先に片付けることにしたのだ。そのために作戦を練り、抵抗する間もなく拘束する準備はした。


 そのための術式を確認しつつも、フィンはついついぼやいた。


「話聞いてくれればいいけど」


 スピカの説得を一ヵ月も無視して来た男に話が通じるのか。最大の不安要素だ。特に数年間ザックを追いかけ続けたあのロレインの父だと言うのが後押ししている。

 そのぼやきを聞いたロレインが申し訳なさそうに言った。


「すいません、お父様は熱くなると頑固ですから」

「うんそうだろうね!」


 この娘にして親あり。


「ザック、最終的にはお前の問題だからね? ちゃんと納得させろよ?」

「わかってるわかってる。お義父さん、娘さんを下さいって言えばいいんだろ?」

「ザック様!」


 感極まったロレインがザックに抱き着いた。


「おっとと、急に抱き着くなよロレイン危ないだろう?」

「ごめんなさいザック様。だけど私嬉しくて!」

「もう仕方ないなぁ」

「……」


 どうしてこんなバカップルのために骨を折っているのか、わからなくなってきた。

 これ以上見ていると独り身の自分がみじめに思えてくると危機察知し、その場を離れて天井を見上げているアーロンに近寄った。懐に手を入れて、包装された小さな箱を取り出した。アーロンが怪訝そうに箱を見た。


「何だそれ?」

「ほら、約束してた良い煙草」


 アーロンが内通者ではないかと間違えてしまった時の約束。金銭的余裕が出来ても、ヘビィスモーカーが喜ぶ煙草がわからず、アーロンと仲のいいコンラッドに聞いてから買ったので、もう随分と遅れてしまったが。

 アーロンはきょとんとし、しばらく考えてから受け取った。


「……ああ、あれかあれ。ありがとよ」

「……あれって何か覚えてる?」

「知らん。俺は前を見て歩く人間なんだ」


 あっけからんと言うので呆れて笑ってしまった。


「そっか。なら仕方ない。ああ後、その煙草、発表会の後の飲み会で美味しい酒もあるからそれで吸うのもいいかもよ?」

「それは悪くない」


 唸るアーロンの背中をバンバンと叩き、


「とにかくまずはザックの件だ。頼んだよ」

「ああ」


 フィンとは別の、ロレインの父親用術式をチェックしに行ってたスピカが帰ってくるのが見えた。聞く前にスピカから報告した。


「問題なかった」

「よし。それでターゲットは?」

「街に入ってから接続が切られてるけど、もう来る」

「発表会があるからさっさと来て欲しいんだけど」


 スピカにザックの居場所を流してもらっているので、万が一の可能性であった会場にロレインの父親が現れる可能性はないだろう。


(ちゃっちゃと終わらせる)


 準備は万端だ。








 ルドルフは灰色の建物を前に、憎々しい様子で呟いた。


「ここがあの男の職場だな」


 ネットワークで情報を集めて来たため、迷わずにたどり着いた。偶然にも今日は街のメインイベントがあり、ここに来るまでも人通りが多くて大変だったが、この工房に近づくにつれて人影は減っていき、最後には誰もいなくなった。もうイベントは始まっているようなので会場に行って、祭り気分を味わっているのだろう。

 愛娘を誑かしたクソ野郎の働く工房には、見るからに忌々しい結界が張られている。ルドルフが見る限り、不法に入ろうとする者の存在を中に知らせる結界のようだ。右斜め前にある呼び出し用の水晶に触れればこの結界を解除して貰えるかもしれないが……。


 妖精の森の木を削って作り出した成人男性の腕よりゴツく、長さは胸元まである杖で地面をゴツンと叩いた。風が不規則に吹き荒れ、音を立てる。簡単な魔術だが、翼人が空を飛ぶのを妨害するにはこれで十分だ。

 宣戦布告としてはこんなものか。


「よし、行くか」


 結界内に足を踏み入れた、瞬間、警報が鳴り響いた。体に響くほどの音が侵入者を訴えている。さらに踏み出した足は固い石の道ではなく、泥沼に変質した地面に飲み込まれた。


(防衛術式だな)


 見る見るうちに沈んでいく。

 しかしこの程度の迎撃は予想済みだ。杖に魔力を流して沼を叩けば、足は沈むのを止めた。では引っこ抜こうとしたところで、視界が白く染まっていくのに気づいた。瞬く間に場を覆う霧。霧に含まれる魔力を感知したルドルフは自分を中心として円を描くように、突風魔術で霧が寄り付かないように吹き飛ばした。


(ネットワークに繋がらない……霧の役目はジャミングか? 定石だな)


 魔力で編まれた無数の茨が地面を突き破ってルドルフに襲いかかってくるが、冷静に燃やし尽くしていく。その間に工房の方向から赤い閃光が放たれるも、杖先で閃光に触れて干渉し、左後方にずらし、左後方から飛んできていた空気の弾丸と衝突させて無力化した。

 ルドルフは一連の攻撃が終わった僅かな間に、工房がある霧の先を睨み、声高に怒鳴った。


「今すぐ羽虫を出せ! さもなくば工房ごと切り裂くぞ!」


 中にロレインがいるかもしれない以上、大規模な攻撃は出来ない。だが防衛術式にダメージを与えて機能を低下させ、その上で探知魔術を使えばロレインに当たらないように攻撃するくらいわけはない。

 腰に挿してある短剣を意識しつつ、油断なく杖を構えた。警告を無視して攻撃してきたら、容赦なく反撃するつもりだったが、一向にその気配はない。


 もう一度翼人を出すように言おうと、息を吸い込んだ───その時だった。


「っ!?」


 工房から何かが飛び出した。霧でよく見えないが、それは背の翼をはためかせ、胸元に何かを……いや人を抱えてこの場から立ち去ろうとしているように見える。


 その抱えられた人はロレインではないかと考え、カッと頭が沸騰したかのように熱くなった。


(逃げるつもりか!? ふざけたことを……!)


 即刻打ち落とす! と杖を向けた。翼を持つ影は予め吹かせた風を前に、体勢を崩していて隙だらけだった。しかしロレインも一緒にいる以上巻き込むような魔術は使えない。なので動きを止めることにした。


「『落ちろ!』」


 重力魔術が人影のいる一帯で発動し、人影は飛ぶことが出来ずに落下を始めた。落ちた瞬間を狙うべく、杖に魔力を込め───


 ───その杖を白色の鎖が絡め取った。


(───なっ!?)


 思考に空白が生じ、動きを止めてしまった。


 その隙に呼応して、場に満ちていた魔力が胎動した。霧がその姿を鎖に変えて次々とルドルフに巻き付いていく。咄嗟に杖を握っていない右手を腰元で庇おうとし、その場で拘束された。


「───チッ! 舐め!?」


 慌てて杖に魔力を込めて魔術を発動しようとするも、その前に杖が白い光に飲み込まれた。ネットワークで話題になっていた『白滅光』の簡易版だ。光が消えた時には一部が蒸発していた。これでは使い物にならない。

 だが問題はそこではない。


(これは防衛術式じゃない! あいつらもう外にいるのか!?)


 まずいと思った時には、呪いの真紅の閃光が迫って来ていた。ルドルフはそこで腰の短剣に右手で触れて魔力を流し───。

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