なるほど、それは楽しみだ
突然のロレインの襲来。フィンたちはこの時、どこでザックがここにいると知ったのかを重要視しなかった。それはロレインのザックに執着する姿を見ると、彼女なら執念で見つけかねないと感じるからかもしれない。
そのため、フィンたちはこの事件は後はロレインの父親について片付けば終わると考えていた。しかし、ロレインにザックの情報を渡したレオナルドは違った。
レオナルドはロレインへの恐怖に屈し、ザックの居場所を含む情報を渡した。ザックが伝通人に対してトラウマのような感情を抱いていて、ロレインがその元凶かもしれないと気づいておきながらだ。
ロレインがザックに会うために立ち去った後、レオナルドは自分がまたもやフィンたちを裏切る真似をしてしまったことを後悔した。博士でなくなり、工房を出て一年が過ぎようというのに、未だに彼らに迷惑をかける自分の何と最低なことか、と責め続けた。
そうやって落ち込み続けるレオナルドを励まそうとしたのか、リンジーが明るい口調で言った。
「そんなに気になるなら、一度帰ってみるのはどうだ? そこでとことん謝って謝って謝って、レオナルドと相手の気が済むまで謝り続ければいい」
かつての身勝手な行動も、ロレインとザックの関係への疑いもレオナルドから聞いていた。
「しかし私は……」
「まあ一度逃げて次は問題事を運んでしまったかもしれないとなると気が乗らないだろう。だがこのまま喉に骨が刺さったような気持ちで旅を続けるのか? 私だったら嫌だぞ、それ。さっさと取り除いて、笑顔で旅はするものだ」
リンジーは強めにレオナルドの肩を叩いた。フフンと笑みを浮かべる。
「さあどうする? 今なら美女が一緒になって謝ってくれるかもだぞ?」
「……自分で言いますか、それ」
「……た、確かにちょっと恥ずかしくなってきた」
今更恥ずかしがるリンジーに、レオナルドは沈んでいた気持ちが落ち着くのを感じた。だからだろうか、次の言葉は滑らかに出た。
「決めました。謝りに行きます」
「そうか。もちろん私も行くからな?」
「わかってます。ただ道筋は急ぎますよ」
「?」
ザックが無事かどうかが、とても心配だった。
工房に入り、レオナルドはフィン以外の面々にも、魔術をかけたことと突如無責任にも消えたことを謝罪した。そしてザックにはロレインに居場所を話したことについても謝罪した。
全員がそれを受け入れ、ザックがロレインについては逆に感謝を述べてレオナルドを微妙な顔にしているのを眺め、フィンはほっと息を吐いた。既にレオナルドのことを許してしまったので、他の人が許さないと言ったらどうしようと思っていたのだ。
安堵しているフィンの隣で、ハリエットが私怒ってますとばかりに腰に手を当てた。
「それにしてもロレイン、リンジーさんのことはともかくレオナルドさんとのことをどうして今まで黙ってたの?」
「黙ってたわけじゃありません! ただ……」
「ただ?」
「ザック様と一緒に居られるのが幸せすぎてつい忘れてました」
キャッ! と隙あらば惚気るロレインに、ハリエットはげんなり顔。
「この子、大丈夫かしら……?」
「ほっとけ。どうせ責任を取るのはザックだ」
アーロンの辛辣な発言に、それもそうかとハリエットは納得し、クネクネ身をよじらせる伝通人ではなく、リンジーに挨拶しに行った。
それからしばらくはお互いこの一年間、何をしてきたのかを話した。グレンが裏切ったことにレオナルドがうろたえ、悪の魔術師に囚われたリンジーを助けるという冒険譚の主人公みたいなことをしたレオナルドにフィンたちは驚きの声を上げた。
一年、たった一年だが、それだけでもお互いに話したいことはたくさん出来ていた。
そして話はスクロールについてになる。フィンが現在のレベルについて言うと、レオナルドが感嘆の声を漏らした。
「レベル3まであと少しじゃないか。素晴らしい」
「まだまだ伸び代がありますから、確実に届きますよ。今度の発表会までには余裕で間に合います」
「発表会……そうかもうそんな時期か。オズワルドがレベル3に到達して一年、フィンたちも到達かぁ。何だか自分のことのようで嬉しいよ」
(やばい……ちょっと嬉しい!)
感慨深いといった調子で話してくるので、さっきから笑みが止まらない。褒められてこんなに嬉しいなんて思わなかった。どうやらフィンは自分が思っていた以上に、レオナルドのことを尊敬していたらしい。
「旅先では魔術を使って生計を立てていたんだが、想像以上に魔術は生活に役立つし、必要としている人はいた。それを考えると、誰もが扱えるスクロールっていうのはたくさんの人間の暮らしを豊かにする素晴らしい技術だし、立派なことだったんだなってしみじみ思うよ」
一人であったなら鼻歌を歌いたいところであるが、人目があるので衝動を抑える。それでも染み渡る喜びが心地よかった。
このまま浸りたいところだが、フィンにはどうしてもレオナルドにして貰いたいことがあった。意識して姿勢を直してから口を開いた。
「博士、実はお願いがあります」
「? 何かな?」
「ボクたちのスクロールを見て、アドバイスをお願いできませんか? 特に処理術式について」
レオナルドだけでなく全員が意表を突かれた顔をした。当たり前だ、ついさっき思いついたことなのだから。
「勿論、最初に契約魔術で外部に漏らさないように契約してもらいます。その上でボクたちの開発した処理術式を見て、改善方法を教えてください」
このままでもレベル3には到達するだろう。だがそれではオズワルドには届かないことをフィンは気づいていた。
ニコラスに言われたことを抜きにしても、フィンは彼に勝ちたかった。スクロール界で一番になりたかった。そのために必要なことを考えるのが、工房を預かるフィンの役目だ。そして考えたとき、処理術式の第一人者であるレオナルドの存在は渡りに船だった。
「ま、待ってくれ! 私は一年も研究をしてこなかった人間だぞ? そんな人間にアドバイスが出来るわけがないだろう?」
「いえボクたちの工房で博士以上に処理術式に精通している人間はいません。スピカでさえ、処理術式においては博士には敵いません。それに博士ならボクたちの一年なんて一目で理解できるでしょう?」
伝通人は既存の知識に対しては強いが、新たな技術や発想には弱い。ネットワークが便利過ぎて思考することが少ないのだ。
「はっきり言わないで欲しい」
ぼそっとスピカが恨み言を言っているが、フィンは無視した。
「アイデア料としてお金も払います。だからどうかお願い出来ませんか?」
勝算というか打算はあった。レオナルドはフィンたちが誤ったとはいえ負い目がある。それがある限り、断ることは出来ないだろうと。
その予想通り、レオナルドはしばらく迷うように沈黙していたが、やがて引き受けた。
オズワルドは壁に寄り掛かり、星を眺めていた。その傍らにはいつもいる秘書の姿はない。彼は夜の街で、一人佇んでいた。
ただ酔狂で夜の散歩をしているわけではない。オズワルドはこの道を通るであろう男を待っているのだ。
やがて星を眺めるのに、飽き、頭の中でスクロールのための術式の構成を練っていると、ようやく目的の男が歩いてくるのが見えたので、そちらに向かって歩き始めた。
男は照明魔術による光球を一つ浮かべ、夜道を照らしながら歩いていた。よほど整備されてない道を通ってきたのであろうそのブーツや来ている旅装束は、擦れている見た目に反して汚れていない。定期的に魔術で手入れしていたのかもしれない。
オズワルドに気づいてからずっと嫌そうな顔をしていた男が立ち止まった。億劫そうに話し出す。
「何の用だ?」
「かつて逃げ出した男が帰ってきたと聞いてね。ちょっと話でもしないか? レオナルド」
レオナルドの家はまだ残されている。となると彼がそちらに帰るだろうとオズワルドは予測し、フィン工房からの帰り道で待ち伏せしていたのだ。
レオナルドはため息をつきつつも、黙ってその場に立ち続ける。それをオズワルドは了承と受け取った。皮肉そうに笑う。
「久しぶり、と言っておこうか。だが一体どうしたんだ? 間抜けにも一年越しに忘れ物にでも気づいたのか? 駄目じゃないか、忘れ物がないかしっかりと持っていくものをメモして、指差し確認しながら入れないとな。もっとも夜逃げするのにそんな余裕があったとは思えないが、ね。それとも今になって立場が惜しくなったか?」
「心配無用だ。今回はただ懐かしい顔を見に帰ってきただけだからな。ただ憎らしい顔と会う予定はさすがに私も持ち合わせていなかったはずなんだが……まさか暇なのか? だとしたら代わりに激務に追われてるだろう君の秘書が可哀そうだな、大変だなこんな上司を持ってしまって」
「私もフィンたちが哀れで仕方ないよ、身勝手な上司に振り回されて」
二人は黙って睨み合った。やがてレオナルドが嫌悪感を隠そうともせずに言った。
「相変わらず嫌な奴だな。一年経っても何も変わらない。まさかフィンたちにも嫌がらせをしてたとは思わなかったぞ」
フィンたちから聞いた内通者騒動に、自分の落ち度を再度確認させられ、それでいてオズワルドの悪質さに、レオナルドは頭が痛くなる思いだった。それを見透かして、オズワルドは鼻で笑った。
「あれは契約魔術を忘れるなんて間抜けな隙を晒した彼らの落ち度だ。隙を見せれば喰われる。当たり前のことだ。むしろあの程度の損害で欠陥に気づかせてくれたことは感謝してしかるべきだと思わないか」
「卑怯な手を使ったくせによく言う。それにお前が煽ったせいで裏切ったグレンのことはどうなんだ?」
オズワルドは悪びれずに澄まして答えた。
「あの程度でコロッと立場が転ぶような奴なら遅かれ早かれ裏切っただろ。ただ今回煽ったのは私だったというだけだ。言っておくが、これが私でなければもっと致命的だっただろう」
それはレオナルドも同意するところがあるのか、忌々し気に舌打ちをした。オズワルドは自分の言葉に、レオナルドが納得してしまって苛立ったのを感じ、悦に浸った。だがくくくっと溢れ出すかのようにレオナルドが口元に笑みを浮かべたので、怪訝な顔をした。
「何がおかしい?」
「ふん、なに、そうやって何事も上から目線でいられるのも今だけだと思うと滑稽でな」
「───何?」
しかしオズワルドの疑問に答えようと思わないのか、レオナルドはオズワルドを置いて歩き出した。最後に、
「次の発表会が楽しみだ」
とだけ言い残して。
オズワルドはその背中が見えなくなるまで立ち尽くした。そして小さくなったレオナルドの灯している光源に向かって呟いた。
「なるほど、それは楽しみだ」
打ち倒す相手は強大なほどいい。
沸き起こる歓喜に胸を躍らし、スキップするように軽やかに歩き始めた。




