最初に言うべきは謝罪だろう
何はともあれ、ニコラスが出資してくれたおかげで、長らく続いた金銭不足はなくなり、思う存分に研究が続けられるようになった。驚くことに彼は大富豪であるらしく、ちょっと私怨とは思えないほどの金額が出資された。
ネットワークとの接続を切り、行方不明だったロレインの父親は再度ネットワークに接続するようになり、情報を入手しながら向かっているらしく、概ねスピカの予想通りに襲来しそうだ。
「ザックについて吐けってうるさい」
とはスピカが最近よくこぼしている愚痴だ。スピカにはネットワークを通じて説得もしてもらっているが、聞く耳持たずで、娘と同じで突っ走るタイプらしい。仕方ないので、他の伝通人に手を貸さないようにお願いすることしかできないようだ。
ただネットワークに接続してくれたのはフィンたちには有難い。いつ来るのかわかれば、ロレインの父親が何かする前に行動不能にする準備を整えることは出来る。
二週間後に発表会を控え、同時期にロレインの父親の襲来。そのどちらも鍵を握っているのは、スクロールのレベル3への到達だ。金が入ったため、高級な魔術触媒を強気に使っていけるようになったことが大きく、順調に研究は進んでいる。
レベルも遂に2.98まで到達し、レベル3の背中が見えた。
工房に新たな来客が訪れたのは、そんな時だった。
始めはロレインに出るよう頼もうと思ったが、丁度彼女はザックと一緒に昼御飯を食べに、外出中だ。
対応しようとしたハリエットを手で制し、休憩中だったフィンが扉を開けた。そしてそこにいた人物を見ると、驚きで目を見開いた。
「レオナルド、博士……」
「私はもう博士じゃないんだが……久しぶりだね、フィン君」
懐かしそうに分厚いレンズの向こうで目を細めるその姿は、最後に見た時よりも痩せていた。ただそれは健康的な痩せで、細くなった分、筋肉がついているように見える。
隣には見慣れない金髪の女性が立っている。興味深そうに工房を眺めていたが、フィンの視線に気づくと頭を下げた。釣られてフィンも頭を下げた。
「初めまして、リンジーだ」
「あ、これはどうも。フィンです」
「ああ、聞いてた通りの人だからすぐわかったよ」
リンジーはどこか楽し気だ。
「君は知らないだろうが、レオナルドがよく君たちのことを話していてね? おかげで初対面なのに知り合いみたいに感じる。少し慣れ慣れしいかもしれないが、いつか会いたいと思ってたからこんなに早く会えて嬉しくてね」
「そう、ですか」
ちらりとレオナルドを伺うと、恥ずかしそうに眼鏡の位置をしきりに何度も直して誤魔化そうとしていた。
「……とりあえず最初に聞きますけど、何の用ですか?」
言ってからしまったと思った。もっと自然に聞くつもりだったのに、とげとげしい声が出て、空気が張り詰めた。どうやら自分でも把握できないほど動揺しているらしい。
かつてこの工房のトップとしてフィンたちを率い、そして勝手に折れて消えた男。それから何の音沙汰もなかったのに、突如目の前に現れた。
フィンはレオナルドのことを、折れても仕方ないと考えているが、やはり同時に無責任とも思う。当時、フィンたちを魔術による罠に掛け、書置きだけ残して逃げたことを知った時のどうしようもない感情が蘇ってくるのを、フィンは感じた。
(だけど感情に流されたら駄目だ。アーロンの時も流されて碌なことにならなかったろ?)
顔をこわばらせるレオナルドを睨み、視界の端で固唾を呑んでいるリンジーを捉えながらも、杖に手を伸ばしかける自分を律する。深く息を吸うと、少しばかし落ち着いた。
空気が和らいだのを感じたのか、レオナルドが一呼吸置いてから口を開いた。
「最初に言うべきは謝罪だろう。すまない。謝って済むとは思っていないが、それでも謝らせて欲しい。すまない」
「……」
頭を深く下げるレオナルドを、フィンは黙って見つめた。その謝罪だけで、どこか荒くれていた感情の波が静まっていく。
重い、重い息を吐いた。
「もう頭を上げてください、博士。もう一年も前のことです。確かに大変なことだらけでしたけど、こっちだってトップに立って知ったこと出来たことがたくさんあったんです」
「……しかし───」
「それにそんなに謝られたら許すしかないじゃないですか。さすがのボクでもここで意地は張りません」
完全に許したわけではない。だけれども、区切りはついたのだ。
「そうか……そうか」
レオナルドはぎゅっと目を瞑り、開いた。そこには真剣な色が宿っている。
「ならば本題に入らせてくれ。実は私が今回来たのは、ある女性がこっちに来て何かをしてしまってないか心配したからなんだ」
「女性?」
フィンは怪訝な顔をした。
……ただしその視線はレオナルドの後方に近づいている、一組のカップルに注がれていた。
「そうだ。ザックが恐れていた伝通人、ロレインという女性だ。私は彼女にザックのじょ───」
「あらあらあら?」
「うひゅ」
変な声が出た。
「やっぱりレオナルドさんじゃないですか? お久しぶりです、お元気でしたか?」
「博士じゃないですか!? どうしてここに?」
昼食から帰ってきて早々にロレインとザックが驚きの声を上げ、レオナルドは目を白黒させる。一緒になってフィンもロレインが顔見知りであることに驚いていた。
「き、きみは、あ、ロレ!? ザッ!?」
レオナルドはしどろもどろに何かを言おうとしているが、動揺し過ぎて言語になっていない。当然ロレインは理解できず、首を傾げた。
「? どうしました?」
「ロレイン!」
そんな中、リンジーが嬉しそうに駆け寄った。
「また会ったな! 元気そうで何よりだ」
「リンジーも元気そうですね」
「ああ。私は元気なのが取り柄の一つだからな。それにしても……ほほぅ?」
リンジーが意味ありげにザックを、上から下まで見た。ザックが居心地悪そうに、
「な、何だよ?」
「いやいや何でも。ロレインが幸せそうで何よりだなって」
リンジーはロレインにウィンクをすると、悪戯っぽく笑った。
「おめでとう!」
「ふふ、ありがとう。でも恥ずかしいわ」
怖がっていると思ったら、何故か彼氏彼女の関係になっていて、未だに状況を理解できずにいるレオナルドであった。
フィンはその横を通り抜け、ザックに囁くように聞いた。
「ロレインが二人のこと知ってるって知ってた?」
「リンジーっていう友達がいることは話からわかってたけど、博士については俺も初耳だよ」
「やっぱりか」
一体どこで知り合ったのか、不思議だった。




