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あの小僧絶対に許さん!!

 トーマス商会からの出資がなかった以上、金欠なのには変わらない。マティアスは今日もまた売り込みをしていた。


「うーん、これ以上の仕入れは無理だな」

「そうですか……」


 魔術具店べオースの店主の男はそう言って、マティアスの売り込みを断った。相手も商売なのだとわかっているが、それでも落胆してしまう。

 かつてフィンたちのスクロールを認めてくれたこの店ならと思ったが、そんなに甘くなかった。ザックの仕出かしでつい最近、金が入りそうで入らないという上げて落とされたこともあって、疲労感も大きい。

 店主の男は申し訳なさそうに言った。


「悪いな。だけどこればっかりはな」

「わかってます。あまり気にしないで下さい」

「ああ、あんたも気にするなよ? おっとそうだ! いいものがあるぞ!」

「いいもの?」

「おう……あった、これだこれ!」


 怪訝な顔をしたマティアスに渡されたのはウィズニャンのぬいぐるみだった。魔女の三角帽子を被り、杖を口に加えている。片目だけ閉じており、まるでウィンクをしているかのような姿は可愛いらしい。


「ウィズニャンシリーズ最新作の『魔女っ子始めました』ウィズニャンだ」

「魔女っ子ってことは女の子だったんですか? 一人称は俺だったような」

「そこは謎だ。製作者も敢えて濁してる。それにシリーズによっちゃ吾輩とか僕とか私とかバラバラだからな。

 それでどうだ? 買うか?」


 ニヤっと笑った男に同じように笑みで返す。


「買います」

「よし毎度あり!」


 地味にウィズニャンのファンになっていたマティアスは買ったウィズニャンに頬ずりした。ふわふわな毛先がとても気持ちいい。これで肉球まできちんとぷにぷにとした弾力があるのだから、製作者の腕は素晴らしい。

 是非とも一度会いたいものだと思う。


「ありがとうございました」

「また来いよ」

「次はレベル3を持ってきますよ」

「はは、そしたら買ってやる」

「約束ですよ?」


 礼を言って、店を出ようとしたその時、店の扉が開いて一人のおじいさんが入ってきた。頭にはウィズニャンを模して造られた帽子を被り、金色の装飾が施された黒い杖をついて入ってきたそのおじいさんには見覚えがあった。ニコラスだ。


(またウィズニャンを探してるのかな?)


 かつて話した際に垣間見たウィズニャンへの熱意を思い出し、手元の魔女っ子ウィズニャンを抱きしめた。今回は譲るつもりはない。

 ニコラスはマティアスを見ると優しく目を細め、手元のウィズニャンに気づくと険しい視線を向けた。やはり目的は変わらないらしい。


「店主よ、わしのウィズニャンは! ウィズニャンは残っているか?」


 店中に響く声でニコラスは叫んだ。その目はマティアスの手元を瞬きもせずに見つめ続けている。


(完全に狙われてる!?)


 焦るマティアスを尻目に、店主の男は嬉しそうに言った。


「あるぞ!」

「おぉ! 本当か! では三つくれ!」

「それは駄目だぜニコラス。人気商品だからな、お一人様一つまでだ」

「仕方ないか。よし、一つでいい!」

「おう! 毎度有り」


 ニコラスは店主の男からウィズニャンを大事そうに受け取ると、杖を立てかけてから歓喜の声を上げながら男に握手を求めた。


「ありがとう店主! ここになかったらどうしようと思っておったぞ!」

「大袈裟だなぁ。どうせまたこれ以上は歩きたくないとかそういうのだろ?」

「違う! ここに来るまで色々回ったがいつもならある店も売り切れているのだ! 5軒は回ったぞ!」

「……それって遠まわしにうちは繁盛してないって言ってないか? 言っとくがうちにウィズニャンが残ってるのは購買層が微妙に違うからだからな? 子供が魔道具店に来ないからだからな?」

「もちろんわかっている」


 大仰に頷いたニコラスは、やり取りを見ていたマティアスにニカッと笑いかけた。


「マティアスだったな? すまないな。羨ましくてついつい前と同じように譲ってもらえないか考えてしまった。でもこうして手に入ったから安心してくれ」


 それはつまりマティアスの買ったウィズニャンが最後の一つだったら、また同じことをしたということだろうか。一体どうしてそこまでの熱意を持てるのか、マティアスにはさっぱりわからない。


(ああでも、僕がハリエットのことを脈もないのにずっと好きでいられるのと似ているのかな? ザックも理解出来ないってしょっちゅう言ってるし)


 ニコラスもまたウィズニャンに一途なだけなのかもしれない。理解出来るのではと考えた途端に親近感が湧いてきた。

 もう少しニコラスのことを知りたいと思い、世間話を振ってみる。


「5軒も回って手に入らないなんて災難でしたね」

「……」

「あ、あれ?」


 “ウィズニャンが人気なのは当たり前だが、にわかばかり増えてわしが買えん!”とか文句を言うと思っていたのに、予想に反してニコラスは無表情だ。何を考えているのかわからないが、感情を素直に出す人だと思っていただけに怖い。


「……そうだ思い出した」


 平坦に呟いた。


 ニコラスは嵐の前を予感させるようにわなわなと震えたかと思うと、カッと目を見開き、思わず耳を塞ぐほどの怒声を放った。


「あの小僧絶対に許さん!!」


 並々ならぬ憎しみを感じた。一体全体何があったというのか。ニコラスと数える程度の会話しかしていないマティアスですら、怒らせるのは避けようと思うのに。

 何かをしたのであろうその小僧に同情していると、ニコラスは凄惨な笑みを浮かべてマティアスに近づいた。


「マティアス、お前の職場は確かスクロールを作っていたな?」

「なぜそれを!? 一度もニコラスさんには言ってないのに……」


 店主の男が教えたのかと視線で問うも、ぶんぶんと首を横に振られた。


「気まぐれで調べただけだ。さて、マティアスよ、わしをフィンに紹介してくれ」


 マティアスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「どうして?」

「わしの復讐のためだ! 安心しろ、損はさせん」


 全然安心できなかった。








 マティアスがやけに早く帰ってきたと思ったら、謎の奇抜なおじいさんを連れてきたのでフィンは驚いた。思わずマティアスに聞いた。


「どちら様?」


 だがマティアスが何かを答える前にそのおじいさんが答えた。


「ニコラスだ。初めましてフィン。マティアスとは共通の趣味を持つ友人でね、君のことは……まあ特に聞いていないが仲は良さそうで何より。実は今回は頼みが会ってきた。少し話をしてもいいかな?」

「いいですよ」


 マティアスが蒼白な顔をしているのが気になるが。一応さりげなく防衛術式の一部を使ってマティアスを調べてみるも、特に魔術を使われた形跡はない。となると話があるというのは本当のようだ。

 共通の趣味に疑問を持つも、二人ともウィズニャンのぬいぐるみを持っていることに気づいた。マティアスがハマっていたことは知らなかった。


(それでウィズニャン友達が何の用だ? ここにはウィズニャンなんてないぞ)


 来客用の部屋に通し、座るように勧め、座ったのを確認してからフィンもまた座った。マティアスもフィンの横に座った。すると気の利くハリエットが何も言わないうちからカップを三つ用意して部屋に入ってきた。中身はニコラスだけ来客用のお茶で、フィンの指示で二人はお湯だ。三人の前に置いていき、マティアスの前に置こうとした所で囁き声で聞いた。


「マティアス具合悪そうだけど、大丈夫?」

「だいじょうぶ、問題ない」


 力ない笑みを浮かべるマティアスを心配しながらハリエットは部屋を出た。それを見てから、フィンは遠慮がちに聞いた。


「話とは一体?」

「うむ。マティアスには既に言ったのだが、単刀直入に言うとわしの復讐に付き合って欲しい」

「は?」


 正気かと疑うも、ニコラスは大真面目だとばかりに堂々としている。ならばと思いマティアスを伺うも、こちらは血の気のない顔をしている。


「失礼、もう一度お願いできますか?」

「わしの復讐に付き合って欲しい」

「……あのボクたちはスクロールを作っているだけで別に殺し屋を営んでいるわけじゃないんですよ?」

「それくらい調べておるわ、たわけ」


 マティアスが連れてきた人だけど、やばい人かも知れない。膝の上に置いていた手をさりげなく杖に近づけた。その上で防衛術式から結界をいつでも起動出来るように準備しておく。

 しかしニコラスは眉をひそめた。


「気持ちはわからなくはないが、無礼だし、はっきり言って不愉快だ」


 この人はフィンの動きに気づいている。それに気づいたフィンは目を見開いた。


(魔術師か!?)


「言っておくがわしは魔術師ではないぞ。そんな見え見えな警戒を見ればすぐわかるだけのことだ」

「……」


 見透かすニコラスに対し、フィンは動くことが出来なかった。魔術師でないと言われても、事この状況においては信用することも出来ない。


「やれやれ、まああまり長居も出来ないのでな。さっさと要件を済ますとしよう。始めに言うとだ、君たちがスクロールを作っているということこそがわしの復讐に必要なのだ。そう、あの小僧、オズワルドへの復讐にな!」


 ニコラスの怒りの矛先は予想外の人だったので、フィンは呆気にとられた。


「ということでだ。ここに金を出すから、あのいけ好かないオールバック野郎をギャフンといわせたれ!」

「……ちょっと、ちょっと待って下さい! 一体あなたとオズワルドの間に何があったんですか?」


 接点がある二人には到底見えないので、慌ててフィンは聞いた。するとニコラスはよくぞ聞いたとばかりに頷き、


「あれはわしが限定ウィズニャンを探して、三軒目の店に入った時のことだ。わしはウィズニャンが一つだけ残っているのを見つけた。これでようやく買える! と喜んだのもつかの間、わしがウィズニャンを掴んだ後に、後にだぞ? 他の手が伸びてきてわしのウィズニャンを掴んだ」


 本当に先に掴んだのかどうかなんてフィンにはわからないが、興奮して話すニコラスを前にしては口に出せない。


「誰だ? と思ってみて見れば、そこにいたのがあのオズワルドだった。わしとあいつの目が合った時、わしは驚いたよ。なぜならあの小僧の目が、これは自分のものだからわしに離せと言っていたのだからな! わしの方が早かったのに!

 わしは言った。“これはわしのだ。先に手に取ったのはわしだからな”と。だが小僧は“いや同時だ。それに私はこれを買う時間を得るために、わざわざ秘書に頭を下げて来たんだ。私のに決まっているし、譲る気はない”とのたまいやがった! 知るかボケェ! わしは“この店に来る前に既に二軒も回ったのだ。この老骨にさらに歩けと言うのか若者が! これはわしのだ!”と言ったが、“私には関係ない話だ。失礼”と言ってわしの手からウィズニャンを奪っていきおったのだ! 力づくでだぞ力づくで!? こんなことが許されてよいのか? よいわけがあるかー!」


 まさに怒髪天を衝くといった感じで、ニコラスの怒声が響いた後の部屋はやけに静かに感じた。魂の叫びだったのか、息を切らしている。


(オズワルドって本当にウィズニャンにハマってるんだな)


 内通者を炙り出すのに実行した作戦によって知っていたが、改めて聞いても意外に感じた。どんな縁があってウィズニャン好きになったのだろうか。フィンには想像の出来ない世界の不思議である。


「そこでわしは考えた。どうすればあの小僧の生意気な面をへこませられるかを。そして思いついた。小僧が最も自信を持っている分野で負かしてやればいいとな!」

「それでボクたちに出資すると?」

「そうだ!」


 満足気に頷いているが、復讐の原因がウィズニャンのぬいぐるみだとは気が抜ける話である。信用できるかどうかとか考えてた自分が馬鹿みたいだ。だが。金は金だ。


(今は少しでも欲しいし、丁度いいって考えよう)


 開発時間を短縮するための魔術具は高いが、買えばレベル3に到達するのが早くなる。ここは喜んで受け取るのがいいだろうと、フィンは判断した


「そういう話なら有難く頂戴します」

「フッフッフ、今からあいつの悔しそうな顔が目に浮かぶわ……!」


 不気味に笑っていたニコラスだが、しばらくするとため息をついた。


「はぁ。それにしてもまさかウィズニャンがここまで人気になるとは。嬉しいような悲しいようなで複雑だ。穴場だと思ってた店がどこも売り切れになってるのを見た時は焦ったぞ」

「へぇー、穴場ってあるんですね」


 何気なく聞いたら、マティアスの肩が跳ねた。それを不審に思っている間に、ニコラスが言った。


「ああ、あるとも。マティアスには前に教えたんだが、フィンにもせっかくだから少しだけ教えてあげよう。もっとももう知ってるかもしれないがね」


 ニコラスが続けて言った聞き覚えのある店名を聞いて、フィンの顔は一瞬で蒼白になった。


「最近は売り行きがよいせいで穴場とは言えなくなってるがな」

「ソ、ソウデスカ」


 ニコラスの悲しそうな顔から視線を逸らした。


(マティアスの顔色が悪いのはそういうことか……黙ってよう)


 後に知ったことだが、内通者を炙り出す作戦後、協力してくれた伝通人たちは穴場であった三つの店のことをそれぞれの知り合いに話したらしい。


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