術式の擬人化か
儀式魔術は複数人で役割を分担し、踊りや歌などの動作に魔術的な象徴を与えることで一つの魔術を発動させる方法だ。これの重要な強みは、魔術師でないものでも魔力を引き出せること、そして儀式魔術であれば個人で成し得ないことも可能に出来るという所にある。
「つまりそれとスクロールに何の関係があるって言うんだよ」
スピカとマティアスでさえ来ていない朝早くから叩き起こされたザックが口を尖らせた。昨晩の記憶は曖昧だし、目が覚めたら目を輝かせているフィンがいるし、頭は二日酔いで痛いしで散々だった。というか起きて早々に仕事の話とか勘弁してほしい。
同じく叩き起こされたアーロンは目をしょぼつかせながら煙草を吸っている。
「複数のスクロールを使って儀式魔術の真似事をしようって話なら知ってるけど、魔法陣が互いに干渉しないせいで上手くいかないって結論だろ? そもそも採算に合わないって聞いたし」
スクロール一つで成せる魔術の高が知れているのであれば、複数を使えばいいのではないかという考えから始まった有名な実験だ。結果としてはスクロールから展開される魔法陣は一つの魔術として発動するために上手くいかなかったらしい。
その話はフィンだって知っている。だが彼はザックたちの反応を楽しむようにニヤっと笑った。
「うん。だけどこうは考えられない? なら一つのスクロールで儀式魔術の要領を取り込めばいいって」
「はぁ?」
「複数の魔術的シンボルを埋め込むのか? だがフィン、それだとどうしても大きくなるし、コストもかかる。現実的とは言えないぞ」
アーロンの指摘でもフィンの自信気な表情は崩れない。一体全体何を考えたのか皆目見当のつかないザックは怪訝な目を向けた。
昨日までの悩まし気な顔からは想像できない変化だ。まるで厳しい試験を乗り越え、合格したことを知ったかのようだ。
「うん。でもその必要はないんだよ! 僕の術式ならね!」
「……まさか」
「え? 何? どういうこと?」
困惑しているザックを置いてきぼりにして、ポカンと口を開けているアーロン。口からパイプが落ちそうになって慌てて手で抑えている。
「そう、そうなんだ! 細かく分けた術式をそれぞれ術者に当てはめて、僕の術式で与える変化をある種の踊りに置換すれば、それは立派な儀式魔術になると思わない?」
「術式の擬人化か」
「そう! 言ってみれば小人方式! これなら理論上ボクたちの魔術方式を応用できるから紙やインクに込められる魔力量が進んでいけば───」
「待った待った!」
このままでは何もわからないまま進んでしまうと、焦ったザックは大声で自分はまだわかっていないことを主張した。
「つまりさ、どういうこと?」
「今まで高レベルの魔術をスクロールとして印刻させるためにボクたちがしてきたことは魔法陣を如何にして小さな紙の中にいれるかってことだろ。オズワルドは折り畳むことでレベル3の壁を破ったし、ボクたちは魔法陣を書き換えて変形していくことで少ないスペースで出来るようにすることで性能を高めようとした。ここまではいいよね?」
「ああ」
「それでボクが言っているのは、このスクロール内で魔術を組み立てる方式を作ろうって話」
いきなり飛躍した気がする。
「いやそれがわからないんだよ」
「うーんとそうだな……要するに、だ。小さな魔法陣をいくつも用意して、それらをボクの書き換える術式で動かすことは可能だろ? じゃあさ、その動きに魔術的な意味を与えれば、それは儀式魔術のための踊りと同じになると思わないか?」
今度こそザックは息を呑んだ。
「……出来るのか? 魔法陣に魔術師としての役割が?」
「魔術師みたいに自由に好きな魔術を使うことは無理だろうけど、昨日のマティアスみたいな役割なら十分出来る」
断言するフィンに、ザックはもしやと思ったことを口に出した。
「もう試したのか?」
「───うん」
「本当に!?」
「なら見せてくれ」
フィンは一枚の紙を取り出した。術式が描かれているにしては白紙部分が多い。それでも小さな魔法陣がいくつも描かれているのが見えた。
「スクロールじゃないけど、こんな風に」
フィンが魔力を流すと、術式は光を放つ。術式内の魔法陣がその形を崩さぬままに動き始め、他の魔法陣と交差したり、ぶつかり合ったり、一緒になって円を描く。少しの間それらを繰り返すと、術式の放つ光は強まり、紙の上に氷で出来た立方体が現れた。
「あれだけ余白があっても出来るのかよ……」
「レベル1の『造形魔術』だけど、これを使えばレベル3の壁を突破できると思う」
「だがレベル1でこの速度はきついな。これから詰めてどれだけ早められるか、か」
「そこは、まあ皆の力を借りるってことで……でもいけると思わない?」
フィンがどうして興奮していたのかを、真に理解した。するとザックは自分がいわゆるやる気に満ちていくことに気づいた。
後から来たスピカとマティアスにも同じ話をした。
「それでさ、やっぱり人手が欲しいと思うんだ。誰かいい人知らない? 即戦力で」
「うーん……レベル3の突破の目途があるならお金は僕の方で何とか出来ると思う、けど……即戦力となるとなぁ」
新しい技術の開発には人手と金が必要だ。そのことはマティアスだって重々わかっている。だけれどもやはりそこを簡単にクリアできるほどフィン工房は楽じゃない。
即戦力となるような人材はどこも狙っていて競争率は激しいし、その競争で勝つのに最も効果的な手段は金だ。だがこれから新しいことに挑戦する技術に費やす額を考えると、そこまでの余裕はない。
唸るほど悩んでいるマティアスの横で、スピカが「いる」とあっさりと頷いた。
「えっいるの?」
聞いた側のフィンも驚いた。
「あれ? 昨日はいないって言ってたよね?」
「言ってない。言ったのは伝通人は無理ってことだけ」
普通は心当たりがあるなら言うものだろうとフィンは思う。だがまあスピカだしで流すこととした。
「それで誰?」
「ハリエット」
「へ?」
マティアスが間抜け面をさらした。だが構うことなく話は続く。
「前に相談受けた。転職先探してる。だからチャンス」
「チャンスって……そもそも何で転職したがってるんだ?」
「上司とのソリが合わなかったみたい。それに最近のハリエットの職場もスクロール系列。オズワルドの影響で経営は上手くいってない」
「うーん確かにハリエットなら人柄もわかってるし、実力も申し分ないかな。でも」
フィンは未だに間抜け面をしているマティアスの方を伺った。
「大丈夫かな?」
「大丈夫。問題があるとしたらハリエットじゃなくてマティアス」
「やっぱり問題ありそう」
それでもスピカの言う通り、これは願ってもないチャンスだ。
即戦力となる人材を獲得するのに最も効果的な手段は金だ。だがそれを時に上回る可能性を秘めている切り札が人脈だ。
ハリエットとはマティアスの件のおかげで知り合い同士だ。スピカとも相談をするだけの仲はある。もちろんこれだけで決定打になるとは思えないが、ハリエットよりもいい人材に心当たりもないし、話だけでも持ち込んでみてもいいかもしれない。
フィンはスピカにハリエットと連絡が取れるか聞いた。
スピカが即座に連絡を取ったため、次の日にはハリエットが工房に訪ねてきた。
オズワルドの頃と違って工房に施された魔術の扱いに慣れたフィンは、部屋を黒くしてしまう隠匿魔術ではなく、防衛術式の一部を使った。そのためにハリエットが通された部屋は研究資料の見当たらない来客用の部屋に早変わりしていた。
「お茶デス」
マティアスがお茶をハリエットに用意した。その固い動きを見て、ハリエットは微笑んだ。
「マティアス、そう身構えられると私まで緊張しちゃう」
「う……すいません」
「ふふふ、変な人だよね。いつも遠くから遠慮がちに見ているくせに、話しかけようとしたらすぐ逃げるんだもん」
今まで気づかれていたことに気づいていなかったのか、マティアスは顔を赤くして縮こまる。その反応を眺めて楽しんでいたハリエットだが、すぅと笑みを抑えると、対面に座るフィンに向き直った。
「いきなり関係ないこと話してごめん」
「大丈夫大丈夫、問題ない」
「そう? ならよかった。それじゃあ早速本題に入りましょう。今日は私の勧誘についてでいいのよね?」
「うん」
スピカから話をしてある。なので色よい返事が来ることを期待しつつ、フィンは頷いた。
「主な仕事はスクロールへの印刻技術の開発。ボクたちの所では特に如何にして高レベルの魔術を印刻出来るかに力を注いでる。今はまだレベル3には至ってないけど、これの突破、そして妥当オズワルドが当面の目的」
マティアスに目配せすると、彼は一枚の紙をハリエットに渡した。まだまだ動きが固いが、仕事には支障がなさそうで安心した。
「それが主な雇用条件になるかな」
ここでハリエットが目を通し終わるまで一度間を空け、紙から目を上げたのを見てから続きを話した。
「最近新しい技術を開発しようとしててね。人手が欲しいんだ。その、知ってると思うけどこの前グレンがいなくなったから余裕がなくてね」
本来なら余裕がないことは隠しておいた方がいいのだろうが、知り合いにまで騙し合いを出来るほどフィンは豪胆ではない。
「正直給料は出せるけど値は期待させることは出来ない。でもこの研究が上手くいけばボーナスだって出すし、休みも用意するよ。条件として最高とはいえないけど」
どう、とフィンは問いかけた。
何回も練習したおかげでスムーズに話せた。それに話した内容も勧誘として必要なことは抜けていないというお墨付きも皆から貰っている。フィンは不安の中にちょっとした満足感を感じながら返答を待った。
ハリエットは困ったようにマティアスを見た。いきなり顔を向けられたマティアスは動揺のあまりビクッと跳ねた。
「私としては友達もいるし、むしろお願いしたいくらいなんだけどマティアスは大丈夫? その、一応私のことを好いてくれてるわけだし」
真っ直ぐに見つめる瞳に、マティアスは頬を赤くした。視線をハリエットから逸らしたり合わせたりとせわしない。だが意を決して口を開いた。やけに早口で。
「昨日フィンとも話したけど、僕は大丈夫、だよ。いや思うところは色々あるけどそれは別にハリエットのことが嫌いなわけじゃなくてね!? 大好きだから僕としてはテンションが上がってヤフーというか! でもハリエットからしてみれば僕の気持ちなんて迷惑だろうからむしろ心配してるのは僕というか───」
「ストップ! ストップ! わかったから落ち着いて! わ、私まで恥ずかしくなってきた!」
「ご、ごめん!」
何をしているのだろうかこの二人は。
話を元に戻すため、フィンは咳払いをした。
「それでハリエットはどうする? 今すぐ決めなくてもいいけど、出来れば早目に答えが欲しいんだけど」
「うん、マティアスも大丈夫そうだし……決めたよ」
立ち上がったハリエットはフィンに手を出した。その差し出された手を見て、フィンは期待の眼差しで彼女を見る。同じく期待混じりの声で言った。
「じゃあ───」
「うん、よろしくね」
ハリエットの後ろで、マティアスがジャンプしてガッツポーズした。




