追いかけっこももう終わりですね
ハリエットが加わってから、研究は本格的に始まった。
新しく始めた儀式魔術を取り入れる方法、小人方式は術式を擬人化させて動かすため、術式の文字を既存のものから人型に変えられないかという試行錯誤から始まった。人型にすることに成功すれば、より一層多様性が出来て儀式の幅が広がり、高レベルの魔術の印刻に繋がるからだ。
始めは人型の完全なオリジナル文字を作らなければいけないのではと覚悟していたが、スピカのネットワークから、昔の魔術師が使っていたとある文字の形が人を模していることがわかった。これ幸いと参考にし、時短に繋がった。
次に取り掛かったのは術式の分け方だ。スクロール製作において重要な考え方として、難しい問題は複数の易しい問題に分解するというものがある。今回も同じようにするのだが、今までとは方式が異なるため、分け方に差異があった。
人型に術式を変えたことで、魔術師の儀式魔術の仕方をある程度取り込める点を利用し、効果的な手法を探していこうと方針をフィンたちは決めると早速取り掛かろうとした。
そんな順調なある日だった。
その日、ザックはハリエットとスピカと共に、スピカの知っている質が良く、安い魔術触媒店に向かっていた。普段はマティアスに頼むのだが、今回はシルベットが新しく紹介してくれた店にも寄るため、場所を知っているスピカが買いに行くことになったのだ。ハリエットはフィンたちの扱う店を知るために、ザックは荷物持ちとして付いて来ていた。
一時的とはいえ三人も抜けることになるため、ハリエットは始め遠慮していたが、フィンに息抜きも兼ねてると言われたため、三人とも大手を振って食べ歩きをしながらの買い物だ。
串に刺された肉を口に運んだハリエットが、幸せそうな顔をした。
「このトロイント(体内で魔力を爆発させることで一日中走り回れる猪に似た魔獣)の肉美味しい! 塩だけでこんなに旨味が広がるなんて、さすがは伝通人おすすめね!」
「シルベットは名店探しの名人」
「今度紹介してくれる?」
「了解」
「やった!」
「よかったら俺のも食べる? あの店はタレもまた美味しいんだよ」
下心込みで提案した。
「いいの? なら遠慮なく……うん、こっちも美味しい! じゃあ私のも一口どうぞ」
ためらいなくあーんしてくれる美しい女性に、ザックは幸せを噛みしめながらハリエットの串肉を一口食べた。やはりただ食べるよりも美味しく感じる。
「変態」
「ウィンウィンってやつだよ」
スピカが白い目で見てくることは気づかないこととする。
自分の串肉の最後の一口を食べた。口内に広がった濃厚な旨味に頬を緩ませながら、串を燃焼魔術で燃やし尽くした。スピカはもう食べ終えているので、あとはハリエットだけ。
「さてと、もうそろそろ行こうか。スピカ案内よろしく」
「……マティアスにチクる」
「げぇ」
襟元を掴んで怒鳴ってくるマティアスを想像しただけで、面倒な気分になった。マティアスとは元々ソリが合わないため、余計にこじれてしまいそうだ。
「スピカ、私は気にしないけど? あっそうだ! スピカ、私の串肉一口でいいので食べません? 同じ塩味ですけど」
「………………………………いい」
「どんだけ迷ってるんだよ」
まだあきらめきれないのか、ちらちら目がハリエットの肉に行っている。ハリエットが手を動かせば、それにつられて目も動く。餌に釣られる小動物みたいだ。
「可愛い! 可愛いよスピカ! ふふふじゅるり」
「………………じゅるり」
二人とも唾を飲み込んでいるだけなのに、どうしてここまで受ける印象が違うのだろうか。ザックは苦笑した。
「そんなに欲しいんならちゃっちゃと食べちゃえよ」
「……それもそう」
「はいどうぞ! あーん」
全員が食べ終えたので、あとはおつかいを済ませて帰るだけ。帰ったら術式と睨めっこしなければいけないことに少し憂鬱になるのを感じる。
(だけどまぁ、あと少しでレベル3だし、頑張らなきゃな)
術式を動かす方法は既にあるので、小人方式でもっとも大変なのは地道な作業だ。
帰りにフィンたちへの差し入れでも買うかと考えながら、ザックは先を行き始めたスピカたちの後を追おうとして───自分を凝視する青髪の女性に気づいた。
(───)
その毛先が紫色だから伝通人だなーとか考えるまでもなく、ザックは翼を広げた。そうそれは生存本能とも言うべき衝動なのかもしれない。とにかくザックは考えるよりも先に体が逃亡を選んだ。
だが、遅かった。
「ねぇ」
飛び上がろうと地面を蹴った足を黒い手が掴んだ。その手はザックのすぐ下、彼自身の影から飛び出したものだった。翼人の飛翔を止める驚くほどの反応速度と魔術の腕だ。
「ザック様」
振りほどこうともがくも、手はがっしりとザックの足を掴んで離さない。どこにも行かせてくれない。逃がしてくれない。
「やっと会えました」
歯はがちがちと音を鳴らし、心臓は暴れまわる。そうだ魔術だと閃き、腰のナイフ型魔術具を取り出そうとするも、震える手では上手く掴めず落としてしまった。地面で跳ねるナイフの音が遠くから聞こえる。
女性は一歩ずつ着実に近づいてくる。本当に嬉しそうに微笑みながら近づいてくる。
「ふふ、追いかけっこももう終わりですね。私のこと覚えてますか?」
「ろ、ろれ、ろれいん」
問われるままに、震える声で女性の名を呼んだ。飛ぶことさけ出来ず、ザックは遂に尻から地面に落っこちた。
「まぁ! 覚えていてくれたのですね!」
ぱぁっと顔を明るくしたロレインは、もう抑えきれぬとばかりにザックに飛びつき、抱きしめた。ザックの背に回った腕がぎゅっと閉まる。
「ザック様、捕まえました!」
カチンコチンに固まったザックは、呆気に取られている二人の仲間に視線で助けを呼び、そこで意識がとんだ。
スピカとハリエットは目を合わせると、恐る恐る近寄り、ハリエットが腰の水晶型魔術具にさりげなく手を伸ばし、戸惑いがちに聞いた。
「あの、失礼ですがザックとはどういったご関係で?」
「愛し合った仲です!」
「そう」
顔だけ振り向き勢いよく言い切るロレインに、それ以上ハリエットは何も言えなかった。その代わりにスピカがため息をついた。
異変を感じて振り向いたら、同じ伝通人がザックに抱き着いている光景が広がっていて、始めは何が何やらわからなかったが、彼女の顔をネットワークで調べればすぐにわかった。
「ザックが言ってたのはロレイン……納得」
「あら伝通人? すいません、私は───」
「知ってる。ネットワークに接続制限をかけられている」
「知ってるなら話は早いですね。ロレインです」
「スピカ」
「ハリエットよ」
「ロレイン、いい加減ザックを解放した方がいい」
白目に泡を吹いているザックはどうみても大丈夫そうではなかった。
ロレインは嫌そうに顔をしかめるも、ザックに拘束術式をかけた上で素直に手を解いた。支えを失い、コテンとザックが横に倒れた。
あまりにも哀れな姿だが、スピカは駆け寄ろうとするハリエットを手で制した。
「後で」
「でもさすがに───」
「後で」
有無を言わさず後ろに下げると、真正面からロレインの前に立った。だがそのやり取りか、はたまたザックを心配したハリエットの言動が気に食わなかったのか、ロレインはハリエットを睨んだ。
「もしやと思ってましたが、やはり!」
「?」
「へ!? え!? 何? どういうこと?」
憤然としたロレインに、ハリエットは狼狽した。
「ふふ、ザック様ですもの予想はしていましたがまさかいきなり出会うとは! ですがリ
ンジーにも言われた通り、私は諦めません! ハリエットさん、決闘です!」
何がどうしてこうなったのだろうか。
いきなりのことに、ハリエットは面食らうも、かろうじて答えた。
「……なんで?」
「何でも何も同じ人を愛した者同士が出会ったならば奪い合い! これが必然でしょう!?」
「ロレイン、ハリエットは別にザックのことが好きなわけじゃ───」
「騙されません! だって私見ましたよ? ザック様と一緒に先ほど仲睦まじく食べさせ合いっこしてたのを! 何て羨ましい!」
「いやそれはただ単に私がタレ味を食べたかっただけ! ロレイン? が思うほど深い意味はないの!」
ハリエットが必死になって言うも、ロレインは顔を真っ赤にして睨み続ける。
まさかあんなことが誤解に繋がり、場を混乱させてしまうとは。苦い思いを感じつつ、ハリエットはロレインの説得を試み続けた。
「誓っていうわ! 私は別にザックのことなんか好きじゃないから」
「好きでもない異性と平気であーんなんて出来るわけありません! 私なんてザック様にすら想像しただけで恥ずかしくて体中が熱くなるのに! あなたときたら当たり前のように……きっと日頃からザック様にあーんしてされてを何回も繰り返しているから慣れているのですね!?」
「違う違うそうじゃない!」
間接キスを気にするなんて純情かよ! と心の中で叫んだ。
ああもう、とハリエットはスピカに抱き着いた。
「私が好きなのはスピカみたいな可愛い子! 男より女が好きなの!」
「……へ?」
予想外のことに今度はロレインが固まった。これを好機と捉えたハリエットがビシっと人形みたいに抵抗しないスピカの後ろからロレインを指さす。
「私の恋愛対象は女なの。ザックはただの友達で、それ以上になることは絶対にない! つまり私はあなたのライバルでも何でもないの! わかった?」
口をパクパクと開けていたロレインは、やがて俯いた。見える肌全てを真っ赤に染めながら、か細い声が二人の耳に届いた。
「すいません、間違えました」
「…………可愛い」
ハリエットがぼそっと何かを呟いたが、スピカは何も聞こえないふりをした。




