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どうして……

 寂れた魔術具店に入る人を観察するのにも飽きたスピカは欠伸をかみ殺した。

 心なしか頭がぽわぽわする。これはいけない、眠気のサインだ。


<スピカ:暇>


 眠気覚ましもかねてネットワークで仲間と連絡を取った。


<スピカ:フィンをこっちに呼んで、その上で私がアーロンの方へ行けばいいのに>

<ノノ:スピカなら間違いなしっすもんね!>

<シルベット:でもぉ、フィン君が責任者だっていう自覚がぁ、ある証拠じゃない?>


 シルベットの言うことに一理あるとは思うが、スピカはため息をついた。

 フィンの在り様はあまり変化していないのに、その立場だけが大きく変わってしまった。それに見合おうと努力している姿は好ましいものだが、同時にいつか折れてしまうのではないかと思って心配だった。

 そんなスピカにとって内通者はフィンに余計な面倒事を押し付けた厄介者でしかない。


(心折ってやる)


 メラメラと内で邪悪な感情を燃やしていると、スピカに向かって近寄ってくる一人の女性に気づいた。歩きやすそうなブーツが軽快な音を立てている。


「スピカじゃない! どうしたのこんなところで?」


 銀髪を短く切りそろえたこの女性の名はハリエット。マティアスの恋した相手であり、スピカどころかフィン工房の面々が全員知っている女性だ。


「所要」

「所要って……工房関係?」

「そんなとこ」


 察しのいいハリエットとの話は楽でいい。


「うーんじゃああまり聞かないでおこうかな」

「助かる」

「ふふ、でも……マティアスももしかしている?」


 マティアスがどこかにいないか探すように視線をあちこちに揺らすハリエットに、スピカは首を振った。


「そう、残念ね。一度話をしておいた方がいいかなって思ってたんだけど……どうしたのスピカ? 変なものを見るような目をして」

「……ハリエットはマティアスと話したいの? あんなことしてるのに」


 信じられないとばかりに言うと、ハリエットは思いっきり噴き出した。落ち着くまで待つと、ハリエットは目尻に浮かんだ涙を拭った。


「ふふ、そうよね。普通はそう思うよね。だけどさ、彼の告白を受け入れられなかったのは私のせいでもあるからなー。別に気にしてないというかむしろ微笑ましいというか」

「その結果がストーカーなのに?」

「なのに」


 微笑んだハリエットにスピカは呆れた目を向けるしかなかった。

 マティアスが未だに好いていて、挙句の果てに休日はストーカーのような行動に出ていても、それを受け入れられる度量。それが彼女の魅力だ。それと同時に彼女が変わり者である端的な例であった。


「ハリエットはすごいね」


 素直に思った。


「そう?」

「優しいし、綺麗」

「フフン、惚れてもいいんだよ? スピカは可愛いし、私はいつだってウェルカムだから」

「……」


 いたずらっぽく笑っているが、実はこれまんざら冗談ではなかったりする。ハリエット、女の子が好きな女の子である。


(いい人だけど、マティアスも難儀)


 まさか惚れた人の好きな相手が同性とは彼も思ってなかっただろう。だからマティアスは叶わない恋をいつまでも持て余しているのだから。


(複雑な関係)


 その時、ネットワークに連絡が合った。


<シルベット:スピカ、マティアスの趣味ってぇわかるぅ?>

<スピカ:何で?>

<シルベット:休日何してるかって聞いてもぉ、中々答えてくれないのぉ>

<スピカ:ハリエットのストーカーになること>

<シルベット:へ?>


 端的に答えると、スピカはハリエットに向き合った。


「マティアスは別の所で所要」

「そう。今日は見かけなかったから変だなって思ってたのよね。ふふ」

「それで話って?」

「あー、私事だけどちょっと相談したいことがあってね。でも……代わりにスピカ乗ってくれる?」

「了解。だけど手短に」








 アーロンはパイプの吸い口をがしがしと噛み、苛立ちを紛らわせていた。


 フィリップから情報を引き出すつもりが、それは難航していた。何回も調整を繰り返すも、情報の重要性を最も理解している種族は手ごわかった。


「さすがは伝通人。日頃からセキュリティはバッチリってわけか。まさかここまでとは思わなかったぞ。くそ、もう一度聞くぞ! 名前は?」

「ふぃりっぷ」

「性別は男か?」

「はい」

「伝通人か?」

「はい」

「好きな人は?」

「…………へ、れん」

「よし、その調子で話せよ。それで俺を尾行するように言ったのは?」

「……ふぃん」


 フィリップは虚ろな目で、うわ言のように答えた。立っているが、脱力しきっていて、小突けばよろめきそうな雰囲気だ。

 レベル5のセキュリティを設けている伝通人から情報を少なからず引き出したというだけで、アーロンの魔術の腕の高さを感じられる。


「それで協力者は? スピカ以外に誰がいる?」

「……」

「質問を変える。どうして俺を尾行した?」

「……うたがい」

「何の?」

「……すく、ろーる」

「やっと進んだ……それにしてもスクロールか。となると気づいたのか? おいフィリップ、それはオズワルドのスクロールについてか?」

「……は、い」

「そうか」


 考えを一度まとめるために、パイプの煙を一度吸い、空に吐いた。煙は宙を漂い、突如青く光った。


「詳しくは本人に聞くか」


 直後、アーロンの後方から一人の男がやって来た。走ってきたのか息が乱れているが、その手には魔術をいつでも発動できるように杖が握られていた。


「来たか、フィン」

「アーロン……」


 振り向いたアーロンの怒気の含んだ灰色の瞳がフィンを射抜いた。思わず体を震わせるも、アーロンの後ろでだらんと腕を下げて立っているフィリップを見て、腹に力を込めた。

 何のために来たのかを自分に言い聞かせ、奮い立たせる。


「フィリップにかけた魔術を解け」

「おかしなことを言うな。それよりも先に言うべきことがあるだろうが」


 アーロンはフィンを睨んだままパイプをガリッと力強く噛んだ。その音にフィンが不快そうな顔をした時、フィリップが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「勘違いするなよ。これはただお前から聞いた方が早いと考えただけだ」


 要求をあっさりと聞いたことにフィンが驚いているのを見てか、アーロンは訂正した。フィンは罰が悪そうに顔を歪めた。


「……悪かったよ、尾行して」

「全く面倒なことしやがって。一応確認しておくが、これはオズワルドのスクロールに博士の技術が使われた件だな?」

「……それはフィリップから?」

「いや予想の範疇だ。伝通人のセキュリティは俺が思っていた以上に頑丈で、出来たのは曖昧な答え合わせくらいだな。それでもお前たちが気づいたことを確信するには十分だったがな」

「なぁアーロン」


 静かに聞いた。


「なんだ?」

「その言い草だと、アーロンはフィリップから聞いても知っていたことだから、予想していたことだから驚かなかったって意味に聞こえるんだけど?」

「ああ、そう言った」


 フィンは息を呑んだ。

 オズワルドのスクロールが今回の騒動の発端であることを、アーロンは知っていたというのだ。それが指す理由は、


「アーロン、どうして……どうしてボクたちを裏切ったんだ!?」


 堰を切ったように溢れ出してく感情が、複雑に入り混じっていく。

 フィンは今の自分の感情を正確には理解できなかった。怒りだとか悲しみだとか寂しさだとかそういったものが次々と襲い掛かり、飲み込み切れない。

 レオナルドが消えた時も、同じように裏切りだと感じていた。しかしあの時は、どこか心の奥底で納得していた。彼は努力していたからこそ、その果てに折れてしまったのだろうと。


 だが、今回のことは受け止めきれなかった。

 杖に乱暴に魔力を注ぎ、一気に振り抜いた。杖先から爆炎が吹き出し、アーロンに襲い掛かる。


「テメェ!?」


 アーロンは焦りの声を出しながらも、自身に迫る爆炎に向けて、口から煙を吹きかけた。

 煙は爆炎を包み込み、あっけないと思うほど素早く鎮火させた。だがその間にフィンの杖は二つの魔術を発動させる。


 一つはアーロンの足元をすり抜け、フィリップとアーロンの間に壁を作り出す。そしてもう一つの魔術によって、アーロンの左右にある壁にひびが入ったと思った瞬間、彼を突き刺すように無数の杭が飛び出した。


(アーロンに反撃はさせない)


 フィンにとってアーロンは格上の魔術師だ。少しでも気を緩めれば、待っているのはフィリップと同じ結末だ。


 フィンの繰り出した魔術の対応にアーロンが追われている間に、一気にケリをつける。

 アーロンのパイプから飛び出した煙が盾のように形を変え、杭を受け止めている間に杖を突き出した。それと同時にフィンは杖を持っていない手で、懐から一枚のスクロールを取り出す。


 突き出した杖から生みだされた突風魔術が、アーロンの生みだした煙を吹き飛ばそうとする。


「面倒な野郎だな!」


 アーロンも同じように突風魔術を繰り出し、二人の間で衝突する。ビュオンと大気が震え、衝突点から爆発したような風が吹き荒れた。

 アーロンの魔術は煙というのを一つのシンボルとして使っているものが多い。風対策を施しているとはいえ、それでもアーロンの周囲に漂う煙は薄くなる。


「くっ」


 塵が入らないように目を細めながら、次の一手を繰り出す。


 くるりと手首を動かし、杖先で円を描く。空中に青白く光る小さな円が刻まれ、そこに先ほど取り出したスクロールを素早く差し込んだ。

 だがその隙をアーロンは見逃してはくれない。周囲の煙を不規則に動かしてある種の魔法陣を作り出した。アーロンが足元をダン! と強く踏み込むと、不可視の弾丸が撃ちだされる。まずいと思った時には、それは円の端を杖で叩こうとしているフィンの腹を強く打った。


「ガッ!?」


 まさかもう反撃に移れるとは。予想以上に実力差があるということか。


 腹部の衝撃にくの字に折れ曲がりそうになるのを堪え、その場に踏みとどまる。ここで手を緩めれば、アーロンの独壇場になることは目に見えているのだ。

 アーロンの目が驚きに見開かれるのが見えた。


「グゥゥゥゥゥ、飛べぇ!」


 痛みを堪えながら円の端を杖で叩くと、勢いよくスクロールは射出。周囲に煙をまき散らし、自身の準備を整えていくアーロンの頭上に辿り着いた所で、スクロールに火がつき、魔術が展開される。そして展開されたスクロールの魔術を強化するための青白い円も、アーロンとスクロールの魔法陣の間で巨大化した。


「こいつは!?」


 驚きの声を上げるアーロンの周囲から、煙が次々と引きはがされていき、塵と一緒に上空へ吸い込まれていく。


 掃除や水抜きに便利なレベル2の吸引魔術とレベル3の強化魔術の合わせ技だ。これ単体ではアーロンの煙を吸い取れないだろうが、先ほどの突風魔術で煙に施されている防風魔術を弱めたことで可能となった。


 煙を失ったアーロンに向け、戦いを終わらせるために杖を振るう。風を切るように弧を描いた杖先から深紅の閃光が撃ちだされた。当たった者の意識を刈り取る呪いの一撃だ。

 アーロンは瞬時にパイプを突き出し、防御用に淡い青色の結界を作り出すも、苦しまぎれの結界でこの閃光を止められないことは互いに理解していた。


 フィンが勝利を確信したその時、空から風の刃が飛来し、閃光を迎え撃った。一瞬拮抗するも、閃光は刃を破壊して突き進んだ。だが、それで威力が弱まり、アーロンの結界に防がれた。


「誰だ!?」

「誰だ!?」


 アーロンとフィンの二人は同時に叫んだ。今の風の刃は第三者によるもので、互いに認知していない。あと少しだったのに、と歯ぎしりしながらフィンは空を見上げた。

 空から一人の影が、スクロールが展開した魔法陣を切り裂きながら、ソイツは二人の間に降り立った。金色の髪と、背中の純白の翼が光に反射し、ソイツの存在を際立たせた。


 片手に持つ刀身が青いナイフをキザったらしく振り抜いた。


「俺だよ!」


 ソイツの名はザック。工房に所属する女好きの翼人だ。


「おらお前たちちょっと止まれ。一回落ち着いてはうぉ!? 危なっ!」


 ザックの頭上で、山なりに相手を狙った互いの魔術が衝突し、火花を散らした。


「邪魔だザック!」「怪我したくなきゃどけ色男!」

「酷っ!? ねえわかる? 今俺は止めに来たの? それなのにどうしてまだ続けようとするの? おかしくない!? 人の話は最後まで聞こうって親から教わらなかったのかよ?」

「売られた喧嘩は買えと教わった!」「煙草以下の無駄話に価値はねぇ! 引っ込んでろ!」


 ぎゃーすか喚くザックを無視して、フィンは煙を補充していくアーロンを睨んだ。煙対策の術式は先ほどザックに壊され、もうない。それに同じ手も通用しないだろう。


(どうする?)


 先ほどは先手をとれたから有利に事を運べ、後一歩のところまで追い詰められた。だがそれでも最後に反撃を受けた。腹部の鈍い痛みはまだ残っている。それに対し、フィンはアーロンに実質的なダメージを何も与えられていない。


 このまま万全のアーロンに挑みかかって勝てるだろうか。


「だから聞いてんのかよ!?」

「ぐぇ!?」


 耐えかねたザックは拡声魔術を使用して怒鳴った。その脳が揺れたと思うほどの大声にフィンは溜まらず耳をふさいだ。それでもギーンという耳鳴りが後をひく。

 何をしやがるんだという思いを込めて、ザックを睨んだ。突然やってきたかと思えば邪魔ばかりしやがって。こいつを見張ってたコンラッドはサボっているのか。


(……あれ?)


 ようやく違和感を抱いた。


「どうしてザックがここにいるんだよ?」

「え? 今更?」


 コンラッドが見張っているはずのザックここにいるという最大の疑問に気づかなかったのは、さすがに頭に血が上り過ぎだ。落ち着くように息を一度吐き出した。それでも杖は下ろさず、油断なくアーロンを見据えながら考えをまとめる。


 ザックがここにいる理由。単純に考えると、彼がたまたまこの近辺にいたというのが最も可能性が高い。それならば、二人の戦闘に気づき、様子を見に来てもおかしくない。あまり意識していなかったが、後から思うと派手にやり過ぎた。


(後はどんな可能性がある? まさかザックも内通者だったとかいうオチじゃ、いやそれならアーロンがあんなに驚くわけがない。それに二人いたんならそもそも計画が成り立たないだろ)


 周囲に視線を走らせるも、見える範囲に伝通人はいない。コンラッドがいるかどうかもわからなかった。

 ザックは黙り合う二人を見て、ため息をつくと理由を言った。


「マティアスに頼まれたんだ。もしかしたら戦ってるかもしれないから止めてくれってな」

「は?」


 どうしてマティアスの名が出てくるのか分からず、フィンは間抜けな声を出した。同じように理解できなかったアーロンが怪訝な顔をする。


「どういうことだ?」

「だーかーらー、マティアスがコンラッドとかいう伝通人を通して頼んで来たんだよ」

「───まさか」


 マティアスの指示でコンラッドが接触した理由はすぐにわかった。なぜなら予め、内通者が確定した時点で他の人達にも協力を頼むことも作戦の内だったからだ。

 そもそもフィンがここに来たのは、尾行がばれたフィリップを助けるためであって、アーロンが裏切り者だと確定したからではない。だから作戦は続行していたのだ。


 となるとだ。話は全く変わってくる。

 つまり今の状況が指し示しているのは、


「マティアスからの伝言だ。グレンが裏切者だとよ」


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