ボクはこんなんでも責任者だからね
フィリップは角を曲がった瞬間に、急に足早に歩き始めたアーロンに慌てた。
先ほどまではのんびりと煙草を吸って歩いていたので、追跡が簡単だと腑抜けていた。
(ばれたか?)
アーロンが速度を上げたからといって、フィリップまで一緒になって足早になると、不自然に見え、追跡がばれてしまう。内心焦りながらも、今までと同じ速度を維持する。
フィリップとアーロンの距離は走って大体二十秒くらいだったが、その距離がみるみる開く。すぐにネットワークと接続し、仲間に連絡する。
<フィリップ:対象にばれたかもしれない>
<シルベット:大丈夫なのぉ?>
<フィリップ:わからない。とりあえず尾行は続ける。くそ、魔術を使えばもう少しやりようがあるんだが>
<ヘレン:この街は魔術師が多いのよ? 魔術を街中で使ったら面倒事になるかもしれないんだから極力使わないにこしたことはないわよ>
<スピカ:それに相手はアーロン。魔術を使えばばれるかもしれない>
ネットワークを通じて、伝通人の仲間に連絡を取っている間に、アーロンが角を曲がった。それを機にフィリップは走り出し、距離を詰める。
<フィリップ:そっちで動きは誰もないんだな?>
<シルベット:フィンさんとマティアスさんとお話してただけぇ>
<ヘレン:ネットサーフィンできるくらい暇>
<スピカ:私も>
<コンラッド:ザックとかいうのが口説いてるの見るの飽きました。もうこれで三人目ですよ、三人目! どんだけ節操なし何ですか!?>
<ノノ:グレンの方も特に何もなしっす。魔術触媒を見て回ってるだけっすね>
<フィリップ:しくじったのは俺だけか!>
<ヘレン:ちゃんとやりなさいよね!>
<スピカ:油断大敵>
アーロンが曲がった角の直前で走るのを止め、歩き始める。角を曲がった先でアーロンの姿を確認できたらそのまま歩き、出来なかったらまた速度を上げて探さなければ。
近づいてわかったが、角は 三人までしか横に並べないような細い道に繋がっているようだ。誰もそこから出てこないし、入らないので、人通りも少ないようだ。
ネットワークのデータベースで参照した地図と比較すれば、この先には大したものがないことがわかった。
角を曲がると、やはりというかアーロンの姿は見えなかった。
フィリップは悪態をつきながら走り始めた。
(とんだ失態だ。早く見つけないと)
だが走っても走ってもアーロンの姿は見えない。それどころか細道から抜けられない。
(どういうことだ? ……しまったそうか!!)
遠くに人通りのある大通りが見えるのに、距離が全く縮まっていないことにようやく気付いた。そして同時に、周囲一帯を霧のようなものが包み込んでいることにも気づく。視界を阻み、見えていた大通りも既に霧の向こう側だ。
「罠か!?」
咄嗟にネットワークで連絡を取ろうとするも、ネットワークに接続できない。ジャミングだ。考えられる原因はこのおかしな霧しかない。
腕に巻いた魔術具に魔力を流し、突風魔術で吹き飛ばそうとする。
だが、巻き起こした風の影響を受けずに、霧はその場で漂い続ける。
「無駄だ。そんな風でどうこうできるほどやわじゃない」
霧に反響するかのように、あちらこちらから男の声が聞こえた。敵意だけでなく、苛立ちや不快感が籠った声だ。
「尾行してるのはどこのどいつだと思っていたが、その紫色の毛先からしてお前は伝通人か。となると仕組んだのはスピカだな」
フィリップは冷や汗を流しつつ、次の一手を考える。現状は後手に回っている。早く盤面を変えなければ。
(まずは相手を見つける)
フィリップはレベル3の水魔術でこの細道の地面を一気に水浸しにした。その上で同じくレベル3の探知魔術を行使。水面に伝わる振動を頼りにアーロンを見つけようとする。
「そこか!」
「ほぅ」
探知魔術を頼りに、レベル4の魔術でもって水面から生みだした八本の水の鞭を叩きつけた。
地面が抉られるほどの衝撃。だが探知魔術と手ごたえのなさから、躱されたことを把握する。
攻撃を外したことが分かった瞬間には、フィリップは水の鞭を自分の周囲にも展開。守りを固め、アーロンから反撃が来てもいいように備える。
その上で、さらに鞭の本数をどんどん増やしていき、躱していくアーロンを追うように鞭を次々と振り回し、攻勢に回れないように追い詰めていく。
「これで───」
「いやもう終わりだ」
ぴたっと鞭が止まる。これはフィリップが意図したことではない。
「こ、これ、は?」
フィリップの体を正体不明の悪寒が襲っていた。体が自由に動かず、それでいて魔術の制御が出来ず、鞭ははじけ飛ぶようにただの水に戻る。
「面白いほど綺麗に決まったな。スピカから俺の得意魔術を聞いてなかったのか、それとも警戒していなかったのか。どっちだろうな?」
気づけば、フィリップの目の前に、それこそ手を伸ばせば届くくらいの場所に、パイプを加えた男が立っていた。
「この霧はジャミングの役目もあるが、同時に幻覚魔術の仲介の役目も担ってる。こいつを大量に吸った相手なら幻覚魔術をかけるのも容易くなるというわけだ。とりあえず動くな」
アーロンは身動きの取れないフィリップの片腕を、袖の上から叩いた。そこから硬質な音がするのは、そこにはフィリップの魔術補助をする魔術具があるからだ。
「スピカと同じタイプか。伝通人には人気なんだな」
アーロンはそれをフィリップの腕から外した。別に魔術具がなくても魔術は使えるが、魔術発動までの速度や制御などに大きな差がある。弱体化は免れない。
「さて、話してもらうぞ。洗いざらい全部だ」
この失態で、仲間に迷惑をかけてしまうだろう。そう考えただけで屈辱だった。
「く、ソ」
「安心しろ。お前が話していることを実感することはない」
アーロンはパイプを口から離すと、魔力の籠った煙をフィリップに吹きかけた。フィリップは酷い眠気に襲われたかのように、スゥーと意識が遠のいていった。
シルベットはしばらく黙っていたが、フィンたちに目配せすると口を開いた。
「フィリップからの連絡が途絶えましたぁ。最後の連絡からしてぇ、アーロン君に尾行がばれた感じですねぇ」
「どうするフィン?」
「どうするって……」
このままここに張り込み続けるか、それともアーロンの元へ行くか。
フィリップはアーロンによって気絶ないし行動不能にはなっているだろう。だからこのまま事が終わるまで放置しておいてもいいのだが、彼は協力者だ。スピカの仲間が困っているから手伝おうという善意で助けてくれたのだ。
出来ることなら助けに行きたいと思う。だがこの場合、シルベットは抜けられず、自衛手段を持たないマティアスは論外。つまり行くとしたらフィンになる。
すると、シルベットとマティアスの二人でここを張り込むことになる。元々ここに三人いるのは、魔術師でないマティアスを守る必要があると考えたからだ。
もしも内通者が内通していることをばれていないかを調べるために、マティアスに接触した場合、彼は魔術に抵抗することができないので、この作戦も全て筒抜けになってしまう。それは避けなければならない。
さあどうするか。どうすれば正解なのか、ぐるぐると考えながら、親指の爪を噛んだ。そこにマティアスが声をかけた。
「フィン、行ってくれ」
フィンの迷いをマティアスは理解していた。
「僕なら大丈夫だ。君たちが作ったスクロールも持ってきてるし、シルベットさんだっている。それに今更僕を狙う奴なんていないし、いたとしたらシルベットさんを通じてすぐに皆わかる。そしたら相手も一貫の終わりなことくらいわかるだろうから、そもそも襲われないと思うんだ。それなのに心配するなんて過保護だよ」
「大丈夫ですよぉ。私だって強いんですからねぇ」
一番最悪なのが見張っているのがバレて、伝通人のシルベットが不意打ちの一撃で倒されてしまうことだ。だがそのことくらい彼女も理解しているだろう。
二人の言葉を後押しに、フィンは選択した。
「わかった。シルベット、頼みました」
「はい、頼まれましたぁ。ふふふ、よかったぁ。もしもフィリップを見捨てたらぁ、後ろからえいやぁってしちゃってたかもしれないものぉ」
「……」
笑っているけど冗談ではないことがわかる冷たさがある。もしもここに残る選択をした場合を想像し、怖くなったので聞かなかったことにした。
「マティアス、もしもボクがいない間に誰が内通者かわかったら手が空いた伝通人を送ってくれ」
「わかった。でもフィン、フィリップと連絡が取れないってことはアーロンが何かしたってことだ。だとしたら多分穏便には終わらないよ」
「まぁそのときはアーロンを一回倒すよ」
「出来るのかい?」
「……わからない」
アーロンはフィンよりも格上の魔術師だ。真っ向勝負を挑めば、勝率は全くないわけではないだろうが、厳しい戦いになるだろう。
(頼むからただの行き違いであってくれよ)
アーロンがただ尾行してきたフィリップを撃退しただけであることを願いながらも、意識を切り替えるように、自分に言い聞かせるように口に出した。
「だけど何とかするよ。ボクはこんなんでも責任者だからね」
フィンは杖を取り出し自分の足に向けて俊足の魔術をかけ、シルベットに「最後にフィリップがいたのは?」と聞いた。




