番外編 あたしメリーさん。いまミノタウロス迷宮にいるの……。(中編)
シューイン村にある『ミノタウロス迷宮』の扉が開くのを、配布されたゼッケンをつけて、いまや遅しと意気込んでスタートの合図を待ちわびている冒険者たち。
さながら西宮神社「福男選び」か、ニュージーランドの「キング・オブ・ザ・ヒル」(400メートルの泥の絶壁をひたすら一位目指して這い登る祭り)に挑む参加者のような熱気が立ち上っていた。
なお、参加者とは別に多くの見物人が詰めかけているが、連中はこのダンジョンを『誰が最初にボスを倒してクリアするか』で賭けに参加しているので、ある意味、参加者以上に本気で殺気立っている。
ま、冒険者たちはダンジョンでモンスターを倒して経験値やドロップ品を取得できる。ダンジョンのあるシューイン村は賭けの胴元になることで、莫大なてら銭を稼げる上にモンスターを駆除できる。観客は一獲千金の夢とダンジョン内に仕込まれた魔道具が中継する進捗状況を、巨大水晶版で眺めながら娯楽としても楽しめる。いずれも困らないWIN=WIN=WINの関係なのだった。
【観客席の有象無象たち】
「本命はやっぱ勇者ギルドの金看板だろ、去年は前々回優勝者に粘って二着だぞ、ここじゃ格が違うって」
「いやいや距離延長がどう出るかだな、あいつ短距離専門だろ、今回のダンジョンは五層構造だぞ?」
「オッズ見ろよ、ドラゴン騎手が単勝1.8倍とか被りすぎ、妙味ねえわ」
「でもあの騎竜、スタートで炎吐くから他がビビって出遅れるんだよな。反則でねえの?あれ」
「審判がハイゴブリンだからな、金握らせてるって話」
「でも、さっき小耳に挟んだんだ噂じゃ、厩舎でどっかのバカが連れてきたアースドラゴンの幼体に喧嘩売って、逆に食われたって話だぞ」
「俺は呪術師の追い込みに賭ける、最後の直線で全員足止めして差し切る」
「その呪い、自分にも効くって聞いたぞ」
「そこは慣れと技術でカバーできる。去年は石化解除薬飲んで、半分石化しながら三着だし」
「半分石で三着ってなんだよ」
「俺は聖女切るわ、善行ポイント稼ぎすぎて“暴力禁止”デバフ付いてる」
「でも回復しながら走るからスタミナ無限なんだよなあ」
「無限でも遅いんだよ、マラソンじゃねえんだから」
「それ含めての賭けだろ、夢を買ってんだよ」
「お前毎回“夢”って言って堅いのしか買わねえじゃん」
「堅実派なんだよ、家庭がある」
「スタートダッシュは獣人だろ、初速が違う」
「でも終盤でスタミナ切れて、腹減って止まるんだよな、前回もそれ」
「今回は携帯食料持ってるって」
「途中で盗賊に全部盗まれるオチ見える」
「盗賊本命にしてるやつ多いな、横取り戦法」
「魔法封印区間があるから魔術師は評価下げだな」
「でもあいつ詠唱いらずだぞ、ズルだろ」
「会場がダンジョンなのが問題だ。寄り道勢が宝箱漁って時間ロスするのが見える」
「でもレア装備引いたら一気に逆転ある」
「ギャンブルの中でさらにガチャすんな」
「今回のダークホースはあの幼女だ。いちおう‟勇者”らしいし、仲間も美少女揃いだし。観客人気は高い」
「人気は金にならねえんだよ」
「俺は人気買う派、心が豊かになる」
「財布は痩せるけどな」
「当たったら酒奢れよ」
「当たらねえから安心しろ」
ということで――、
【OPEN 10:30~CLOSE 17:00】
メリーさんたち一行も、緊張の面持ち……なわけもなく、和気藹々と開門を待っていた。
「オリーヴ、ピザって11回言ってみてなの……」
「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
「そういえばメリーさん、昨日間違って人を殺したの……」
「なんで1回多く言わせたのよ!?」
余りの意味不明さに、激昂するオリーヴ。
『普通に殺人の方にツッコめよ! お前ら動じないにも程があるわっ!!』
スマホで会話を聞いていた平和が、思わず場所柄も考えずに怒鳴り散らすのだった。
『もうちょっと、こう……乙女というか、幼女&少女らしい話題で盛り上がれんのか、お前ら?』
平和の嘆息混じりのボヤキに、メリーさんが無駄に景気良く打てば響く調子で応じる。
「任せてなの。メリーさんそういうのが得意なの。なんなら漫画版の作者と『審神者』界隈のネタで、‟顕現”とか‟近侍”とか専門用語使って会話できるし、‟クソデカ感情”とか‟誕席”とかの話題も得意中の得意だから、メリーさんもその筋には明るいの。蛍のケツなの……」
『……いや、それは腐じょ』
ちなみにメリーさんたちのゼッケンの番号は『37564』である(オリーヴ、ローラ、エマ、スズカもチームなので同じ番号らしい)。
『37564か……』
げんなりした平和の感想などどこ吹く風で、メリーさんたちは既に次の話題にシフトしていた。
「そもそもサゲマンなの。最初の恋人は馬から落馬して死ぬし……」
『馬から落馬って、頭痛が痛いみたいな表現だなあ』
馬鹿みたいな表現に日本にいる平和からツッコミの声が入った(もちろん聞こえているのはメリーさんだけだが)。
「てゆーか、アレって最後はどうなったんだっけ?」
首をひねるオリーヴに向かって、ふんむとばかり鼻息荒く解説するメリーさん。
「丘の上の王子の正体が大叔父だと知るの……!」
『いや、確か原作だと最後結婚するはずだぞ』
「相手って誰なの?他の女とくっついた二番目の男だった旅芸人?」
メリーさんの実も蓋もないツッコミに、何となく話の筋を掴んだらしいスズカが、苦笑しながら控えめに意見した。
「その場合は三角関係が復活しそうでアレなので、初恋の相手である丘の上の王子様がいいですね」
「案外、途中ででてきたストーカーかも知れないの。ストックホルム症候群なの」
『いや、明確に誰とかは書かれてないけど……あと、この話題は業界アンタッチャブルなので、もうやめろ』
とりあえず抗弁する平和。
「じゃあ、結婚相手は現実的に、そこらへんの大工のゴンロクかも知れないの」
「「そんなわけないじゃない(ですか)!!」」
「アンタも出場しているのね、メリー!」
と、折よくそこへ響く高飛車な幼女の声。
「‟さん”を付けるの、デコッパチ……!」
ほぼ条件反射でオラ着くメリーさん。
そこにいたのは顔見知りの赤いドレスに赤い縦巻きロールをしたメリーさんと同年代っぽい幼女――この国の公爵令嬢であるジリオラ公女と、その取巻きらしい貴族令嬢たち。
侯爵アーシタノ家の令嬢・アーシタノ嬢(6歳)
辺境伯クラッシア家の令嬢・クラッシア嬢(8歳)
伯爵シマムゥラ家の令嬢・シマムゥラ嬢(7歳)
子爵エースノウ家の令嬢・エースノウ嬢(7歳)
男爵ハタボーダ家の令嬢・ハタボーダ嬢(5歳)
「ほほほほほっ、相変わらず泥臭い仕事しているのね。私たち貴族は特別観覧席で高みの見物よ」
「いや…あの。子どもが賭け事でお金を浪費するのはどうかと……まして、貴族なら領民の血税ですし」
高笑いを放つジリオラに対して、スズカが恐る恐る苦言を呈する。
「あたしメリーさん。貧乏人の血税でするギャンブルは楽しいか……なの?」
「人聞きが悪いわね。そも浪費じゃないわよ!‟金は天下の回りモノ”って言うでしょうっ。ワタクシたちが、こうして散在することで、巡り巡って貧乏人共の施しになる! これぞ‟高貴なるものの義務”! 居ながらにして、恵まれない者たちに愛の手を入れてるのよ!!」
「いよっ。そーれ、そーれ――♪」
すかさず手拍子とともに音頭をとるメリーさん。
「どっこいしょ、よいしょー♪ もう一丁!」
すかさず掛け声を合わせるジリオラ。
「そーれそーれ! ヨイヨイ!」
「よいしょ! そーれ! それそr――って、違うわ! この‟あいのて”じゃないわよ!!」
いい塩梅に調子に乗っていたジリオラが、我に返って地団太を踏んだ。
その一方で、オリーヴたちは取巻き令嬢たちに、他愛のない『頭の体操』をしかけて、「優しいお姉さん」ムーブをかましていた。
「問題。2つのリンゴを3人で等分する。包丁を使っていいのは1度だけです」
オリーヴの声が聞こえたらしい、間髪入れずにメリーさんが答える。
「包丁で一人始末すれば、残り二人で一個ずつ食べられるの……!」
「そういう猟奇的な答えは受け付けてないわよ!」
取り付く島もないオリーヴだが、エマは案外ツボと平仄に合ったようで、
「ああ、確かにそれだと、完璧に‟等分”だし、そもそも‟何を切るか”明確でないから、ある意味間違いじゃないかも」
納得するのだった。
しかしながら、真の幼女たちは無邪気に、
「二つともジュースにして、三人で分ける」
「リンゴでアップルパイを焼いて三等分する」
「2つのリンゴを重ねて、一度に同じ場所で切る」
「リンゴの種を植えて、大きくなって実を増やして食べる」
「追加でバナナを買ってきくる」
元気に応えて、「「「「ああ、これが本当の幼女の無邪気さなんだなあ」」」」オリーヴたちの心を和ませるのだった。
**********
さて、一応は受験のための下見という名目で上京してきた、義妹の野村真李だが、さすがにいつもの制服であるセーラー服(この季節は夏服)ではなく、私服を着用していた。
ちなみにリボン(タイ)は結ばないでスナップ付きなので、背中側からリボンの端っこが見えることもなければ、胸元の前当て(胸当て)もスナップ式で自由に着脱可能。あと袖口のカフスは完全に縫い付けられて固定されているタイプで、ついでにスリットに隠れファスナーが付いているので、かなり楽に着脱可能らしい。あとスカートはシンプルなデザインの膝丈プリーツスカートと、一見すると昔ながらのセーラー服に見える。
が、さすがに今は目いっぱいおしゃれしてきたのか、淡いピンクのスクエアネック五分袖サマーニット(着慣れていないためか、微妙にブラのストラップが垣間見える)に、ふんわりしたチュール素材の白スカート。
足元のチョイスが厚底のスポーツサンダル+シアーなデザインソックスというものだった。
全体として頑張ってはいるんだけど、6月の東京の暑さを甘く見ているサマーセーターに、キャンバストートバッグと小さな綺麗めショルダーバッグの二個持ちというところに、隠しきれない駅ビル感と、何かあったときのためにと、モバイルバッテリーや折りたたみ傘、地元のICカードを携帯しているであろう実用性重視の姿勢が、都会の女子高生との違いを微妙に浮き彫りにしている。
まあ俺は空気が読める義兄なのでいちいち野暮な指摘はしないけどさ。
「お、めっちゃ垢抜けたおしゃれしてきてじゃないか。似合ってるぞ(棒読み)」
と、指摘すると嬉しそうにその場でポーズをとる真李。




