番外編 あたしメリーさん。いまキツネ狩りをしているの……。(その⑥)
【エルエルヨーン(『一番高いところにいる者』ヘブライ語)】
人間界から隔絶した世界にある巨大な塔の最上階――展望台に当たる場所から、地上を見下ろしていた堕天使ワームウッド(※地球をピンチにさせるのが趣味)が、その場にもう一人いた男の逞しい背中に尋ねた。
「イーノッキ、そんな装備で大丈夫か?」
それに対して、リングシューズを履いて首に赤いタオル、背中に『闘魂!』と書かれたガウンを羽織っただけの顎の長い男が、高々と腕を上げて答える。
「大丈夫だ、問題ない!」
「いや大丈夫とか以前に、ガウンの下パンツ一丁だろう⁇」
「元気があれば何でもできるっ!」
理屈を跳ね除けて〝イーノッキ”と呼ばれてた男はそう断言をすると、
「1.2.3.ダァーーーーー!!!」
止める間もなく塔の上から地上目掛けてダイブしたのだった。
「……まあ、あれなら大丈夫だろう」
人間は訳が分からんなぁ、だから面白いのだが。
と、小さくぼやきながらワームウッドは半分身を乗り出して、どんどんと小さくなっていくイーノッキの姿を目で追っていた。
機動兵器を操るゴーン狐(+スズカ)と、キラーマシン《兵・拾》との戦いは佳境に入っていた。
『そこで髪の毛を引っ張るの! そこっ、目ん玉に指を突っ込んで、金玉を蹴るの……!!』
メリーさんの勇者とは思えん声援が飛ぶ。
『ポンポンポンポン、派手に撃ってますね。わたしたちが習得した冒険者養成所のカリキュラムでは、「バカ撃つやつがいるか! 拳銃は最後から二番目の武器だ。われわれはファンタジー世界の住人だ!」と叱責されたものですけど』
世界観を考えずに銃を乱射している《兵・拾》の有様に、こだわりがあるらしいローラが憮然とした口調で一言申し添えた。
『〝忍○部隊月光”なの……!』
『ちなみに最後の武器って何よ? 自爆呪文とか?』
ふと尋ねたオリーヴの疑問に、同じ講座を受けたエマが当然とばかり答える。
『それはもちろん核兵器ですよ』
『ファンタジーとは!?!』
愕然としたオリーヴの叫びが木霊する。
「つーか、どういう経緯でスズカが敵に寝返ったわけなんだ?」
まあ日頃のメリーさんに対する不満が爆発した……とかなら、疑問の余地もなく納得なのだが。
出来合いのコンロにかけるだけの鍋焼きうどんを土鍋に移して――案外吹きこぼれるので多少面倒だが、こうするのが安心だ――火をかけながら、俺は経過をすっ飛ばして、結論だけ話し始めたメリーさんに問い返した。
『スズカが裏切って敵認定したの。処すの。まとめてキツネ鍋なの……!』
スマホの向こうで捲し立てているメリーさん。
なお、鍋の余ったスペースに霊子(仮名)がせっせと、自分の分の冷凍玉うどんとか、余っている野菜や正月に食わなかった『サイトーの切り餅』を、冷蔵庫から取り出して追加投入している気がするが、いつものように気にしないことにする。
❝美味しく、おいしくなーれ、萌え萌えきゅーん♡ ――って……ねえ、これって何なの?❞
ついでに実家から送られてきた段ボールを開けて、首を傾げる霊子(仮名)。
「――仙台麩とあざら」
スマホのマイクに手で蓋をして端的に返す。
『あたしメリーさん。いまアザラシ食べてるの……?』
完全に塞がっていなかったみたいで、即座にメリーさんのドン引きした声がした。
「あざらだ、あざら!」
❝ああ。気仙沼の郷土料理で、白菜の古漬けにメヌケって魚のアラと酒粕を煮込んで作るってアレね❞
軽く匂いを嗅いで顔をしかめた後、へえ、という合点がいった表情になって、なるほどと頷く霊子(仮名)と、
『アザラシ? そういえば以前、華姉とアラスカにイリアムナ湖のUMAを捕獲するため行った時に、キビヤックってエスキモー族の伝統食を食べたことあったわね』
メリーさんの一言を聞き逃さなかったオリーヴが、しみじみと感慨を込めて相槌を打ってきた。
❝なにげにフットワークが軽いというか、お散歩感覚か物見遊山でアラスカとか行けるなんて、もしかしてブルジョア階級?❞
感心と貧乏人特有の嫉妬が半々に混じった微妙な表情で、霊子(仮名)が口を尖らせる。
「人は誰でも未知の世界に憧れ、旅に出るもんだ。だいたいガッツと命の危険を顧みなければ無銭旅行でもなんでもできるだろう。思えば俺も、高校の時に祖父に騙されて、金剛山 に道着と下駄一丁で、単独パラシュート降下で放り棄てられ、自力で日本まで帰ってくる修行をやらされたしな」
言うまでもなく、あっちの言葉はビタイチ喋れんし、聞いてもわからん。
つーか人里に出ても、会話以前に銃撃ってきたし。ある意味、メリーさんの語る『異世界』が、やたらヌルく感じるんだよなぁ。異世界行かなくても、日本以外の外国って滅茶苦茶ハードモードだぞ。
❝イマドキそんな修行をする武術があるわけないでしょう! 軍の特殊部隊でもやらないわ!!!❞
なぜか頭からウチの流派を全否定された。
『臭いはちょっとアレだったけど、意外と味は良かったわよ。ああ、そういえば、私と華姉はなんともなかったけど、なぜか食後にエスキモーのガイドが泡吹いて緊急搬送されたので、てんやわんや大変でUMAどころじゃなくなって、何しにアラスカまで行ったんだって話よね』
スマホの向こう側ではオリーヴが話の続きしつつ、ボヤいていた。
現地人が食あたりになっても平気だとか、丈夫な胃腸をした姉妹だな。俺はまだ見ぬオリーヴとその姉を、ほぼゴリラ姉妹で想像する。
なお、『キビヤック』というのはアパリアスという海鳥を、肉と内臓を抜いたアザラシの皮袋の中に詰め込めるだけ詰め込み、地中に数カ月から数年間、長期熟成させたもので、主に結婚式とかパーティーなどで出される特別な食べ物である。
食い方は、でろんでろんに溶けた海鳥をケツの穴から吸い込み、最後に肉と脳味噌を貪る。探検家や地元民でも結構な割合でボツリヌス症を発症して死亡例が報告されているとか。
❝『捕獲』って、幻の怪物をどうやって捕まえるつもりだったのかしらね?❞
鍋に仙台麩を投入しながら霊子(仮名)が、胡散臭げに小首を傾げた。
「イリアムナ湖の怪物って、確か正体は十メートル近いシロチョウザメの亜種って説が有力だっただろう。普通に釣り上げるつもりだったんじゃないのか?」
俺がそう付け加えると、面食らった表情で瞬きをする霊子(仮名)。
❝詳しいわね。UMAとか興味ないかと、いつものように頭っから否定するのかと思っていたけど❞
「ああ、それな。俺が小学生の時に学校をサボりまくって、年じゅう釣りばっかりしていた麦わら帽子の通称『釣りキ○ガイ』の三瓶という奴がいて、そいつが最期にサングラスをかけた『魚神さん』と呼んでいた妙な大人と一緒に――」
『イリアムナ湖の怪物を、青酸を使った毒流し漁とガッチン漁法、ついでに電気ショック漁法の準備万端で釣って来るだよ!』
「と、未知の世界に憧れ、意気込んで旅に出たまま消息を絶った場所だから覚えがあるだけだ」
ちらりと見ただけだが、『魚神さん』という人物。サングラスの上からも目が大きく膨らんで離れ――いわゆるヒラメ顔――鼻は平らで、耳は異常に小さく、首の周りが襞のようにはたるんでいる、独特の風貌でなおかつ通り過ぎた後が生臭かった(よほど魚好きなのだろう)のでよく覚えていたのだ。
まあ行方知れずと言っても小学生の話。
まさか樺音先輩みたいに、『異世界に行った』とか『邪教の生贄にされた』とか、あるはずもなく。普通に転校とかして今頃は釣りキ――おっと、差別用語に当たるので、迂闊に仕えないんだよな。
「今頃はきっと『釣りバカ』とか呼ばれて、青春を謳歌していることだろう」
❝釣りバ○日記?❞
「――うんにゃ、釣りバ○大将」
あれは面白かった。
❝っって、どーして、そういう斜め上な発想が出てくるわけ!? 前から思ってるんだけど、貴方といいメリーさんといい、なんで令和時代に昭和が貫通してるのよ!!?❞
「東北は色々あるんだ。『ジャス』といったらジャージのことだし、『ジョイント』といったらホチキスだったり、『おはよう靴下』が一般名詞でないと知った時はビックリしたもんだ」
エキサイトしている霊子(仮名)の肩越しに鍋が噴きこぼれていないか確認しつつ、東北と関東との温度差を伝える。
❝てゆーかさ、毒流し漁とガッチン漁法、あと電気ショック漁法も釣りとは明確に一線を画しているように思えるんだけど!? てか日本以外でも禁止されている国って多いわよね! その子、本当に釣りが好きだったの!? ただ魚獲るのが目的なガチなガイで、実は釣りはどーでも良かったんじゃないの?!❞
煮立った鍋を100円ショップで買ってきた鍋掴みで包んだ両手で持って、リビングの炬燵まで持ってきながら(当然、そう見えるだけで実際には俺がやっているのだろう)、霊子(仮名)が憤然と言い放った。
あと買ってきた松○の特盛は、当然のように半分こされて、別々の皿に盛られている。
いやもともと半分食べて、半分は夜食用に残しておいて、汁物の代わりに鍋焼きうどんを付けるつもりでいたのだけれど、なぜここにあるのだ? 解せぬ。
微妙に釈然としない気持ちを抱えたまま、とりあえず目先の話題(自問自答?)に集中する俺。
「……そういえば、三瓶の奴が魚喰っているとこ見たことないな」
いや、一度聞いたことあったな。給食に出てきた謎の「白身魚のフライ喰わんのか?」と。
その時の答えは、確か……。
『魚を食う時にはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんていうか救われでなぎゃダメなんだ。ひとりで静かで豊かで……』
とか訳の分からん事言っていたので、軽く腕緘(アームロックとも言う)極めたら、なぜかますます学校に来なくなったが、しかし、三瓶の趣味が魚釣りでなく、手段を択ばずに魚を獲ることだという指摘は、(俺の幻聴だとはいえ)案外正鵠を射ている気がする。
「そうか……そういうことだったのか……」
『あたしメリーさん。ゲッ○ー並の気付きなの……』
いや、そんな壮大なサーガの序章とかではないのだが。
「つーか、最初のいきさつを聞いてみると単なる行き違いがエスカレートして、泥沼の関係に発展しただけなんだから、普通に話し合いで済んだような気がするんだが。――熱ちちちっ」
鍋焼きうどんが予想外に熱かったので、冷ますために逆さにした蓋にうどんを一時置いた。
❝行儀悪いわね。不精しないで小皿持ってきなさいよ。怠惰は七つの大罪のひとつよ❞
同じ鍋を勝手にシェアしながら、自分はちゃっかりと小皿に取り分けつつ、霊子(仮名)が小言を並べる。
「いや、鍋焼うどんのように熱々の場合は蓋に食べる分を取って、少し冷ますこともある……と、味噌煮込みうどんで有名な名古屋出身の人が言っていたから、俺もそれに倣っているだけ」
全部の名古屋人がそうなのか、言った本人の詭弁なのかは不明だが。
『ぶっちゃけタモリが冗談で言った「エビフリャー」を本気にして、名物にする段階で名古屋人の正気度はかなりポンコツなの。スズカも――』
「クイズです。特別な日に行く高いお店として有名な『ステーキのあ○くま』。そこの名物で、ボリュームはあるのにお値打ち価格。ビンボー学生向けに開発した名物「『?』ステーキ」と言えば?」
「『あさく○』にそんなメニューあったかしら?」
「あたしメリーさん。『あさ○ま』と言えば、かつて爆破された藤ヶ丘店を「あ○くまドイツ館」として、なおかつ花火が刺さった状態で運ばれてくるオレンジシャーベットが名物な、開き直ったチャレンジャーなお店で好感が持てるの……」
店に行ったことがあるらしいオリーヴが首を傾げ、メリーさんはメリーさんで独特の観点から着目していたらしい。
「『爆破ステーキ』?」
「『銃撃ステーキ』?」
ローラとエマの回答に指でバッテン印を作るスズカ。
「違いま~す。正解は『学生ステーキ』でーす」
「ひねりも何もない答えなの……」
「そんなのあったっけ? 『学生ハンバーグ』ってメニューはあったような気がするけど」
オチのないクイズの答えにガッカリした様子のメリーさんと、なおも納得いかない表情でますます首を捻るオリーヴであった。
その思い出話はいま聞く必要があるのかと思いながら、俺は蓋で冷ました鍋焼きうどんをおかずに牛めしを食べながら、最近同棲している彼女面が強くなってきた霊子(仮名)に反駁する。
「言っておくけど『怠惰』とか、古典的な七つの大罪は時代遅れだぞ」
漫画とかラノベとかでお馴染み、ローマ教皇庁が定めた『傲慢』、『憤怒』、『嫉妬』、『怠惰』、『強欲』、『暴食』、『色欲』――である『七つの大罪』だが、いまは『新七つの大罪』が制定されているのだ。
具体的には『遺伝子改造』、『人体実験』、『環境汚染』、『社会的不公正』、『貧困強制』、『過度な裕福さ』、『麻薬中毒』である。
なお四方山話でそれを聞いたメリーさんのコメントは、
『新七つの大罪って、ガ○ダムSEEDがほぼコンプリートしてるの……』
という答えに詰まるものであった。
ま、それはともかく――。
『はン。これだから納豆みたいにネバネバした日本人はダメダメなの。話し合いとか無駄なことはすっ飛ばして、殺し合いから始めるのが手っ取り早いの……』
と、さっきの俺の『話し合い優先。人類皆兄妹仲よくしよう。ラブアンドピース理論』を一蹴するメリーさん。
相変わらずストロングスタイルな幼女であった。
『……ああ、なるほど。つまりご主人様が言いたいことは、「納豆が好きな人間がいる。納豆が嫌いな人間もいる。自分が好きな/嫌いなものを、嫌い/好きな相手がいるとは思えなかったところ、話し合いでお互いにそれは理解できたとして……好きが嫌いになるわけでもないし、嫌いを好きになる訳でもないので、最終的には争いに帰結するしかない。それだけの話である」――と、そう言いたいわけですね』
ローラが『納豆』『話し合い無駄』『殺し合い』という断片的な情報を、三題噺みたいに繋げてもっともらしい表現で、「メリーさんが言いたかったこと」を忖度というか代弁する。
『『『なるほど(なの……)』』』
メリーさんも交えて納得するオリーヴとローラ。
「……なるほど」
あ、これ本人はな~んも考えてないけど、周りがいらん深読みしてる系のやつだ。
そう察した俺も頷く。
『どっちにしても正義は勝つの……!』
ゴーン狐と《兵・拾》との戦いの行方を、完全に他人事と傍観しながら言い切るメリーさん。
「で、どっちが正義なんだ?」
『勝った方が正義なの……!!』
素朴な俺の疑問に、メリーさんが断固とした口調で極論を放った。
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突然の襲撃を受けて凄惨な有様で破壊され炎上するナンロウ村。
そんな村はずれの崖に追い詰められていた5~6歳の幼女が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら悲痛な叫びを放っていた。
「やめてーっ、助けてーーっ!! 鬼が、鬼が……殺されるーーーっっ!!!」
そんな幼女を身の丈三メートルはありそうなオーガが、片手で掴んで持ち上げつつ、幼子など一飲みにできそうな大きな口をほころばせ牙を剥き出しに、莞爾と嗤って言い放つ。
「大丈夫だ、お嬢ぢゃん。ほらごうして手のばせば手頃な蔓生えでる。木登りは得意だったっぺ? いづもの要領で蔓伝って崖の上にお嬢ぢゃんは逃げるごどがでぎるさ。さあ、こごはおらが防ぐがら、早ぐ逃げるんだ! 上手にでぎだらいづもみでえに後で、頭撫でてやるっちゃ」
そう微笑むオーガの全身には、刀傷や折れた矢、槍などが見るも無残に突き刺さっていた。
その背後には【桃太郎鬼討伐隊】と書かれた幟を掲げた一団が、略奪し尽くした上に景気づけに火を放ったナンロウ村を背後にして、手に手に血と煤で汚れた武器を持ってオーガにとどめを刺さんと、じりじりと包囲網を狭めてくる。
《鬼ヶ島アイランド》に一番近い集落であるナンロウ村。
地理的には半島に近い鬼ヶ島。基本的に自給自足である鬼が住むイカガワ市《鬼ヶ島アイランド》と、長年平和的に共存してきた村に、突如として【桃太郎鬼討伐隊】を名乗るならず者たちが奇襲をかけてきたのは一時間ほど前。
突然のことに村の自警団も右往左往する中――。
『『『♪桃太郎さん桃太郎さん ケツから出したキビ団子 一つ私にくださいな♪』』』
謎の歌を歌いながら、正義を自称する【桃太郎鬼討伐隊】が村を襲い、必死に村人を庇い、逃がし、矢面に立って奮闘する鬼たちを『征伐』するのだった。
そんな中、村はずれで逃げ遅れた少女をたまたま保護した鬼の一匹は、孤軍奮闘をして安全な場所まで彼女を逃がしたところで、ついに追いつかれた【桃太郎鬼討伐隊】によって打ち取られ――。
「いやあああああああああああああああっ! 鬼さんがーーーっっっ!!」
少女の絶叫が木霊したその瞬間、《兵・拾》の携帯式地対空ミサイルシステムで撃墜された、ゴーン狐が駆る機動兵器〝ベオ・フォックス”が轟音とともに墜落して、まさにまとまって鬼にとどめを刺そうとしていた【桃太郎鬼討伐隊】が、ものの見事に吹っ飛ばされるのだった。
「「――あ……?」」
もはやこれまでと観念していた鬼と、後方彼氏面で腕組みをして余裕の表情を見せていた桃太郎(※特殊スキル『マジカルアヌス:尻の穴から現代社会の物品をひり出すことができる能力』所有)の気の抜けた声が、奇しくもハモる。
※桃太郎もどんぐりころころも著作権はありません。使ってもどこからも文句は出ませんので悪しからず。




