番外編 あたしメリーさん。いま強盗団に誘拐されたの……。(前編)
「グンマーよ、メリーさんは帰ってきたの……」
荒涼たる荒れ地が広がる大地を踏みしめて、ガメリンが引く馬車(亀車?)から降り立ったメリーさんがしみじみと感慨深く呟く。
「〝クラウドホース辺境伯領”。もしくは現地語で『ジョーシュー』『アチャー・ダンベ』です」
携帯食のういろうを齧りながら、御者をしていたスズカが訂正した。
ちなみにこのあたりは王国でも外れであり、ほぼ未開の大地にして、暴力と無秩序が幅を利かせ、魔物もウヨウヨ跋扈する、ある意味ファンタジー世界の王道みたいな場所なのである。
そしてメリーさんが最初にこの世界に転移したところでもあった。
「ちなみに公式に『Gunma』と『Gumma』表記とが混在しているくらい、行政がしっちゃかめっちゃかなの。メリーさん的には『Gumma』のほうがいいと思うの……」
※『Gumma』=英語で梅毒のゴム腫という意味。
地図によればこのあたりは『無毛峠』といい、その名前が示す通りはげ山でなおかつ周囲は完全にWind○wsXP的なやつが延々と続いていた。
『クラウドホース辺境伯領』
『アチャー・ダンベの国境』
『この先危険につき地元民以外立入禁止』
『遭難多発区域』
『幼女危険注意。見かけたら近づくな!!』
そして国境に延々と十字架や四肢を縛り付けられた状態で晒し者になっているオッサン連中。
いずれもその首には、
『女房に寄生する無職』
『アル中で女房子供に手を出すクズ男』
『博奕狂いのロクデナシ』
『経済DVの浮気者』
『ガンプラをいつまでも捨てない亭主』
『ゴミ捨ては家事じゃない! 威張るな阿呆!』
女性の文字でその罪が木札に書かれてぶら下げられていた。
続いてゾロゾロと馬車から降りてきたオリーヴ、ローラ、エマたち。ついでにスズカも御者席から落ちて、半死半生――一部白骨化している――で呻いている野郎どもの姿にドン引きする。
「あぁ……なるほど、これがクラウドホース名物の『かかあ天下』というものですね」
「そういえばウチのお母さんもこっちの出身だったけど、お父さんが何かすると常備していた鞭とかロープとかの使いっぷりは天下一品だったもんね」
ややあって納得した表情で顔を見合わせるローラとエマ姉妹。
「空の境を越え、汝が領地はここにして、汝が死する場所もまたここなれば! いまこそ開きし眼は爛漫たる無窮の力を解き放つ! 命を護り、笑顔を護り、森羅万象を護る新たなる力を我に! ――てか、聞いていた以上に思いっきり無法地帯なんですけど!? あと何なの、最後の意味不明な警告は?!」
想像以上の荒みっぷりにいきなり命の危険に恐怖するオリーヴが、逆切れ気味に現実逃避をしながら看板にツッコミを入れる。
「ええと……なんでも以前、謎の幼女が現われて、地元最恐と呼ばれた盗賊団『赤城おろしチャリンコ団』の頭目を包丁で斬殺した挙句、何だかんだで治安を担っていた冒険者の町を壊滅させたという話で、いまでは『悪夢の七日間』とか語り継がれ……というか、あまりにもあまりな話なので、集団催眠にかかったとか、関係者全員がインフル罹って見た悪夢じゃないか説もあり――」
「だから滅びたの……」
そこへメリーさんの意味不明な合いの手が入った。
「かような真偽不明の噂が出回り、地元のことわざに『馬鹿と子供には包丁を持たすな』『包丁を使って人を幸福にできるのは料理人だけだ』という、自戒を促すものができたとか……まあ、強力な惨劇と幼女を前にして、『あれはさすがにない』として、多少なりとも地元民にケーキを三等分できる程度の理性がともったとのことです」
『異世界の歩き方 ――グンマー編――』を読んでいたローラが、パラパラとページをめくりながらその質問に答えた。
「「「「…………」」」」
無言で耳を傾けていた全員の視線が、いつものように出刃包丁を標準装備しているメリーさんへと向けられた。
「絶対にあんたが元凶よね!?」
ほぼほぼ確信しながら問いかけるオリーヴに対して、
「〝みそパン”〝しもつかれ”〝おっきりこみ”〝旅が○す”〝ま○こもり”〝こんにゃ○大福”〝浅間○サイダー”〝チーズ○みそ漬”〝も○っ子”……さすがはグンマー。名物のネーミングが思いっきりなの。あと〝ひもかわうどん”はスイトンと同じ『お前のようなうどんがいるか!』カテゴリーなの……」
同じ雑誌を読みながら、ひたすらグルメの項目に目を通しているメリーさん。
群馬県人が目くじらを立てそうな偏見だが、それを耳にしたスズカがなぜか薄い胸を張ってどやった。
「ああ、ひもかわうどんって愛知の芋川地方にあるうどん『芋川うどん』のパクリなんですよ。『芋川うどん』が訛って、ひもかわうどんになったわけです」
「――いやまあお国自慢はどーでもいいんだけど、あからさまに話題を逸らして、思いっきり他人事のような顔をするんじゃないわよ! あ・ん・た・が原因よね!? 〝YES”か〝はい”で答えなさい!」
プイと横を向くメリーさんのほっぺを両手で掴んで目を合わせ、そう断言するオリーヴ。
まあ前半はともかく後半は実際に体験した話なので間違いないことであった。
「あれからほとぼりも冷めたので、もう大丈夫なの……」
「あんたの『もう大丈夫だ』は酔っ払いの『酒呑んでない』と一緒で、欠片も信用できないわ。つーか、やらかした自覚はあったのね」
地元の冒険者ギルドからの指名依頼でやってきた一同だが、もしかして罠かなにかでは? と疑心暗鬼になりつつも、仕方なく領都目指して重い足取りで進むことになった。
ちなみに冒険者ギルド・クラウドホース辺境伯領支部は、高層建築物がないティピーみたいな民族風の建物が立ち並ぶグンマーの領都で一番高い高床式住宅である。
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樺音先輩から大事な話があるというので、俺のバイト先である『ロンブローゾ古書店』からもほど近い、神保町にある『脱兎』という、かつてミシュランガイドのビブグルマンに認定されたこともある、こじゃれた京料理店でのランチとなった。
「ちなみに漫画版だと『華子先輩』と呼んでいるけど、原作版では『神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音』という、90年代にオカルト雑誌の読者投稿コーナーに書かれていた、〝前世のソウルネーム”みたいな自己申告を順守して『樺音先輩』と呼んでいるのだ」
「……? 誰に向かって何の説明をしているわけ?」
小首を捻りながら、慣れた様子で手早く注文する樺音先輩。
ほどなく牛肉京山椒時雨煮、つくね、ニラ胡麻和え炒め、鶏もも京都黒七味和え、大根の出汁炊き、その他、『京風なおばんざい』が懐石料理みたいに次々に運ばれてきた。
ちらっと見えたけどランチで2000円くらいか。財布の中には現金で五千円札。あとバイトリーダーの真蔵さんから、
「いつも頑張っているので、店長からボーナス替わりに渡すように言われてたの」
とスマホ決済できる電子マネーをチャージしてもらった(金額は知らんけど。なんてホワイトな職場なんだろう!)ので、足りないことはないとは思うけど。
「へー、なかなか美味いですね」
若干財布の中身を気にしながら舌鼓を打つ俺。
「魂の共鳴……やはり私たちは共に進む運命ね! とはいえ、美味しいけど。やっぱり味付けは関東風ね」
基本的になに喰っても美味い、田舎者特有のバカ舌である俺と違って、ブルジョアジーである樺音先輩は何やら一家言ありそうな塩梅だった。
とはいえ暗めの照明に琴のBGMの流れる店内は、普段行くファミレスや大衆チェーン店、神田らしくカレー屋などとは大違いで、どうにも腰が落ち着かないが、密会――もとい、密談をするにはうってつけの雰囲気ではある。
実際、俺たちのすぐ次に五~六人のマスクとサングラスをかけた若い男女が、コソコソと人目をはばかるように――気のせいか俺たちの席を意識したように、ぐるりと遠回りをして――少し離れた席に着いた。
特に気にするほどのことでもないのか、
「神保町なら『いずも』とかの方が馴染で良かったんだけど、生憎とこの時間は予約が取れなくて、ゴメンね」
申し訳なさそうにテーブルを挟んで謝る樺音先輩。
「いや~、ここで十分過ぎますよ!」
『いずも』と聞いて、なぜか俺の脳裏に一万円札が束になって飛んで行く光景がよぎった。
「えーと、ところで相談があるとのことでしたけど?」
とりあえず不安を誤魔化す意味も込めて本題に入る。昼休みもいつまでもあるわけじゃないしね(なんぼ閑古鳥の鳴く店とは言え)。
「――うっ……そう、それは封印されしエグゾディア。時来たれり。今まさに、星辰は正しき位置へと至り、幾星霜と託されてきた人々の想いが、我が魔眼に入り……込んで、えーと……星が瞬き、漆黒の炎が我が右腕に宿り終焉の道へと導き、竜念の想と共に幻想歌を奏で巻き上がる美しき精霊が炎の舞踊を踊って」
「……滅茶苦茶言い出しにくいことはわかったので、まずは落ち着いて話してください」
ほうじ茶飲みながら、樺音先輩にも『まず一杯』と勧める。
促されるままお茶を飲んでホッと一息ついた樺音先輩は、一気にクールダウンした様子で、ぽつぽつ話し始めた。
「実は……実家の仕事関係で、筑井建設という地元ではそれなりに名の通った建設会社と取引があって、その……そこのアラサーのひとり息子――筑井 毅祐って奴が」
一瞬、『チー牛』と聞き間違える。
「どーいうわけだか、私に執着していて、適当にいなしてきたんだけど、ここんところストーカーさながらで。さすがに鬱陶しくなってきて、かと言って警察沙汰にするわけにもいかないので……」
ここで残っていたお茶を一気飲みした樺音先輩は、意を決した表情で半ば破れかぶれで言い放った。
「だから、私と恋人になって欲しいのよ!!!」
「「「「「「――ぶっ……!!!!」」」」」」
と同時にちょっと離れた席にいたグループが、なぜか一斉にお茶やジュースを噴き出した。
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その瞬間、異世界にいるメリーさんの脳裏に宇宙世紀の人みたいな、蒼い色のシャイニングが走る。
「あたしメリーさん。泥棒猫なのっ! 彼が悪の誘惑に屈しようとしている気がするの……!! その場に踏み込んで、大理石製の灰皿を振り下ろす現場案件なの……!」
騒々しく叫びながら、説明不要な第六感に戦慄いていた。
3/30 一部修正と加筆しました。




