40.策謀
「宰相閣下は、ご自身の派閥の者達と結託して、陛下を退位させんと企んでおります」
「そうか! やはりそうだったか!」
エンディミオン王国の王は、勢いよく椅子を蹴倒して叫んだ。怒りで赤く染まった顔、思いつく悪口雑言を人目もはばからずまき散らす様は、とても一国の主とは見えない。彼が国王に向いていないという人々の評価は、まったく的を射たものだということだ。
「それで、どうすればよいと思う?」
ようやく興奮が収まったらしい。王は突っ立ったまま尋ねてくる。自分で椅子を起こして座ろうという発想はないようだった。もちろん、彼にもそこまで気を利かせてやろうという親切心はなかった。
「最終的には、宰相閣下に責任をとっていただきます」
「そんなことはわかっている。手始めに何をすればよいのだ?」
その程度の思いつきもないのか。
彼は心の底から、無能な王を軽蔑した。
「そう……。では、よい機会です。此度の宴の席を利用いたしましょう」
「宴? ああ、二月後に開かれるあれだな」
「はい。国内のみでの催しとはいえ、主立った宮廷の方々はほぼお集まりになる場。そこで、宰相閣下に致命的な問題があるのだと知らしめることができれば」
「なるほど」
具体的な提案はまだしていないのに、王ははしゃいだ声を上げ「ではそのように」と言ってきた。
「すべてお前に任せる。こうしていつも情報をもたらしてくれるお前なら、信頼してもよかろう」
「恐悦至極にございます。ご期待に添えるよう尽力いたします」
ぜひ酒肴を、と勧めてくるのをあくまで恐縮したふりで断って、彼は王の寝室を辞した。酒が入ると、この王はますます節操なく絡んでくるような気がした。
哀れだ、と廊下を歩きながら彼は思った。
本当に哀れだ。無能な王に統治されるしかない民も、己の天も地も守らなければならない責務を負った一握りの有能な臣下達も。その手に不相応な富と権力を思うがままに使うことしかしない多くの無能どもが、彼らを際限なく苦しめやがては国そのものの土台をも揺るがすのだろう。
だがそれは、彼の知ったことではない。むしろ、望むところ。
皮肉な笑みに唇を歪め、彼はやがて辿り着いた小さな扉を軽く叩いて合図した。すぐに中から顔を隠した人間が現れ、問いかけるように目だけで彼に合図する。
「遅くなりました。お約束通り、御前様にお目通りを」
囁きが終わらないうちに、中へ通された。灯りを抑えた狭い部屋で待っていた壮年の男に、彼は恭しく礼をする。
「大変お待たせ申し上げましたことを、お許しくださいませ」
「よい。それより、話を聞こう」
彼は静かに男の向かいに座り、改めて相手の顔を眺めた。
名宰相の呼び名高い、理知的な王弟の面差しを。




