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38.Shall I dance?

 綺麗なドレス、豪華なアクセサリー、そして胸がドキドキするほど素敵なパートナー。

 それらいわゆる「女の子の夢」に到達するためには、大きな代償を支払わなければならないのだと、琴音は今まさに痛感していた。

「琴音さん! テンポが遅れましたよ!」

 きんきんと耳から頭をつんざく金切り声で叱り飛ばされて、琴音は首をすくめた。その拍子にバランスを崩し、派手に転んでしまう。

「またですか! いい加減ダンス靴に慣れていただかないと、パーティに出るどころじゃございませんわよ!」

 角張ったフレームの眼鏡に、きつくお団子に結った髪型、装いは地味ながらぴんと背筋を伸ばした姿は威圧感たっぷりという中年女性は、アステルをはじめとする若い姫君達に恐れられている、経験豊富なダンスの教師なのだ。何しろ彼女に太刀打ちできるのは皇太后だけとまで言われているくらいで、ちょっとでも反論を試みようものなら鋭い叱責とともに鞭が飛んでくる始末。

「大丈夫? 琴音ちゃん」

 べそをかきそうになっていた琴音を、月香が助け起こしてくれた。さすが大人の女性は、信じられないくらいかかとの高いピンヒールを履いてもバランスを崩したりしないし、怒られる回数も明らかに琴音より少ない。

「さあ、二人とも。また最初からです」

 ダンス教師はつかつかとオルガンに近づき、座って二、三度鍵盤を弾いた。

「さ、がんばろう。琴音ちゃん」

「はい」

 返事はしたものの、背筋を伸ばして最初のポーズを決めた月香を見ていると、琴音のテンションはだだ下がりだ。月香はもう、すでに基本は完璧に覚えている。合気道を習っていたりして体を動かすのに慣れているからだと言っていたが、運動神経が琴音よりずっといいのだ。ちなみに琴音の体育の成績は、中学から今まで五段階評価で2と3の間をふらふらし続けている。小学校の頃は、「がんばりましょう」しかついたことがない。

 すでに痛み始めた足腰を叱咤して、琴音もポーズを取る。相手がいることを前提にした、両腕を高く上げる姿勢だ。といっても、実際この手が触れることになるであろう男性パートナーの実際の肩や腕の高さなど、イメージするのは難しい。

 だから、

「琴音さん! もっと右腕を高く!」

 と注意される羽目になる。

 半べそになりながら、月香をちらりと窺う。両腕とも美しく延びていて、まるで本当に誰かと組んで立っているよう。

 何でもできる人なのだ。

 そう思ったら、ますます悲しく惨めになってきた。

「失礼する」

 ノックより先にそんな言葉が飛んできたのは、その時だった。

「まあ、エリューシア殿下! レナード様も」

 ダンス教師は素っ頓狂な声を上げ、ドレスの裾をさばいて深々と会釈する。いかにも、足早に入ってきたのはエリューシアとレナードだった。

「邪魔して悪いな。進捗具合を確かめに来た」

「おおむね順調です」

 月香は少し頭を下げて、真っ直ぐエリューシアを見返した。琴音はおどおどと一礼し、直後に返ってきたエリューシアの笑顔で頭が破裂するかと思った。

「ええ、月香さんは、基本のステップは問題ないようです。しかしこちらの方は……」

 ダンス教師が口を挟んでくる。『こちらの方』すなわち琴音について、はっきり口にしないのが何とも傷つく。

 エリューシアはそれをどう受け取ったのか、しばらく首をかしげて考えている様子だった。

 もしかして、パーティに出られないことになるんだろうか。琴音はしょんぼり肩を落とす。ダンスができないと駄目なら、それも当然だろう。

 もっと頑張って練習したら、できるようになるだろうか。うちに帰ってからも練習しよう。そうだ、もし月香がいいのなら、教えてもらえないだろうか。

「よし、じゃあ実際にやってみようか」

 ぐるぐる悩んでいた琴音の頭の上に、エリューシアの声が降ってきたかと思うや否や。

「ふえぇっ!?」

 手と、肩と、背中を。

 今まで感じたことのない力強さが支えて、あっという間に琴音を攫った。

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