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HEROとカキツバタ

 新城新しんじょうあらたは原っぱにしゃがみ込んでいた。


 まだ幼い手足でバッタを追いかけている。一匹が両手の中に包み込まれた。大きなトノサマバッタだ。新は「やった!」と思って両手でバッタを包んだまま土手を駆け上がる。こんなデカイやつ捕まえられたんだって、はやく伝えなくては。きっとめてくれるに違いない。コソコソ動き回るバッタが両手の中でこそばゆい。キラリとした日差しがはやる気持ちを後押しする。

 みて、みて。ほら。

 手を開くと、小さな鈍色にびいろの石ころがのっている。

 ありがとう。助けてくれて。お礼に…トントントン


 最近誰かにもお礼を言われた気がする。助けたつもりなんて毛頭もうとうないのに。


 ドンドン

 ああ、うるさいなもう。

 ドンドンドン!

 なんだよいったい。


 ガチャ


 あらたが目を覚ますと目の前に見知った顔があった。万年床の横に無表情な少年が立ってこちらを見下ろしている。

「どうやって入った。」

「ドアを通って。」

「そこじゃねぇよ。」

 新は諦めて上体を起こした。まだ寝ていたかったのだが覚醒かくせいしてしまったのだからしょうがない。

「ひとんちに勝手に入らないでくれませんか。」

「話があるんだよ。」

 こいつに鍵の概念はないのか。明らかに不法侵入してきた充斉みつなりは今日はヘンテコマスクではなく学生服姿だった。なんで学生服。

「お前、学校はどうした。」

 訊きながら新は布団から抜け出して洗面所に向かう。顔を洗って冷蔵庫からウーロン茶を取り出すとコタツ机まで戻ってきた。

「今日は休みだよ。カレンダー見ないのか。」

 制服なぞ着ているから訊ねたというのに、相変わらず不遜ふそんな充斉は部屋の真ん中に立ったままである。衿に黒のラインが走ったベージュのブレザーに、黒のスラックス。ネクタイはしていないが胸元に見慣れない校章が付いている。対する新は寝間着にしているジャージ姿だ。

「…とりあえず座れ。落ち着かない。」

 新が二人分ウーロン茶を湯呑(ゆのみ)に注ぐと、充斉もおとなしく机の横に座った。正座である。…落ち着かない。

「で、なんの話があってわざわざ昼間に。休日とはいえ隣の県から。」

「図書館に行くって言って出てきた。メモの話だよ。」

「図書館て…こっそり遊びに行く受験生の言い訳みたいだな。」

 手ぶらかと思いきやよく見ると学生鞄を持ってきていたらしい。明るい茶色の革製鞄には制服と同じ校章がついている。中から例の下敷き型デバイスを取り出してひとつタップした。緑色の光が透明の薄板の上を泳いだ。充斉が続ける。

「昨晩のメモ、いつどこで書いて、どうやってヌリエラに渡ったと思う?」

 新はウーロン茶で口を湿らせながらうーん、と考えを巡らせる。

「あのメモは昨日の2限目…ええと、昼前の大学の授業の最後にテストがあってな。そのときうっかり俺が書いたやつだ。普通に考えたらポンパのとこにいくわけないと思うんだけど。」

「ポンパ?」

「あ、ヌリエラ?のこと。」

「ポンパ?」

「…髪型な。調べろネットで。」

 充斉は下敷きを操作して、何やら楽しげである。

「変な省略の仕方をするんだな。日本語は面白い、面白い。」

「俺からするとお前らの使う単語の方が面白いんだけど…。」

 ウーロン茶を含みながらポツリとこぼす。充斉はキョトンとしている。

「単語のどこがおかしかったんだ?何かを間違ったかな。どんなところがおかしい?」

「どんなって…」

 自覚はないのか。充斉は真剣な様子である。うん、色々あるんだけど。

「ヴァルルカンとか?あと、なんだっけ。フェチ…なんちゃらとか。」

 ああ、と充斉が笑う。無表情から急に笑ったのでちょっとビックリした。

「名詞は仕方ない。日本語に無いやつはうまく訳せないんだよ。」

 痛いワードたちは何かしらの訳だったのか。宇宙にも言語があるらしい。新は昨晩のヌリエラの携帯(何やらの危険なデバイスだとは思う)の文字盤を思い出した。

「…話が()れたな。テスト、ということは先生に提出したんだよね?それは誰だ。」

 流暢(りゅうちょう)な日本語で充斉が尋ねる。名前を言って伝わるものだろうか。新はシラバスを眺めた記憶を探った。あのおじいちゃんは、確か…

杜若(かきつばた)…杜若教授だな。」

 カキツバタなんて珍しい苗字だな、と思って覚えていたのだ。間違いない。

「カキツバタ…。」

 名前を聞いて目の前の少年は少し考えるそぶりを見せる。そして何やらブツブツ小声で繰り返している。最後にひとつ呟いた。

「…キヴァト…か…。」

「また痛ワードが。」

「人名だ。」

 そこではじめて充斉がウーロン茶を含んだ。ゆっくりとした動作で湯呑を置くと、話を続ける。

「その男、ヴァルルカンの可能性が高い。」

「杜若教授が?てか、ヴァルルカンて何。」

「幸か不幸か、(あらた)の学校には他にもフェチケがいるようだし。」

「フェチケって何。」

「お互いにまさかそんなに近くに居るとは思っていなかったんだろう。」

「お互いってなんなの。てか俺、お前に名乗ったっけ。」

「あちらはまだ気づいてない可能性が高いな。」

 充斉はこれでもかとスルーしてくる。

「よし、そうと分かれば行くぞ。」

「えっ?」

 バンッ、とコタツ机を軽く叩くと充斉は立ち上がった。今度は新がキョトンとする。

「行くって?何?どこに?」

「決まってるだろう。大学だ。」

「大学?俺の!?」

 新が心底嫌そうに見上げると、何か問題でも、とでも言いたげな涼しい表情で見返された。何が悲しくて休日に、しかも胡散臭(うさんくさ)い中学生を連れて。

「たまには休ませてよ。」

 昨晩と同じことを懇願する。

「そのカキツバタの部屋は分かるか?案内してくれ。」

 先生~、さっきから充斉くんがとことんスルーしてくる~。

 そんな新の心境を読み取って…くれる訳もなく、充斉は早くしろと()かしてすらくる。当然、起き抜けだし寝間着だし、朝食もまだだし。

(ことわ)…」

「窓から大声で叫ぶぞ。」

「ごめんなさい。」

 ()くして新と充斉は連れ立って杜若教授の部屋を目指すことになった。


 大学までは新の住む安普請(やすぶしん)から徒歩で30分程度の距離である。南北に走る国道23号線 か1つ隣の県道を行くのが分かりやすい。二人は住宅街の細い路地から出ると、近い県道を北上することにした。

 県道は片道一車線の狭い道路だ。遠慮がちに歩道を示すラインが引かれているが、ところどころがはげかかっていて、あまり歩行者にやさしくない。町とはいえ基本的に田舎の道路は車のことしか考えていないように見える。いや、長い歴史を考えるなら本来は人が徒歩で通る街道がまずあったはずで、後から車に占領されたのだろう。便利さは急速に町を変える。文明に乗り遅れた新のような人間に、世の中の速度は早すぎる。まあ、ことこの県道のことを言えば新の生まれる前からこのような形であったはずで、単に不景気か怠慢により整備がされていないだけかもしれないが。

「車には乗らないのか。」

 川を渡ったところで車道から一段高くなった歩道が現れる。先程まで縦列で案内する形だった新の横に、無表情な少年が顔を出した。文明を先取りし過ぎているであろう彼には徒歩で生活する俺のことは不思議の対象なのかもしれない。まぁ確かに充斉でなかろうと、このあたりでの生活を徒歩で乗りきろうとする人間は珍しくみえるかも。

「ご覧の通り、金がない。バス代もバカにならん。」

「テイキケンは無いのか。便利だよ。」

 歩きながら新はこの光景を知り合いに見られませんように、と祈る。素知らぬ充斉は革製のパスケースを取り出してこちらに見せてきている。

「それにも金がかかってるんだぞ。」

「なに、いつの間に。」

「お前よく生活できてるな。」

「それは私も思っている。」

 基本的に無表情なブレザーは細い首を(すく)める動作をした。そういう動きはどこで覚えてくるのだろう。それとも宇宙共通のジェスチャーなのか。

「言われてから、話し方は気を付けてはいるんだけどね。」

「あ?そういやそうだな。」

 中学生らしく喋れば、とかなんとか言った記憶がある。地味に気にしてたのか。…それにしては中途半端な気はしないでもないが。

充斉(みつなり)、敬語って知ってるか。」

 この機会に教える(てい)で立場を改善したい(あらた)である。一応俺、充斉の見かけ年齢よりははるかに年上だし。初対面だったときから何か常に雑な扱いをされていたような気がするし。

「もちろん。学校で先生と話すときは心掛けてるよ。」

余所(よそ)でも初対面の人とか、目上の人にはきちんと使うんだぞ。」

「うん。でも仲間内や敬意のない間柄なら問題ないだろ。」

 うむ?俺はどちらの集合(クラスタ)に入ってるんだ。聞くのが怖い気がしてきた。

「昼間じゃなければ建物の上を通って行くんだけどな。」

「…さらりとスゴいこと言わなかったか今。」

 徒歩とかの次元を超えている。よくよく考えると生殺与奪(せいさつよだつ)のボールは充斉側にしか無いわけで、立場はどちらが上かと言われると難しい。そういえば充斉は毎度どうやってうちの近くまで来ているのだろう。まさか先程のテイキケンが隣県からの経路をカバーしているとは思えない。

 …ま、いいか。

 新は今日も何かをひとつ諦めた。


 ゼミ室の並ぶ文科棟は迷路のようになっている。まだ一回生の新は当然不案内なため、学生課で杜若教授の部屋を聞くことにした。

 しかし、学生課につくと休日のため、窓口はほとんどが閉まっている。開いた窓口にも職員の姿が見えなかった。休憩時間なのか、何か事件でも起きたのだろうか。

「中学とは違ってまた古めかしい建物が多いんだな。」

 充斉は物珍しそうに学生課の吹き抜けを見上げている。

「それは学校によると思う。」

 インターホンを押しても窓口には誰も出てこない。まごついていると、廊下の向こうから見知った顔が歩いてくるのが見えた。新は内心で「ゲ。」と思う。知り合いに会いたくなかったのだ。

「あれ、珍しいやん。」

 廊下を鷹揚に歩いてきたのは学科同期のみーちゃん、こと三笠だった。相変わらずハンプティダンプティのような丸っこい身体をしている。女子にしては上背もそこそこあるためやたらデカく見える。ゆったりしたチェックのワンピースに栗色のローパンプスという出で立ちだ。

「あ、こんにちは。」

 充斉がしなくてもいい挨拶を三笠にしている。うわぁ、面倒くさい。

「昨日は大丈夫やったん?」

 あれ?三笠の一言に新は今日も耳を疑った。

「お蔭さまで。そちらは問題なかったですか。」

 充斉と三笠で普通に会話している。とても初対面には見えないどころか、何故か昨日の話をしているような。ていうか三笠には敬語なのか充斉。

「実はまずいことになってん。昨晩キヴァトの兵隊(・・)が来てな。一歩間違ったらザスロを持っていかれるところやったわ。」

「む、すまない。私のせいか。」

「ううん。何かメモがなんちゃら言うとったわ。アズとは別件やに。」

 おうおうおう、ちょっと待て。会話に着いていけてないぞ。今日も断然おいてけぼりだぞ。ふいに三笠が新の方に向き直った。そしてキッと睨み付けてくる。

「あかんでジョーシン、ウーラを人前にホイホイ出したったら。どこから情報が漏れるか分からんのに。」

 三笠に言われても新にはピンと来ない。でも何か怒られた気がする。

「…ええと?」

「私があまり説明していなかったからな。」

「言わんでも分かるやろ!」

 新はううん、と唸った。分かるか分からないかと言われればまったく分かっていない。三笠は何か怒っている。相変わらず充斉は無表情だ。

「す、すまん。」

「謝って済むことちゃうやろ!」

 そうじゃなくて。

「いや。この状況について誰か解説してくれ。」

 なおも口を開きかけたところで三笠の動きが止まった。は?という疑問符が顔に浮かんでいる。

「…何言うとんのアンタ。」

「いや、お前たちが何を言っているんだ。」

 充斉が目をパチパチさせている。三笠はそんな充斉の方を一瞬見やると、再び新に向き直った。

「ジョーシン、アンタ何者?」

「民間人ですよ。紛れもない。」

 しばらく黙っていた充斉がぽつりとつぶやいた。その声音からは何の感情も読み取れない。役所の担当者が書類を読み上げているときのような棒読み加減だった。新はそれを聞いてほんの少し安堵(あんど)した。よかった、やっぱり俺は民間人らしい。いや、状況的には何も変化無いわけだが。

 三笠はしばし逡巡(しゅんじゅん)した後、ため息とともに一言もらした。

「…ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」

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