HEROとカキツバタ2
学生課で落ち合った3人は、話をするべく学生会館の裏手へ移動した。新がいつもダラダラしている遊歩道前の階段は、相変わらず人気もなくサラサラとした木漏れ日の中にあった。新と充斉は最上段である3段目に座り、三笠はその正面に立っている。
「で、ジョーシンは何なん?」
三笠は明らかな疑いの眼差しを新に向けている。ここ最近の新は疑ったり疑われたり大変だ。主に自分自身を疑っているだけなんだが。
「どこにでもいる普通の学生だ。」
口に出すのはせめて希望にしておいた。新の言を受けて三笠は大きく一息吐くと、今度は充斉に向き直った。
「フェチケではないんやんな?」
「ヴァルルカンでもないですよ。」
「なんなんそれ。」
人間だという選択肢は与えられていないのか。とりあえず分かっていることは、どうやら充斉たちゼリー宇宙生命体の陣営をフェチケと呼んでいるらしいということと、ヌリエラという女の子は敵でヴァルルカンという陣営らしいということ。そして俺は全力で被害者だということ。
「どこまで話してええの?ていうか味方ってことでええんやんな。」
「味方にしておいた方がいいと思います。」
どういう意味だ。言った充斉は相変わらず無表情のままだ。三笠はしばらく何かを考えている様子だったが、思いついたようにトートバッグからスマホを取り出した。そして少し操作したあと、画面と新の顔を交互に見る。表情がにわかに変わった。浮かんでいるのは、驚愕。
「…ちょっと待って。何でこんな反応が…あ、え、嘘、まさか、そんなことあるの。」
「はい。」
淡々とした充斉の返答が、三笠の反応と対照的だ。三笠は口を開けたまま首を振っている。うん、そろそろ質問してもいいかな。
「一から十まで説明して欲しいんだが。」
「あ、…うんと、ジョーシンはどこまで知ってるん?」
「何も知らない。」
「何も!?」
「充斉を見て気付いてほしい。こいつが何かを説明してくれるように見えるのかお前は。」
三笠はしばらく充斉の方をじっと見た後、もう一度新の方を見た。
「アズはまぁ、せやな。来たばっかりやし、しゃーないわ。」
「アズって何。」
三笠がポカンとなった。
「…それでミツナリって呼んでるんやな。」
「もしかして充斉の本名、というか中身のゼリーの名前なのか。」
「私はゼリーじゃない。」
充斉が無表情でそこだけ訂正してきた。こだわりなのか。液体と半固体の違いが大事なのか。変わらねぇだろ。
ううん、どないしょ、と三笠が頭をひとかきする。
「アズは参加したのが先週位からや。あ、ええと、そうか“ルール”も知らんのやな。めんどくさいな。」
長くなるで、と前置きして三笠が話し始めた内容は、何というか突拍子も無いものだった。最近の出来事が押しなべて突拍子も無いので覚悟はしていたが予想はしていなかった。
「私たちフェチケとヴァルルカンで競い合ってるってのは認識してるんやんな?ずっと前からやってんのさな。いつからかは私はよう知らんけど。で、その舞台が何か所かあるんやけど、その内の一つが第6象限の地球なんさ。ここな。んで、」
ここ、と言いながら三笠が地面を指さしたので、おそらく今いるこの地球の事なのだろうと推測する。第6象限てなんだろう。もうなんかずっと痛い。単語が痛い。しかしツッコミはじめると話が終わらなさそうなので新はグッと我慢した。
三笠はそこで手に持っていたスマホを少し操作する。そして画面からラップを引き出すような動作をした。細かく言うと、左手で画面を右向きにしてスマホを持ち、右手の親指と握った四本指で画面から飛び出た薄いナニかをつまむようにして右に引っ張っていく動作だ。三笠の右手と左手の間、ラップに当たる30㎝くらいの幅の空間上に模様が浮かび上がった。見間違いでなければ、空間上に、まさしく浮いている。…目に見えないラップがあるんだろう。もういいやそれで。
浮かんだ模様を見ながら話が続く。
「フェチケとヴァルルカンの間のルールなんやけどな。終了の条件が「どちらかのザスロが無くなる」ことなんや。ザスロって言うのは何や、ええと、宝物的なもんや。」
待て。まあ待て。ちょっと待て。
「つまり何か、その、ゲーム的なものなのか。浜辺で殴り合いしてたり重機が出入りしてたりするのも。」
「あ、あ、ちゃうよ。必ずしも戦闘する必要はないんさ。」
三笠がラップを引き出した格好のまま首を振る。
「ただ陣取りゲームみたいなもんでな、相手のザスロを奪ったら自分の側のにできるんや。もちろん、破壊する場合もあるんやけど、それよりも奪った方が相手のを減らした上に自分のにできるで有利やんか。」
ゲームだというところは、否定しないのか。新は色々な光景を思い出してみた。ゲームにしては大分派手な演出が多かったように思うんだが気のせいなんだろうか。まぁ昨今のゲームは大分リアルになったことだし?うん、でもまさか現実にゲーム感持ってこられるとは思ってなかったぞ。どういうことなんだ本当に。
ただねぇ、と三笠が続ける。
「フェチケはフェチケの、ヴァルルカンはヴァルルカンのザスロがどれなのか分かるようになっとってな。逆にいうと相手のザスロはどれか分からんのさ。どんな形しとるかも、どこにあるかも分からんねん。ただお互いに残数は分かる。」
「どこにあるかも分からないようなものを取り合ってんのかよ。どうすんだよそんなもん。」
「それなんさ。せやから相手を締め上げて情報を引き出すか、拠点ごと吹っ飛ばすのが一番手っ取り早いんや。あとは相手の情報網を乗っ取る…ネットでいうハッキングみたいな事をするとかな。」
なんという物騒な話だろう。そんな良く分からない宇宙生命体同士の争いによって地球上の平和が脅かされるようなことがあってもいいものなのか。倫理観が違うのか。それとも地球上の資源や生物はゴミ屑扱いなのか。ていうか吹っ飛ばすって。
「で、基本的には何してもOKなんやけど。」
「OKじゃねぇよ。」
「いくつかルールがあってな。一つは「地球の民間人を巻き込んではならない。」それからもう一つ、こっちがえらくて、「参加する場合は必ず「心優しき地球の民」とペアにならなければならない。」言うてること、分かる?」
「何ソレ痛々しい。」
全く分からない。日本語は理解できるが意味が分からない。
「巻き込むなと言っておきながらどうやってペアになるんだ。」
それなんさ。わが意を得たり、という表情で三笠がふふんと鼻を鳴らす。如何せん。ちょっとイラッとした。
「飽く迄巻き込んだらあかんのは「民間人」であって、本人の意思をもって参加しようとする地球人のことを「心優しき地球の民」と呼んで区別するんさ。」
あ、と新はひとつ思い出した。事の発端となった充斉マスクの記念すべき初回不法侵入の時のことを。
先週位から参加したらしい充斉サンが口走った痛い台詞たちを。
充斉は確かに言っていた。「名乗る前にまず、礼を言いたい。ありがとう、心優しき地球の民よ。」つまりあの時点で俺は、自分の意思をもってその危ない争いに参加したと間違えられ、結果として無垢なる「民間人」ではなくなってしまったということなのか。
「んな理不尽なッ。」
思わず口をついて出てしまった。リフジン?と無表情のままキョトンとしている充斉が小憎たらしい。
「俺は心優しくない民間人なんだが。」
「アンタはまぁ、しゃーなしや。」
なんでやねん。喋れもしない関西弁が再び出るくらい納得がいかない。諦めることさなーと三笠も何故かのほほんとしている。いやいやいや。
「そうだ、昨晩の紫夜に記憶操作だか何だかしたとか言ってただろう。アレを俺にも…」
「ダメだ。」
先ほどからずっと黙っていた充斉がボソリと返事をした。有無を言わさぬ完全否定だ。俺は普通の生活がしたいだけなのに、それはそんなに贅沢な事なのか。
少し離れて新の隣に座る充斉は、前を向いたままだった。顔こそ三笠の方を向いているが、長い睫の先は、どこを見ているのだろう。虚空を見つめる横顔は珍しく無表情ではなく、小難し気な様子だ。そこに浮かんだヒエログリフを一文字ずつ解読でもしているのだろうか。横顔のままの充斉が言う。
「遅かれ早かれ新は必ず私たちと出会う事になっていた。避けようのない事実だ。たとえ一時記憶を消せたとしても、明日にはまた誰かと再会しなければならない。」
胡乱なこの日常が、避けられない「運命」のようなものだというのか。
「全く分からん。」
要するに、…どういうことなんだ。
「私と違って好き嫌いで参加できるわけちゃうってことや。」
三笠がラップをたたみながら言葉を引き取った。
「好きで参加してんのかお前。」
「勿論やでそんなん!ちゃうかったらそもそも参加できやんもん。話聞いとった?ジョーシン。」
聞いているのと理解できるのは別物だと思う。危険を冒してまで参加したくなるようなメリットがあると思えない。
「そういや、誰とペアなんだお前。地球人とペアなんだろ。クラスの中の誰かなのか。」
ふと浮かんだ疑問だった。充斉といい三笠といい、所謂ところの「心優しき地球の民」が居なければ参加できていないはずなのだ。しかし訊かれた三笠は何やら面食らったような様子である。
「だから、私が好きで参加してるんやって。勿論私がペアやで。」
「どういうことだ?」
「ああ、言い方が悪かったな。私と、リラシュ=ピロシュでペアや。」
んあ?
新は少し考えた。つまり…?
「三笠は地球人の三笠のままで、そのリラシュ…がゼリーの方ということか?」
「ゼリーじゃない。」
「そこはこだわりなのかッ。」
思っているよりサラサラの液体なのだろうか。いや、そこじゃない。ツッコミどころはまだあるはずだ。ええと、
「そのリラシュなんちゃらが別に居るわけだな。あ、もしかしてそいつが銀緑マスクの奴か?」
そういえば近所にもう一人怪しいマスクヒーローが居たことを思い出した。しかし三笠は首を横に振る。
「多分それは「オグ」。別の奴。私は基本的に変身しない。敵の通信路線から攻める役割だから。」
聞き間違いでなければ三笠は今「私」は変身しない、と言った。俄然しない方がいいと思うんだ。
…絵面的に。
パツンパツンのヒーロータイツを想像してしまったじゃないか。ボェエエ。
新は気を取り直した。
「リラシュとやらは別人でそいつが変身するんだな?あれ?そうすると充斉が変だな。んん?」
あかん、混乱してきた。
新は新緑を含んだ風を吸い込んで、吐き出す。困ったときは深呼吸に限る。
うん、やっぱりよく分からない。
「リラはいつも一緒におるよ。外に出ると形を保てないんやって。たまに居るのか分からんくらい無口やけど、判断に迷ったときとかは助けてくれるし。」
…。
なんだろう。
今とても電波系な感じの発言が飛び出したような気が。
新は心の中で気持ち、ほんのちょっとだけ引いた。
「まさかとは思うが、合体してるとかそんな危ない設定じゃないよな。」
「合体!ぶはっ、しとらん、しとらんよ。身体的には別だと思うに。私の意思に反して身体が勝手に動いたりはしやんし。」
深呼吸をいくらしてもし足りない。そしてちょっとバカにされた気がする。好きでそんな痛々しい設定について言及している訳じゃない。くそう、覚えておけよ。
「私達は、やけどな。ヴァルルカンは別や。一部のやつとはいえ、あいつらホンマにズルい。ごく最近になって合体っていうか、「民間人」を操作する術を造り出したみたいでな、無理やり参加して来よんのさ。操作するには同じようにペアにならんとアカンみたいやけど、それでも無茶苦茶なことしよるわけさ。意のままに操るには、人の意識は邪魔やんか。どうすると思う?」
ああ、と新は思う。
見ると、充斉はまだ正面を向いたままだった。
「気づいとる私達では「魂を抜く」って言うてるけどな。人間の意識をごっそり抜き取ってしまうんや。厳密にはちゃうらしいけど植物人間みたいにしてしまう。そうして身体を乗っ取るんや。」
「参加の意思がない「民間人を巻き込んではいけない」んじゃなかったのかよ。」
「それを、どないにして見分けるんや。」
「えっ。」
「元の当人の意識があるか無いか。」
「そんなの…」
反則だろ!?フェアじゃない。全然フェアじゃないぞヴァルルカン。
「そこまで分かってるなら、糾弾できないのか。審判とか、何かないのかそういう…」
小さな沈黙が降りた。
爽やかな陽気の中、遠くで聞こえるギターの音がどうにも話題と不似合で。そちらこそが元々新の居た日常だったはずなのに。
強制的にそんな妙なお遊びに参加させられる人類を思うと何ともいたたまれない。「ルール」によって地球人の合意も曲がりなりにもあるんだぞと言い張れるものを。そんな形で破られたら、ただの危険な外来生物による侵略でしかない。武力による完全制圧をされないだけマシなのか。そもそも侵略が目的では無い…んだよな。あれ。
ていうか俺は?俺は何なの結局?
「そこらの怪しい術とか、私も色々調査しとる。フェチケ側に限らず、ヴァルルカンも大半はあまりそのことは気づいとらん思う。私もまだ言いふらすには示せるような証拠がないもんで…。あと審判とかそういうんは、おらん。今までずっとそんなアカンことせんとやってきたんや。それに、」
一息挟んで三笠が続ける。ふっくらとした広い額の真ん中あたり、眉間に大きなしわを寄せながら。
「そういう事しだしたんがヴァルルカン自身じゃなく、「心優しき地球の民」やでな。難しいんさなぁ。」




