Cut/α-2「愛と殺意」
どんな人もきっと、誰かを愛したくて。
それで、誰かを殺したいんだと思うの。
だってそうじゃなきゃ...殺すなんて言葉がある意味がないもんね?
▼視点:愛奈
「ではこれより、本格的にゲームを開始したいと思います。有栖さんは来たばかりですので、改めてルールを説明します」
大きなモニターに写されたSOUND ONLYの文字と加工された音声はわたしの置かれた状況を淡々と突き付けてくる。
「これはゲームですが、現実で行われている実際の出来事であり、皆様の夢や妄想ではありません。また、我々は皆様に隠し事をすることはあれど、嘘を吐くことはないと理解してください。」
「はいはーい!これって恋愛リアリティーショーって聞いたんだけどあってるー?」
ララが元気に手を上げて聞く。
モニターの先にこちらの声は聞こえているようで返事が返ってくる。
「はい、間違えありません。しかし、これは遊びではありません。なので、ルール説明はしっかりと聞いていてください。ララさん、いいですね?」
「はーい」
ララは満足したように座る。
「では、続きですね。このゲームの名前は、『ギフテッドラヴァ』と決まりました。皆様の中にはギフテッドの方もいらっしゃるでしょう。こちらから制限はしませんのでご自由に使用してください。」
ギフテッド。生まれた時より神に特別な力を、ギフトを授かった者。私はギフテッドにはなれなかったけれど、友人にも沢山ギフテッドは存在した。
「そして、皆様にはここ、”舞台”の中で恋愛をしていただきます。ゲームが終わるまでは...申し訳ありませんがここからは出すことができません。しかし、舞台では衣食住を無料で提供いたしますのでご安心ください。最後に、ゲームの終了条件をお伝えします。絶対に聞き逃さないようにしてくださいね」
その声に少しの間ができる。その隙に辺りを見渡す。さっきまでは二回目のチュートリアルを受けるように軽く聞き流していた他の参加者たちがモニターに向きなおした。そして、伝えられたのは最悪の条件だった。
「カップルが成立した場合、そのカップル以外の全員が死ねばゲームは終了し、生存者は舞台から出ることができます。カップルが複数いた場合も同様、最終的な生存者が何人いようと舞台から出ることができます。それ以外のゲーム終了条件はありません。以上、ルール説明でした。...あぁ、一つ忘れていました。皆様が殺し合いやすいように武器の召喚を可能にしています。きっと皆さまにぴったりの武器が生まれますよ。では私はこれで」
プツン、という音とともにモニターはノイズだけを映すようになった。
静寂の中、それを切ったのはあまねだった。
「殿方を見つけて、その他を殺す...簡単ですわね。生き残りたい方はわたくしを惚れさせなさいな?」
「相変わらず自分勝手だなあんたは。一番正しいのは全員生存だ」
正兎が反論しあまねの目つきがいっそう鋭くなる。
「そう...馬鹿だとは思っていましたがとんだ理想家でしたのね」
冗談めいていた正兎の顔も険しくなる。
「やっぱお前は悪ってことでいいんだな!殺してやる、デスゲームらしくよ」
正兎があまねに向かって走り出し”武器召喚”と叫ぶ。どこからともなく現れた、正兎が両手で握りしめるものは、誰でも一度は見たことがある通行禁止の標識だった。
「はは、いいなこれ。死ねよ我儘嬢!」
さすがのあまねも驚いた表情を見せ固まる。彼女がようやく動き出したときには既に標識は振り被られていた。見ていられず私は目を瞑った。
ガキン...と重い音が響く。
恐る恐る目を開くと、手で頭を覆うあまねの前に竜胆がいた。
「落ち着けって、若人。そんなんじゃ誰の心も持たねぇ」
標識はいつの間にか召喚された竜胆の刀に抑えられ、ガタガタと押し合いになっている。
「邪魔するなよおっちゃん」
「お、こんな時でもおっちゃんて呼んでくれるんか。俺ちゃん嬉しいわぁ。...ま、冗談はこれくらいにしといて。皆思うことあるやろけど一旦解散しよか」
竜胆がそう言いながら標識を振り払い刀を鞘にしまう。
正兎は体制を整えチッと舌を鳴らした後足音を響かせながら広間を出て行った。
それを見守った後、他の参加者もそれぞれ足を動かし始めた。
「あーしも賛成~。ピリピリした空気嫌だしー?ほら、なるくんいこーよ」
「待って藍蘭、彼女もつれていく」
鳴子に肩をポンと叩かれる。
「私ですか?」
「うん、だって有栖さんはまだここのこと何も知らないからね。エリアのこととか教えることは沢山あるから」
「そのようですね。また案内をお願いしてもいいですか?」
「もちろん。じゃあ行こう、二人とも」
「は~い」
藍蘭がのびのびと返事をし、私もいつもより少し大きめにうなずいて返事を返した。一瞬だけ、藍蘭がこちらを怪訝そうに見ていたようだったが、すぐに柔らかい表情に戻った。...見間違いだったのかもしれない。
「おっちゃーん、ここは任せるよー」
鳴子の声に親指を立てる竜胆を横目に、私たちは広間を出た。
▽
広間を出て少し廊下を歩くと、一面に緑が広がる草原に出た。その中心には一本の土の道。辿った先には小さな扉が壁もなく佇んでいた。
「この扉を開ければ花畑エリアだよ」
壁がなく捉えることができる扉の先は、ただ平原が広がっているのみだった。しかしそこには花畑があると直感する何かがあった。
「...私が開けるのですか?」
「うん、その方が楽しいと思ってね」
「そうですか。では」
ドアノブに手をかけるとその扉は容易く開いた。その時、辺り一面を彩る色と香りが私を包んだ。それは少なからず私の中にあった恐れと焦りを和らげてくれた。
「あなたが初めにここを選んだ理由がわかった気がします」
「なんのこと?」
鳴子はとぼけていたが、きっと私を慰めるためにここに来たのだろう。しばらくは何も言わず、それぞれが花を観賞し進んだ。そのあと最初に口を開いたのは、藍蘭だった。
「きれいだよねー、あーしはよくここ来るんだ」
「そうなのですね」
「...ねーアリスちゃんさ?もうちょっと緩く話せないのー?」
「すみません。親しい友人でも話し方は変わりませんので...」
「ふーん、そ」
「不満であれば私は別のエリアへ行きます。比留間さん、次のエリアに連れて行ってくれますか?」
花を愛でていてこちらの話を聞いていない鳴子に案内を仰ぐと、きょとんとした顔で振り向いた。
「あんまりお気に召さなかった?ここの花はみんな気に入ったんだけど...まぁいいや。じゃあ行こうか、次はどこにーー」
「ちょっと待って」
歩き出そうとしていた私たちを引き留める藍蘭の声には、さっきまでの穏やかさはなく、鋭い枝のようだった。
「アリスちゃん。あーしからなるくん奪うつもりでしょ」
「はぁ...?」
考えもしなかったことを言われ一瞬思考が止まる。
思考を取り戻した時、私の目にはギラリと光る銀色の何かが映っていた。それは本能的に凶器であると悟る。
「...ッ!」
必死で体を後ろに反らした。
しかし完全に避けることは叶わず私は左目にそれを受けた。よろけてへたり込む。
「藍蘭、なにやってるんだ!?彼女は何もしてないよ」
鳴子が私の前で手を広げているのを、かろうじて右目で確認できた。
「したよ。あーしのなるくんを誘惑した。奪おうとした」
きっと恋敵だと思われてしまったのだろう。こんな場所だから、それは殺す理由としては十分だ。でも。それが殺されていい理由にはならない。
「比留間さん、私は大丈夫です。ですので、医療に精通している方がいれば呼んできていただけますか?」
「...わかった。無事でいて」
これでいい。彼女に責任を感じさせるのは辛いから。
「あぁ、怖いですね」
独りで対峙する殺意を持った人間とは、これほど怖いのか。
...比留間さん、こんな私に優しくしてくれてありがとうございました。
右目に映る彼女の姿は、恨みは、きっと忘れられないだろう。
「アリスちゃん、みてみて。これ、鉄扇ってゆーんだっけ?かっこいいよねー。......それだけ。じゃーねー、アリス...ちゃんっ!」
藍蘭の鉄扇が風を切り、私は反射的に目をつぶる。
...
...
目を閉じきり真っ暗な世界の中、痛みを感じない。そしてやけに温かい。私は死んでしまった?
現実に目を背けたい気持ちはあったが、恐る恐る目を開いていった。
「...常葉、さん...?」
真っ先に目に入ったのは藍蘭だった。
「ひっ!?」
しかしそこに藍蘭はもう、いなかった。
それは、頭から温かい泉を溢しながら倒れこむ藍蘭だった何かであった。
驚きと恐怖に満ちて力が抜けた時、カラン、と音が鳴る。音の正体は、辺りを染める色と同じく真っ赤に染まったメイスであった。
「わた、し...が、あ、ぁ」
ちがう。記憶には存在しない。そんなことはありえないのに。今私を包むすべてが、私が殺したと伝える。
乱暴に頭を抱える。両手からも泉の温かさを感じた。
「う゛ぅ...おえ゛ぇ゛...ぅ゛ぉえっ...」
吐瀉物がビチャビチャと音を立てながら赤い泉に混ざっていく。
花の色も香りも、もう私には感じられない。
「おー大惨事やな、アリスの嬢ちゃん?」
何度か聞いた声が耳に押し入ってきた。一人にしてください。
「あー、冗談でもそんなこと言ってる場合ちゃうな。嬢ちゃんが重傷って聞いてきたんやけど...あー...」
何を悩んでいるんですか?はやく助けてください。
「鳴子嬢に見せるわけにはいかんなぁ、さぁどうしよか...」
私の声が聞こえていない。いや、声が出せていない。さっきから体も動かない。
「...ええわ、嬢ちゃん応急処置しよか」
ありがとうと言いたかった。竜胆はきっと、私の味方でいてくれる。
応急処置が終わったあたりで竜胆の携帯が震えた。
「あちゃー、鳴子嬢からメールってことは...まぁせやろな。悪いな嬢ちゃん。あいつはもう嬢ちゃんの案内せんって言っとるわ、ほら」
そういいながら竜胆は右目の前に携帯を持ってきて画面を見せてくれた。
<おっちゃん、ぼくは見ちゃったから、もう彼女とはいられない。案内も終わるよ。それから、おっちゃんもあんまり近づかないほうがいいよ。無事に帰ってきて。>
あ...あぁ、違います。私じゃあありません。許して。信じて。助けて。助けて。
「鳴子嬢もこう言っとるしおっちゃんは帰ろ思うけど...一人で大丈夫か?」
やめて、いかないで。独りにしないでください。
「嬢ちゃん、変わってんなぁ。ま、黙ってるんなら肯定やろ。またな、アリスの嬢ちゃん」
待って
待って
ねぇ...!
待ってよ...!!
「待って!!!」
ようやく声が出た。振り返ることができた。しかしその時には...すでに独りだった。
▽
血と吐瀉物の臭いに苛まれながら、ユラユラと彷徨い続けて何時間経ったのだろう。私は扉を探していた。いるはずのない、助けてくれる誰かを探して。




