Cut/α-1「幕開け」
人を殺してはいけない。
しかし人を殺すこととは、愛ではないのか。
愛を知りたいと願った少女は今ーー。
▼
■■月■■日■曜日。いつも通りの何ら変わりない日だった。
いつも通り朝5時に起き、いつも通り朝食は取らず、自室で1時間ほどのんびりしてから時間に余裕をもって制服に着替えて学校に向かう。特にアクシデントもなく気分よく家を出て20分ぐらいたったころ、今にも消え入りそうな声で少女に話しかけられた。
「あの...お話、い、いいですか?」
その少女は、手入れのされていないであろう長く白い髪と光の宿っていない真っ黒の瞳がやけに目を引いた。
街頭アンケート、というやつだろうか。普段なら無視するところだがその日はなんとなく受けてみた。或いはそこにいた儚い少女をもっと見ていたかったからなのかもしれない。
「学校なので、なるべく早くお願いできますか?」
少女は返答が返ってくると思っていなかったのか、少し驚いたようで小さな体が一瞬浮いたように見えた。
「は、はいっ、えとその...童話ってお好きですか...?」
客引きだったり、アンケートだったり、そういうものだと思っていたから、童話と聞いてなんだか拍子抜けした。それにしても童話か...少し懐かしさを感じる。
「童話...そういえば最近は読んでませんね。昔はよく読んでいましたが」
少女は嬉しそうに目を輝かせているが、おどおどとした態度はそのままに話を続けていく。
「よ、読んでたんですねっ、じゃあ、えと...好きな童話って...」
「好きな童話ですか?そうですね...強いて言うなら鏡の国のアリス、ですね」
少女はお~、と声を漏らし何度か頷いた。
「面白いですね...あっいや、だって、ほら!お名前も”ありす”...ですよねっ」
最初は確かにと思ったがすぐに違和感に気づいた。私はこの少女に名前を教えていなかった。
何故私の名前を知っている?私に声をかけたのは偶然ではなかった?
「急ぐので行きますね」
とりあえずここを離れるべきだ。そう直感した。しかしそれではもう遅かった。
「も、もうですか...あ、えっと...また迎えに行きます、ね」
かすかに聞こえたそれには、聞こえないふりをした。
▲視点:ありす?
▼
最後の参加者がもうすぐ来るといった趣旨のメールが今朝届いた。
一人目の参加者だったぼくは何故か毎回案内をさせられているが、それももう八回目で慣れてしまった。
今度はどんな人が来るのだろう。少しだけ、参加者が増える度に楽しみにしていた。
そこは、”舞台”の中で唯一外とつながる場所。錆びた鉄の臭いが充満する、静かな鉄の牢。
牢に近づくほど、ここはどこだ、出してくれ、そんな叫び声が響いてくる。
それが通例だった。突如連れてこられたはずの最後の参加者は手を顎に添え、ただ静かにそこに立っていた。
服装はまるで童話に出てくるアリスのようで、ワンピースにフリルのついたエプロン、三つ編みを編まれたおさげからは黒い髪の内側にブロンドカラーの光が見えている。
彼女の名前はメールに書かれていたためその名前を呼ぶ。
「有栖愛奈さん、だよね」
その声に現実に連れ戻された彼女はハッとしてぼくの顔を見る。少しの間見つめた後、彼女は口を開いた。
「あの、聞きたいことが山ほどあるのですが...どうすればよいのでしょう?」
これまでの参加者は突如鉄の牢に入れられたことにより動揺したり、騒いだり、ぼくに強い言葉を向けるばかりだった。では彼女はどうだろうか。戸惑いはあるものの、冷静であった。
「えーと...とりあえずついてきてよ。ちゃんと説明はするからさ」
「わかりました。ではあなたは案内人、ということですね」
「そういうこと」
鉄の牢から彼女を出して他の参加者たちが待っている広間に向かう。
鉄の臭いから解放されて、ぼくたちは広い廊下を歩いていく。
愛奈は少し歩いた後、そのしなやかな声を発した。
「夢じゃ、ないんですよね」
「現実だよ。一応ね」
「そうですか。...学校、無断欠席なんて初めてです」
学校、つまり彼女も学生ということだろう。それにしては大人びているように見える。
「優等生なんだ。そんな子がなんでこんなところに来たんだ?」
「わかりません。気づいたらここにいたので」
彼女はまるで見当もつかないという様子で首を横に振っている。
「あー、そういう感じかぁ、じゃあほんとに何も知らないんだね」
「ですね。なので初めにあなたの名前を教えていただけませんか?」
いつも名前なんて後回しだったから、名前を聞かれて少し驚いた。
「別にいいんだけど...せっかくならみんな一緒のほうがいいんじゃない?もうすぐ着くよ」
「そうですか?ではそれで大丈夫です」
「ごめんね」
「大丈夫です、と言いましたよ」
軽く頷いて返事を返す。頭を上げた時、広間から騒がしい様子が見えた。
広間に着くと、軽く言い合いが起こっていた。
「謝れ!お前のもんじゃなかったろ」
「何を言いますの?ワタクシが食べたいと思ったものはすでにワタクシの物ですわ」
「...悪いやつには罰を与えなきゃなあ?」
「あら、ワタクシが為すこと即ち正ですわよ?おかしくって?」
「お前...!」
「まあまあまさっち、あーしは怒ってないからさ」
正義の味方と悪い姫様、それからおろおろしているギャル。
誰から見ても異様な光景に見えるだろうが、ここではそんなに珍しいものでもなかった。
それを眺めていると声をかけられた。
「鳴子くん、戻ったんだね。二敷さんと正兎がまた喧嘩してるんだよ」
「またか...集まる度にやってない?あの二人」
「相性わるいもんねー」
「やっぱり蒼もそう思う?」
「まぁ、みんな思ってるんじゃないかな」
喧嘩の解決もしなければいけないが、その前に紹介と説明を済ませなければ。
いつもより大きく息を吸って広間に声を響かせる。
「最後の参加者が来たよ。みんな座って!」
ぼくが踵をトントン、と鳴らすと広間に大きな机と人数分の椅子が現れる。
床に座っていた人。壁にもたれていた人。喧嘩をしていた人。
みんなが動き出し大きな机の決まった席に座る。
「みんな座ったね。じゃあ自己紹介を始めようか」
「はいはーい!うずらはねっ」
元気な少女が勢いよく手を上げたがすぐに抑えられた。
「まぁ待てようずら嬢。順番で行こうな?ほら、鳴子」
名指しを受けて立ち上がる。少女が落ち着いたのを確認して自己紹介を始める。
「じゃあ参加順で行こうか。ぼくは比留間鳴子。友達からはなるくんって呼ばれてる。あとはそうだね...みんな聞かれただろうし好きな童話でも言おうか。好きな童話は”赤ずきん”だ」
座って次の人に軽い合図を送る。しかし彼女は立ち上がらなかった。
茨の意匠が入れられたドレスに紫色の大きなツインテールが強く印象に残る彼女は、本物のお嬢様らしく自分本位だ。
「ワタクシの名前は二敷あまねですわ。以後お見知りおきを。...あとは好きな童話でしたわね、いばら姫が好きですのよ。」
そう言った後彼女はなんの合図もせずに黙ってしまった。そのせいか少しイラついた様子で彼は立ち上がった。
少し大げさな態度とは違って服や髪はよく整えられている。六角形の模様が入ったネクタイは彼のトレードマークだ。
「オレは正兎、矢野目正兎だ。ここで正義を名乗れるのはオレぐらいだし、困ったらオレを頼れよ。好きな童話は特にねぇな...ほら次だ黒猫」
「ちょっとー?ちゃんとまりちゃんって呼んでよね!」
正兎が黒猫と呼ばれた少女から目をそらすように座る。
少女は黒猫と呼ばれた通り、猫の耳としっぽが生えている上、その黒髪は美しい。
「初めまして、まりちゃんだよっ!だいたい150歳ぐらいかなー?まりちゃん、一目見てキミのこと好きになっちゃった!いっぱいお話ししましょうね?あっ、好きな童話...はまりちゃんも特にないかなー?はい、お待たせうずらちゃん~」
まりちゃん...本名は森羅毬亜。毬亜が座りきるまえに小さな少女は勢いよく跳び上がり右手を天に突き刺している。白と黄色で統一された衣装はまるで卵だ。
「はいっ!うずら!じゃなくてえっと、埋見ララです。うずらちゃんって呼んでね!好きな童話は、えーと、えーと、ヘンゼルとグレーテル!あとはね、お昼ご飯はうずらが作ってるよっ」
「ほいっ、一旦止まろうなうずら嬢」
ララは横の席の保護者に抑えられてやっと静まった。少し間をおいてから次の人が立ち上がる。
金とエメラルドの髪はどんな場所でもよく目立つ。
「次あーしだねー。あーしは藍蘭、苗字は常葉。なるくんとは幼馴染、いぇい。好きな童話はなんだろ、三本のみどりの枝とか?なるくん案内ごくろーさまでーっす」
藍蘭は小学校から常に一緒にいた幼馴染。軽く手を振って返事を返すと藍蘭は笑って席に着く。
「さて、次は僕だね」
そういって立ち上がった彼はいつもぼくたちの空気を穏やかにしてくれる。その雰囲気と白いセーターがよく似合っている。
「僕は光好蒼、好きに呼んでいいよ。好きな童話は十二人兄弟。僕にも可愛い妹がいるんだ。あとはそうだね...間食は僕が作ることになっているから城のキッチンによくいると思うよ」
以上。というように蒼が椅子に座ると、よっこいしょと言いながらこの場で唯一の大人が立ち上がった。一人和風な衣装を身にまとい簪なんていう洒落たものを刺している。
「おっちゃんに最後は荷が重いわ鳴子嬢~。まいいけどさ。俺ちゃんは白狼竜胆。おっちゃんて呼んでくれや。んで好きな童話は白蛇やな。んじゃ、最後に自己紹介頼むな。アリスみたいな嬢ちゃん?」
竜胆は軽く言うが、愛奈はみんなの名前を覚えるのに必死なようで考え込んでいる。
整理がついたのかしばらくして愛奈は立ち上がった。特に緊張している様子もなくすらすらと声を出す。
「私は有栖愛奈。どこにでもいる学生ですよ。好きな童話は強いて言うならば鏡の国のアリスです。この場所について、沢山教えてくださいね」
愛奈の自己紹介が終わると各々がリアクションをとる。
そんな中広間に巨大なモニターが現れた。
「みなさん、お揃いですね」
そこに映っていたのは赤いSOUND ONLYの文字。
「ではこれより、本格的にゲームを開始したいと思います。有栖さんは来たばかりですので、改めてルールを説明します」
それが、生き残りを賭けた最悪のゲームの始まりだった。
▲視点:鳴子




