15話 殿下、無事で本当に良かったです!
光が、強くなる。
最初は淡く滲む程度だったのに、気づけば視界が白く霞んでいた。
手のひらから溢れた光が、殿下の体を包み込むように広がっていく。
「……っ」
殿下が小さく息を呑んだ。その声に、反射的に胸がざわっとする。
――もうこれ以上、無理しないでほしい。
深く考える前に、熱がぐっと強まった。
「ルイス、もう――」
殿下の声が、途中で途切れる。
その直後、握っていた腕の下で、何かが確かに変わった。さっきまで張りつめるように強張っていた筋肉が、すっと緩む。
「……あれ?」
血の匂いも、ぬめりも、気づけば感じなくなっていた。不思議に思って、おそるおそる殿下の足元へ視線を落とす。
さっきまで血に濡れていたはずの場所は、どこにも傷跡が見当たらない。裂けていた皮膚も、腫れていたはずの関節も、最初から何もなかったみたいに、綺麗に整っている。
殿下が、信じられないものを見るように、自分の足に体重をかけた。
「……痛みが、全くない」
低く呟かれたその一言で、ようやく実感が追いつく。
治っている。しかも――完全に。
次の瞬間、光がふっと消えた。同時に、足元がぐらりと揺れる。気づいた時にはもう遅く、体から力が抜けていった。
(……あっ、やば)
これは立っていられないやつだ、と妙に冷静に理解した、その時。
強い腕が背中を支えて、僕の体を引き寄せる。
「ルイス!」
呼ばれているのは分かるのに、音が少し遠い。視界がふわふわして、頭の奥がぼうっとする。
「だ、大丈夫……」
そう言おうとして、うまく声にならない。舌が重くて、息をするだけで精一杯だ。
殿下が僕の顔を覗き込む。さっきまで自分があれだけ傷だらけだったのに、その顔には僕を案じる色しかなかった。
「無理をするな」
抑え込むような低い声が落ちてくる。その声に、張っていた糸が切れたみたいに、体から力が抜けた。
直後、体がふわりと浮く。殿下が、迷いなく僕を抱き上げたのだ。
視界が一気に高くなって、思わず殿下の服を掴んでしまう。するとすぐに、腕が抱え直されて、体が安定した。
「ちょ、自分で歩けます……っ」
反射的にそう言ったけれど、声に力が入らない。
「駄目だ」
短く答えて、殿下はそのまま歩き出す。怪我をしていたとは思えないほど、確かな足取りだった。
「……大丈夫だ。落とさない」
低い声が胸に落ちて、不思議なくらい力が抜ける。なぜか、その言葉だけで、本当に大丈夫な気がした。
殿下の腕の中は揺れも少なくて、地面を踏みしめる足取りは驚くほど安定している。さっきまで深手を負っていたなんて、信じられない。
殿下は周囲を素早く見渡し、魔獣の気配がないことを確かめながら歩いていく。
少し進んだ先で、ぽっかりと口を開けた小さな洞窟が目に入った。殿下は立ち止まり、内部を一瞥してから、静かに中へ入る。
外よりも空気がひんやりしていて、風は通らない。
殿下は洞窟の奥、岩肌を背にできる場所まで進むと、慎重に僕を下ろした。
「ここで休もう」
そう言って、殿下は自分の外套を外す。次の瞬間、それがふわりと僕の肩にかけられた。
「……えっ」
思わず声が出る。外套はぼろぼろになっていたけれど、温かい。殿下の体温がそのまま残っていた。
「冷えるからな」
短く言って、殿下は外套の前を整える。
そのまま、殿下は僕の隣に腰を下ろした。距離は近いけれど、触れないぎりぎりのところ。
「……もう、大丈夫だ」
胸の奥に張りついていた緊張が、すっとほどけていく。
「助けは必ず来る。それまで、ここで休め」
返事をしようとして、言葉より先に小さく息が漏れた。外套の中は温かくて、殿下の存在がすぐそばにあって。
(……なんだろう)
さっきまでの恐怖や混乱が、嘘みたいに遠い。体の力が抜けて、自然と背中が岩肌にもたれかかる。
殿下が、その様子を確かめるように視線を向ける。そして、ほんの一瞬だけ迷ってから、そっと距離を詰めた。肩が、軽く触れる。
「無理に起きていなくていい。俺が、起きている」
低く穏やかなその声に、胸の奥がじん、と温かくなった。
「……殿下は、休まなくていいんですか」
そう尋ねると、殿下は少しだけ視線を伏せてから、短く答える。
「お前が落ち着くまでは」
「……わかりました」
返事をすると、殿下はそれでいいと言うみたいにうなずいた。そして、さっきよりも少しだけ、距離を詰める。肩が、今度ははっきりと触れた。
外套の中で、無意識に身じろぎすると、殿下の腕がそっと動いて、逃げないように位置を整えられる。
(……ああ)
体の力が抜ける。安心して、隣にいられる感覚。
殿下の肩に、ほんの少しだけ体重を預けると、拒まれることはなかった。
「……もう少し、このままでもいいですか」
小さく尋ねると、殿下は一拍置いて、低く答える。
「ああ、構わない」
その言葉を聞いたところで、ようやく本当に落ち着いた。
洞窟の中、殿下の外套に包まれて、僕たちは静かに助けを待った。




