第2話 いきなり強制入部?! 『妖怪鎮圧部』始動
『妖怪鎮圧部』。その言葉が、狐塚悟の脳内をぐるぐる駆け巡っていた。
「小椿先輩、妖怪っているんですか?」
「その話は後でね。狐塚くんは羊羹と、ういろう、どっちが好き?」
「……ういろうです」
「じゃあういろうだったら、白とピンク、どっち?」
(ダメだこの人……)
悟が重大な話を諦めかけたとき、保健室で松葉杖を借りてきた真凛が小声で耳打ちしてきた。
「これ以上は無理っぽいよ……」
「さあ、ここが『妖怪鎮圧部』。ようこそ!」小椿英恵が誇らしげにドアを開けると、悟と真凛は同時に声を上げた。
「わぁ……」部屋は5×10メートルほどの広さ。床の一角にはウレタン製の柔道マットとパンチングボールが置かれ、壁際にはキッチンユニットまで完備されている。
「すごーい、すごい!」真凛は目を輝かせ、松葉杖を壁に立てかけると、突然逆立ち歩きを始めた。軽やかに手を交互に動かしながら部屋を横断する姿は、まるでカポエラの選手のようだ。
「や、やめろ! え、えーと……真凛!!」
悟は真っ赤な顔で目を剥き、大声を出した。
「足、怪我してるだろ! それにスカートが……!」
「手で歩いてるから、だぁいじょうぶだってぇ」
「そっちじゃなくて! パ、パンツが見えてるって!」
「これスパッツだよ。パンツに見えるの? ス・ケ・ベ」
真凛は片手だけで逆立ちしたまま、空いた手で口を押さえてくすくす笑った。
いたずらっぽい目が悟をからかっている。
悟の後ろで、貴久が頭を抱えていた。
「いや、これはパンツでござるよ。殿、いかがいたしましょうぞ?」
「履き忘れていたのねぇ。ああいう子たちには、のびのび育ってもらうのが一番よ」
英恵もため息をつきながら優しく微笑んだ。
「殿、今日のお茶受けは?」
「生麩よ。ヨモギを練り込んで茹で小豆とキビ糖を盛りつけるの」
「おおぅ、聞いただけで、士気爆あがりでござるな」
「と、とにかく逆立かちやめろ!」
「はーい。悟くん、何真っ赤になってるの?」
真凛は軽々と着地し、悪戯っぽく舌を出した。
その後、皆でお茶の時間になった。英恵が生麩を小皿に盛り、水出し緑茶を淹れる。
「あ、先輩。手伝いますよ」
英恵は生麩を切り分ける、悟の手際の良さに、目を丸くした。
『お父さん、板前さんだっけ? 悟くん、いいお嫁さんになれるわよ」
『お、お嫁さん」
「では、超大型新人の入部を祝しまして……」
「プロージット!!」
貴久が音頭を取り、英恵が続く。
「プロージット!!」
悟と真凛は硬直した。
「おや? ふたりとも『銀河英雄伝説』は嫌いか?」
真凛が手をマイクのようにして貴久に突きつけた。
「それより田鎖先輩、ドイツ語お上手ですね。ドイツ人なんですか?」
「感化されて勉強しただけでござる。拙者はフランス系日本人だ。それより『ドイツ語』などと呼ぶあたり、まだまだ甘いな。
悟が苦笑いしている横で、真凛が小声で意地悪く囁いた。
「それでそれでー、おふたりはやっぱり付き合ってるんですか?」
英恵と貴久は同時に腹を抱えて笑い転げた。
「ないないない! それはないわよ」
「あー、久しぶりにここまで笑ったでござるな。
「殿からすれば、拙者など扇子のようなものでござる。いや、それすらおこがましいか」
貴久が笑いながら言ったその瞬間——英恵の目に、一瞬だけ深い悲しみの色が浮かんだ。真凛はそれを見
逃さなかった。
笑顔の裏に隠れた、ほんの少しの寂しさ。真凛の胸が、きゅっと締め付けられた。
(あちゃー……気付かないフリ、しなきゃだね……)
真凛はすぐに明るい笑顔に戻り、わざと大きな声で話題を変えた。
そのとき、悟が息を飲んだ。
いつの間にか、部屋の奥に背の高い老紳士が立っている。
足元には今朝見たキジトラ猫がすり寄っていた。物音も気配も、一切感じなかった。
「学園長、おはようございます」英恵が立ち上がって頭を下げた。
「息子に丸投げしておいたからのう。こちらの方が大事よ」
学園長・椿咲零一郎は、ゆったりと微笑んだ。高級スーツを完璧に着こなした長身の老紳士は、この部室が自分の居間であるかのように自然だった。
キジトラ猫が学園長の足元から離れ、真凛の近くへすり寄ってきた。
真凛がしゃがみ込んで優しく撫でていると、猫が突然顔を上げて言った。
「んだよ、今この場で俺が何者か教えてもいいじゃねーか。聞きてぇだろ?」
悟と真凛が凍りついた。猫はまず悟の方を向き、ニヤリと笑った。
「そーだろ、親父?」
次に真凛の方を向いて、
「だよなぁ、お袋?」
悟が目を剥いた。
「お前の声……夢で俺を『親父殿』って呼んでたの、お前か!?」
「かー、鈍いな。輪廻転生ってのは実際にあるんだよ。殆どの魂はそれができなくて消えちまうけどな」
真凛が呆然としながら猫に尋ねる。
「え……えっと、あなたは……?」
「俺はソラ。アンタら2人が前世で夫婦だった頃に産まれた息子だ。
「当時は親父もお袋も弱い妖怪で老衰で逝っちまったけど……俺だけはこうして強くなって、ずっと転生した二人を探してたんだぜ」
部室が一瞬、静まり返った。悟「…………は?」真凛「…………ええっ!?」
ソラは満足そうに尻尾を振りながら続けた。「
詳しい話はまた後でいいよ。今はとりあえず、親父とお袋がちゃんとくっつくところを見たいんだ。よろしくな」
学園長は楽しげに笑いながら、
「ほれ、慌てるな。ソラの奴は昔から口が軽いからのう。……まあ、今日はこれくらいにしておけ。詳しい話は、部活が軌道に乗ってからゆっくりしようじゃないか」
そう言うと、学園長はソラを連れて静かに部室を出て行った。
残された悟と真凛は、顔を見合わせて固まっていた。
「……悟くん」
「……なんだよ」
「今、夢見てないよね?」
「俺もそう思いたい……」
真凛が小さく笑った。悟も、つい苦笑いを浮かべてしまう。部室に差し込む午後の陽光が、二人の間に柔らかく広がっていた。




