第53話 詭弁
「ふうう……」
着地した私は短く息を吐き、2本の剣を構える。片方の剣は紫電の如く美しい紫色で染められ、もう片方の剣は全ての光を飲み込むが如き漆黒に染まっている。
尋常じゃない程の魔力を内に秘め、肌に吸い付くかのように私の手に馴染む2本の剣。間違いない。八鬧と戦った際に、リューオが錬成してくれた剣と同じだ。
「話は聞いてたけど、相変わらずとんでもない武器だねえ。流石は神級スキル『武器錬成』だねえ」
六愧は剣を構える私を見つめ、唇の端を釣り上げた。六愧、そして六愧に使役されている死者がすぐに攻撃を仕掛けてくる気配はない。
「キュオル」
「……! 分かりました! 後はお願いします!」
短いやり取りの後、軽快な足音が遠ざかっていった。キュオルの代わりにノルドが私の隣に立ち、剣を構える。キュオルはリューオの所へ向かったのだろう、と私は瞬時に理解した。
「すみませんミラエル様、遅くなってしまいました」
「問題ない。……私とキュオル以外は全員六愧に殺された。気をつけろ、六愧は以前の八鬧よりも強い」
「……!」
ノルドは息を呑み、武器を構え直した。
六愧は八鬧よりも強い。戦いの中で私はそう感じていた。単純なパワーだけでいったら八鬧の方が勝るだろうが、六愧は力だけに頼らず、様々な手を駆使して私たちを追い詰めようとしてくる。死者を使役する相手と戦ったことなんてない。非常に厄介な相手だ。
「意外と賢いねえ。まあ、私は八鬧よりかは強いねえ。八鬧は感情の制御と力の使い方が著しく下手だったからねえ」
六愧は両手の鉤爪を軽く振りながら言う。常に荒々しく攻撃を仕掛けてこない辺りも八鬧と異なっている。何を考えているのか読めず、とても不気味だ。
「お前たちの目的は何だ。何故罪のない人々を殺す?」
2本の剣を構えながら私は声を発した。
キュオルをリューオたちの元へ向かわせ、そのままリューオたちを真っ先に退避させる。それがノルドの思惑だろう。リューオとミラエルは共に神級スキルを使えるものの、単純な戦闘能力は低い。そして教団の狙いは恐らくリューオとユミナ。神級スキルを使える2人を六愧から遠ざけて退避させるというのは至極当然の行動だ。
ならば、ここで六愧を足止めしておくことも大事になってくる。故に私は六愧に問いをぶつけた。時間稼ぎになれば御の字だし、何か情報が得られるかもしれないからだ。
「言わなくても分かってるだろうにねえ。新世界の創造に決まってるじゃないか。私たちはその目的のために行動しているだけだよ」
「この世界が平等ではない、という点には共感出来る。だからといってそれが殺人を肯定する理由にはなりえないはずだ」
「詭弁だねえ……持たざる者じゃないからそんなことが言えるんだろうねえ、憎いねえ、ぐちゃぐちゃに引き裂いて殺したいねえ」
六愧は私を見つめながら、両の鉤爪を擦り合わせて耳障りな音を出している。
「八鬧といいお前といい、特殊な能力を有しているように見える。それはスキルによるものなのか?」
「教祖様が授けてくださった力、としか言えないねえ」
「お前たちは私たちの行動を先読みするように動くことが多いな。今回だってそうだ。私たちが実験をしていたこの場所にピンポイントで現れた。どうしてそんなことが出来る?」
「さあねえ、私には分からないねえ」
「理由は、聖帝騎士団の中に教団の内通者がいるから。違うか?」
「どうだろうねえ。いるかもしれないし、いないかもしれないねえ」
死者に囲まれている六愧は、ニタニタと笑いながら言葉を返してくる。捉えどころのない返答に少しだけ苛立ちを覚えた所で、私は違和感に気付いた。
……何かがおかしい。何故六愧は何もしてこず、私との会話に付き合っている? こうしている間にもリューオたちは退避し、ダンジョン外へ向かっている。何故六愧は自ら不利になるような行動をするんだ? まるで、私たちの作戦に自ら乗っかっているような……
はっ、と私は大きく息を呑んだ。もし、私がとんでもない思い違いをしているのだとしたら? 六愧を私たちの作戦に乗せていたはずが、逆に私たちが敵の作戦に乗せられているのだとしたら……?
「……ミ、ラ……ル……さま……」
私が思案を巡らせていたその時、六愧が従えていた死者の内の一体が呻き声をあげながら私の方へ歩き始めた。
「あらあら、愉快なことだねえ」
六愧は歩き出した死者に視線を向け、歪んだ笑みを浮かべている。
「……ミ……エル……さま……」
「セオル……」
ゆっくりと近づいてくる死者を前に、私はその死者の名前を呟いた。セオル・ムナルート。先程六愧に殺された、戦闘部門に所属するAランク冒険者だ。
セオルは好青年で、優秀な冒険者だった。しかし今やセオルの顔は潰れ、両腕はひしゃげ、折れた肋骨が突き出し、全身から出血し、それでも六愧によって無理矢理使役されている。あまりの悲惨さに私は思わず顔を歪めた。
「ミラ……エルさま……たすけて……ください……」
「っ……!」
セオルは痛々しく声を発した。潰れているセオルの顔からぼとぼとと血が滴り落ちる。まるで泣いているようだ。
助けてあげたい。しかし今の私にはどうすることも出来ない。私のスキルは『聖剣』。相手を攻撃し、命を奪うためのスキルだ。セオルを救う能力はない。
先程の、殺された団員が次々と六愧に使役されていく様に、私は気圧された。先程まで仲間だったはずの皆を、攻撃して手にかけることを躊躇してしまった。その躊躇の隙に更に何人もの団員が殺され、結局私とキュオル以外は全員死んでしまった。あの時躊躇しなければ、私の心がもっと強ければ、せめてもう数人は救えていたかもしれない。悔しさと悲しさ、無力さで胸が押しつぶされそうになる。
「そこまで自我が残ってるのは珍しいねえ。そんなに苦しいなら楽にしてあげようねえ」
六愧は明るい口調で言い、くいっ、と右手の鉤爪を捻る。するとセオルの上半身が破裂し、残った下半身は糸が切れたように崩れ落ちた。
脳内が怒りに支配されそうになったところで、私は首を振って深呼吸した。感情に支配された時点で負け、という父上の教えを思い出せ。常に冷静さを保つんだ。
「!!!」
その時。強烈な殺気と魔力を感じ、私は目を見開いた。そう遠くない所に何かがいる。ただの敵ではない。尋常ではない力を持った、何かが。
「……そういうことか」
次の瞬間、敵の策略に気付いた私は声を漏らした。
「ノルド! 今すぐリューオたちの元へ向かってくれ! リューオたちが危険だ! 六愧は私1人で相手をする!」
「なっ……! ど、どういうことですか!」
ノルドは混乱している様子だ。私は構えを維持しながら、静かに告げた。
「九重塵羅は2体いたんだ。六愧と、もう1体。もう1体がリューオたちの所へ接近している。作戦に乗せられていたのは、敵ではなく私たちだったんだ」
※第54話は2026年5月25日の午後9時10分に投稿します。お楽しみに。
明日はロッテのエキサイティングの選手が発表されます、楽しみです(^○^)
シルエット的にソト選手ではなさそうかも?




