断章 八鬧
先天性異常脂肪肥大化心疾患症候群。
長ったらしい名前のその病気に、俺は生まれた時から支配されていた。
3000万人に1人程度の割合でしか発生しない、極めて珍しい先天性疾患。俺はその3000万分の1を引いた。その事実を初めて正確に理解した時、俺は泣き叫び、怒り狂った。いるのかどうか分からない神を恨み、必ずお前を殺すと誓った。
俺を支配する病気を一言で言うと、信じられないくらい体の脂肪が肥大化し、且つ心臓の機能障害が発生するというものだ。この病気のせいで俺は、まともな人生を送ることが出来なくなった。
普通の人が普通にやっていること。それが出来ない。異常に肥大化した脂肪のせいで、周りからは冷たい目で見られる。どうして。同じ人間なのに、何で俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ。悲しみに苛まれない日は無かったといっていい。
「おい、デブ」
「メタボ野郎、俺たちに近づくなよ。メタボが移るだろ」
「くっさ。臭いからどっか行けよ」
「さっさと死ねよクソ野郎、学校に来るんじゃねーよ」
「⚫︎⚫︎⚫︎くんに机触られたんだけど。マジでうざい」
「あの子、⚫︎⚫︎⚫に告白されたらしいよ。本当に可哀想。⚫︎⚫︎⚫ってマジで気持ち悪いよね笑 死ねばいいのに」
「早く死ね」
「死ねよ、⚫︎⚫︎⚫」
八鬧になる前の俺の名前はもう忘れてしまったが、浴びせられた罵詈雑言はどれも鮮明に覚えている。忘れたくても何故か記憶から消え去ることはない。
「太りたくて太ってるわけじゃない。これは病気のせいなんだ。今、病院に通って治療法がないか探してる所なんだ」
「脂肪のせいでどうしても匂いがこもってしまうんだ。精一杯の対策はしてるんだよ」
「どうしても学校を卒業しないと駄目なんだよ、皆と同じだよ」
幾ら説明しても、何度訴えても、俺が受け入れられることはなかった。それどころか、俺に対するいじめはどんどんエスカレートしていった。
そして、ある日。溜まりに溜まった怒りが爆発し、感情のリミッターが壊れた。いじめの主犯格だった奴を殺した。家から盗んだ包丁でメッタ刺しにしてやった。
散々俺をいじめた奴が、痛みに悶えながら泣き叫び、絶叫しながら絶命する様を見て感動した。その時、俺は人を殺す味を覚え、その味が忘れられなくなった。
その様子をクラスメイトの女子に目撃されたから、その女子も殺した。家に帰る途中、通りかかった老婆にしつこく呼び止められたからその老婆も殺した。その辺りから、完全に自分の精神が崩壊してるのを自覚していた。自覚していながら、どうすることも出来なかった。
家に帰り、俺を見た両親は驚愕し、号泣した。俺は全てを説明し、自分は何も悪くないと訴えた。両親は俺を自警団に連れて行こうとした。無性に腹が立った。殺した。
そこでほんの少しだけ頭が冷静になり、恐怖で体が震えた。人を殺してしまった。5人も。到底許されることじゃない。自警団に捕まったらおしまいだ。
俺は家を飛び出し、当てもなく歩き続けた。歩き、歩き、誰も寄りつかない山奥まで来たところで、心疾患の発作が起きて動けなくなった。倒れた。急いで家を飛び出したあまり、発作に効く薬を持ってくるのを忘れていた。
苦しい。苦しい。発作が止まらない。うまく呼吸が出来ない。苦しい。ただひたすらに苦しい。
何で。何で。どうして。どうして俺だけ、こんな目に遭う?
俺だってこんなことをしたかったわけじゃない。普通の……ごくごく普通の体を授かって生まれていたら、こんなことにはならなかった。いじめられることはなかった。普通に学校に通い、友達を作り、恋人を作り、普通の人が享受する幸せを享受出来ていたはずなのに。
俺はこの世界が嫌いだ。こんな不平等な世界が嫌いだ。俺を蔑み、嫌い、いじめた人間が嫌いだ。全てが嫌いだ。
憎い。憎い。全てが憎い。許さない。絶対に許さない。壊したい、破壊したい、全てを……。
「大丈夫ですか?」
その時。1人の女に声をかけられた。後にグルムという名だと知るその女は、俺の顔を見て唇の端を釣り上げた。
「これはこれは……素晴らしい憎悪ですね。貴方なら、私たちフェアード教団の為に活躍出来るに違いありません。……発作を止めて欲しいですか? 助けて欲しいですか?」
謎の女は俺に問いかける。とにかく苦しみから解放されたかった俺は、無我夢中で首を縦に振った。
「私たちの一員となり、新世界の創造にその身を捧げると誓いますか? 誓うなら発作を止めてあげましょう」
何を言ってるか分からなかったが、首を縦に振り続けるしかなかった。女が右手で俺に触れたその時、あれだけ苦しかった発作が止まった。何が起きたのか全く分からなかった。
「さあ、立ってください。教団の本拠地に行きましょう。これから新しい人生が始まります。この狂った世界を正し、新の平等な世界を実現する為、一緒に戦いましょう」
女のその言葉を聞き、えも言われぬ不思議な感動に襲われたことを一生忘れないだろう。
それからどれだけの月日が経っただろうか。俺は八鬧になった。数多の過酷な人体実験を耐え抜き、教団の九大人間兵器として認められた。俺を救い、導いてくれた教団に報いる最大のチャンスが訪れたのだ。
この世界をぶっ壊す。そして教祖様と一緒に、新世界を創造する。邪魔する人間は全員殺す。殺し尽くす。
それが俺の、八鬧の、唯一の存在意義だ。
※次の話は2026年5月6日の19時40分に投稿します。お楽しみに
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