75 エピローグ
コルトこと星庭神成とミリシアは、疲れた体をリビングのソファに沈めながら、静かに笑い合っていた。
「コルト様、本当にありがとうございました。おかげで無事に終わりましたね。」
「おつかれさん」
二人の目には、達成感とともに深い安堵の色が宿っていた。
「さて、どうなるでしょうね」
「さぁ、どうなるだろうね」
お互い笑いあった。まったく、リーディア商業連合国はまだ魔族と友好を結んでいないというのに、許可をだした領主様もなかなか豪胆だと思う。
二人がリラックスして笑い合っていると、突然リビングの照明が一瞬暗くなり、周囲に淡い光のスクリーンが浮かび上がった。
「なんだ、これは?」
コルトが眉をひそめながら尋ねた。
「分からないけど、何か映っているみたいです」
ミリシアも驚きの声を上げた。
二人を囲むいくつものスクリーンには、召喚されてからこれまでの神成たちの軌跡が映されている。
「俺が召喚された時のと似てる!」
「どういうことですか!?」
慌てる二人をよそに、画面は白く光を放ち、空間を真っ白に染め上げた。
気がつけば、真っ白い空間に二人は立っていた。
そう、神成にとっては、久しい空間だ。召喚された、あの時、中継地点としてやってきた場所にそっくりだった。
そこに、上空からゆっくりと舞い降りてくる、ローブをまとった白い老人がいた。
「ほっほっほ、星庭神成よ、そしてミリシアよ、ふたりを神として認めよう」
「なんだ、いきなり」
「お前さんたちのことはよう見ておった、実に神になる才がある」
「意味が分からん」
「ど、どういうこと……」
「分からぬでもよい。ある世界の神様がぽつりと消えてしまいおっての、お主たちに後任をまかせる」
「おい、ふざけるな!勝手に決めるんじゃない」
「そうです、コルト様に、労働を強要するのはやめてください」
「ほっほっほ、良い返事じゃ。うむ、やはりふさわしい」
「だから、嫌だって言ってるだろ。だいたい、引継ぎとかどうすんだ!」
そう、仕事であるなら、最低でも引継ぎは大事だ。
「ほっほっほ、何を言っておる、いきなり消えてしもうての、ま、頑張っておくれ」
神成は、愕然とした、嫌な思い出がよみがえってくる。突如失踪したシステムエンジニアの代役を引き継ぎも、ろくに資料もなくやらされた地獄を。
「俺は、今の生活に満足してるんだ。それに、やりきっただろ、平和になったんだ、もういいじゃないか!」
「そうです。ゆったりまったり生きて何が悪いんですか」
「ふむふむ、わかる、わかるぞぃ。では、頑張るがよい」
すると、じょじょに神成とミリシアの体が光り輝いていく。
「くそっ、なんだ、なんだってんだ、俺は、俺は、俺はもう働かねぇからな!」
そういって二人はこの空間から消え去った。
「ほっほっほ、そうは言うが、お前さんはやる、そういう性分じゃし、いずれゼロから、創ることになるのであろうなぁ」
こうして神成とミリシアは、どこかの世界の神様にされてしまったのである。
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数年の月日が経った。
メルポポ道場では、経験豊富な師範ブライが新たに加わった門下生たちに熱心に武術を教えていた。範士レイナは、生徒一人一人の個性を見極めながら、的確な指導を行い、助教バルドは道場の運営を手伝いながら、若き剣士たちを支えていた。厨房では、ポトフとルシアが献身的に料理を作っている。道場の人数は増え、現在では六十人規模となり、活気に満ちた雰囲気が漂っていた。
道場の仕組みは軌道に乗り、今ではブライがいなくとも、先行きが見えるようになっていた。
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プルクエーラは魔族たちと共に、リーディア商業連合国にある瘴気の探索をおこなっていた。
リーディアも、魔族と手を取り合ったのである。
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魔族の国と隣接するバトス国はいぜん緊張状態で疲弊していた。ルジャーナ大聖教が強引に、魔族排斥を掲げ、融和できずにずっといるのである。
魔族に滅ぼされる前に、その他の理由で瓦解する寸前である。
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メルポポの内部区、そこには人に知られていない、印刷作業をずっとさせられる超重労働な場所で働かされ続けている妖精が何体もいた。
その昔、人間であってどこかの王様だったとか、その側近たちだったとか。
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メルポポの領主クラリス・ヴァンフォードは、新人の秘書とともに業務に追われていた。
町を見れば、馬車はほとんどなくなって、自動車が走っている。
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魔族のアイドル、特別親善大使となったココは世界各地を巡っていた。
継承者として、ちゃんと結婚し、子供を作るようにせまられている。
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サフィーが家で食事を作っていると、夫のカーリンが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりー」
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レイガス国の小さな町で、元魔王レイズガットは、外で座って木彫りの人形を作っていた。
子供たちがやってくると、彼はそれをあげて、また次を作りはじめた。
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砂漠のサナムーン王国の首都サナサを取り囲んでいた瘴気がようやくなくなった。
住民たちとともに、協力した魔族たちも喜び、お祭りとなった。
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蒼月采蓮は、レイガス国にあるムルププを目指し一人旅をしていた。
野盗に襲われている人を助けたりしながら。
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あの祭りの日以来、忽然と消えてしまった、星庭神成とミリシアを見たものは誰もいない。
しかし、二人がいなくなっても、妖精は残り続け、そして、意思を継ぐように、世界を平和で面白く楽しくするために、きっと働いてきたに違いないのだろう。
采蓮は二人にお礼が言いたかったが、言えずじまいだ。読みたかった元の世界の少女コミックはやはり名残惜しかった。いつかまた会えたらと思っている。
レイズガットはコルトはいったいどこへ行ったのかと思ってもいるが、彼がやるべきことはもう終わったのかもしれないとも感じていた。
ルージェ村の村長ジョウツォはコルトが妖精から行方不明になったと聞いて残念に思った。
二人の住んでいた家はまだ残っている。
妖精たちが、まだ、残しておくのが当然とばかりに、リビングはきれいに掃除されていた。
執事の妖精がソファにすわってたたずんでいた。もう主は帰ってくることはないのだろうかと。
ずいぶんと、この家で、二人の笑い声、話、食事、そうした温かな光景が失われてから久しい。執事の妖精は、ふと目を閉じて主と共に過ごした日々を思い出していた。朝の陽ざしの中、主が剣術の修練をしたことや、夜には暖炉の前で穏やかに語り合ったこと。主が帰ってくる日を夢見ながら、毎日を静かに過ごしていたが、その期待が日に日に薄れていくのを感じていた。
突然、リビング全体がまばゆい光に包まれた。強く白い輝きが部屋を満たし、その中心から「ドタン!」と大きな音が響いた。光の中から、星庭神成とミリシアが机やいすにぶつかりながら現れた。二人は驚いた様子で周囲を見回し、光はゆっくりと消えていった。
「いたたたたた」
「うー、コルト様、失敗してません?」
「いや、劣化はしてない、転移先をちょっとミスっただけだ」
「おぉ、コルト様、ミリシア様っ」
そう、二人は戻ってきたのである。
「やっと帰ってこれた、状況を教えてくれ」
「かしこまりました。お二人がご不在の間に起こった世界の変化をお伝えいたします」
「あぁ、頼む」
「ぜひ、お願いします」
というと、投影の妖精がすぐさまやってきて、二人が去っていたときに起こった、さまざまな出来事を映しはじめた。
「よかった、俺たちがいなくても、全然順調じゃないか。あっちの世界とは大違いだ」
「そうですよ、あんなにした前任者は妖精化労働の刑です」
「はははは、そうだな」
しばらく二人はリビングでお茶を飲みながら、執事の話を聞いた。
神成は、両手を掲げて背筋を伸ばしながら言う。
「うーん、それじゃまた、俺は、ゲーム作りでもやろうかな」
「はい、私はアオツキさんに会いに行ってみましょうかね」
こうして神成は再びこの世界に戻ってきたにもかかわらず、ゲーム作りに没頭する引きこもり生活を始める。
しかし、彼の創造するゲームはただの遊びではない。彼がいずれ、ゲームではなく本当に、新たな世界を創り出すのも、遠い未来のことではないのかもしれない。
ミリシアは、彼とともに歩むのだろうか。それとも、自らの手で創りあげるのだろうか。とはいえ、これからも続いていく彼らの日常を中心に、世界はまだまだ発展し、めぐっていくことだろう。




