74 協調の象徴
メイン通りをゆっくりと、領主クラリス・ヴァンフォードをのせた、最新式の天井のない、式典用の自動車が進んでいく。その後ろには人間たちや妖精がいりまじった演奏部隊がつづく。さらに後ろは、妖精を模した大きな人形のようなものがわっせほっせと運ばれている。魔術の力も使っているようで、近くには何人もの魔術師もいる。
交通整理をされ、道の端では、それを祭りの見物人たちはわいわいと見て騒いでいる。
「おぉ、あれが最新式か、天井がないのってかっこいいよね」
「雨の時どうするんだ?」
「あ、クラリス様こっちに手を振った」
そうした話声と、声援を受けて、迂回するようにくるりとまわって、広場に向かう。各住宅の二階から、遠目で覗いたり、手を振ったりしている人たちもいる。
さぁ、クラリスの挨拶の後、祭りは本格的に開始だ。
人との交流を大切にし、この祭りにしても、開発にしても、直接現地へ行って、人の声を聞いてきたクラリスは人気だった。どこへ進んでいっても、拍手と歓声で出迎えられている。ここまで混乱少なくやってこれたのは彼女のおかげであると、多くの人は知っているのである。
やがて、彼女は広場に着くと、設営された会場の壇上へと登っていく。今日も相変わらず、貴族の令嬢というより、すこし華やかであるものの庶民的な服装だ。
「皆さま、ようこそ、メルポポの秋の祭りへおこしいただきました。本日の祭りは、日々の努力に感謝し、私たちの街の未来を祝う一日です。メルポポはたくさんの夢、そして希望が集った場所です。皆さまの努力と、自然の恵みに心から感謝いたします。新たな時代へと歩みを進めるメルポポを、私たち自身の手でこれからも築き上げていきましょう。どうぞ今日一日は、その誓いの証として、みなさん共に楽しみましょう!それでは皆様、メルポポ秋祭りを開催です!」
拍手や声援とともに、空砲、魔術によるキラキラの演出、そしてファンファーレが鳴り響き、秋祭りの開催が宣言された。
クラリスが壇上から降りると、代わりの者が、広場の会場での演目について説明を開始する。
「それでは、広場での演目の予定についてご説明いたします――」
それを聞く人もいれば、もうそんなことはどうでもいいと、屋台に向かう人などさまざまだ。
一方道場では、見学会兼体験会が開かれていた。
腕に覚えのある物、ない物、十人十色で、遠目から見たり、体験に参加する者もいる。
体験会で、木剣で手合わせの相手をしているのは、ブライ、レイナ、ザイフ、バルドの四人だ。中には、腕自慢のものが、師匠ブライを指名して挑み、奇麗に返り討ちにあっているのを、周囲は楽しく眺めている。
「おい、ブライ、来てやったんだ、なまってないか見てやるよ」
と、そう意気込んできたのは、去年のトーナメント優勝者、獣甲流格闘術のデンだ。
「いいだろう」
飛び入りの、去年の妖精戦一人目と二人目の対決が見れると分かると、道場内はさらに盛り上がった。
そうして白熱した二人の手合わせがはじまった。
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「カーリン様、こちらはいかがですか?」
商店街で、道場の門下生カーリンと歩いているのはサフィーである。
「そうだなぁ、あっちも気になるし、どっちにしよう」
「では、全部にしてはどうですか?」
「ははは、そんなに食べられないよ」
「二人で分けて、少しずつにしてはどうですか?」
「いいのかい?」
「はい」
楽しそうに食べ歩く二人がいる一方で、エルフの調査員プルクエーラは、久しぶりのメルポポと、その変わりようと人の多さに驚いていた。
「一年もしないうちに、ずいぶん変わったわね」
プルクエーラは、振舞われているお酒をちょっとずつつまみながら進んでいく。
「まったく、いい町になったものだわ。あいつは元気にしているかしら」
彼女は、人の流れに身を任せ、屋台を楽しみながら、ゆっくりと道場を目指した。都市計画は大都市エレッツをほうふつとさせつつ、道の広さや、不思議な柱から彼女は独特の雰囲気を感じ取る。
一方道場では、ブライとデンの戦いは、辛くもブライの勝利で終わった。
ブライは疲れて床に膝をつき、デンは大の字で倒れている。
「ちっ、武術に関してはあいかわらずすごいよな」
「ったく、そっちこそ、そろそろ後継げるんじゃないか」
「はははは、爺さんは魔術も達者だからな、そっちでうまくやられちまう」
そんなところへ、祭りをこれまで楽しんでいたであろう蒼月采蓮が屋台で買った食べ物を持ちながら、道場に現れた。
「どっちが勝ったの?」
「俺だ」
「はは、やぁ、久しぶり」
仰向けのままデンは言った。
「どうも。とりあえず、治療いる?」
「いや、大丈夫だ」
「そう、それじゃ料理はじめるね」
そう、道場の見学兼体験会はなにも武術だけの、見学と体験だけではない、采蓮の料理パフォーマンスと、それを振舞うことも、この体験会の一つなのだ。
彼女が調理場へ入ると、道場内に複数のスクリーンが投影され、調理場がでかでかと映される。この間に、手合わせをしていた人たちは休憩する、という算段だ。
「すっげぇ、こんな料理人みたことねぇ」
「え、一人でこれやってるの、どうなってんだ?」
宙に浮いた包丁やら鍋やら食材やらがまるで自動的に調理されていくようにも見える。
しだいに、美味しい匂いが、訓練の場所までもれてくる。
「おぉ、すげぇ美味しそう」
そう思っていると、扉が開かれ、順々に紙皿に乗った料理がふゆふゆと皆の手元にやってくる。
「なんだこりゃっ」
「それより、めっちゃうまいぞっ」
一人分は、小皿に少しとやや少ないが、ササササササと皆にいきわたっていく。美味しいやら、料理の仕方が凄いやら、勝手に運ばれてくるわで、みんな驚嘆していた。
その後、采蓮はまたお祭りへと戻っていった。
それを見るブライは、なんでも請け負っていたアオツキが、一部は断って自分の時間を楽しんでいることが嬉しくなった。以前の彼女なら、きっと、全部引き受けてしまっていた、そんな気がするのである。
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広場の演目も順調に進み、昼もずいぶん過ぎたころ、広場で、ザーンっとなにやら演奏のテストらしき音が聞こえてきて、周囲はざわめく。その音を知るものは、どうしてここで、と思ったし、馴染みのない人にとっては、いったいなんの楽器だと不思議に思った。
ステージの壇上奥で、ギターの調整をはじめているのはコルトこと星庭神成である。
その音色を奏でる存在、それはそう、魔族のアイドルココ達が使っている楽器の音だと気づいた人たちはざわつきはじめる。
「おい、どういうことだ、最後の演目ってまさか」
「あの楽器って、似てないか?」
「だけど、魔族の楽器なんだろ?」
「壇上にいる兄ちゃん人間だぜ」
「なんだなんだ、どうなってるんだ」
そんな、周囲に構わず、神成は調整をすませていき、壇上からの景色を感慨深く思う。はは、いやいや、俺がこんな舞台に立つことになるとはな。
主役は俺じゃないとしても、数奇な運命だ。楽しいからいいよ。そう、楽しいからな。働くのは嫌だが、これはいい。
アニメとかでもあるよな、学園祭やなんやでライブやって盛り上がるっていうの。いいよなぁ、楽しそうだよなぁと思ったことは何度もあったような気がする。
まぁ、練習できる時間を何十何百倍にもしたのはズルだが、はは、許してくれ。練習はちゃんとしたんだ。
いやぁ、でも初の演奏にしては、ちょっと舞台がおおきすぎるよ。もっと、小さくはじめたいけど、今回はそうはいかないよな。何といっても、俺と同じように勇者として召喚されてしまった蒼月の願いでもある。こっちに来てしまって良かったと、少しでも、そう思ってくれるなら、頑張ったかいもあるし、そうでなくとも、ま、俺は俺でなんだかんだ上手くなっていくのは楽しかったしね。
そんなふうに思っていると、ドラム担当の人や、演出の魔術部隊が来て、じょじょにみんなが集まってくる。ミリシアも到着して、演出の調整などをしている。ベースは妖精が担当する。
やがて采蓮もそろい、照明その他準備が整いつつ、次第に時間が近づいてくる。
一方そのころ、都市や町の各所でも、この会場の様子はスクリーンで音声付きで映されていた。
広場にいる人達と同様に、ざわめきが広がっている。
「これって、あれと一緒だよな」
「そうだよな」
「マジでやるの?」
スクリーンを見る、それに慣れている人ならすぐに気がついた。魔族のアイドルココのライブと同じような音色、同じような楽器の構成での演奏がはじまりそうだと。
そしてそれは、つまり、中央で歌って踊る姫がいるであろうことも予想される。おそらく、今やってきた黒髪の少女だろうと。
もちろん、昨日の映像を見ていた人の中で気づいた人もいる。そう、妖精戦で妖精にただ一人勝った、あの少女ではないのかと。
そして、ディーニックは実況する。
「さぁて、メルポポ秋祭り、最後の演目はいったい何なんでしょうか!この楽器、皆さん、どこかで見たことがある、そんな人も多いでしょう。これはこれはいったいどういうことだ。さぁ、これから、いったい、何がはじまるのでしょう!」
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メルポポ祭りの最後の演目、ドーンとあたりが少し暗くなったかと思うと、ギターのソロの演奏がはじまり、ゆるやかに光の魔術で周囲が照らされていく。ステージ周囲で待っている静まり返った観客達に、もしかしたら、という気持ちが伝播していく。やっぱりそうかもしれない。
さらに、ベースやドラムも演奏に入ってくれば、みんなやっぱりそうだと理解し、リズムに乗りはじめる。これまで、何度も聞いてきた雰囲気、魔族のアイドルココのライブの曲調と同じなのだ。よって、分かる、そしてリズムにのれれば、観客はそれに合わせた手拍子と、自然と体も動かし始めていく。
そうして、舞台の奥からは七本の剣を浮かせまとってやってきた采蓮が歌いはじめると、おぉ、なんだと、俺達、私達だって魔族に負けてないぜ、と盛り上がっていく。
皆とつながりを持ちたい、手をつないでほしい、もっと多くのひととつながりを持ちたい、そうした歌を聞いた観客たちの中には、もう私たち、いや、俺達はつながっているぜ、なんて感じていることだろう。
そして、采蓮のダンスや動きはまたココとは一味違う。なにせ、七本の剣を階段にして登ったりと飛んだり跳ねたりと、縦横無尽にステージを超えて駆け巡る。それは、歌と踊りに大道芸的なファンタジー世界風のスタント演出を組込んだ核心的なパフォーマンスだった。
楽しそうに踊り歌い舞う彼女と、各自の演奏、魔術や技術の光などの演出、それら全てによって会場はのまれていった。あっ、と思う頃にはもう、一曲目が終わっていて、自分たちは立ち上がって、一曲目の感謝を叫んでいたのである。
そんな賛辞に少し腰が引けていた采蓮やその他一同は、定型的なお辞儀をする。ここは、さすがに、ライブ慣れしているココのほうが強かったのかもしれない。彼女なら、何かしら言葉を投げかけたりして観客を沸かしたのかもしれない。
とはいえ、やがて二曲目がはじまっていく。前奏の途中から、舞台の中央が明るく輝き、その中から、なんと。
「はーい、みなさーん、魔族のアイドルココちゃんでーす、盛り上がってるー」
と、この手を振りながらのココの登場に会場全体はさらに驚きに包まれつつ、采蓮とココがそろって歌い踊りはじめる。この世界の人々はまだ、二人のアイドルユニットなんてものを見たことがない。なんてったって、つい最近、一人のアイドルを知ったばかりなのだから、こんな豪華なものは初めてなのだ。それもサプライズである。
観客席は、混乱しつつもパフォーマンスに魅了されて目も、耳も離せない。
「マジかよ!」
「なんで、ココちゃんがここにいるんだ、すごすぎるだろ!」
「誰か、今起こっていることを説明してくれ」
「生ココちゃんじゃん、え、なんなんだこれ!」
曲は順調に進み、ココは会場全体を見渡して、手を振ったりと、観客さえも巻き込むように堂々と演目をこなしている。
各所のスクリーンの映像で見聞きしている人たちも驚き興奮していた。
「おいおい、メルポポ行けばよかった!」
「本物だよね!? えぇ?」
「二人のコンビってのもいいよな」
「こりゃ二倍じゃすまない、めっちゃすごいよ」
二人の歌はしばらく続いた。それは、互いに手を取りあって、明るい未来をつかみ取ろう、そんな歌だ。
この舞台で、二人が歌うために作られた曲は、舞台も、采蓮の歌と踊りと剣舞の力やココのこれまでの力などが何倍にも引き立つように設計されていた。それは、単純に音楽というよりは、ミュージカル、演劇、の要素も持った、挑戦的なものであった。
こちらも、大きく盛り上がり、二曲目は終了した。
すると、会場では、アンコールの嵐が鳴り響いた。
「「「アンコール!アンコール!アンコール!」」」
そう、もうここまで来たら、みんな期待せざるを得なかった。魔族のアイドルココちゃんの十八番、その曲で、最後しめく食って欲しいと思わぬ者は誰もいないのだ。
すると、舞台の明かりはなくなり暗くなり、音もなくなる。舞台の静けさに、アンコールと叫んでいた声がどんどんと小さくなっていく。
さぁ、どうなるのか、多くの観客たちは、きっと歌ってくれると期待を抱きながら、その静かなになっていく周囲を待った。
ふと、ドラムがリズムを刻みはじめた。そうして、順々に演奏がはじまれば、それはココの十八番の前奏であると理解されるや会場は火がついたように盛り上がる。
熱狂的な、観客たちの声を浴びつつ、采蓮とココは歌い出す。そう、まさか、まさか、さっきからまさか続きであるが、魔族と、人間との共演だ。
しかもその歌は、明るい未来を指し示す、まるでこれからの人類の行く先を祝福しているように観客たちは感じていた。とんでもない瞬間にきっと立ち会っているに違いないと。
こうして、ライブは大いに盛り上がり幕を閉じた。
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お祭りも終わり夜遅く、蒼月采蓮は、メルポポを道場の屋根の上から一望していた。
まぁ、なんとか、上手くやれたようでよかったように思う。
さすがに、ライブ慣れしている人には敵わないなぁとも思ったが、ずっと本業でやってきているのだから、当然だ。そもそも、これまでがおかしかった。
与えられた力ではなく、自分の力というのも試したいなと、少し思った。きっと、あんまり上手くいかないんだろうけど、人生甘いものでもないのだろうけれど、なにか挑んでみたいなと感じさせられたのである。
それにしても、ミリシアさんの人脈もすごいなと思う。いったい、どういう人なのだろう。
それはそうとして、眺めている街並みは以前の時と違って穏やかだ。まだ、飲んで騒いでいる人もいる。今日は飲み明かすのかもしれない。
今日はなんだかとっても頑張ったと思う、疲れた。うん、頑張った。今日までの練習も本当に頑張った。
なんとも不思議な気持ちだった。
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領主クラリスは思う。明日、国からいろいろ言われるだろう。魔族のココを独断で招待したのだから。けれど、そう、仕方ありませんわ。
このチャンスは逃せない。きっと歴史的な意味を持つ。そう思ったのだから。




