72 任される大役
魔族のアイドルココちゃんは、ダンスレッスンが終わって、自室に戻って、どうしようどうしよう、と頭を抱えていた。責任の重圧でレッスンが終わってしばらくたったのに心臓の鼓動ははやく、胃に重い圧迫感を感じ続けている。
なんだか、魔族のみんなにちやほやされる、アイドルっていいかも、と軽い気持ちで応募したらとんとん拍子であった。それは、才能があった、ともいえるだろう。もともとエルフをベースにした魔族であるからして、歌や踊りといったものには才が宿りやすいが、彼女の場合はさらにすごかった。司会など、さまざま対応ができるのだ。
さて、そんな彼女はなんととんでもない重大な役職が与えられてしまったのである。魔族領は、レイガス国となり、その象徴たる最高位の大使、特別親善大使という名目を預かってしまったのである。
そのとき、現魔王様の退位の件も聞いた。
ようは、国の権威や象徴に当たる部分を特別親善大使としてココは任されてしまったのである。その他の部分はいろいろ言われていたが、彼女には理解できなかった。
大まかにいえば、国王という立場から政治権力を抜き取り、国家の象徴として、国内外の交流の柱となる存在だ。責任は大きい。政治は任されないにしろ、レイガス国の象徴として頑張ってね、とめちゃくちゃ大きな大役を任されてしまったのだから、正気ではいられない。
ココちゃんくじけそう……
どうやら、レイガス国を全国行脚する以上に、さらに広い、友好を結んだ国々を回っていく、ということになるのだそうだ。
いや、ほら、一つの国に限定して親善大使をやる、それならまだわかる。けれど、え、これどういうこと、これってすごく大変なことなんじゃないかと思うの。
ひぇー、他にいい人いるんじゃないでしょうか魔王さまー。
さらに、ミリシア様から新曲追加、歌も踊りも急ぎ覚えてほしい、期限付きでと打診が来てしまった。おぉ、めっちゃハードです。
一方、レイガス国の政治体制は、一度貴族政を挟むこととした。貴族はいないので、魔王様の直属の側近を公爵、つづいて、魔王様の退位の相談を行った者たちは侯爵とし、主だった指揮官を伯爵とした。
これには理由がある。というのも、レイズガットの遺志を継ぎ、まずは融和路線を進める、そうした時代を望んでの体制の変換であった。今、民主制にしてしまうと、まだまだ人間たちを憎い存在、侮っている者は多い。よって、民主制にはせず、貴族政にしておくこととしたのである。
こうして、魔族の次なる政治体制は整いつつあった。
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メルポポでは秋の収穫がはじまった。山岳地帯であるため、作物は限定され、失敗もあるが、ずいぶんと形になっていた。
バルドは、汗を流し、収穫の仕事を行っていた。農地の近くに小さな家ももって、順風満帆であった。
最近は馬車でも妖精でもなく、不思議な乗り物で、収穫した農作物を運搬され運ばれていく。今日もそれがやってきた。魔導エンジンを使った、運搬車だそうだ。馬もなく動く馬車というのは何とも不思議だ。
まだ、実験段階で、荷物の運搬ができるかどうか、一部では人を輸送できるか、メルポポ内で試されているうちの一つがこれなのだそうだ。収穫した野菜が積まれていき、そして運ばれていった。
完全に馬より便利なのかというと、動力源となる物の採掘が必要なので、現時点では判断が難しいらしい。
ずいぶんと、この街も変わったなと思いつつ、また不思議なものができたなと思う。どちらかというと、馬に馴染みのあるバルドは、わざわざ、難しいことをしてまで、自動車というものを発展させていく必要があるのか、疑問もある。
もともとバルドは、守る強さを求めてこの地に来たのだ、だから、メルポポの技術的なものに魅了されて来たわけではない。
まぁ、それでも、一つ一つ、収穫を進めながら、一時期の混乱から、平穏をとりもどし活気づいたメルポポは居心地がよい。
守る強さについては、もしかすると、必要なくなる時代が来るのかもしれない。ふと、最近の情勢を耳にして思ったりもする。
リーディア商業連合国は、まだ、魔族と友好を結んではいないが、そうなってくると、瘴気による魔獣や、そして魔族の脅威というのが無くなってくる。それはすぐではないにしろ、あのような強大な魔獣と戦うことも、もしかしたらなくなるのかもしれない。
それなら、それでいいかなと思う。農業も好きなのだ。
ただ、それで全く武力が要らなくなるかというと、そんなことはないようにも感じている。これまで、魔族がいない時代でも、人は争っていた。そう、魔族がいなくなったからと言って、平和になりきるわけでもないだろう。
まだまだずっと、守る力は必要になるのだと思う。もし、たとえ運よく不要だったとしても、それはそれでいいじゃないかと思う。
魔族と友好を結べるなら、それでいいと考えていた。争わない道があるなら、それでいい。
とはいえ、まだ、魔族で知っているのは、定期的にスクリーンに映し出される魔族のアイドルココだけだ。実際に話した相手などいない。本当のところは、どうなのか、わからない。
ただそれは結局、人間どうしてだっても、変わらない気もする。
ここ最近は道場には、週二日しか行けてないのが心苦しく、残念だ。収穫が忙しいのである。
今後のこともゆくゆくは考えないといけない。
師匠からは、こんなことも言われた。
「何も前線で戦うだけが、守るってことじゃない。守れる人間を育てるのも大切だ」
そんな話だ。
たしかに、そうかもしれない。一人の力ではどうしようもないことも、たくさんの人を育てられれば、なんとかなる、そんなこともあるだろう。
どちらを選ぶかは任せる、とも言われた。
一人でできることには限りがある。この場所で、道場で、武術の力をつけ、師匠やアオツキ様のようになる道もあるのだろうか。
それは、なりたかった夢、その存在とは違う道だ。子供のころ助けてくれた騎士、あのようになりたかった。
どうしたものだろう。
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メルポポの迎賓館、それは魔族のアイドルココが二回目のライブをやった数日後の夜、蒼月采蓮は迎賓館に呼ばれた。呼んだのはクラリスと、ルシアである。
門番の人に尋ねるとルシアが出てきて、案内された先はダンスホールだった。お話しするのかな、と思っていたら、どうも違うのだろうか。これからまるで社交ダンスでもしましょうとピアノやバイオリンなど、演奏をする人たちと、そしてクラリス様がいる。どういうことだろうと思った。
「アオツキ様、来てくださりありがとうございます。ぜひ、収穫祭でやってみたいことがありまして、ご協力いただきたいのです。まず、可能かどうかもふくめて検証したいのです」
「どういうことでしょう?」
「はい、今、魔族さんの歌と演奏でにぎわっていますよね。収穫祭の最後の催し物に、同じような、いえ、さらにそれを超えるようなもので締めくくりたいのよ」
ふむ、それで私が呼ばれたってことは、それってつまりそう言うことですよね?
心への衝撃とともに、自然と一歩後ろへさがり、顔が半分引きつりつつ驚き半分となる。
えーーーー。ちょっと待ってください、私が、私が、大勢の前で、歌って踊るんですか、え、なんで、どうして?
落ち着けー、まずは確認だ。
「あの、私はどんなご協力をしたらいいのでしょう」
「はい、ぜひ、ココのように歌って踊っていただければと」
ダメだーーーー、嘘だーーーー、いや、ちょっと待って、ちょっと待って、もしかして、武術や魔術、料理とか、あと建築もやったりして、私が何でもできると思ってらっしゃる!?
しかも、祭りまで、練習時間どんだけ取れるでしょう。けっこう厳しくないですか!?
「いえいえ、その、さすがに私でも、難しいと思いますよ」
「そこをなんとか、まずは、そう、基本的な歌唱力、ダンスができるか、それが難しいようならあきらめましょう」
と、クラリス様に手を握られる。顔が近い。
「うぐっ」
そして、ピアノの伴奏に合わせて、歌や、ダンスをひとまず披露することになったのだが、問題なくできてしまった。そうですよ、そうですよね、だって、この課題、どっちもこの世界のやつなんですもの。できると思ってましたよ。ちがうんです、たぶん、あっちはダメなんですってば、元の世界の技術は私にないんですって。
「できるじゃない、さすがアオツキ様!」
「やはり、私のみこんだ通りです」
あぁ、クラリス様もルシアさんも目を輝かせてしまっている。ど、ど、どうするんだ、これは。
「あの、他にいい人はいないのでしょうか」
「ここまでの逸材はいません、ぜひ、ぜひお願いします!」
うわー、どうしよう。あのココちゃんの歌や踊りは私の元の世界風なので、あるていど、今の技術が基礎になってもそう簡単に調整なんてできないと思う。アイドルは好きだったけど、自分で歌って踊って、あぁ、カラオケとかで歌ったことあるけど、それは中学生時代の甘酸っぱい思い出の一ページで。
いやいや、違う、でも、クラリス様の圧に押されながら質問する。
「あの、そもそも、歌って踊る曲はあるんですか?」
そう、曲がないとはじまらないじゃないですか、そう、曲がないとね。
「あります」
あるのかーーーー。
「ちなみに、どんな曲ですか?」
「はい、ではお願いしますわ」
そういうと、ピアノとヴァイオリン、ビオラなどの楽器で演奏が開始された。うーん、ちがう、ちがーーーう、コレジャナイ感がはんぱありません。そう思うと、魔族さんのあの曲は本当にすごい、パチモン感がなかった。うん、こっちはダメだ、ノレないよ、ノリが違う。そもそも楽器も違うんだけど、詳しくないからよく分からないけれど。
「そのぉ、踊りの方は決まっているんですか?」
「これからですわ」
決まってなーーーい。
頭を抱えながら思う。やばい、このままでは、祭りの最終イベント、クライマックスがとんでも残念なことになってしまう!
「お願いします。アオツキさんの適応力なら、やれます」
ルシアさん、その期待のまなざし、私への歌と踊りへの信用はどこから来るんですか。
えーーー。
これってあれですよね、センス、感性とでもいうのだろうか。そう、お二人を含め、ここのみんなには、私が知る元の世界の現代の日本を中心とした大衆音楽にまつわる感性がない。そりゃ、ないよね。だって知らない別世界の話だし。でも、そうすると、魔族側には転生者や転移者がいるのだろ――いや、そんなことはどうでもいい。
「えっと、もし私が断ったらどうなるのでしょうか?」
「そのときは、残念ですが別の人に頑張っていただきますわ」
ダメだ、私が断っても、企画が没になることはない。それではダメなんだ、嫌だ、メルポポの大事な大事な最初のお祭りが、黒歴史になってしまう。それは絶対に嫌だ。
は、ははは。
半笑いで答える。
「あの、前向きに検討しますので、ちょっと相談してきてもいいですか?」
「はい、ぜひお願いします」
私は大急ぎでミリシアさんのところに向かった。あの人だったら、元の世界の知識もある、あの人だったら、何か知恵を貸してくれるかもしれない。
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蒼月采蓮はミリシアさんの家のリビングで、座り、お茶が運ばれてきたところだ。
「お願い、とのことでしたけどアオツキさんどうしたんですか?」
はい、というわけで、ふってわいた大問題、収穫祭の最終イベントについてと、私に歌と踊りの依頼がなされたことを話した。
「なるほど、協力をしてもいいです。ただ、アオツキさんが歌や踊りが上手くなったところで、どうしようもありません。そもそも、曲や演奏、楽器、ダンスの内容、あと演出も問題があるわけですよね」
「はい。問題しかありません」
「そうすると、成功させるには、曲や演奏の内容、ダンスの内容、演出などもこちらから指定したいのです。演奏の指導者もこちらから用意します、私と、もしかしたらもう一人は、演奏できる人がいるかもしれません。この、許可をとってほしいです」
「なるほど、頑張る」
いや、もはや頑張るしかない。
「ただ、それでもアオツキさん忙しいですよね。休めそうです?」
「うーん、道場も魔術訓練所も厳しいと思う。飲食店もレックさんがかなり上達してるから、そっちはなんとか」
「であれば、そこはもう休むのはやめて、ちょっとズルをしましょう」
「ズルですか?」
「そうです。あ、でもこれは秘密ですよ。とっておきのズルなので」
「わかりました」
「では」
というと、ポンと扉だけが登場した。まるで、どこにでも行けそうなドアのようだが、色はピンクではない。
「中に入ってみましょう」
うながされるままに入り扉が閉められると、目の前に広がるのはいろんな複合施設た。プールもあれば、映画も見れそうなシアタールームに、運動できるとても広い部屋、さらにはスポーツジムのような設備にキッチンまで。
「ここで、練習するんですか?」
「はい、しかしそれだけではありません。調整はできるんですけど、今は、ここでの一日は向こうでは一時間に設定してます」
え? とんでも空間きちゃった。
これなら、できるかもしれない。いや、ここまでの好条件はない。
「さすがミリシアさんです」
「いいですか、これは、ヒ・ミ・ツ、ですよ」
「はい」
こうして、私の猛特訓ははじまったのである。




